二人と一匹の答え合わせ1
白猫が帰ってきた翌日、二人と一匹はミリアの部屋に集まっていた。朝というには遅く、昼というには早いような時間。
ミリアの今日のお仕事というのは、昨日からの引き続きだったので午後からに変えてもらった。ナキは朝からどこかに出かけていたようではあったが、詳細は聞いていない。ただ、青臭い草のような匂いが少ししている。
以前、薬草を摘むなら早朝の朝露に濡れてる頃と言っていたので摘んできたのかも知れない。
「さて、ミリアも目が覚めてきた?」
「大丈夫」
ミリアは答えたがどこかまだ眠たげな声になってしまった。本当に? と疑うような視線を避けるようにマグカップの中身を一口飲んだ。ナキがどこからか手に入れてきた温かいお茶は甘かった。
朝からきっちり食べるナキはさっさとパンを二つばかり片付けている。今は苦い匂いのする黒い飲み物を飲んでいた。
白猫は相変わらずなにも食べなかった。干し肉を時々囓っているのは見かけたが、あれは嗜好品らしくしゃぶってぽいしていた。
きちんとゴミ箱に捨てているあたりしつけがよいというか、ただの獣ではない。
「じゃあ、クリス様の話を聞こうか」
本来なら昨日のうちに話を聞こうと思ったのだ。ただ、いつものように帰りは夜になった。
夜遅くに女性の部屋に入るのは無理というナキの主張により翌日に持ち越した。それはもっともだとミリアも思う。急いだところでなにもかわりはしない。そう思うのだが、別に遅い時間でも構わないと言ってしまった。
それを聞いたナキに嫌そうに年頃の女の子がそんなこと言わないと窘められてしまった。白猫からも抗議の鳴き声をもらったので、たぶん、ミリアが悪い。
ちょっとの好奇心となにかを期待したのは、ばれていたのかもしれない。
ひょいと机の上に白猫が飛び乗る。
「うむ。我が見てきたところによると王太子とミリアの妹のエリゼが結婚することになっておったな。準備などはそのまま流用されてといったところだろう。
それを待って、甥が2人養子として入るそうだ」
ミリアは眉間に皺を寄せてしまった。ああなってしまえば、エリゼがかわりにおさまるのは仕方のないことだろう。ミリアはもし戻ったとしても傷物扱いで王太子妃にはなれない。
それに婚姻の準備はともかく、各国に結婚の知らせと招待状は送り済だ。延期するよりは相手を変えてでも強行した方が良いと思ったのだろう。
相手を変えるといっても姉から妹になるだけなのだから。そのあたりの事情は帝国と詰めていくのであろう。
おそらくは真っ当に婚約解消し、お互いに好ましい相手と婚姻したということにするのではないか。
色んなものを綺麗に整え直せば、通せなくもない。
問題は既にミリアルドが死んでいることくらいだ。それも赤毛という条件の娘を常に顔を隠させておけばよい。本人である必要は、ない。
その件については王国としては、帝国に貸しにできるとさえ考えそうではある。結果だけ考えれば悪くはない。
これだけの結果は偶然というには出来すぎていると疑うには十分だ。
「これでエリゼは満足かしら」
ミリアは呟いた。あの娘は、甘やかされもしたが呪縛もされている。
王子様に愛されて、幸せになりました、という物語の主人公のように。その王子が彼女一人だけを愛するわけでもない。後継者の問題がそこにある限り、数人の子は必要になる。彼女自身が産めればよいのだが、そうとも限らない。
エリゼの母は結局、子はエリゼしかもてなかった。ミリアの母がミリアしか産めなかったように。
その件に関しては少しばかり、疑惑があるのだがそれは墓場まで持って行くつもりだ。
「噂程度ではあるが、屋敷に戻されているようではあったな。婚姻の準備などと言われていたが」
「……ぶしつけなんだけどさ」
ナキの困ったような声に視線を向ける。
「確認だけど、その王子様に未練とかないの? 復讐したいとか」
「どう言えばいいのかしら。王妃になるつもりはあった。王の妻になるつもりはなかった。
恋だの愛だのは全くなかったわね。エスコートしなければならない場面以外、触ることもなかったからあっちも興味ないんじゃないかしら」
ミリアにとっては、私を王妃にしてくれる大事な婚約者様、以上には期待していなかった。シリル王子にとっては、邪魔であっただろうなとは思う。恋しい相手は別にいても押しつけられる婚約者というもの。
ミリアが彼に抱いたのはある種の執着だ。それは恋でも愛でもなかった。頑張ったご褒美にもらえるような特別なものとしか思っていなったようだ。
