お願いという名の強制
ミリアは商業ギルドにいた。
午後はいつもの定食屋で、商業ギルドの婦人会の議事録をまとめ直す仕事の予定だった。内容が難しいと言うよりは、何度も挑んでは過去の色々な話を始めて脱線してを繰り返しているとのこと。
完全に第三者にまとめてもらおうと諦めたらしい。
そんな予定が、あっさりと呼び出しで崩れた。
断ると面倒だけだし、受けても面倒だと店主は苦笑いしてミリアを送り出してくれた。ついでに、商業ギルドへ出す予定だったものも持たされたのでちゃっかりしている。
帰りにおやつでも買っておいでとお駄賃をもらったが、こどもではないと抗議すべきか迷ってありがたくもらっておいた。
露天のクレープとかいうものを食べてみたかったのだ。微妙に高いから踏ん切りが付かなかったが、この機会に楽しむことにした。
どうせ、楽しい話はない。
ミリアは商業ギルドにつくと奥へ案内された。そこには初老の男性が二人いた。
一人は初対面だったがもう一人に視線を向けたときに、ミリアはひくりと表情が引きつりそうになった。
知っている顔だ。夜会で見かけたことがある程度で、直接話はしたことがない。帝国内では、大きな商いをしているグロリア商会の商会長だ。
輸出入の関係で王国内でも支社をもっており、その影響力は無視出来ない。
恰幅のよい気の良いおじさん風なのが、くせ者だと聞いた。
「やあ、急に呼んで悪かったね。さあ、座って」
妙に愛想良く、初めて見る男性の方がすすめてくる。ミリアは大人しく勧めに従った。入り口から一番近い椅子に腰掛ける。
奥の部屋は商談用に貸している部屋らしく、円卓に椅子だけがあった。商業ギルドでは、というより商家での商談部屋では円卓が良く用いられる。
どっちが上かなんて気にしないで良いように。厳密に言えば、入り口から遠い方が上座という扱いではあるがそれを気にしても仕方ないだろう。
二人の男は目配せをして小さく肯いたようだった。
「会ったのは初めてだね、こっちが次のこの町のギルド長のローランドで、私が現在のギルド長のエウザだ。
知ってるかな。各支店のギルド長は五年で移動する規定になっていて、引き継ぎ中だから悪いけど、こんな形になってるが気を悪くしないでおくれよ。こいつは聞いているだけだ」
「わかりました。それで何の用なんですか?」
挨拶もそこそこにミリアは切り出すことにした自ら名乗る必要さえ感じなかった。不作法なくらいがちょうどいい。お偉いさん相手だから大人しくしているけど、ちょっとふて腐れている、くらい。
「公然の秘密と言うものなんだがね。皇女様が隣国へ向かうことになっていて、この町に滞在される」
最初の話の通りにエウザが話し出した。ローランドは黙って肯いているに止めている。
ミリアは面食らったようにちょっと驚いたような表情を作る。知っていたが、知っていたというのはナキの信用問題に関わる。おそらく、冒険者ギルドでは口止めはされていたのだろうから。
「少し困ったことに、公式ではなく表立っては大きな商隊という建前で動いていてね。おおっぴらに接触するわけにはいかない。
それはわかるね。ギルド長が大きいとはいえ、商隊の一人の娘に面会なんておかしいだろう?」
「面会しなければいいじゃない、……ですか」
「そうもいかないのだよ。ローランドとは顔見知りなのでね。いるのに挨拶に来なかったと不興も買いたくない。なにせ、陛下のお気に入りの姫君だから」
ミリアはそうだっただろうかと思う。しかし、ただの商家の娘がそれを知っているのは、おかしい。
興味なさそうにふぅんと呟くに止めた。既に嫌な予感しかしていない。ただ、察したと思われるのも嫌である。
商隊を装うなら確かに多くの兵士を連れ歩くことは出来ない。偽装しても振る舞いに差が出る。ここまで皇女を連れてきた警備担当は相当の心労を抱えていそうだ。失敗すれば一族まとめて没落もあり得る。
それなら国境の噂を聞いて、冒険者や傭兵を追加で連れて行く、ということも偽装の一部かも知れない。あるいは、何かあった場合の人身御供。
「それで、だ。
姫君と年頃が近くて、マナーなどをそれなり理解し、余計な事をしないような娘に使者を頼みたい」
「……他にもいるのでは?」
やっぱりと諦めにも似た気持ちがする。ミリアはため息をつきたくなった。
話題運びとして考えれば違和感は無い。ご機嫌伺いに行きたいが、大げさにもしたくないから目立たない相手を送り込みたい。しかし、相手が相手なので、失礼にならない程度にしたい。
そこで、ミリアが選ばれたのがわからない。信頼出来る相手と思われている、というわけではなさそうだ。ミリアは新参者過ぎる。あるいは、と視線をローランドに向けるが、なんだか楽しげに声を出さずに笑っていた。隠しているようだが、肩が震えている。
エウザは申し訳なさそうに眉を下げていた。
「この町で条件にあう娘は歓楽街のほうにしかいない。報酬ははずむよ。なぁに、手紙と贈り物を届けるだけだ」
簡単そうな口ぶりだが、ミリアは胡散臭さしか感じない。
「承りましょう。報酬、期待してますからね?」
しかし、断るのも不自然だ。皇女と面識を得るということを逃すようでは商家の娘ではない。いつか役に立つとコネを増やしておくものだ。
「うむ。頼んだぞ。三日後に訪れるということなのでな、使者を送る。
連れがいても構わん」
「相談してみます」
とは言っても、ミリアはナキを連れ出す気はない。もしルー皇女ならば、彼の異質さに気がつく。その場では気がつかなくても、思い返して変だと思うような勘の良さがあった。
「時間をとらせて済まなかったな。店主にも詫びていたと伝えてくれ」
「はい」
ミリアは席を立った。そう言えば、お茶の一つもやってこなかったなと気がつく。飲み物が欲しくなるほど長くは話すつもりもなかったのだろう。
「そうそう。王都の方で、なにか不穏な噂がある」
急にそう言いだしたローランドにミリアは視線だけを向けた。エウザは少し焦ったように腰を浮かしている。
「赤毛の娘がさらわれているそうだよ。そして、数日後、どこかしら壊れて、戻ってくると。なぜか、金貨の袋をにぎらされているという不気味な事件が多発している。
身の回りには十分に気をつけることだ」
淡々とした口調で続けられたそれは不穏だった。
「そうするわ」
ミリアは顔をしかめて答えた。嫌な話ではあるが、遠い王都のことと思いたかった。
自分に関係がないと思いたいが、タイミングを思えば何かしらの関連はあるだろう。帝国は、ミリアルドの代理を捜しているかもしれない。
死んだというより代役を用意したほうが表面上は穏やかに済む。
あるいは、ミリアルドに対する執着が歪んだか。
どちらにせよ帝国の内部へと移動しなくて良かったと言える。
「もう一つ」
「まだなにか?」
「クリス様といったか、白猫は商人にとっては幸運をもたらすもの。大事にすることだ」
「ええ。私の飼い猫ではないけど。もういいかしら?」
その白猫は今頃、ミリアのベッドを占拠して寝ていることだろう。
「悪かったね。では、後日」
今度こそミリアは部屋を出て行った。




