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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
冒険者と侍女と白猫

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待ち合わせ


「おそい」


 ミリアは呟いた。彼女がいるのは国境の町にほど近い森の中だった。白猫の背に揺られて運ばれたのでどの程度、距離があるのかは不明だ。ほどよく暗いので、時刻は全くわからない。小腹が空いたような気もするので、朝から昼に近い時間帯のようにも思えた。


「クリス様、お腹すいたわ」


「うむ?」


 不意に背中に当たる暖かい毛皮がもぞりと動き出す。

 毛皮ではなく、きちんと中身のある聖獣様なのだが先ほどまではぴくりともしていなかった。なんでも一部、分けることが出来るらしい。その気になれば何十匹と増えることは可能とのことだが、別々に動かすのは苦手らしく同調してしまうようだ。あれは不気味とナキはげんなりした顔で証言していた。

 現在は可能な限りメインとサブで機能をわけているらしい。


 この大きな姿のほうが今はサブのほうだった。ミリアが逃げだそうとすればやんわりとシッポで拘束され、話しかけても幼子にするように、うむうむ、わかった、よく寝るようにと言われるだけだった。


 うるさかったのか、昨夜は気がつけば寝かされていた。不自然に意識が途切れているのでなにかされたのではないかとミリアは疑っている。


 ミリアが動き出しても白猫は置物のようにもう動かない。それを確認してから荷物の中から保存食や水を取りだして少しだけ口にする。保存食といえどミリアの知っているものとは違うし、おいしい。

 ナキの用意するものは、いつもちょっと違う。冒険者用としてあるのかと思えば、それも違うようでいったいどこから入手しているのか謎だ。

 それも秘密だったなとミリアは思い出した。


 お互いに言えないことが多すぎる。

 この先も良好な関係を維持するのは少々骨が折れそうだ。いっそ、なにも聞かずに別れた方が良い思い出になるのではないかと考え出すくらいには憂鬱になる。


 美化される思い出のほうが現実よりましな気がする。ミリアはため息をついた。


 それは五日目の深夜から始まっていた。

 ミリアはここ数日、寝付きも夢見も悪かった。暗い闇の中で、一人きりの夢を見る。あるいは、牢獄の夢を。

 彼らがまだ側にいるせいであろうとミリアは誰にも言わなかった。


「ん-?」


 ようやく睡魔がやってきた頃に遠く、名を呼ばれた気がした。重たい目蓋を開ければ、白い物体がそこにあった。


「にゃあ」


 白猫かとミリアは再び、目を閉じた。にゃと慌てたように鳴いたようだが今は眠気の方が勝っている。一緒に寝たかったのだろうかと手元に抱き寄せようとすればべろりとざらついた舌が頬を舐めた。

 驚いて悲鳴をあげたが、ミリアの口からは声は漏れなかった。それには驚いて起き上がって話そうとすれば、白猫にたしたしと足を叩かれる。


「すまぬが、少々予定変更になった。静かに馬車をでてもらいたい」


 困ったように白猫は言う。

 ミリアはそれに首をかしげた。


 見回せば少し離れたところでルー皇女は静かに寝息を立てている。起きる気配はなかった。ユークリッドはさすがに同じ馬車で寝ることはなく、外で休んでいるはずだ。

 白猫が見咎められずに入ることは可能かもしれないが、ミリアが動けば少なからず目立つ。外には護衛も不寝番を務めていた。


 動こうとしないミリアに焦れたのか白猫は再び足を軽く叩き促される。

 上着を羽織ってミリアはそのまま外に出た。全く音が聞こえない。外を見回しても誰もいないようだ。

 不審に思いながらも白猫の導きの通りについていくが、妙に静まりかえっていて不気味だった。


 国境というのは開けた場所ではない。道とその周りくらいは見通しがよいが、それ以外は木々が鬱蒼を茂っていることが多い。

 身を隠す場所には事欠かないということでもある。獣でも人でも。白猫がいる以上、危害を加えるなにかはいないのだろうが、それでも安心とは言えない。

 行く先に小さい明かりが見えてミリアは少しほっとした。見慣れた人影がそこにいる。


「夜遅くごめんね。このまま置いとくのはまずい感じがしてさ」


 奇妙に朗らかなナキの声にミリアはぴたりと足を止めた。明かりが暗いせいか表情の半分は隠れているが、口元に笑みはある。

 その口元の三日月のような笑みに不穏なものを感じたのはなぜだろうか。


「どうしたの?」


 ミリアは慎重に問う。雰囲気も少々おかしい。なんだかものすごく、怒っているような気がした。

 白猫もあまり近寄りたくなさそうで、ミリアの側で足を止めている。

 ナキは話をするには遠いと思ったのかもう少し近づいてきた。今は表情が見えるが、機嫌が良さそうなのに、なんだか怖い。感情をごまかすように笑みをはり付けているみたいだった。


