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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
聖女と隠者と聖獣

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潜入、はじめます3

 ミリア・フィオーレ。それが今の仮の名だった。

 フィオーレ家はイーリスの実家で、実在する。長く続く歴史ある家ではあるが、野心はなく娘が聖女になっても皇帝に見染められて後宮に行っても特に変わりはなかったという。

 むしろ、めんどくさい、という対応であったことから変わり者としても有名ではある。

 その家の社交デビューもしていない娘であるので、紹介されたときから好奇の視線を向けられた。婚約者がユークリッドの血縁であるが平民であるということも拍車をかけていたように見えた。


 着替えのために訪れた別室で侍女たちはミリアのための準備をしていた。

 準備をきちんとしながらもちらちらと値踏みをされているような視線を感じてミリアはため息を殺した。上下関係を作り出すようなものには慣れている。どの程度の立場でいるかというさじ加減は難しい。

 今必要なのは蔑ろにされず、腫物のように扱われず、近すぎない距離感。

 その中でも近すぎない、ということが一番重要だ。

 フィオーレ家も末娘が存在していても、ミリアは違うのだから余計なボロを出さないようにする必要はある。

 ここでは皇女の血縁として振舞うというより、変わり者の令嬢としていたほうがいい。


 今回、追加された侍女は三人。全て皇女付となる予定らしい。短期間の逗留ならともかく、長期滞在になるのであれば正式な侍女くらい付けねばならないという話だ。皇帝としてはもっと早くに送りたかったようだが、当の皇女がのらりくらりと断っていたそうだ。

 ユークリッドがいうには、皇女は嫌そうに口うるさいのばっかり付けられるんだから、遅く帰ってきていいわとさえ言っていたらしい。


 煩そう、というよりは堅苦しそうというのがミリアの印象だ。主であっても場合により苦言を呈するということもありそうである。王国側では皇女にその対応ができるものは既に降嫁した王女二人だけだろう。その二人も息子の結婚相手かもしれないと思えば強く出るとは思い難い。

 どこの階級でも結婚相手の姑が面倒ではないほうがいいものである。


「こちらはいかがですか?」


 侍女の一人から示されたのは薄い緑のドレスだった。スカートを膨らませてもおかしくないように切れ込みが入っているがそれも装飾のようにレースで彩られている。


 他の二人の侍女は両手に二着ずつ用意していた。それは淡い色合いのものばかりである。赤毛であったころはまず着たことのない色合いだ。


「それにするわ」


 あっさり同意したミリアに侍女たちは驚いたようだった。わがままな娘だとでも思われていたのだろうか。

 コルセットもせず、ペチコートのみで済ますように指示したことも困惑していたようだった。さらに宝飾品は一つの指輪以外は必要ないと断れば愕然としているように見えた。


「装うのには興味がありませんか?」


「必要であれば、着飾るくらいかしら」


 ミリアルドは既に用意されていたものを着るだけで好みを主張することもなかった。その場で相応しければ何でもいい。くらいの気持ちではある。

 ナキは好きなものを探したらいいよ、と言っていたけれどミリアにはまだ難しい。


「それでしたら、今後の打合せもしたいのですがよろしいでしょうか?」


 侍女の一人がぱちりと手を叩いてから、ミリアに提案してくる。否はなかったので、それに付き合うことにした。

 侍女たちは言葉を交わさずミリアの前に服を並べ、小物も用意し始める。その動きは無駄のないもので、王城にいた侍女たちを思い出した。


 ミリアの耳に、にゃうという小さい声が聞こえた。


「あら? クリス様。どうしたの?」


「つまらなくなってやってきたのじゃが、こちらもつまらなそうだのぅ」


 そう言いながら白猫はにゃうと愛想を振りまいていた。だが、侍女たちはちらりと見られただけで相手をするようなことはなかった。一人少しばかり怪しい行動をとっていたが他の侍女に止められていた。

 ミリアも抜け毛と思うと手を出すこともない。今は抜け毛の季節ではないのだが、これまでの反省が生きている。

 つまらぬのぅと白猫が去っていくまではそれほど時間がかからなかった。


 ミリアは田舎の服装、社交に興味のない令嬢らしく絶妙に流行を外した選択をする。帝国内や王国の流行りを意識しているのはその立場にあわない。

 間違い探しをするように侍女たちがそれとなく、他の物を勧めてきちんとした組み合わせになっていく。それもミリアの選択を表立って責めたり、下げたりしない言い方をすることが意外ではあった。


