二日目 3
昼食のサンドイッチと飲み物を受け取り、二人は少し休憩地点から離れた。もの言いたげというより、生暖かい視線を向けられたのはおそらく気のせいではない。
出来る限り見えないところにいる方が無難だろう。
木の陰になり、向こうからは見えない地点でまずは昼食をとることにした。
「で、クリス様は?」
「姫様とご一緒するんですって」
事前に準備してきたのか地面に布を広げながらミリアはそう答える。侍女服を汚すわけにもいかないので、それは構わないのだが二人分には狭いように見えた。
ナキの気のせいかもしれないが、変に気を回されているような気がする。確かに食事をしないのでここにいなくても良いのだが。
ミリアはぽすんと布の上に座って、座らないの? と言いたげにナキを見上げた。
ナキは思わず二人くらい入りそうな距離を空ける。
「……遠くないかしら」
「理性の持ち合わせがちょっと」
「なにそれ。
聞かれたくない話だから、もう少しこっちに来て」
「はい」
ナキは大人しくひとり分は詰める。それでも遠いと見なしたのか寄りなさいと言いたげにミリアに服を引かれた。
諦めて、さらに半分近寄ったが呆れたようなため息をつかれ、ミリアの方が近寄って来た。
「で、なんの話?」
ナキは平静を装って尋ねる。ミリアからふわりと漂う甘い匂いと体温さえ感じそうな距離感がとても落ち着かない。
大事な話でも上の空になりかねない状況は頭が痛かった。
「ふたつあるの。
一つは、リンって人、王国の子飼いの諜報員、とでもいうのかしら。おそらく他国へ潜入専門の人よ」
「へ? 前にあったことあったよね?」
「知っているのは声だけだったから、思い出せなかったの。
朝、話をして思い出したのだけど相手はもっと前から気がついていたみたい」
「なんの話?」
「穏便に済ませて欲しいと仕事でなければ関わらない宣言かしら。邪魔が入ったから用件は別にあったのかもしれないけど、知らない」
「砦にはいたんだよな。確か。俺がなにもしなくても、助けてもらえたかもしれない?」
ぱちぱちと瞬きしてから、ミリアは唇だけで笑った。
「ないわ。それは、ない。無理に取り返して、揉めるより観察するでしょうね。
死んでも生きていても、彼らにはどちらでもよくて結果だけ報告を求められる、そういう立場よ」
「じゃあ、今、なんで接触してきたんだろ」
「さあ? 一度死んだからかしら」
ナキには到底それだけとは思えない。ミリアはそれは放置するつもりのようだ。その気があればすでになにかされている。それに彼女の立場であればなにかしようもないから当然かもしれない。
国に知らせるのを止めることも、知ったから逃げることもできない。
唯一するなら、こうしてナキに知らせるくらいだろう。
場合によってはそれすら黙っている可能性すらある。先ほどのリンの行動はそれさえ踏まえているのかもしれない。ミリアから言われねば、ナキから話をしようかとは思っていたのだ。
おそらく、ミリアに関しては黙っていることはないとすら予想しているだろう。
見透かされてようで腹が立つが、なにも言わずに敵対されるよりはましだ。
「もう一つは?」
「もう一つの方がたぶん面倒よ。ディートリヒに見たことのある顔と言われたわ」
「それ誰?」
「皇子の側近。いなかった?」
「……あー、もしかして、ジャックとかいう人かな。なんか偽名っぽいっておもったらほんとに偽名か。
え、まずくない?」
「良くはないと思うけど、下手な口説き文句と一蹴しておいたわ」
「確かに常套句ではあるね。
さて、どうしようか」
「他人のそら似で冷たくあしらう1択」
「できるの?」
「するわよ?」
きょとんと首をかしげられた。確かにミリアは酒場でも仕事をしていたお店でもさらっと躱していたように思う。
酔っぱらい相手には慣れてるなんて言ってはいたが、それでもたいして困っているようではなかった。情報収集とさらっと言い出すくらいには強かではあったのだ。
「それでも迫られたら恋人がいるとか言っておくわ。ミリーには事実だもの」
なんだろう、ものすごく、責められているような……。
ミリーには、というところが。
ナキはそれ以上考えることはやめた。どうもそれを突き詰めると都合の悪い事実が出てきそうだ。
隣では澄ました顔でパンを食べているミリアがいる。容赦なく寄りかかってきているのは確信犯だろう。ちょっと耳が赤い。
「早く食べないと置いてかれるわよ?」
いつもと同じような調子のミリアに少しばかり釈然としない。
しかし、言われていることももっともなので、ナキも同じようにかじりついてみる。しかし、味が全くしなかった。
甘い匂いとか柔らかいとか温度とか、食べている様子がとても可愛いとか、頭の中をぐるぐると回っている。
色ボケしている場合ではないと理解はしているが、行動は矛盾しそうな予感しかしない。こうなれば口を開けば余計なことを言い出しそうで、黙って食べるほかなかった。
「もう、戻らないと」
先に食べ終わったミリアは軽くそう言って立ち上がった。
「がんばりすぎないように」
それに少し嫌そうな顔をしたところをみるとナキ以外にも同じように言われたのだろう。
「ナキもね。ユークリッド殿に気に入られたとか?」
「ああ、俺の話、どこかでした? 今度手合わせしたいとかうきうきしてたって聞いたんだけど」
「受けない方がいいわよ。指南なんて普通しないのですって。
断っても角が立ちそうだけど」
「……そっちから釘刺しておいてよ。だだでさえ、居心地悪くなってきてるんだから」
「聞くかしら。言ってみるけど」
「よろしく」
ふとなにかを思いついたようにミリアはナキの前に屈んだ。
「よいことがありますように」
ふわりと額に触れたものはひどく柔らかかった。
さっと立ち上がりミリアは背を向ける。ナキは額に手をあてたまま全くうごけない。額へのキスは不意打ちでされるには刺激が強すぎた。
おそらくは、なにかこの地域での意味のあることなのだと思うのだがナキは知らない。その姿が遠くなってようやく、呟く。
「ほんとさー、勘弁してよ」
話をするときに柔らかかったと思い出すに決まっている。敷いていた布も忘れていったので、何かしらの動揺も彼女にはあったのかもしれない。
たたんでミリアの元に戻すしかないが、他の誰かに押しつけようと決めた。
まあ、とりあえずはリンを捕まえるところからだ。




