一人と一匹の答え合わせ2
「え? 聖獣?」
「西のお方にお仕えしているのだが……誰かくる」
「……隠れて」
「にゃっ!」
らじゃっと言うように枕の横でうずくまっていた。白いので遠目からは気がつかないだろう。
中に入ってくるとも思えないが。
扉が叩かれたあとに小窓があくことはある。がちゃりと鍵の開く音にミリアはびくりとした。
移動しようかと思ったが、半分身を起こした状態で待つことにする。誰であろうと機嫌良く迎える気はない。
扉の向こうから現れたのは知った顔だった。
「ご機嫌いかがですか?」
緩くうねる金髪は、暗い牢獄の中でも明るく見えた。中に入って、1歩で足を止める。近寄る気はないらしい。
確か、ディートリヒとか言ったはずだ。優しげな面差しが、素敵などと侍女に人気であったようにも思う。
良く睨まれていたとミリアはふと思い出した。
苦々しく見られる事が多すぎてミリアは個人を認識していない。仕事を割り振って、仕事が完了すれば良い。
相手の感情につきあう必要はないのだと思うことにしている。
相手が、私に合わせればよいとは傲慢ではあるが、そういった振る舞いを求められることは多かった。
「良いと思うの? いつ出してくださるのかしら?
早く戻れば、少し遠出をしたことにして差し上げても良いのだけど」
「ご冗談を。公の場で、王太子が、あなたとの婚約を破棄したのだから今更撤回できるわけもないでしょう。
なぜ、殿下の求婚を断ったのですか」
彼の苛立ったような言葉にミリアは不思議そうに首をかしげた。
それでさらに苛つくことも計算に入れている。この主従は好きではない。そういって誤魔化してきたのだ。今や全ての関係が清算されているのならば遠慮することもない。
「単純なお話です。
私が苦境に立たされるとわかっていて、黙って見て、最後に親切な顔をして助けるなんてひどいと思いませんか?」
「それはあなたが婚約者がいて、簡単に接する事ができないことが」
「なにも慰めろと言っているのではないのですよ? 簡単なことから言えば、シリル殿下に苦言を呈することはできたでしょう。陛下に忠告することも。
どちらもなかったのではないでしょうか? シリル殿下は、そんなことを言えば遠ざけようとなさる。変わらず、仲良くされていましたよね。
それにシリル殿下を気にすることもなく、お誘いはいただきましたよ。全て、お断りさせていただきましたが。
婚約者のいる者へ懸想など正気ですか?」
婚約者のいる者へ懸想など正気ですか? とは、かの皇太子が妹を糾弾するように言ったことだった。
ミリアは笑い出しそうに思ったものだ。そういう自分もやっていることは妹と変わらない。婚約者のある者を誘惑し、落とそうとした。自分と一緒のほうが、幸せだと嘯いて。
棚上げなどとさらに好感度が下がったのは言うまでもない。
「そ、それは、思いあまってのことでしょう」
「ええ、妹も同じでしょうね」
同類。
お綺麗な顔をして地位があって、それがなにになるというのか。ミリアにしてみればただのハニートラップでしかない。
「なっ、あんなあばずれと」
「まあ、婚約者のいる者へ懸想し、あわよくば奪ってやろう、というのは同じではございませんの?
