モブは思い出す
キエラは農家の家に生まれ、物心ついた頃には奉公に出されていた。やけに算術や帳簿のつけ方など物覚えがよかったようでその方面に育てられていたのだが、奉公先が破産し路頭に迷うことになったのが15くらいのことだった。
仕事がないかと商業ギルドの門戸を叩き、税金計算のために各パーティに雇われることをおすすめされて現在に至る。
今は巡り巡って国境の町で冒険者ギルドに雇われていた。提出された数字の計算が合っているのか確認する作業だが地味に辛い。繁忙期は基本的に泊まり込みで外出など出来ないブラックぶりである。
キエラはそんな繁忙期の状況に嫌気が差して娑婆の空気を吸いに外に出た。そういっても冒険者ギルドの二階から下へと降りて行った程度ではあったが。
昼過ぎという中途半端な時間のせいかギルド内は人が少ない。
「みゃあ」
猫の声がした。
キエラは室内を見回した。どこかの野良猫が入り込んでいるのならば追い出す必要がある。可哀想だがいたずらされて困るものは山ほどあった。
「クリス様、やっぱり首輪いるってよ」
「にゃ」
「別に飼い主気取りとかじゃないって。素敵な青の首輪どうよ」
「にゃっ!」
見たことのない冒険者と猫が話しあっている。
最後のにゃっは断固拒否する、だなとキエラは冷静に思った。どうも使い魔かなにかのようだ。見た感じ魔法使い系には見えないが、外見と能力がちがうことはよくある。
仕方ないなぁとため息をついている青年にキエラは見覚えがある気がした。もうちょっと暗い影がちらつくような人だったのだが。あるいは似た誰かがいただろうか。
「……ん?」
視線に気がついたのか青年がキエラへと注意を向ける。
白い猫もつられたように視線を向けて来た。
「あれ?」
キエラはそう呟いてぶっ倒れた。
あ、これ、小説の世界だったかーと妙に冷静に思いながら。
目を開ければ見知らぬ天井だった、ということはなかった。キエラはよく仮眠で使うのでむしろ見慣れた天井である。
「あ、気がついた?」
ぱちりと目を開けたキエラに気がついたのか同僚の声が聞こえた。体を起こそうとすれば押しとどめられた。
「後ろに倒れたんだって? 今、医者呼びにいってるからそのままで。なに? 立ちくらみ?」
「なんというか、開けてはいけない箱を開けたようなそんなのー」
なんじゃそりゃという顔をする同僚にキエラはへにゃりと笑う。笑うしかない。
気がついたら、モブに転生ということはわりとありがちなのだろうか。これはいったい誰得なのだろうか。と思う。
タイトルは忘れたがどこかの小説の世界に酷似している。キエラの前世がそう言っていた。なお、前世は普通に病死だった。事件性一切無し。日本人がだいたい患うガンで死亡。それなりの歳で思い残すことがあったようなことはない。
だからこそ困惑するのだが。
「目が覚めたことちょっと知らせてくる」
「どこに?」
「ギルド長とか主任とか、目の前で倒れてびっくりした人とか。今日一日は休養してもよいとは言ってたけどねぇ。抜け出した件は怒られるよ」
「はぁい」
キエラはふて腐れたように返答した。同僚のにやにや笑いが気になる所ではある。
そのくせ柔らかく頭を撫でていった。子供扱いも大概にしてほしい。前世も思い出してしまえばより恥ずかしい気がしてくる。
同僚が去れば一人の部屋は静かだ。
「にゃあ」
そうでもなかった。キエラのベッドのすぐ側に猫がいるらしい。軽い音がしてベッドの上に乗られる。
「クリス様?」
「にゃ?」
「まじか」
キエラが思い出すきっかけとなったのはこの白猫だ。今までも既視感があることがあったのだが、決定打はこの猫である。
猫の皮を被った聖獣様。西方のお方の使者。可愛らしい子猫ではない。
「……というと、あれがナキ、ってことになるんだろうけど。普通の好青年な感じ……」
「うにゃ?」
「あの退廃的なとこどこにやった。穏やかそうに見えて破滅願望が見え隠れするとこ」