もっと早くに、話をしていたら違ったかもしれないと今は思う。別の方法で、望んだ効果を得られたかもしれない。
ちらりとナキを見れば、少しばかり痛ましそうに見られているようで笑いそうになった。
「いいのよ。ミリアルドはいないの。
復讐もいらないわ。殿下の願いは王になることだけど、それはたぶん叶わない」
エリゼの願いも叶わないだろう。
エディアルド皇子の願いがミリアルドを得ることであったのならば、それも叶わない。
ミリアも王妃となることも国のために動く事ももうできない。
あのたった一度のお茶会で、一番欲しいものを失う結果になった。
「ただ、仕組んだ人には少々意趣返しくらいはしたいわね。
両陛下とあの古狸連中を誤魔化して、なおかつ、皇子を焚きつけるとなると該当者は二人しか思いつかないの。困った事に二人ともそれを試す理由があったりするのよね」
「誰?」
「殿下の姉姫たち、かしら。王位は女の手には回ってこないの。どちらも王としての才覚有りと思われていたようで、男であったならと言われていたようなのよ。
あるいは王家に生まれなければ、私のように王族に嫁いで采配を振るうことも出来たでしょうけど。都合の良い従兄弟は国外にしかいないから、もう、降嫁するしかなかったわ」
「婿を取ったわけじゃないんだ? 外に出た王女の子供も継承権あるわけ?」
「この国ではあるわね。無い国もあるから国によりけりよ。
子供に王位をとおもったらちょっと試してみたくなる、という可能性は消せない。私が王太子妃になったあとではきっと覆せないから、最後の賭けといったことろかしら。
失敗しても本人は痛くないでしょうし」
責を負わせるのは、エリゼやシリル王子、あるいは、ミリアルドを連れていってしまったエディアルド皇子になるだろう。
もしくは、それを止められなかった側近。
ミリアを運んだ手はずも本人をたどれないようにしているはずだ。直接関連している人はもう生きていないだろう。
さらに都合良くエディアルド皇子は正常な判断を下せない状況にある今ならば、うやむやに出来る。
調べても確定しなければよいのだと。こういった手口は、ジュリア王女に教わったものだ。
「ウィルとかいう少年の母になら会ったぞ。胡散臭そうな目で見られたが、しっかりと擬態したのでばれてない」
「レベッカ様ね。変なのはばれていると思うわよ」
「うむ?」
首をかしげてみせる姿は愛らしい。思わずミリアはその頭を撫でた。
確かに、疑惑をもっていても可愛い。排除するには、少々の思い切りが必要だ。それはレベッカにはない。
あるとすれば、もう一人の姫君ジュリアの方だ。
「ジュリア様はいらっしゃらなかった?」
「わからぬ。我は少年に気に入られて連れ回されたのだ。次期王の最有力候補であろう?」
「現時点ではそうね」
「気の良い少年ではあったが、向いているかどうかというとわからぬ」
「素直に育たれているようだから、清濁併せのむよりも補佐を育てた方が良いかもね。城に来るとなにかと質問しに来ていて向学心もあるようだし」
「……む? 勉強からは逃げ回っていたようだが」
「え? 教えて欲しいって、良く相手したのだけど」
「ああ。なんか、わかった」
ナキがぼそりと呟く。彼はミリアの不思議そうな顔を見て、少しだけ笑う。
「他の子も来てなかった?」
「ええ。本を読んだり、散策につきあったりもしたけど」
白猫はみゃあと鳴き、ナキは微妙な顔で肯いている。なにか一人と一匹でわかり合ったらしい。
「まあ、とりあえず王国内はそんな感じだのぅ。良くも悪くも平穏そのもの。何事もなかったように無理して振る舞っている、ということもあり得るが平常を知らぬのでな」
「わかったわ。ありがとう。
私個人の復讐はさておいて、表面上は穏やかに済みそうね」
「復讐するの?」
「機会があれば、嫌がらせの一つや二つくらいいいでしょう?」
ミリアがにこりと笑えば、ナキは怯えたように距離を離した。
白猫は呆れたようにみゃあと鳴く。そして、たしたしとミリアの手を前足で叩く。
「では、我がいない間の事でも聞こうかのぅ。なんぞ、ちゅーでもしたかの?」
「し、してませんっ!」
「つまらんのぅ。甘い雰囲気してる癖になにをしておるんじゃ?」
「捨ててきていい?」
苦虫をかみつぶしたような顔でナキは白猫を掴んだ。首根っこを捕まれてぷらーんとしている様はなすがままといったところだろう。
それを助けるべきかミリアは少々悩むことになった。




