非日常→非日常
ナキは白猫の不在三日目には色々諦めていた。日常モードに切り替えられるはずなのに全く非日常感がぬぐい去れない。
そもそも女性と同居というのはナキにとっては非日常である。元の世界の日常でも家族や親族を除けば同居したことはない。
それが成り行きとはいえ、好意を持つ相手との同居かつ、密室である。
自分の行動の結果という意味では自業自得ではあった。
少々どころではない挙動不審な自覚はある。今となって理解したことがある。建前、大事だった。
いっそ楽になってしまえばよいのではとナキの気持ちは傾きつつある。
「ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「私も聞きたいことがあったの」
昼食後にそう切り出せばミリアにそう返された。少しだけ苛立ったような口調にナキは間が悪かったと後悔する。
「拝聴します……」
ナキは神妙に答えた。本日も順調に挙動不審だったので心当たりが多すぎる。距離の取り方がおかしかったり、無意識に視線で追ったり、そのわりに会話が上の空だったり。
ミリアはきゅっと眉を寄せてからため息をついた。
「別に怒ってるわけじゃないのだけど。ナキは、私に構って欲しいの?」
「……ソウデスネ」
突き詰めていくとそう言う話ではある。ナキは項垂れた。出来ればテーブルに突っ伏したいくらいに恥ずかしい。残念ながら昼食の食器が残っているので不可能である。
「な、ななんで、そんな落ち込んでるの!?」
「年下の女の子に見透かされたのがとても恥ずかしい。クリス様がいたら指さして笑われるやつ」
「知っている子と同じ感じだったからまさかね、と思ったけど……」
「そー」
たぶん、その子もミリアのこと好きだと思うよ、とはナキは指摘しなかった。余計なことは言わないに限る。
ミリアは自分が恋愛対象になると思っていない節がある。婚約者がいるので、そんな風に思われることはないだろうと考えそうだとは思っていそうではある。
それだけでなく、私なんか、誰も好きにならない、とも考えていそうだ。
「私はどうすればいいの?」
ミリアに無邪気に問われてナキは言葉に詰まった。おそらく、ここに要求の乖離がある。相手は恋愛初心者どころか恋に恋する状態でもおかしくない。
本音を言えば冷たい目で見られて嫌われるかもしれない。すくなくとも引かれはするだろう。
「んーとー」
ナキは葛藤の末に一緒に食器の片付けをすることにした。洗って流して、拭いてしまうだけの単純作業に妙な緊張感が漂う。
話も弾むということはなく、沈黙になりがちだった。
「そう言えば相談って?」
「ちょっと考え直そうかなと思ったから今度にする」
「気になるんだけど」
「……結構、本気で好きなんだよね」
「そう」
カチャリカチャリと小さな音を立てる食器と水音。
ナキは手を止めてミリアを見下ろしても特に変化は感じられなかった。あっさり受け流されたとひっそり落ち込む。
「……あの、ナキ?」
しばらくたってミリアは口を開いた。念入りに同じ皿を洗っているなと思っていたが、もしかしたら考えごとをしていたのかもしれない。
「なに?」
「さっき、好きとか聞こえたけどなにか聞き間違いかしら」
「言ったよ」
「え」
絶句された。それほど意外だっただろうかとナキは首をかしげた。露骨でわかりやすいくらいだった自覚はあったのだが。
ナキは動揺しているミリアの手から最後の皿を取り上げる。落としそうで気になった。割れるのは構わないが焦って怪我をされそうだ。そのまま泡を流して拭いて食器棚に戻す。
「大丈夫?」
「そ、そんな急に好きな人から好きって言われて処理できるわけないじゃないっ!?
どうしてナキはそんなに平然とした顔でそんなこと言い出すのっ!」
ナキはミリアに涙目で睨まれたが、可愛いだけで全く効力はない。これ、抱き寄せても怒られないかなと実行に移すか迷っている間に入り口の扉が開く音がした。
あれは外部から開くと特別な音がする。
「ただいま」
「おう、邪魔するぜ」
入り口のほうでそんな声が聞こえてくる。ナキは思わず顔をしかめた。もう少し早く、あるいは遅く戻ってくればよいのに。あの駄猫。
それにしても聞き覚えのない声の主はいったい誰だろうか。柔らかい声質と口調が全く合っていない。
「他に誰か入れるの?」
「鍵を持っている人がつれてくれば入れるらしいけど。クリス様の連れなら問題ない、と思いたい」
本人に問題は無くとも問題ごとは連れてくるかもしれない。そう思ったが黙っておくことにした。




