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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
冒険者と侍女と白猫

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二日目 4


 びっくりして固まってしまったナキを置いて、ミリアはその場を去った。

 少しも動揺せずにいると思った行為が思いがけない反応を示している。親しい相手の額にキスをするのは別れの挨拶としては普通だ。相手は家族や恋人などであったりするが、設定を十分に考慮すればおかしくはない。

 そうミリア自身も心の中でいいわけしたものの誰にもしたことはなかった。婚約者がいても親しくはなく、家族がいてもそこまで心温まる関係ではなかった。

 かろうじて遠い昔に母にされたことがあったような気がする程度だ。


 それにも関わらず、ついやってしまったとミリアは熱くなった頬に手をあてる。最近、接触が減ったせいか箍が外れがちではある気はしていた。


「これじゃ、あの子を笑えないわね」


 同じくらいに愚かである。

 ミリアは浮かびかけた苦笑を消した。妹のしたことを許しはしないが、ようやく、わからなくもないと思える。


「あ、いいところに帰ってきた!」


 ルー皇女の馬車に近づいてくるとそわそわした護衛の一人に会った。


「どうしたの?」


「姫様が偉そうな騎士と揉めてるっていうのかな。姫様と対等に話すなんてかなり高位な人よね?」


「そうね。ユークリッド殿は? 最初の対応は彼の仕事みたいなんだけど」


「それが、ふらっと出てくるといって帰ってこなくて。探しには行かせたけど、護衛を減らすわけにもいかないでしょ?」


「いないタイミングを狙われたのかしら?」


「さあ? それとなく仲裁をしてもらいたいんだけど、大丈夫?」


「状況を見て考えるわ」


「よろしく」


 ほっとしたような顔をされて、ミリアは苦笑した。護衛程度では話をする事さえ出来ない場合がある。やはりちゃんとした家柄の正式な侍女の一人や二人は連れてきて欲しいものである。


 この一団の中で実質、一番偉いのは皇子、続いてルー皇女である。例外的にユークリッドが対等での会話が許されているという雰囲気ではあった。

 他で言えばディートリヒが該当しそうだが、言い争うほどに興味はないだろう。


 ミリアは現場に近づいて理解した。聞き分けのない子供に手を焼いている、あるいは、年の離れた兄弟の扱いに困っている、そんな雰囲気さえする。


「おまえはなにが不満なんだ」


「なにもございません! どうぞ、おかえりくださいっ!」


「なにをそんなに怒っているのかわからないんだが……」


「ええ、わからないでしょうね。だから、とっとと消えてください」


 言い合っていたのは兄である皇子と妹である皇女だ。

 正しく兄妹喧嘩である。おろおろしている側近が滑稽な気すらした。誰も止められない不毛な争いである。

 当然、ミリアはあの皇子の前になんか出たくもなかった。髪色や振る舞いが違っても顔が変わったわけではなく、似ていると目をつけられるのは避けたい。それ以上に、押し込めている感情を抑えきる自信はなかった。


 ミリアは全て見なかったことにして、ナキに甘えてこようかなと現実逃避したくなる。早く戻らず、もう少し迫っておけばよかった。理性がなんとかと言っていたので、あと一押しのような気もする。

 そうだ、癒されよう。

 逃避を決めてミリアがくるりと踵を返そうとすれば、がしっと護衛たちに肩をつかまれた。

 ミリアがいつの間にと思うより先に怖い笑顔に凄まれた。


「どこいくのかしらぁ?」


「嫌よ。あれ。どっちにも恨まれるじゃない」


「そこをなんとかしてよ。姫様だけでも馬車に戻すとか」


「……何かあったら、ナキに伝えてよね」


「了解。足には自信ある」


 彼女たちにぱちりとウィンクされ、ご機嫌に背を押される。少しよろめいたのは、根本的な鍛え方の違いのせいだろう。


「……姫様、戻りました」


 ミリアは空気を読まずに声をかけてみた。ルー皇女は一瞬顔をしかめた。だが、何事もなかったようにミリアの側に歩いてくる。

 皇子からの視線が向けられたのはわかったが、ミリアはうつむいてやり過ごす。顔を見ていれば嫌味の一つも口からでてしまいそうだった。商家の娘という立場で知らぬ相手にする態度ではない。相手があきらかに高位の貴族風であるならばなおさら。


「では、騎士様、ごきげんよう。行くわよ」


 ルー皇女は皇子ににっこり笑ってからミリアの腕をとった。心配そうに見上げられたので、ミリアは小さく肯いた。ここでなにか揉め事を起こしたいわけではない。

 一人であったらわからないが、人目があると思えば感情を殺すのは慣れている。


 あとでクリス様にあとで愚痴の一つでも聞いてもらおう。なにをしているのか今も姿を見せない。


「新しい侍女はそんなに気に入りか」


「ええ、誰かがいるとお仕事してくれない人たちよりずっとましですわ」


 しばしの奇妙な沈黙にミリアは気がつく。ちらりと視線をあげて後悔した。皇子と目があった。

 不本意ではあるが付き合いが長い皇子の癖は把握している。彼には興味のあるものを凝視する癖があった。言葉や態度では示さないのは、それの影響をよく考えた結果のようだった。


「わかった」


 ふいと外された視線にミリアは胸騒ぎする。

 ルー皇女もなにか感じたようで怪訝そうな顔で皇子を見返していた。


「どうされたのかな」


 ルー皇女がなにか言う前にのんびりとした声が聞こえた。ようやくユークリッドが戻ってきたらしい。


「ユーリ! おそいっ!」


「話を聞きたいと捕まってしまいました」


「もうっ! 出立の予定ってどう思ってるのかしら。追っ払って」


「おやおや。畏まりました」


 困った子供たちを見るようにユークリッドは皇子と皇女をみる。

 それを見ることなくルー皇女はぐいぐいとミリアを引っ張って馬車の方へと移動し始めた。


「少しは大人しくされてはいかがですかな」


 そんな声が背後で聞こえる。なんと答えたかは聞こえなかったが、ただ、視線だけを感じた。

 それでもミリアは振り返らず、馬車に入り込む。


 入るなり二人ともため息を溢した。馬車内は出てくる前とは変わりがないのがほっとする。


「とりあえず明日の朝までしのげば、兄様は帰るしかなくなります。国境を越えるのは許されていない。そのまま帝都に戻る約束になっています」


 国境は近いが越えるのは明日の朝の予定だ。初期の予定ではすでに国境を越えていたはずなのだが、王国側も受けいれが間に合わなかったために調整されている。

 その後の予定も変わると思った方が良いだろう。


 それまでになにもないといいけど。ミリアはもう一度ため息をついた。

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