キエラの前世の記憶によればナキという青年はどこか壊れていたように描写されていた。王国が嫌いという理由で主人公の帝国の皇女に肩入れしている。という設定。その嫌いな理由が助けてもらった少女が王国内の権力闘争の結果、亡くなったせいだと明かされたのが最新刊あたりだった。
最終刊まで読んだ記憶がないので、あまり先までは知らない。
まあ、ともかく、ナキというのは皇女の無茶振りにさらっと応えるお助け要員だった。
「にゃーにゃー」
「あ、今年が238年。ということは、え、間に合う? 間に合っちゃう?」
「みゃあ?」
「クリス様。頼みがあるんですけど」
じぃっと白猫はキエラを見つめる。猫らしくないため息を一つ。
「……お主、なにを知っているのじゃ?」
キエラは白猫の去った窓の外を見ていた。
正気を疑われることを承知の上で、前世の話をしたが白猫は全く動じず、逆にまたかといいたげな態度だった。
聖獣様曰く、よくある、ことらしい。この世界は迷子の魂を取り込んでしまうシステムとなっているそうだ。
大半は思い出すこともなく一生を終えるらしい。思い出しても夢のようなという認識しかしない。
キエラのような思い出し方はあまりしないが、ないこともない、という微妙なところのようだ。思い出すといっても魂にこびりついた残滓のようなもの。今の人格を左右するようなことは普通はないらしい。
確かにキエラは前世を思い出したからといって何か変わった気はしていない。
キエラが依頼したことは一つだけ。
もし、ミリアルドという少女にあったら助けて欲しいこと。最初は難色を示したが、推論を加えて言えば可能な限りと了承してもらえた。
代わりに今後、どこかで借りを返すようにと言われたのは妥当だったのかは謎である。
借りを返す日は思ったより早く来た。
キエラが一人の時を待ち構えたように白猫が現れた。疲れすぎて幻を見ているのかと思ったくらいだった。
それくらい疲労している。それは繁忙期が常態化しつつあるためだ。現在の国境閉鎖の影響でこの町に滞在するものが増えている。人が増えれば小さい仕事も増加、塵も積もれば山となる。国境閉鎖が解除されれば解消見込みのため、応援の要員も用意されない。
代わりに報酬の上乗せがなければ暴動を起こしたいくらいだった。
ほぼ冒険者ギルドの二階に詰めている状態である。残念なことに衣食住全て完備しているので帰宅しなくてよいよねと圧力を掛けられている。
「目が虚ろで怖いんじゃが」
「早く国境開いて、みんな出てって、って感じですよ……」
「う、うむ。皇女がやってくる話は聞いているかのぅ?」
「なんかばたばたしていると思ったら、そんな感じなんですか」
「その皇女のお付きにならぬか?」
「皇女様のお付き?」
白猫がそう言い出す意味がわからない。キエラが疲れ切った脳で考えても答えらしきものが浮かばない。
ただ、ここから抜け出せるなぁと思ったくらいだった。
「同行者の一人としてついていって、後々は側近にでもなればよかろう」
出世じゃのぅ。白猫はキエラの前で楽しげに笑う。まるでキエラに商業ギルドから依頼が来るのを見越していたようだった。
冒険者ギルドも傭兵ギルドも人員を出すのだから我々も、といったところだった。お付きとして推薦されなかったのは礼儀作法に問題有りと見なされたためである。
キエラは諦めた顔でそれを受けいれた。
内心はうきうきと仕事を抜けられると小躍りしたいくらいだった。しかし、甘かったと思い知らされるのはその直後であった。
粗相がないくらいには礼儀作法を叩き込まれることになったのだ。
こんなの聞いてないと嘆いたところで意味は無い。意味は無いのだが、同僚に嘆いたところ、キエラがいなくなって最悪の修羅場と返答をもらった。
どこもよいことがない。
そこでやけ酒して少々羽目を外しすぎて事故がおきたのだがキエラは闇に葬った。
その後、皇女の側近としてナキの代わりに無茶振りに応じる羽目になるとはキエラは想像もしていなかった。




