皇女と守り役
王子たちとの対面後、ルーは客室に通された。部屋にはユークリッドとルーの二人のみである。お茶の用意のみ侍女に頼み、その後下がってもらった。
守り役と言えど男性と2人きりとはと良い顔はされなかったが、ここはわがまま皇女ぶりを押し通した。
だいたい、この守り役と同室でどころか一緒に宿泊すらしているので今さらである。そう思ったが、変に誤解されそうなので祖父のようなものですと付け加えておいた。
お兄さんと言うにも年が違い過ぎるし、父のようなといえば実父の立場がない。他に空いているところは祖父くらいである。
侍女が去ったあとにユークリッドに、孫、ですか。と微妙な表情で言われてしまった。
それというのも。
「息子はルー様よりも年下です」
「知ってるわよ」
長男が十才くらいだったはずだ。ルーもあったことがあるが非常に目つきの悪い少年だった。ふて腐れたような表情が印象的でもある。
父親が偉大すぎるのも息子としては大変なのだろう。
なお、長男は母親似であるらしい。
諸事情があって同居はしていないそうだが、大変な愛妻家であるらしい。らしいばかりなのは実体を見たことがないからだ。
「叔父さんみたいと言うとこの国では微妙なのよ。兄妹、親子以外問題なしらしいから」
もっともあまり血が近い場合には、形式上の婚姻関係となることが多いようだ。資産の分散を防ぐためや継承争いの問題、あるいはスキル上のいざこざなど、ワケありである。
帝国内では従弟でもダメである。その代わりにと言えるかはわからないが貴賤結婚には寛大である。
隣国であるがこのあたりの感覚の差はかなりあるだろう。
「中々血縁が濃くなりそうですな」
「そうね。というわけで祖父よ、祖父」
「仕方ありませんな」
渋い顔であごをさすっていたユークリッドはようやく納得したようだった。
ルーとしても守り役と離されるのは望ましくないのでほっとする。行きがけに知り合った冒険者や傭兵たちも直接雇用したが、信用するには至っていない。それはこれからのこと。
今は確実に自分の味方であるユークリッドから離されるほうが危ない。
ルーはお茶のカップを持ち上げたが、そのまま口につけずに下ろした。
「毒消しをちょうだい」
「ここで亡き者にしても利はなさそうですが」
ユークリッドはそう言うがルーはそれほど楽天的ではない。用心に越したことはないだろう。生まれた時から笑みを交わしながら毒を盛りあう後宮で暮らしはやや過剰防衛に偏りがちだ。
当事者ではなくとも目撃者とはなったことがある。
あの父親に魅力というより権力に憑かれた結果のようにルーには見えた。
ここにも似たような状況が起こりうるであろう。なにせ、有力な子息の婚約者候補に突然現れたのだから。面白くないと思う年ごろの娘がいてもおかしくはない。
「個人的な利と国家的な利が違うと思うし、短絡的なところもないとは言えないもの」
「さようで。連続使用は禁止ですので、明日より毒味が必要ですな」
そう言いながらユークリッドは錠剤を一つだしてくる。特別製の毒消しは数時間持つが癖になりやすいと一日一錠以上は使用できない。
今夜は歓迎の宴もあるのだから今のうちに飲んでおいた方が良いだろう。支度が始まれば宴が始まるまで水すら飲めないこともある。
「日替わりにして、何かあったら毒消しちゃんと渡してね」
「手配しておきましょう。国家の威信をかけて保護してもらえるとはおもいますがね」
「王家周辺ではそうだと思うわよ」
今日会ったばかりの婚約者候補を思い出してルーは小さく笑った。素直そうな少年たちだった。兄妹は変に拗くれているのでなにか眩しい気もしたのだ。
ただ、その母親というのはくせ者であるとミリアルドに警告されている。場合により義母と呼ぶであろう相手が、である。
それには白目を剥きそうだった。
現在、帝室においては嫁姑戦争のようなものはない。ルーが祖母と呼ぶべき人はすでに儚く、祖父というべき人は老齢で隠居している。そのため、噂に聞く嫁姑関係にびびっていた。
