一人と一匹の答え合わせ 1
時間は少し戻る。
昼食後に一匹と一人は建物の周りをうろついていた。
室内に入れるわけにも行かず人気のないところをさがしているところだった。ちなみに先に厨房の勝手口にも忘れずに寄っている。
白猫はお腹をなで回されすぎて背中が土埃まみれになりもしたが、双方満足したようで何よりであった。
今夜は風邪気味と言い出した冒険者の代わりに夜の見回りを代わることになっている。用事を済ませてさっさと仮眠をとりたいと思っているのだが。
「見回り増えてる」
独り言のようにナキは呟いた。足下でにゃと猫は答える。
昨日まではいなかった兵士の見回りを見かけるようになった。表面上、見回りといった感じではなく、今のナキのようにふらついているように見える。しかし、今まで行き会ったことはなかったのだ。
兵士には妙に猫を凝視されるのだが、ナキは全く気がついていない振りをした。時折、白猫の方が何かご用?といいたげにとことこ近づいて行くのだが、引きつったような顔で逃げられる。
今も二人組が逃げて行った。
「にゃ」
遺憾の意。と言ったところであろう。
ナキはさらに追いかけようとした白猫を抱き上げた。ふわりと甘い花の匂いが鼻先をかすめる。
「……どんだけ、可愛がられてたんだよ。移り香がする」
「にゃ? にゃ、にゃ」
「……変態? とか本気でえぐれるからやめて。もう、木にでも登るか?」
「うにゃ?」
「降りれない猫を救出作戦、とかな。うん、良くないか?」
一時的にでも誰も来ない場所を探すのを諦め、ナキは手近な木の側に猫を寄せた。
えーと言いたげに、白猫が登っていく。なんとなく、へっぴり腰なのはやはり優雅さに欠ける。
「にゃぁ……」
白猫は情けない声を作っているようで、本気のようだった。
ナキは辺りを見回してからよいしょと登ることにした。木登りは憶えたくて憶えたスキルではないが、役には立つ。
特に安全ではない森の中で野営するときなどは必須である。
「で。クリス様。猫のまねごとしてる場合じゃないと思うけどどう? なんかきな臭いを通り越えて、足下に火がついてる感じがする。彼女、この国の人じゃないよね?」
「にゃ。……うむ。ナキよ。人の世には詳しくないが、他国の王妃になる予定の娘をさらってくる、というのは大変まずいのではないだろうか」
「……は? え? わけありってもうちょっとこうただの貴族の娘さん……じゃないのか……」
がくりとナキは肩を落とした。
この猫もどきはこういう嘘はつかない。本人に言われたとおりであり、それに一定の正しさを感じたから言うのだろう。
白猫は毛繕いをしようとして、今の場所を思い出したらしく枝にしがみついた。
「なぜ、高いところが苦手なんだろうね……」
「我は、登る必要もなかったのでな。空を飛ぶ羽もない。だいたい、西のお方の家は、平屋だ」
「それも聞く度にどうかと思うんだけど。うん、現実は直視しよう。
バカがいる」
「恋に落ちたら愚か者になるのだろう?」
「否定はしないけどさぁ」
ナキも身に覚えがないわけでもない。白猫の呆れたような視線にナキは遠くを見た。兵士がちらっと視界に入ってきた。のんびりとした様子であまり危機感はもっていないようだ。
ぴりぴりとした雰囲気をもっているのは兵士でも一部のみだ。紛れ込んでいるつもりで異質なのだ。まわりも相当気を使っている。それを当たり前と享受しているところから身分の高さが滲み出ていた。
「本人の申告が本当なら、もっと騒ぎがあってもおかしくない。
彼女以外が、同意したということなのかな? それだって変な気がするけど」
「国境の出入りをあれほど制限しているのは既に騒ぎになっている、ということではないのか?」
「んー。そうだね。確かに隣国から商人が来ない、みたいな噂を聞いたような気はする」
「なぜ、商人」