本当に、邪魔でしたわ。妃殿下にも痛くもない腹を探られ、監視はきつくなり、一人になることすら希で。これ見よがしの贈り物は全て、換金して寄付しましたのでそれはありがとうございます」
「あなたを助けようと思われたのですよ」
「シリル殿下へ余計な事も吹き込んだのでしょうね。私が愛していないとかなんとか。事実でも黙っているのが、良き友なのでは? あるいは、それでも義務だと諭すのが」
ディートリヒは完全に黙った。
ミリアは小さく笑った。単純な男だ。皇太子なら、もう少しなにかお綺麗にいいわけしただろう。
君のためと優しく、責める。恋ゆえにと懇願すらするかもしれない。
「ねぇ、どこを好きになるの?」
ミリアは困った時に助けてくれる方が、好ましいと思う。相手の望みを聞いて、助けが必要か聞いてくれた方がどれほど嬉しかったか。
自分がしたいことを押しつけられて感謝しろというのは、少々、恩着せがましい。
国交上の色々の情報をとるために、多少のほのめかしはした憶えもあるので勘違いされる土壌はあったのだ。
だから、きっとミリアも悪かった。
「……殿下をよくお知りになれば、わかります。明日、お迎えにあがりますので」
「そう」
つまらない話を聞いた。
つまりは、ミリアルドはそこまでだ。
「おまえのような傷物をひろってやったのだ。感謝くらいしたらどうだ。
役に立つ話一つ出来ぬ能なし」
「そう」
やはり、この男はつまらない話しかしないようだ。話をしないのは、知らないからではない。
ディートリヒはそれ以上なにかを言うつもりはなかったようだ。憎々しげに睨んだあとにばたんと荒々しく扉を閉めた。
「変ね」
薬を盛った人物かと思っていたが、違うようだ。まず、薬が効いているかどうかを確認しそうなものだ。それもないし、普通に話をしているのもおかしくは思っていないようだ。
他の誰か、あるいは、皇太子からの指示だったのだろうか。
確かになにか入っていたのは間違いない。
「そのぅ、煽るのはどうかと思うのだが」
もぞもぞと白猫が動き出した。こわばったと言いたげに伸びをしているのは本当に猫のようだ。
「あのお綺麗な顔見てると蹴りを入れたくなるのよね。なぜかしら?」
「わからんなぁ……。乙女は複雑怪奇と西のお方が言っておった」
毛繕いを始めながら、うにゃうにゃ言う。よく聞けば、猫の鳴き声と合わせて壮年の男性にも似た声が聞こえる。鳴き声はどこか幼さのあるものなのでギャップがあった。
「……話せるのね」
「我、一応、聖獣の分類でな。西のお方へよもやま話をお届けするために諸国漫遊しているというクリスタリアと申す。
ナキとは行き倒れを拾ってからの腐れ縁でな。まあ、よき相棒だ」
「そうとは知らず、ご無礼を」
「うむ。すぐに忘れて、なで回すが良かろう。いやし、と、ひーりんぐこうか、というのがあるらしい」
目の前でお腹を出している白猫。
ミリアはくすくす笑いながらなで回すことにした。ささくれた心には確かに効く。
「本当に助けてくれる?」
「うむ。世直しも兼ねているし、西のお方はそういった話は好物だ」
「直るかしら、世の中が。
私は逃げだしたい。出来ないなら、ひと思いに殺して」
「殺してとは穏やかではない」
「少なくとも私の持っている情報を知られたくないの。国家機密なんて、今は敵国ではないにしても外に出してよいものではないでしょう?」
「必要になれば色々引き出す手段もあるからのぅ。薬とかは穏便なほうであろうな……」
「拷問の知識はあるから、その前に逃げたい」
ミリアは遠い目をする。正直知識があるので、自分で体感したくない。それくらいならさっさと毒をあおる。
そちらのほうが美しく後世に残るだろう。悲劇の方が、話として盛り上がる。
「ふむ。皇妃になって祖国を滅ぼす気はないのか」
「自分が一生かけて守ろうと思ったものをそう簡単に裏切れるわけもないわ。殿下には小姑のごとく嫌がらせはしてやりたいけど。長年の恨み辛みを」
「……恐ろしい娘だのぅ。承知した。ナキも開戦も小競り合いもやだーとか言っておったので、なんとかしたいのであろうな」
「そういう理由なの?」
「うむ? お姫様を助けるのは男の浪漫とかなんとか嘯いていたが、どこまで本気かはわからん」
「……そう」
ミリアはなんだか複雑な気分だった。どう答えられても納得がいかない気はする。
やはり分の悪い賭のような気がして。
「なにが欲しいのかしら?」
「そうさの、ご褒美のキスくらいでいいんじゃなかろうか」
……驚異的に安いと言うべきだろうか。白猫は投げやりな答えに満足したのか、ベッドの上で丸まった。
ミリアは少し迷ってから同じように横になって丸まってみた。
「クリス様」
「なんじゃね?」
「ありがとう」
返答は言葉ではなく、にゃあと鳴いただけだった。




