非日常→日常
それは隠れ家に逗留して翌日の朝のことだった。
「なにごとぉ?」
早朝、ミリアがぼんやりとした顔で身を起こしたのにはわけがあった。
「いやいや、なんでそこでいなくなるのっ!? 用事ってなにって待って!」
大変焦ったようなナキの声が響いてきたからであった。防音効果の高い部屋ではないようだ。そう言えば扉の閉まる音くらいは聞こえてきたなと思い出す。
ミリアは寝ぼけた頭でそんなことを考え、もう一度ベッドにぱたりと戻る。
そうしていてもまだ声は聞こえて来た。言い争うというより、ナキが一方的になにか言っているようだ。珍しいと言うより初めて聞いたような気がする。
ミリアは少し異常事態なのではないかと思い直して、もそもそと再び起き出した。
ふわっとあくびをしてミリアは扉をそっと開ける。
外への扉の前で肩を落としているナキの背中が見えた。聞かずとも落胆が滲んでいる。
「うそだろぉ。密室に置いてきぼり」
「どうしたの?」
ナキがぎぎぎと音がしそうなほどの動作で振り返った。作り笑いを作り損ねたような微妙な表情にミリアは嫌な予感がしてきた。
「クリス様、用事があるからって出て行っちゃった」
「……うん? 仕方ないんじゃない?」
「うん。そうだね。というわけでね。突然、二人暮らしなわけなんだ。数日くらい」
本当に驚くと声も出ないものなのだとミリアは冷静に思った。
「それでは、改めてミリアさん、今後について話をしようか」
その後、一種の現実逃避的にお互い部屋に戻り、朝の支度や朝食まで終えてしまった。
食器も片付け、洗い物は後回しと食後のお茶を用意してからの沈黙が長かった。
気まずいと言うより、え、どうしよう? という雰囲気が漂っているなかでナキにそう切り出される。
「……なにその、ミリアさんって」
「恋人偽装はもう不要なんだから、通常の対応には戻すよ。というか戻させて。ものすっごい不慮の事故を起こしそう」
ナキの少々虚ろに見える表情が怖い。ミリアは否と言いそびれた。
不慮の事故って? と聞ける雰囲気でもない。別に嫌われて対応が変わったというわけではなさそうなので、良しとしようと無理矢理納得させる。
「じゃあ、ナキ殿?」
「俺はナキでいいよ」
「それなら私もミリアでいいのだけど」
「……じゃあ、そこは、それで」
「それで、今後のことって?」
「あ、うん。クリス様が戻ってからだけど、僕は一度帝国側に再入国して国境が開くまでは逗留することになる。
その間、どうしたいか聞きたいかな。向こう側に戻るのはダメだよ」
「しばらくはここにいるわ。半月もかからないでしょう?」
ほとぼりが冷めるまでとは言わないが、ルー皇女が帝国に戻るまではミリアもなにかをはじめる気はない。
最新情報を手にしてから傾向と対策を練りたい。といいわけして、色々時間を引き延ばしたいと方針を決めている。焦ってよいことはない。
「そう思いたいけどね。ここにいるなら食料の補給は忘れずに。そのあたりはクリス様が戻ってきてから話をしよう。出入りが目立たない町まで移動が必要かもしれない」
「そのクリス様はいつ戻るの?」
「数日程度、とは言ってたよ。赤い鳥がやってきたとかなんとか」
「……その間は?」
「どうしようか?」
お互いに顔を見あわせても気の利いた解答は出てこなかった。