え、いびられるの? 罠に嵌められるの? 幽閉されちゃう? などとミリアルドに聞いてみたが、遠い目をしてそんな事ありませんよ、と棒読みされた。
大変心配である。思わず百面相してしまうほどに。
「少し落ち着かれては? もう少しすれば歓迎の宴の準備となりましょう」
ルーの落ち着かない様子にユークリッドは少々呆れたように言う。
「そうね……。王太子のツラも見れるのね」
「……ルー様」
「ちゃんと猫を被るわよ。お姫様します」
甘い砂糖菓子で出来てるの、と取り繕いなさいという母の教えは役に立つのであろうか。ルーには少々疑問だが、試してみることにはしている。すぐにボロが出そうだが、滞在中くらいは取り繕うつもりはある。
「それならばよいのですが。あり得ないとは思いますが、口説かれないように」
「ないわー」
「そこをやるかもしれないのが、あの方の心配事でしたな」
「そうねぇ。
……姉様、ちゃんとやってるかしら」
「平和に生活されていると思いますよ」
「そうかしら。慌てたりわたわたしたり……あら、楽しそう」
「本人は楽しいどころではないでしょう」
外から見ている分にはおもしろそうなのだが。ルーはほんの少し思案する。
ナキはいまいち煮え切らない態度であった。逃げ腰とも言える。まあ、確かにルーも悪かった。一国の王妃予定の女性を養えるのかなんて聞いたら誰だって逃げ腰になる。
それでも、自分がいなくても大丈夫と考えているのには少し違和感があった。
離れるのが最善であると思っているようで、本心は違うところにあるような。曖昧な笑みで誤魔化すのはユークリッドと似ている。
血縁がありそうなくらいに似ていると本人たちだけが気がついていないようだ。異国風な面差しがそう思わせている気はする。
「なんですか?」
「彼とは昔からの知り合いなの?」
「存在は知ってはおりましたな。さて、話はおしまいにいたしましょう。
我々の戦場へ赴く時間となったようです」
ユークリッドの言葉が終わるころには扉が叩かれた。それなりの厚さのある扉の向こう側をどうやって察知するのかはルーにはわからない。
それは母様も得意だった。
母様は種も仕掛けもある手品と言っていたが、その種を教えてくれたことはない。
ルーが大人になる頃にはね、と誤魔化されていたが今度戻った時にはきっちり教えてもらおう。
「ユーリ、あなたも正装しなさいね」
「承知しました」
ひどく平坦な声で返ってきた答えにルーは笑った。
可憐な姫君に勇壮な騎士の組み合わせというのははったりがきくと思うのだ。守り役なのだから露払いくらいはしてもらわねば。
「入ってもらって」
「承知しました」
ユークリッドにそう命じて、ルーはくつろいだようにイスに座りにお茶を楽しむ。連絡役くらいに配慮はしないように取り繕う。大国の姫君らしく無邪気に無視するのがよい、らしい。
自国でやれば感じが悪いとあっと言う間に噂になりかねないが。
室内に入ってきた連絡役はルーよりは年上に見えたが、まだ子供と言えそうだった。面差しは婚約者候補に似ている。
おそらく紹介されなかったもう一人の王の孫あたりだろう。普通の子供に相手をさせることはないだろうから。
ルーはにこりと笑うだけにした。どきりとしたように顔を赤くする少年にユークリッドが気の毒そうな表情をしている。
ルーはユークリッドを軽く睨むが、肩をすくめられただけだった。
王国に嫁ぐならばこの三人から誰かを選ぶことになる。ルーが選んだその人を王とすることはほぼ確定事項らしい。
大任ではあるが、帝国としては誰でも良いということでもある。国が割れてくれた方が介入する理由ができて嬉しいくらいだろう。
しかしながらルーとしては平和的な結婚生活をしたい。
誰が一番よいのかしらね?
選ぶ時間はそれなりにあるとよいのだが。そんなことを考えているとはおくびにも出さずルーは立ち上がった。
「案内していただけるかしら?」
先のことはいい。今のルーにはしたいことがある。
とりあえず、王太子を叩きのめす。国家間に問題ないように無邪気にざっくりとやってやる。
ひっそり殺意を漲らせているとユークリッドの呆れたような視線にルーは気がつかなかった。




