ナキの長い一日 1
「あー、気分わるぅ。なんか、変なもの食べたかな?」
ナキは青い顔のまま厨房から食堂へ戻ってきた。しばらく肉は食べたくない。
悪夢みたいな毒だった。あれを見せつけられた皇子様には少々同情する。好きな子にあそこまで拒否されるとか最悪なトラウマであろう。
病みそうだ。
いや、既に病んでたのかもな。とナキは考え直した。手に入らない好きな人を見ているというのもそれなりにしんどいものだ。機会があれば、手を伸ばしてしまうかもしれない。
毒を飲んだのはミリアによく似た人形ではあるとナキは知っている。知っていてもなんだか気が滅入ってきた。
声を出すような機能はないので、悲鳴すらあげなかった。それで良かったと思う自分に嫌気が差す。
本物は今頃、森の中で元気にしているということだけが救いではある。
あの皇子様も変に拗れないで、大人しく現実を受けいれて欲しいものだ。たぶん、数年はかかりそうだけれど。
ナキは同じ事をされたらと想像しかけてやめた。なにをしても怖い想像すぎた。下手にスキルが取得出来るのがわるい。今までの経験を全部、スキルにつぎ込めば、生き返るのは無理にしても元の状態に戻せもするし、動かすことだって、出来る。うっかり、出来てしまうのだ。
そこまで重い愛をつぎ込む相手が今までいなかったことは良かったとナキは密かに思う。そもそも恋愛というのは苦手だった。あれは、突然、落とされてしまうものだ。
「なんだって? あたしらの出したもんに文句でもあるのか……って、確かに顔色が悪いね。そこ、座って休んでな」
「そうする。クリス様も見つからないし、どこいったんだか」
「おや。なにもないといいんだけどね」
料理長も白猫のことになると心配そうだった。ナキは苦笑する。いつだって、可愛がられるのは得意なのだ。
少し、目を閉じていると外が騒がしくなっているのがわかる。食堂の喧噪に紛れてひっそり慌てたような足音の群れが聞こえた。
あのミリアルド(偽)をそのままにしておくわけにもいかないから、埋葬も必要だろう。あの見た目では葬儀は出来そうにない。葬儀の鉄板は棺に花を手向ける、だ。どう飾っても異常な死は隠せない。
ナキは表向き、病死にするか、代役を立てるか、どちらかになるだろうと踏んでいる。どちらにしても目撃者が存在すれば早急に処分するだろう。
ナキはうっすら目を開けて、室内にいるものを確認する。憶えている限りでは揃っているようだった。厨房へ視線を向ければ、外へ出ようとしている男がいることに気がつく。
声をかける前に料理長と目があった。
「お茶でも飲むかい?」
「へ? あ、飲みますです」
気がついてはいけなかったらしい。ナキは、神妙な顔でお願いした。
「あれは、長くいる下働きだよ。気にしない方がいい」
料理長に小さく言われた言葉にナキはただ黙って肯いた。
国境も側なので、やはり色々あるらしい。首をつっこんでも良いことはない。それから、思ったよりこの料理長はやり手のようだ。
見た目はただのおばちゃんなのだが。
「そういや、あんた、妙な反り身の剣を持っているとかいうじゃないか」
「ああ、予備で持ってるよ。切れ味はいいけど、すぐ悪くなるから飾りみたいなもんかな」
「うちの旦那が鍛冶屋をやっているから、気が向いたら見せてやってくれ。珍しい武器が好きなんだ」
「わかったよ」
いろいろあることで。
でも、ナキには関係ない。少なくとも表立っては関係ない事にしなければならない。
荒事やトラブルに慣れた傭兵や冒険者は、外の様子を探ろうとはしない。面倒な何かが起こっていても関わらないのは、処世術として正しい。
まだ、若手がそっと向こう側の様子をうかがっている。
「やめとけ。ろくなことにならん」
「気になるじゃないっすか」
「なんか皇子様も来てるって言うし。見たら、お姉ちゃんたちに話のネタにしてもてもて」
「年に一回くらいくるからその程度じゃ、ちやほやされねーよ。金払いがいいのが一番もてる」
「いやいや、プレゼントが効く。あと褒めるといい」
「お触りすると怒られるんだよな。リーゼロッテちゃんの魅惑のお尻に触るなって無理」
「あー、殴られてましたね。あの子、給仕なんだから、触っちゃだめでしょ」
「ちょーっとくらい」
「だからもてないんですよ」
若手が興味を持ったこともバカな話で誤魔化していく。兵士がいるわけでもないが、全く監視がないというわけでもないだろう。
取るに足らないと思わせておいた方が、今はいい。実力以外のところで評価されたいわけでもなく、興味を持ちすぎた猫のように屠られたいわけでもない。
今回に限れば知らない方が安全である。
無理に探りに行かない慎重派や日和見が多いというのも今の人員の特徴かもしれない。ナキは今更気がつく。血の気の多いと感じるものはほとんどいない。若手といってもナキと同じくらいか少し下くらいで、上の者たちから言われれば押さえられる程度の反抗心しかない。
冒険者ギルドも傭兵ギルドも今回はきな臭く感じ、余計な事をはじめたりしないような者たちを送り込んだのだろう。
彼らに説明があったのは、夕方にも近づいた頃だった。
それも、皇子が視察がきたが急用で帰った。程度であった。それに伴い、砦の兵士が半分ほど減った。
さすがにこの件に首をつっこもうというものは若手ですらいなかった。あきらかにおかしい、それを指摘しても良い情報が得られるどころか目をつけられるだけだ。
ただ、気がついた事実がある。
「……なぁ、見回りの仕事以外もやってこねぇ? これ」
年かさの傭兵がげんなりした声で、未来予想をしている。砦の維持は、なにも見回りだけではない。
この砦、野菜畑あったなぁとナキは遠い目をした。庭師のように手入れするものもいるが、収穫の手が足らない、雑草抜け、くらいはやらされそうだ。
実際、目撃していたのだから確実である。大変そうだな、あれ。と思っていたことがやってきそうだ。他にも砦の補修の手伝いなどはあり得る。夜間のかがり火の維持だのランプの手入れなどもありそうだ。
戦闘職の者たちにとってはめんどくさいもの。そうでなくても、避けたいような雑務の山の幻影を見た気がする。
その憂鬱さからか、一日中食堂を出ることがなかったからか皆がさっさと部屋に戻っていく。
「そういや、猫は?」
そのうちの一人からそう聞かれた。
「帰ってこない。本格的に逃げたか隠れたかしたんだと思う。
天敵でもいたかね」
「戻ってくるのか?」
ナキにとっては白猫はたまたま同行しているに過ぎなかった。相棒の気まぐれがいつまで続くのかは知らない。
まあ、今回はお姫様の護衛という任務に張り切っているはずだ。ちょっと不安があるとすれば。
「方向音痴の傾向があって、戻ろうとしてなんかまずい方に行って帰って来れないとかあり得そう」
「ああ……。無事でいることを願っているよ」
「おう」
軽く挨拶をしてナキも部屋に戻る。今夜の見回りはなくなり、明日からもう一度、組み直すようだ。期間が終わるまでは面倒な事になりそうだった。




