白猫は不在中につき 2
「ふぁっ、いつ始まるのかね」
あくびと独り言がつい口をついて出る。
ナキは呼び出しの時刻を告げる鐘を聞いてから部屋を出た。到着したのは、当たり前だが招集時間よりも遅れていた。それでも冒険者ギルドでは人はまばらである。
まず、時間が悪い。昼の少し前など、通常の依頼を受けていれば活動している時間だ。ナキは最近は朝早く薬草採取に出ているので、ちょっと昼寝と部屋でごろ寝している時間帯だ。
夕方からの仕事に差し支えない程度には休養したい。部屋に戻ってからのちょっとした小遣い稼ぎにも支障が出る。
仕事にあぶれて歓楽街で用心棒などで糊口をしのいでいる者も多い。場合により夜明けまで仕事をしているのだ。集まりが悪いのは最初からわかってはいたが、それでもまばらすぎないだろうか。
改めて室内を見回す。一階には受付と依頼票を入れた棚、軽食と飲み物を出すようなカウンター、テーブルとイスが並んでいる。
二階へと上がる階段へ行き来する職員は結構いる。忙しそうだ。
この町の冒険者ギルドは大きい。国外にでるときには冒険者の登録証の書き変えが必要になるため、その機能とそれに付随することがあるせいだ。
身分証を兼ねているのでそれを怠ると密入国を疑われるほどだ。手続き自体はすぐ終わるので、大半の冒険者は大人しく手続きをしている。
なお、帝国に関して言えば国外に出る前に税金の滞納がないか調べられるので、場合により国外に出られないことがある。
追徴課税は恐ろしい。
「よぉ」
声をかけてきた男に視線を向ける。砦で一緒だった冒険者の一人だった。ナキは記憶から名前を引っ張り出す。
確か、リンとか言ったと思う。自信はない。
「やあ。なんだろうね。このやる気のない招集」
「やりましたよという形作りたいって感じだな。国境閉鎖に近い状況で、機能が停止寸前らしいぞ。あぶれた冒険者や傭兵との揉め事なんて日常茶飯事だしな。最近は兵士も苛立っているって話」
「あまり見ないけど」
「そりゃ、酒が入ってからの事が多いからな。歓楽街は近づかないほうがいい。
ほら、あの美人なねーちゃんの件でやっかまれてるから、なにもしなくても喧嘩売られる」
「えー、僕だって、追いかけてくるなんて思ってなかったよ。ほんと、いいとこのお嬢様だから」
「そんなのに手を出そうとしただけで悪いやつだ」
リンはにやにや笑っている。ナキはこの手の話は苦手だった。当事者になるとも思ったことはない。げんなりするが、自分でまいた種である。
他に良さそうな理由が思いつかなかった自分を恨むほかない。
それでもリンは絡んでくる程度で喧嘩を売られないだけましなのだろう。おそらくは、忠告として言っているつもりなのだ。
わかりにくい捻くれた奴らばっかり。ナキは自分のことを棚上げして嘆きたくなった。
「はいはい、そーだね。僕のどこが良かったのかさっぱりわかんないけどさ」
「さぁな。
始まるみたいだぞ」
立派な体躯の男が、受付の前に立っていた。彼はぱんぱんと軽く手を叩いて注意を引く。
ナキは今まで見たことがないが、おそらくこの町のギルド長だろう。貫禄というより威圧感がある。冒険者たちも押し黙る迫力だ。
「通達だ。皇女様が、見合いのために隣国へ向かわれることになった。
最終逗留地がここだそうだ。お行儀良くしろ。何かあっても我々はかばえない。あるいは、目の前に引きずり出さねばならないだろう。
滞在先は、町長の家と言うことだが、間違っても近づくな。以上だ」
想定外すぎて、しんと静まりかえっている。
話はそれだけのようで去ろうとしたギルド長に慌てたように誰かが声をかける。
「箝口令は敷かれてるんですかっ!」
「言われてはいないが、口が軽いのは喜ばしくないな」
「え、いつ?」
「三日後、ただし、早くなる可能性がある。この場にいない奴らにも通達しておけ。何かあってからでは遅い。
それから、何名か国境まで護衛を追加したいそうだ。特別評判の良いヤツと指定だから、個別に呼び出す。
他には?」
「魔物の大量発生は?」
「わからん。砦の管轄だ。ただ、その関係もあっての護衛の追加だそうだ。
他にもあったら招集をかけるので、数日は大人しくしているように」
話は以上だと締めくくって、さっさといなくなってしまった。
怖いギルド長がいなくなっても騒ぎにすらならなかった。こそこそと知り合いと話しをする程度のざわめき。
「あちゃあ。歓楽街は閉鎖だな。あんなのお姫様には見せられない。
酒も自粛、お家で大人しくしてな、か。補填してほしいくらいだ」
隣でリンがぼやいている。
そうだなとナキは生返事した。
「皇女様っていたっけ?」
「たしか、お二人いらっしゃったはずだ。皇太子殿下の影に隠れて他のご兄弟はあまり話題にもならないからな……」
「偉大な兄を持つと大変だね」
「確かに。我々には関係のないことだといいな。護衛指名とかされたくない。どっかの評判のいいパーティに押しつけたい」
「そーだな。じゃ、僕は帰る」
「おう、気をつけろよ」
「そっちもな」
ナキはそのままギルド内でリンと別れた。
眠気はどこかに行ってしまった。ミリアを捕まえて話をする必要がある。元々、その話はあったのかもしれないが今、このタイミングで行われるのはどこかおかしい。
今日はどこに行くっていってたかな。昨夜のおぼろげな記憶を辿る。
「お昼兼ねて、様子見してくるか」
今日のミリアの仕事先は飲食店ではなく、まかないは出ない。屋台の前で途方に暮れていたり、空腹を我慢していたりするだろう。
好みのものを買うということが、彼女は苦手だ。ある意味、自分で買い物すらしたことがない生まれなのだから仕方ない。望むものが、望む前に提供されるというのが普通であっただろうから。
白猫がいたころはなんとか助言をもらいつつやっていたようだが、不在になった途端にたどたどしくなった。
相棒の不在の結果、色んなところに綻びが出始めている。時々、めんどくさいが緩衝材としてはとても役に立っていたと痛感した。
出かけるときに本当にいいのかと何度も念押しされたのは、こういうことかと今更知る。
彼女に関わることは今は少しばかり憂鬱だ。後戻り出来ないくらいに、嵌りそうだ。
もう、遅いのかもしれないが。
ナキはため息をついて、屋台で二人分の昼食を調達してから彼女の仕事場を尋ねることにした。




