五日目 2
「……その、ヤキモチって?」
少し落ち着くとその前に言われた事が急に気になりだした。ミリアの問いにナキは少し困ったように笑う。
「その場所、俺の、みたいな気分になったかな。
まあ、ミリアが嫌そうで塩対応な時点で全く羨ましくはなかったけど。あいつドMなわけ?」
「ドM?」
そう言えば、ユークリッドもドMなどと言っていた。ミリアの知識にはない言葉ではある。塩対応も記憶にない言葉だった。
なにかスラングの一種だろうか。あるいはナキの故郷の言い回しなのかもしれない。ナキは少し言葉を探すように沈黙した。
「えーと、被虐趣味とか? そんな感じ?」
「知らないわよ。断っても堪えないどころか好感度が上がるっておかしいでしょう!?
仕事なのでといわれれば引き下がるしかないのも本気で嫌なの。あの人、嫌味や嫌な顔しかしなかったんだから。それが、にこやかに対応してくるだけで鳥肌が立つわ」
ミリアが今までの不満を口にするとナキは苦笑していた。
「それはそれは……。そんな状況でお願いするのもなんだけど、明日まで我慢して欲しい」
「なにかするの?」
「契約終了まで待たないでなにかしたら、冒険者ギルドの責任になるからダメって釘刺された。まあ、俺も同意見ではあったけど」
「どういうこと?」
「帝国のギルドって基本的に国家運営だから、王族相手にはできない。俺が皇子の側近に何かしたら、現時点では冒険者ギルドに苦情が行く。皇女がいるのに問題を起こしたなんてのは、つけいれられる隙だろ。国の介入を許すとろくなことにならない」
「……普通はそこまで考えたりしないんじゃない?」
「そう? ま、俺のせいでなんか懲罰人事とかあったら嫌だし。変な恨みは買いたくないってところもある」
「明日になったら?」
「ん? なんか言われたらミリーは俺のとか主張するよ。嫌じゃなければ、だけど」
「そ、そう。わかったわ。必要ですものねっ! その、ナキは、嫌じゃないの?」
余計なことを聞いた。ミリアはナキに見返されて後悔した。頬が熱い。相手がどう思っているかなんて推し量っても仕方がないのに。
ミリアから言えるものではない。散々世話になって、その上で好きになって欲しいなどと。
「……はぁ。俺って思ったより、凶暴なんだな……」
長い沈黙の末に聞こえたのはナキの独り言だった。ミリアの返答は求めていないに違いない。
ミリアにはナキと凶暴という言葉が一致しない。荒事の気配すら薄いのに凶暴とは。
「嫌なら最初から言わないよ。なにもなかったら、数日、町に逗留して帝国側に戻るつもりだけどいいかな? 依頼で国境越えてるから戻る必要がある」
「わかったわ。そのあとは?」
「少しどこかに落ち着いて冷静になってから行動した方が良いと僕は思う。ただ、時間をかけた方が悪化することもあるからそこら辺を聞きたいかな」
いつもの調子でナキが聞いてくる。いつも通り過ぎて少々不審な気もしたが、ミリアは言わなかった。指摘したらまずい予感しかしない。
そう言えば、白猫は外にいたままだったと今さら気になり出す。外を確認したらダメだろうか。どうせなら中に入って欲しい。
「クリス様は?」
「聞いてみたけど、好きにすればよかろう、ってさ。別件で今手一杯らしい」
「別件?」
「詳細は聞くなということなのでほっといてる」
聖獣には聖獣のお仕事もあるということだろうか。ミリアは白猫がのんびりと撫でられたり昼寝したりする姿しか見た記憶がない。確かに不在な時は多いような気はするが。
「そう。私も落ち着いて作戦を考えたいところね。私の情報がどのように拡散されるのかもわからないから、ルー皇女との交友は絶やしたくないわ。ある意味、両方の情報に触れられるから色々把握できそうだし」
「信用できる?」
「個人としては、信用出来るけど皇女としてはどうかしら。少なくとも兄の行いに怒っている間は味方か中立だと思う」
「リンは?」
「全く読めないわ。仕事なら色々するでしょうけど、個人的には見ない振りしたいみたいだし。ナキの方がよくわかるんじゃない?」
「俺もさっぱり。まあ、今はディーなんとかが邪魔しなければなんとか出来そうなんだけどね」
「ほんと、邪魔。誤解からの善意ってこうも悪質なのね……。しかも、相手が身分とかあるとそれも考える必要あるって知っていたけど、厄介だわ」
「さて、また絡まれる前にミリアも帰りなよ。あと、限界まで我慢して欲しいって話でもないから、無理ならすぐに呼んで。クリス様も付けとくから無理も無茶もしない」
「……すぐに呼ぶことになるかも……」
遠い目をしてミリアは呟く。わりと激怒手前だ。自分のことならいくらでも我慢出来たが、ナキのことになるとその我慢が難しい。
もし、目の前でなにか言われたら少し自信がない。
それは少し前までのミリアではあり得ないと笑ったようなことだ。
「俺もあんまり自信ないかな。途中までは送っていくよ。そんな距離もないけどさ」
「あ、お湯もらってこないと。休憩でお茶用のものを用意してもらうっていいわけしてきたから」
「じゃあ、そこまで」
ナキは先に馬車を出る。白猫がにゃーと鳴いているのが聞こえた。それにナキが小声で言い返している。
それが以前と同じようでミリアは小さく笑った。