「あのディーなんとかがこれで、ミリアから手をひけって。馬鹿にしてるよね」


 楽しげにナキは小さな袋を見せた。小さく振るとちりんと音を立てる。


「お金?」


「銀貨十枚。金で女を売る男と思われたのはさすがに腹が立つ。そもそも安すぎる」


「受け取ったの?」


「叩き返したかったけど、それすると完全に喧嘩売るからね。俺個人、というより冒険者が仕事中に貴族に喧嘩売るというのが問題になる。

 まあ、クリス様が止めなきゃやったけどさ」


「闇討ちは明日以降にせよ」


 白猫の言い分も呆れたように言うことではない。

 ミリアは一人と一匹の機嫌がとても悪いことを理解した。ディートリヒはこの一人と一匹を完全に敵に回したらしい。

 あまり他人に敵意を向けるタイプではないナキを怒らせるというのは相当なことをしたのだろう。


「という事情により、表立って手出しするのは難しくなったからミリアには先に外れてもらう事にした」


「そうは言ってもいないこと、ばれるでしょ?」


 ミリアが馬車に引きこもっているということにしても表にずっと出てこないのは不自然だ。町に着いた時点でいなくなるのも難しいだろう。人目が多すぎる。

 それにナキが気がつかないわけもない。しかし、彼は全く気にした様子もなかった。


「そこはなんとかする。明日の朝までに戻らないつもりで準備してて」


「なんとかって。なにするの?」


「それは秘密」


「教えてくれないとしないって言ったら?」


「強制になるだけだね」


 あっさりとナキは言い切った。その点は全く譲る気は無いらしい。

 白猫を見ても首を横に振っている。こちらもミリアには知らせる気はないようだ。


 彼らがなんとかするというのならなんとかなるのだろう。ミリアは全く納得出来ないが。


「ナキが心配なのだけど」


「俺? 大丈夫だよ。ミリアが安全なところにいてくれた方が安心する」


「私は安心出来ない」


 万が一ということは常にある。想定していないことが突発的に起きてしまうことも。

 ミリアの不安顔にナキは困ったように苦笑した。


「んー。大丈夫な理由はあるんだけど、いくら、好意があっても教えられないことはある。信用ってんじゃなくて、ミリアもあるでしょ。国家機密教えろとか言われても言えないのと一緒」


「……そうね」


「万全にしたいなら、ミリアにも手伝って欲しいことあるけど」


「いいわよ」


「中身はちゃんと聞いた方がいいと思うな」


 そう言って、距離を詰められた。頬に触れられたナキの手がひどく冷たく感じる。

 ミリアが驚いて声を上げる前に唇がふさがれた。なにが起こったのか理解する間もなく離れて行く。

 ミリアにはキスをされたという事実が受け止めきれない。

 いきなり、どうして? という疑問しか浮かばない。

 なにがどう手伝いになるのかも理解不能だ。


「ほんと、可愛い」


 呟く声はとても近くて、ミリアが見上げれば視線があった。

 それが合図だったかのように再び重ねられて。深く求められるようなものに翻弄されるしかなかった。


「あ」


 それが終わったのは唐突だった。急に息がしやすいなとぼんやりミリアは思う。ナキに焦ったような表情でのぞき込まれて、少し現実に戻ってくる。


「ごめん。大丈夫?」


「大丈夫じゃない。今までそんなそぶりなかったのに」


 涙目でミリアは訴える。今まではむしろ避けているようにさえ思っていた。うっかり手出ししてしまわないようにきっちり線を引いていた。

 後腐れなく、ごねられることもなく別れられるようにしているように。


「俺もね、ここまでする気はなかったので大変動揺してます」


 そう言うナキはいつもより平坦な声で口調さえ異なっていた。そのまま少し距離を取られてミリアは寂しいのかほっとしたのか、なんだか色々混じって落ち着かない。


 ナキが赤い顔で口元を押さえて、あーうーと唸っているところを見れば意図的なところを越えて衝動に任せたことだったのだろう。


 別の人に同じようにされたこともあるが、非常に不快だった。しかし、ナキとのそれは不快ではなかった。よくわからなかったと言うよりももっと、と思い返しミリアも顔を赤くした。なんだかとても恥ずかしくて地面を見つめれば、白猫の存在を思い出す。

 白猫は気がつけばいなくなっていた。


「えっと、怒ってる、よね? ごめん。あとで、怒られます。今日は勘弁してください。明日以降の色々に差し支えるので」


「……わかった」


 ミリアの顔色をうかがうような態度が一番気に入らないのだが、ナキはそれはわからないらしい。


「あとで、説明してくれる?」


「はい」


 もはや説明の拒否はしないようだ。

 それからぎこちなく別れ、翌日もほとんど顔を会わせなかった。

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