彼の秘密(のごく一部)1
「おかえりなさい」
ミリアは何事もなかったような顔で返した。色んな言葉がぐるぐる回っているが、今それを聞いてしまう余裕はない。
ある程度、考えを表に見せない訓練をしていてよかったと思った。
ナキにはさらに不思議そうな顔をされたので、多少は透けていたのであろうが指摘はされなかった。
「ただいま。さて、休めるところに移動しようか。ユークリッドから預かったものあるよね?」
「あ、うん。これ?」
「そうそう。数十年もののチートはひと味違う」
ナキはミリアから箱を受け取った。
「この箱、どうするの?」
「ああ、ちょっと借りた鍵とでもいうべきかな。
解錠せよ」
その場にいきなり扉が現れた。
ただの木の扉である。重たげではあるが、飾り気もないただの扉だけが支えもなく存在していた。
森の中という状況で強烈な違和感しかないしろものではある。
ナキは手の内でくるくると箱を弄っていた。
「……なにをしたの?」
「詳しくは中で話すよ。長く開いておくとよくない」
ナキは扉を開けると背を押されるようにミリアを中に入れた。白猫が続いて入り、ナキは辺りを見回してから扉を閉めた。
忽然と現れた扉は、現れたと同じように消えた。
ミリアが扉をくぐると中は部屋だった。がらんとした印象だが、部屋の端に家具が寄せられているせいのようだ。少なくともテーブルとイスくらいはある。
「家の中?」
ミリアが先日まで借りていた部屋に似ているような気はする。見回せば三つの扉と窓が二つあった。その一つからナキが現れる。そこが外へと繋がる扉らしい。
「隠れ家だそうだよ。ここともう二部屋あるらしいからミリアはそっち使って。生活上に必要なものは揃っている、って言ってたけどどうかな」
「住むの?」
「一時避難ってとこ。念には念をって感じ」
「……うむ。軟禁ではないぞ」
思わずミリアは白猫に視線を落とした。悪気は全くないらしい。どこかに行きたいわけでもないが、どこにも行けないのは全く別問題だ。
「人聞きの悪い。ちゃんと鍵は渡すよ。
まずは荷物置いてきて。その間に座れるようにしておくから」
ナキは呆れたように言う。ミリアは少しほっとして一つの扉に向かった。白猫がそのあとをぱたぱたと追う。
「クリス様は話がある」
「にゃ!?」
ミリアが振り返れば首根っこを捕まれてぶらりぶらりと揺れているのが見えた。
助けを求めるような鳴き声が聞こえたが、ミリアはそっと聞かなかったことにした。白猫は時々、不用意に失言する。先ほどの軟禁などと言い出したのを叱られたりするのだろう。
扉の向こう側はがらんとした部屋だった。窓が大きめにとってあって室内は明るいが、家具は作り付けのクローゼットとベッドのみだ。一つ、入ってきたとは別の扉があったが鍵がかかっている。
気にはなるがミリアは荷物をクローゼットにしまうことにした。
ミリアの持ち物は何枚かの着替えと細々とした身支度を調えるためのもの。最初にナキが用意したものから多少は増えたが多くはない。
以前は溢れるほどのものに囲まれた生活をしていたのだなとミリアは思う。いずれは王太子妃となる立場ならそれは当然であった。みすぼらしいとは言わせないと気負っていたところもあるだろう。
今の方が遙かに気楽だ。
荷物を片付けて、元の部屋に戻ったときにはテーブルとイスは部屋の真ん中に置かれていた。テーブルの上に飲み物と焼き菓子の皿が用意されている。
ナキは先に座っていてぼんやりと頬杖をついていた。疲れているような眠たげな様子に見えた。
「クリス様は?」
「そこ」
白猫は部屋の隅に置かれたふかふかなクッションに埋もれていた。半分くらい体が沈んでいる。ぱたりぱたりとシッポが揺れているところをみれば寝てはいないようだ。
ミリアもイスに座ったもののナキに休むように促すべきか迷った。
「大丈夫?」
「あんまり。なんだか、どっと疲れた」
「それならゆっくり休んで。部屋で大人しくしているから」
「現状説明したらね。ええと簡単に言えば、ミリアだけは帝国を出国して、王国に入国した扱いになっているよ」
「私だけ?」
「そう。俺はすっかり忘れてたけど、商人の出入りは禁止されていない。だから、正式に出入国された扱いをされている。なんか、リンがひっそりこっそり手続きして紛れ込ませたってさ。別れる前に知らせてきた」
「……それってどうなの」
本人の同意なく行われたことにミリアは呆れた。場合によっては知らせなかったということもなんとなく察してしまう。問題なければナキと一緒に帝国側に戻ればよいということだからだろうか。
実際は問題は発生していたのだが。
「必要なければよかったんだけどと言ってた。というわけで、国境越えられない問題は解決。念のため数日は隠れるけど、皇子様も他国までは追ってこないと思う。そこまでミリアには興味もってなかった、って認識であってる?」
「そうね。ルー様のご機嫌を取るための道具、みたいな印象かしら。ディートリヒのほうが執着的ななにかを感じて嫌だったんだけど……。結局どうしたの?」
「抵抗したら無理矢理、連れて行かれそうな気配だった。ミリアを先に出して正解だったと思う」
「どうやって、誤魔化してきたの?」
なんとなく、誤魔化す雰囲気を感じてミリアは重ねて聞いた。ナキは気まずそうに視線を白猫のいた方に向けている。
ミリアも何となく見れば、白猫はいつの間にか姿を消していた。
2人きりになるのはやめておけと言いながら、消失するとはいったい。ミリアは一貫性のない行動に少々呆れる。
あーうーと煮え切らない態度で、お茶を飲んでいる振りをしているナキを見ると本当に気が進まないらしい。
ミリアのこれ見よがしなため息にびくっとしている。
「……んーとー、その、怒らない? いや、怒られると思うけど話している間は怒らない?」
「意味がわからないわ」
ミリアがわかったのは、怒られるようなことをしたということだろう。
すでに一回保留した怒るべきこととは別なのだろうか? ミリアはじっとナキを見つめた。
ナキが諦めたように話を始めたのはしばし時間がたってからだった。




