砦にて
拉致された(二回目)。
という気分でナキは隣の男を見る。渋い顔になるのは仕方がない。現在、森の中の山道をえっちらおっちらと登っている。
「俺も寝てないであちこち呼びに行かされたんだよ! みんな恨みがましそうに見やがって」
リンは妙にハイテンションに返してくる。
周りも不満顔であった。傭兵、冒険者合わせて十人程度ではあるが、雰囲気は澱んでいる。山道という条件を考えても鈍足だった。
それから少し離れて煌びやかな一団がいる。あちらは山道に慣れていないため、歩みは遅い。そもそも山歩きに向いている格好ではない。砦の兵士も砦の中ならともかく、町中に降りてくる時はもうちょっと軽装であったような気はした。
それらが合わさった結果それほど距離が離れていかないのは良かったのかわからなかった。
「そんで何の用なんだろうな?」
「知るか。ギルドマスターも何とも言えない顔してたからなぁ」
なにが悲しくて、砦にお呼ばれなのだ。しかも最短一泊を当日に言ってくる。招集時間もすぐ過ぎて準備もそこそこに驚いた顔のミリアにちょっと仕事と言って行くのが精一杯といった状況。
集合場所につけば休みなく、町の外へお出かけである。どのような用件なのかすら説明してこなかった。
本来なら嫌だといっても構わないような事態なのだが、そんなわがままを各種ギルドに通せる人物が皇女にくっついてきたらしい。想定外もいいところだ。幸いなのは、その人物は町に一泊程度で残りは砦での滞在になるらしいということだろうか。
「しっかし、誰なんだ、あれ」
リンは小さく呟く。
遠目にきらめく金髪の主は馬を引いていた。さすがに馬に乗って移動するような場所ではない。
彼の問いは本当に誰かということではなく、王族の誰、ということだ。金髪は貴族の証と認識されているし、各種ギルドにわがままを言えるほどのともなれば限られる。リンの認識はそこまでで誰かまでは特定できないらしい。
ナキは町で呼び出された時点でその存在に気がついて、慌てて逃げだそうと思ったくらいだ。あきらかにおかしい行動に出るわけにはいかないと堪えたが、ミリアにも白猫にも伝えられずに来てしまった。
なんで、皇太子様が護衛の振りして混じっているのか。おそらく責任者である青年が青い顔で胃を押さえていたので、無理矢理ねじ込んだのだろう。
ナキ個人としては現状は歓迎出来ないが、町からは離れるのは良いことだろう。まだ見つかっていないのだから。
あとはミリアが皇女様とうまくやってくれることを願うしかない。もし、交渉決裂したの場合には、クリス様を連れて逃亡予定だった。あの微妙な方向音痴をあてにするのも少し不安ではあったが、ナキがいない方が逃げ出すだけなら簡単かもしれない。
その場合には聖獣様に乗って去る娘のような派手なやり方になるだろう。貸しだのなんだの言って聖女を押しつけられるかは西のお方のご機嫌次第だろう。
ナキは会ったことはないが、声なら知っている。白猫を拾ったときに自己紹介を夢の中でされたのだ。この世界において絶大な力を持つ守護者でもなぜナキがここに現れたかについては、不思議だね、と言うだけだった。
私はあまり思慮深くないのでね、知らないよ。と軽く言っていた。ただ、時々、いるらしいという情報はくれた。平均、年に2人ほどと言っていたので時々ではないのではと思ったものだ。
どうりで元の世界の気配を感じるわけだと納得もしたのだが。
「誰でも良くない? ああいうの詮索すると消されるよ」
「おっかないなぁ」
リンはそう言って肩をすくめていた。
それをナキは横目で見ながらため息をひっそりつく。
慣れない山道で遅い歩みとは言え、一般兵士とは偽れない一糸乱れぬ行軍に見える。中々の練度のようではあるが常にあれでは疲れそうだ。
もっとも皇子様がそこにいるのに気を抜くような大物はさすがにいないかと思い直す。推定王族程度はわかっていても不満を隠さない冒険者や傭兵が図太いのだ。
