白猫曰く理不尽である
拉致された。白猫の気持ち的にはそうである。帰宅後、よくわからないままに首根っこをつかまれ部屋に連れ込まれた。
え? なに? とも、助けてとも言う間もなかった。ナキ相手ならばたまにあるが、それをミリアがしたというのだから異常事態である。同行者の説明も全くしていない。
ナキならば適当に相手をしそうだと思いながらも不安はある。出来れば早く戻りたいのだが、ミリアはなにも言わず、落ち着かない。部屋の中をうろうろする様はアレに似ているなと思う。
「落ち着かない子竜のようにうろうろしてどうしたのだ?」
子竜というのはでかいトカゲである。昔、育ったらいつか竜になると信じられていたため、子竜などと言われている。本物の竜種は蛇の類似系のにょろにょろした奴らであり、白猫は苦手としていた。
あの冷たくてぺとっとしたところが嫌である。相手もふさふさの毛皮というものの良さがわからないのだから仲良くはできない。
トカゲも好きではないが、ひなたぼっこして口を開けているところに親近感は憶える。今のミリアはそういうのんびりした状態からはほど遠いが。
「ナキが変なのだけど」
しばらく躊躇ったあとにミリアは口を開いた。眉を下げているものの口元は妙に緩んでいる。
「あれはいつもちょっとズレているが、なにか問題でもあったのかのぅ?」
「問題というか、好きって言われた」
「は?」
「へ、変よね? 少しは、好かれているかもとは思ったけど、言われるとは想像もしてなくて」
「そうじゃのぅ」
妙な方に煮詰まった結果ではないかと白猫は思うが言わなかった。ロマンスの欠片もない事実指摘はさすがに気が引ける。
やや自棄なところがあるというのももちろん言わない。
「嬉しくはないのかの?」
「そうは言われても、いなくなるでしょう?」
「うむ? そのつもりなら曖昧に誤魔化しそうではあるが、少々話をしてはどうかの?」
「その途中で、クリス様が帰ってきたの。一緒に連れてきた方はどなた?」
「む。あれが赤い鳥だ」
「東方のお方の? 用事は終わったってこと?」
「それが問題が発生して撤退してきた」
燈明と名付けられた鳥の聖獣は人型がとれる。ただし、女性のみである。今までは困っていなかったが、現在は困ることになっていた。
赤い鳥は赤毛で、ミリアによく似た雰囲気がある。黙っていれば、とつくが帝国内をうろつくには目立ち過ぎた。
男性としてならば問題あるまいと思ったのだが、簡単に化けられないと主張された。最低限、土台となるモデルが必要であるらしい。残念ながら白猫は形状固定をされており、人型はとらないためそれが妥当な判断かはわからない。
そのため、一般的かはさておいて男性ではあるナキに相談するために戻ってきたのだ
ミリアが眉をひそめて口を開きかけたときに、悲鳴が聞こえた。
「ナキじゃのぅ」
慌てたようにミリアが部屋の外に出ていく。
白猫はそのあとを悠々と出ていった。
白猫が目撃したのは壁ドンされるナキという愉快な状況だった。先に部屋を出たミリアは固まっている。
テーブルの上には用意しかけの飲み物が置いてあり、イスは倒れていた。
燈明は女性にしては背が高く見えるがやはりナキよりは背が低い。それでも同じくらいに顔の位置があるから少しばかり浮いているらしい。
しばらく様子を見た方が楽しそうだったが、その後、揉めそうなので声を掛けることにした。
「なにをしているのかのぅ」
「クリス様、この人どうにかして。俺に服脱げとか意味わかんないんだけどっ!」
ナキの焦ったような声は大変珍しい。
「ほら、人体構造がわからないからヒトの女しか化けられないんだ。参考として」
「無理っ!」
ナキは即否定であった。見た目が妙にミリアに似ているせいか払いのけるのも出来ずに耐えているのが面白い。
「じゃ、僕も脱げばいいだろ」
「意味がさらにわからないんだけどっ!」
燈明の面白がるような声音に白猫は頭が痛い。ナキの反応は新鮮だったのか密着とでも言えそうなくらい寄っていた。
白猫はちらりとミリアを見上げた。あきらかに不機嫌そうな表情が、鮮やかな笑みに彩られる。
背筋が凍るような笑顔じゃのぅと白猫は心の中で呟いた。
「嫌がることはしないものですよ。東方のお方の使者様」
穏やかでいながらぞくぞくするような声音にミリアの怒りが滲んでいるようだった。助けを求めるようなナキの視線が飛んできたが、白猫は首を横に振っておいた。
それでへにゃりと眉を下げるあたりがとても情けない。
「ん? あんたがミリアルドか。確かに似てるな」
燈明はミリアへちらっと視線を向ける。その後、平然とした様子で、ナキの表情を確認した。
「ふぅん? じゃあ、これで勘弁してやるよ」
「は? あ、ちょっ……」
燈明はナキの手を取り口元に寄せた。そして、がじっと指先を噛む。
「いったっ! な、なにっ」
「体液にはそれなりに情報が含まれてるから使える」
「いい加減、離れてくださる?」
ミリアの冷ややかな声に燈明も感じるところがあったのかようやく距離を取った。白猫はとことこと近づき、その足をたしたしと叩く。
不満そうに燈明は白猫を見下ろす。
「相手がいるなら先に教えてくれてもいいじゃねぇか」
「あっさりと行動するとは思わなかったからのぅ。同意を得るくらいは出来るかと思っていたのだが、ちがったようじゃ」
「同意?」
首をかしげる姿に白猫ややれやれと首を横に振った。人の世に紛れ込ませるには論外である。迅速に行動出来るものが他にいなかったとはいえ、もっと教育をした方が良いのではないだろうか。
鳥頭には無理かのぅと何気なくひどいことを考えながら白猫はナキとミリアの様子をうかがう。
なにやら痴話喧嘩めいたやりとりが聞こえてきた。
「さて、少し場を外すかの」
「え、なんで?」
「相変わらず空気が読めぬのぅ」
白猫はきょとんとした燈明を連れそっと外に出る。
色々お説教やら苦情が来ないと良いがと思いながら白猫はため息をつく。このあと数日とは言え、燈明とミリアを同じ場所に置いていくことになるのだが揉めるのは確実だ。あるいは険悪な日々が続くだろう。
「時間がかかっても零を呼ぶべきであったな」
人の世に紛れるのが得意なスライム系聖獣は、鈍足なのが悩みの種だった。東方のお方も重宝するのかあちこち行かされて現在地がわからなかったのが敗因だ。
燈明はふて腐れたように口を曲げたが否定はしなかった。