 それも一区切りしたところで、扉を叩く音がした。

 ミリアは立ち上がらず、侍女が対応するのを待った。訪れたのはナキだった。室内に入れていいかと侍女に視線で確認をされ、彼女は小さく頷いた。

 ナキは室内を確認し困ったなと言いたげに彼女へ視線を向けた。


「邪魔してごめんね。クリス様見なかった?」


「ずいぶん前に飽きたのか出ていったけど」


「じゃあどこだろ?」


 ナキは首をかしげる。いつもはそれほど白猫の行方を気にすることはないのだが、いつもと何が違うのだろう。

 侍女たちにも聞こうかと思ったが、ずっと同じ部屋にいたのだから意味はない。


「ユークリッド様のところじゃないかしら」


「じゃあ、行ってみるよ。

 それにしても」


 ナキはなにかを言いかけてなにか迷ったようだった。


「なに?」


「いつもかわいいけど、今日はきれいだね」


 ミリアはあわてず騒がず、礼を述べようとして妙な視線に気がついた。

 侍女たちのツンとすました表情の奥にそわそわしたようなうきうきしたような雰囲気を感じた。何か期待されているようだと気がついてミリアは顔が熱くなっていく。

 なにもないから、これはナキの通常だからと力説したいが、それはそれできっと侍女たちの好奇心を刺激してしまうだろう。

 慣れるくらい、通常と言ってしまうくらい言われてるんですね、と認識されるのもものすごく恥ずかしい。そもそも気軽に可愛いとか言いだすのが問題で……。


「……探しに行ったら」


 どうにか言葉を飲み込んでナキを追い出す。他に何か言いだしそうで困る。

 ナキは気にした様子もなく、軽くまた後でと言って部屋を出ていく。ぱたりと扉が閉じた音がやけに耳についた。

 何事もなかったように居住まいをただし、ほっと息をつく。


「続きをしましょ」


 ミリアのその声が少しばかり上ずっていたのはなかったことにしたい。それに微笑ましいような呆れたような視線を向けられたこともだ。


 それから間もなく、夕食の知らせが来た。和やかそうに見えて微妙な緊張感が漂っていたのは、ユークリッドのせいだろう。今は現役を退いたとはいえ老将軍と食卓を囲むなど彼らは思ってもみなかった違いない。

 ユークリッドは先についていたはずなので、彼らも慣れてもよさそうだがそれほどの豪胆さは持ち合わせていないようだ。

 それどころか普通に話をしているどころか気安く振舞うナキにハラハラしているようだ。途中でナキは気がついたようだが、ちょっと迷ってそのままにすることにしたようだった。


 その夕食も終わり、食後のお茶を断りミリアは部屋に戻ると告げた。普通の時であれば感じが悪いと言われるだろうが、旅で疲れたからと言えば不審には思われないだろう。


 それでも婚約者に部屋に送ってもらうというのもかなり勘繰られそうだが、それは仕方ない。帝国側の者に聞かれずに話をするのにはこうするしかなかった。


 食堂を抜け途中までは部屋へ足を向けた。確認されるとは思えないが、用心は必要だ。そして、その廊下の途中でミリアはしばし立ち止まった。


「迷った?」


 そのミリアにナキは少し困ったように問いかけてきた。


「違うわ。少し散歩しましょ」


「それならクリス様も呼んで来ればよかったかな」


 白猫はご機嫌斜めに部屋に籠城中ということだった。迷子になって、高所で震えていたところをユークリッドに捕獲されたらしい。この建物は好かぬ。とお怒りだ。


「怒られるわよ。

 たしか、ここから庭園に出ることができるはず」


「……変なところから出れるね」


 ナキが怪訝そうに言いだすのには理由がある。ここは外から見れば一階と二階の半ば。しかし、中の体感でいえば二階だ。それもなにもなさそうな廊下である。


 ミリアは壁に小さなくぼみを見つけた。誰かが傷をつけて残したように偽装されたそれに触れながら解除の言葉を告げる。

 その言葉は王家に伝わる魔法と言われていた。

 この場所は魔道具を仕込んで、言葉の認証をしているのがわかっているが、確かに実際すると魔法のように見える。

 なにもなかった壁をミリアが押せばすっと開いた。


 振り返ればナキは呆然とミリアを見ていた。ミリアが怪訝そうに見上げれば、夢から覚めたように小さく頭を振る。


「隠し通路くらいで驚くの?」


「いや、まあ、そうだね」


 歯切れ悪く言われたが理由がミリアにはわからない。ナキはそれ以上聞かれるのを嫌がるように先にぽっかりと開いた通路の入口に入っていく。


「じゃあ、行こうか。お手をどうぞ、姫君」


 芝居がかったしぐさで手を差し出すナキに、ミリアは違和感を覚えた。戸惑いながらも手を乗せればぐいっと引かれる。

 ナキはもう片方の手で少し乱暴なくらいに、扉を閉める。通路に明かりはないが、真っ暗になるほどではなかった。


「声が聞こえた。見つからないほうがいいよね?」


「え、ええ。耳が良いのね」


 少なくともミリアの耳には物音は聞こえなかった。ナキは小さく笑って、これでも冒険者やってたからねと囁く声はひどく近い。

 手以外は触れられていないが、抱擁に近い状況ではあった。ナキは不自然なくらいに触れるのを避けている。

 それなのに今は、ミリアを冷静に観察していた。


「どうしたの?」


「さっきのここ開けたとき、言葉を言ったらなんかぱぁって光ったんだ。今は消えたみたいだけどさ」


「……その注意は聞いてないわね」


 隠し通路が現れたことよりミリアに驚いていたのはその理由だったのだろうか。ナキの言動としては違和感がある。

 光っただけなら、その場で言いそうだ。


「次は気をつけないとね。さてと行こうか」


 軽くそう言って、ナキはミリアから離れる。そっと控えめに手を引かれて、そのままついていくことにした。元々の情報によれば一本道で迷うこともない。


「そう言えば、あの言葉ってどういう意味?」


「知らないわ。既に意味も失われた古代語。識別の儀式を経て使えるっていう話だから、誰でも同じ言葉を言えばいいってものでもないし」


 だからこそ、ナキの前でも言えたのだが。ふぅん? と呟いて彼は黙った。

 いつものようで不自然。指摘して問い詰めれば回答は得られるだろうが、ミリアはそうしないことにした。

 目の前に行き止まりが見えていた。


「扉は僕も開けられるやつ?」


「ええ。外の様子を見れるのぞき穴もあるはず」


「大丈夫そうかな。開けるよ」


 扉の外はもう暗かった。明かりなしで散歩するようなものでもない。

 以前訪れたときには夜でも明かりがついていた。常に先回りして用意されているのが当たり前すぎて自分で用意しなければならない感覚は未だに薄い。


「こんなこともあろうかと」


 妙に楽し気にナキはどこからともなく、小型のランプを取り出していた。

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