少し昔の話を
事の始まりは十年ほど前。どのような趣旨かはわからないが、5才から10才までの女児を集めたお茶会があった。
貴族家の令嬢であれば階位を問わず、神童と噂があれば平民ですら招かれていたと後の資料から知った。
身分についてならば、どこかの名家に養子としていれれば良いという考えであったようだ。
当時、8才であったが異様な雰囲気がしたとミリアは憶えている。綺麗なドレスでご機嫌な妹が浮いていた。
普通ならば王城で開かれる大規模なお茶会に招かれるというだけで、浮かれるような子もいるはずだった。そのような娘は少数派で、大多数はどこか不安げにマナーに則った態度で誤魔化していた。
ミリアは何事も起きないといいと思いながら、失礼にならない程度にお菓子をつまんでいた。食べたことのないような口の中で蕩ける甘いものを堪能する。どこか隠しポケットはあっただろうかと着慣れないドレスの構造をひっそり確認した。
もちろん、持ち帰るためである。これがあれば、少しくらいのひもじさは我慢出来そうな気がした。
「お嬢様方、妃殿下にご挨拶してくださいませ」
急な声にミリアは首をかしげた。妹はきょとんとした顔で、侍女を見上げていた。
否を言う立場になく、半ば強制的に王妃の前へ連れて行かれた。ミリアは今でも絶対に妹が目立ったから目をつけられたのだと思っている。
「リール家の娘、ミリアルド、8才です」
「エリゼリア、7才です」
ミリアはたどたどしく、エリゼはきちんとした儀礼で名乗った。
エリゼには教師がつき、ミリアは見よう見まねで憶えたせいで差があった。容姿も著しく異なり、知らねば姉妹とも思わないだろう。
半分しか繋がっていない血は仕事をしなかったらしい。娘、二人とも父親の形質は全く継いでない。
「あら、可愛らしい。その赤毛、フィラーナの娘ね。妹には赤毛が伝わらなかったのかしら?」
王妃の疑問にミリアはぎくりとした。妹はなにを言われているかわからないと言いたげにぽかんと口を開いている。
余計な事を言わねば良いが。
そう思う間に王妃付きの侍女がひっそりと耳打ちする。一瞬冷ややかな視線が妹を辿り、それからにこりと笑った。
なぜか、ミリアはぞわっとする。
「エリゼリア、お母様はお元気?」
「はいっ! とても元気です。毎日が楽しいって、大好きな父様と一緒なのが嬉しいそうです」
おそらく、それは無邪気な話で済むことだっただろう。
彼女が後妻の子でなかったり、生まれた時にはまだミリアの母が生きていたという事実が無ければ。
あるいは、ミリアとエリゼが同等に養育されていれば。
「そう。良かったわね。ならば、ミリアルドはもらっても良いわね」
ミリアはなにを言われたのか、全くわからなかった。
ただ、王妃が肩に触れて、決めたわ、と呟いたそれがひどく怖かった。
その後も何人か王妃への挨拶という名目で連れて行かれていたが、見るからに王妃は興味がなかった。
その数日後、王家から馬車がくることになる。
それは通達であった。
王子の婚約者が内定したと。
それから、ミリアの生活は一変した。部屋は屋根裏から、日当たりの良い部屋に。くすんだワンピースが、鮮やかなドレスに。透明でいないように扱われていたことが、自慢のお嬢様に。
そして、妹の初恋の相手を奪った意地悪な姉に。
王家から派遣された家庭教師が屋敷に常駐した。日常的な作法を矯正するために王妃付きの侍女がミリアには付き、言葉の発音から直された。
ミリアの教育には義母どころか父さえ口出しを許されなかった。
教えられたことは多岐に及ぶ。王妃というのはこういうものまで知らねばならないのだろうかと疑問を憶えることもあった。
しかし、それを問うことはしなかった。なにか、聞いてはいけないことのように思えたのだ。
そして、王子と顔を会わせたのはお茶会の日から既に五年ほど経過していた。
王妃に誤算があったとすれば、そのとき既に王子とエリゼが知り合っていた、ということだろう。あるいは、婚約者がリール家の娘としか知らなかったこと。