権力に反抗するというわけではないが、黙って従う存在でもない。
そういう気概でもなければやってられない職業とも言える。
「……何の用なんだろうな」
問いが最初に戻ってきた。ナキはリンに視線を戻した。別に答えを求めているわけではなさそうだ。誰か知ってないかと聞きはしないが、それとなく伺っている雰囲気がする。
あるいは皆の出方を探ってもいるようだ。訳がわからない依頼というのはやはり緊張するものだ。それも、偉い人のわがままとなれば今まで積み上げてきたものを台無しにされるどころか命すら危うい時がある。
「めんどくさくなければいいよ」
ただの気まぐれであって欲しいが、どうなのだろうか。
皇子様の顔を見たくて出立前に少し近くに行ったが、冷たい美貌は少々近寄りがたい。なにを考えているのかについてはさっぱり読めない。
こういうと怒られそうだが、ミリアと雰囲気が似ている。ナキがいつも見ているものではなく、不意に現れるミリアルドとして振る舞いに類似していた。
ミリアの方が同族嫌悪で、皇子が同族ゆえの安心なのではないかと勘ぐりたくなる。
「すでに面倒だ。そういや、猫は?」
リンは露骨に顔をしかめている。
「お留守番。預かってくれる人がいるなら連れ歩かないよ」
「なぁんだ。撫で放題とおもったのに」
おまえもかとナキは呆れた視線を向けた。不本意ながら、周囲から、え、とか、まさか、とか聞こえてくる。ナキの知らない間にあちこちでなで回されていたらしい。魔性の毛皮はすごいなと思うしかない。
老若男女変わらず可愛がられたいという欲求はどこから来ているのだろうか。
ドヤ顔で我に癒されるが良いと言っていることをナキだけが知っている。最近はミリアも知ったかもしれない。
白猫の不在によりどんより度の増えた一団が砦に着いた頃には昼も近かった。慌ただしく荷物を割り当てられた部屋へ放り込み、訓練場へ招集される。
ナキたちは訓練を目的としてそこに行ったことはない。掃除の手が足りないと雑用で入った事はある。
訓練つけてやるとか、実力を見てやるとかそんなのじゃないといいけど。ナキはどんよりとした気分でそこに足を踏み入れた。
槍も予備の刀も部屋に置いてきた。現在、奥の手の隠しナイフくらいしか所有していない。
皇子様もその側近もその場にはいなかった。
代わりに青白い顔をした青年が、胃を押さえながらよろよろ入ってきた。
「私が護衛の担当である。
皆が知っていると思うが、皇女の護衛をすることになる。何かあるとは思えないが、一時的に他者より隔離し事故が起こらないようにと仰せだ。
悪いが数日逗留し、そのままでることになる」
微妙に迷惑だと滲むその口調が彼の重圧を語っている気がした。
皇女の護衛の責任者であるだけでも重たいだろうに、その上で他の王族、それも皇太子がくっついてきたともなれば同情したい。
失敗したら家は没落、機嫌を損ねても出世は出来ず、最悪になると一族が路頭に迷う。
成功しても得る栄誉がほとんどないのではないだろうか。異国に嫁ぐかもしれない皇女に気に入られても国内ではなんの意味もない。
皇太子に気に入られるなりすれば良いかもしれないが、あの他者に興味なさそうな態度では特別視はされにくいだろう。
表立ってそれは批難されなかった。それぞれ微妙に同情の滲んだ表情で肯いている。
この護衛担当がどういう立場かはわからないが、王族2人のお守りをしているともなれば大変であると想像出来るのであろう。
偉そうならともかく、もう死ぬといい出しそうな青い顔では余計な面倒は起こさないでおこうと思う程度には良識的だった。
それでも意図せず、問題は発生するかもしれないが。
「では、昼食をとってくれ。
くれぐれも、くれぐれも、粗相のないように」
念押ししたくなる気持ちはわかる。青年はばらばらに応じる声に不安そうだった。
それはここに来るまでなにがあった、と確認したくなるほどだ。怖いから聞かないが、なんかあったんだろうなぁとナキは遠い目をした。