「そりゃあ、情報も商材だから。何か起こっていても情報を握りつぶせば、誰も知らないこと」
「どちらにしろ我々にはよくわからない、と言うことではないか」
「まあ、本人に聞くしかないよね。クリス様聞いてくれる?」
「にゃあ」
「……あっそ。わかりました。なにもないといいんだけど」
「そういえば、助けて欲しいと言われたぞ。どうする」
ナキは無言で白猫を見下ろした。怖々と下を見ている猫は気がつかない。
そのまま首根っこを掴んで宙づりにする。
「ふぎゃっ!」
「大事な話だろ。それ」
「す、すまぬっ! お、落ちるっ!」
「落としてもいい」
「はんせいしておるっ!」
猫は慌てたような様子にナキは膝の上に下ろした。そこから肩まであがってきたのだから、よほど嫌だったらしい。
毛繕いをしてどうにか心を落ち着けたいという気持ちか手を舐めている。
「血なまぐさいのは嫌なんだよなぁ」
「捨て置くか?」
「最終的には、助けたいよ。そもそもさ、求婚、断ってもこんなことする相手が、真っ当に口説くと思う?」
「わからんが、次は実力行使ではないか?」
「となると死んでやるくらいの気概を感じるんだよねぇ。思い切り良すぎる」
「ふむ。では薬漬けでもするか?」
「それも今、回避したわけだ。そんなの楽しいのかな?」
「知らぬよ。なんにせよ、牢獄から出してやるのが先決ではないのか」
ナキは肩をすくめた。
「ある意味、そこは安全だからもうちょっといてもらった方がいいよ。さて、僕はそろそろ仮眠してくるよ。クリス様はお好きにどうぞ」
「うむ。ちゃんと下ろすとよいぞ」
偉そうではあったが、心なしか震えているようだった。
「仰せのままに」
ナキはまじめくさった顔でそれに応じた。笑うと後々まで引きずったりするものだ。
ところが。
「ちょ、ちょっとっ!」
木を降りてナキががたがた震えている猫のご機嫌を取っていたとき見知らぬ女に腕をとられた。
「は? え? 過激なお誘い!?」
「バカなこと言ってンじゃないよ。あんただろ。その猫の飼い主」
腰に手を当ててナキを見ている女性は二人連れだった。濡れたスカートと袖をまくった姿からおそらく洗濯婦なのだろう。ここは女性の出稼ぎ先として人気とかで麓の町のおっかさんと思われる。
偏見であるが、二人とも子供を既に二人くらいは育てあげていそうである。貫禄があった。
ナキがちょっとびびるくらいには迫力もあった。
「そ、そうだけど」
「小耳に挟んだんだけど、その猫を処分するとか金髪の偉い人が言ってたんだよ」
「は? ひ、人の相棒を勝手に? ご冗談、と言うわけでもなさそうですけど、なぜ?」
「わかんないよ。偉い人の考えることは。見つからないように隠すんだねっ!」
「わかった。ありがとう」
「いいんだよ。そのなでてもいいかい?」
「どうぞ」
ナキは供物のように白猫を捧げた。
二人に交代に可愛がられているのを見ると本気で猫にしか見えない。威厳とかどこに消えるのだろうと思う。
「お客でも来る?」
先に撫でて満足した女性に声をかけた。機嫌がとても良さそうだ。
「なんだい。通達がきてないのかい?」
「なんの?」
お互いに不思議な顔をしてしまう。
彼女はぽんと手を叩いた。
「ああ、そうか。元々砦のヤツじゃなかったね。
例年この時期には皇太子殿下がやってくるんだよ。近年は隣国に留学してたからね。この砦くらいしか視察にこないんだけど。王族の義務というやつらしいね。予定通りなら明日の昼頃には到着しているはずだ」
「……そー。殿下、猫嫌いなのかもね。だから、最初に排除しておきたいのかも」
ナキは遠い目をした。
嫌な予感しかしない。他国の次期王妃と面識があって、強引な手段をとれる相手なんてそんなにいない。
その上、この砦も自由に使っている。
外れて欲しいけど、たぶん、真っ黒。
その後、なで回されてご満悦な白猫をひっつかんで、地下牢に放り込んだ。