二人の出会いはミリアは呼ばれることもなかった子供同士の交流を目的としたお茶会に、偶然王子が姿を見せた。そんな他愛もないこと。
エリゼがリール家の娘と知って、彼女こそが婚約者だと勘違いした。そして、エリゼはそれを最初気がつかなかった。
王子が勘違いしなければとミリアは思ったこともあった。
それも今では遠い思いだ。
婚約者はおまえではないと、王子に熱い茶をかけられた恨みは今でも残っている。薄れたが、腕に火傷の跡が残っていた。
王妃は詫びてくれたが、当の本人は一度として謝罪したことはない。以降、腕を出したようなデザインの服は着ていないことも気がついていないだろう。
それでも夫婦になるのだと歩み寄ろうと思った過去の自分が可愛らしい。無駄ではあったが。
さすがに王子が妹と外聞も憚らず過ごすようになって、諦めがついた。
あれは、ああいう人なのだ。
ミリアは王子が次期王としての資質を疑われない程度のフォローだけをすることにした。あれが王にならねば、今までしてきたことを無駄にされる。
本人に危機感はないようだが、国外にも継承権をもつものはいる。資質がないと判断されれば、他国から迎え入れられることもあり得るのだとは知っているはずだ。
その上、今は幼いと言えど、王子の姉たちの子も資質有りと判断されれば王位争いが起きる可能性がある。
王太子という立場はそれほど盤石ではない。
残念ながら、優秀ではあるが情に左右されがちであった。エリゼを寵愛して、ミリアを蔑ろにしているということがより悪評になるという事実に気がつかない。
なぜか王子はミリアがエリゼをいじめていたと心底信じていたようだが、それをする必要はなかった。
儚げに、悲しそうに二人を見るだけでミリアは良かった。あとは周囲が勝手に勘違いしてくれる。
投げやりな気分で、悲劇の婚約者を演じていれば良かった。
本当に人の不幸が好きねと、ミリアがげんなりしていたとは周囲の人は知らないだろう。
そして、悲恋というものも。
隣国である帝国の皇太子が留学という名目でやってきたことはミリアには不思議だった。なんどか外交で会ったことはあるが、冷たい印象しかなかった。
ああ、女嫌いって感じ、とは、肌で感じたのでミリアは礼儀上の付き合いしかしていない。それよりも第一皇女であるルー姫のほうに興味があった。
相手も興味を持ってもらえたようで、年に数度、手紙のやりとりをしていた。
帝国の皇子はそこから興味をもったのかもしれない。
なんとなく話をするようになり、贈り物をもらうようになり、それでも友人として適切な距離でいる。
そこになにか幻想が入り込む余地があったようだ。道ならぬ恋などと噂されていたことはミリアも知っていた。否定も肯定もしなかったのは、無意味だからだ。
見たいようにしか見られない。
ミリアとして言わせてもらえば、次期王妃になるのが確定してる女に興味を持つな、である。他国ということを考慮すれば、国家間の揉め事になるに決まっている。それもただの王妃候補ならば良いが、王家として国政をになわせようと養育していた娘だ。
王家としては気に入ったからと持って行かれては困る。
結果、ミリアの自由になる時間も一人になる時間もなくなった。
王妃は申しわけないがと言っていたが、帝国の皇子に惚れていないかと定期的に確認していたようだった。
ミリアにしてみれば大変迷惑だった。大国の皇子様相手に気を使い、王妃相手に叛意が無いことを示し、婚約者の機嫌はとらねばならない。その上に妹がことあるごとに嫌味を言ってくる。
そんな事情などお構いなしにやってくる引き継ぎの仕事の数々と面倒で老獪な折衝相手。
同じような境遇の国王陛下と仲良くなったりもしたが、それも他のものに嫉妬される始末。
それも結婚してしまえば、こっちのものだと思っていた。それが、婚姻を半年後に控えての婚約破棄宣言。
宣言だけならば何とかなったかもしれないのに、他国の皇子からの求婚。
断れば、連れ去られるなどと恥辱でしかない。




