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018サン=テグジュペリ『星の王子さま』

冊数が多いのでどれを底本にしたかは置いておきますが

それだけの数の翻訳が出るほどのヒット作ともいえます。

 栞に借りた本には必ず、栞手作りのしおりがはさんであった。何でも読書をより楽しむための趣味だそうで、なんだか妙に上手い手描きのイラストや、木の葉がラミネートしてあり見ているだけで乙女パワー的なものがみるみる上がっていく。

「やーん、カワイイー」とかアホの女子高生らしく声を上げる。

「あっ! 恥ずかしいの見つかった」

 栞の眼鏡が逆光で真っ白に光り目は見えなかったが、あらやってしまいましたわというような表情がうかがえる。

 自作の栞見つかって恥ずかしがるとか、そんな乙女この世に何人いるだろうか、やーんカワイイーとまたアホ丸出しの感想が脳裏に浮かぶ口に出すとやっかいなことになるのは自明の理である。


 わたしがかわいいといったのは、多分大分前に作ったと思われるしおりでなんだかヘロヘロの線で男の子が描いてあった。

「栞、これってあれでしょ? 例のあのタイトルが喉元まで出ていいるのにでて来ないや、フランスの飛行機乗りの人の……」

「何でそっちが分かってて、キャラが思い出せないんですか!」

 と、いってふふふと笑う。

「ヒントはどこかの王子様です」

「あーはいはい、これは分かったぞ『星の王子さま』だ!」

「当たりでーす。流石に小学校の頃とかに読んだことはあ」

「無いっス」

 後ろを振り返りふーっとため息をつく。

「えーと、数時間あればゆっくり読んでも読み終わらせることが出来る本なんですが……」

「解説お願いします」


「読んだ方が面白いのになあ」

 といいつつも「まあ内容に極力触れないように解説しますので、その代わりちゃんと読んでくださいよ。角川版は百五十ページしかない上に作者のイラストがバーンと並んでいるので実質百三十ページも無いはずですから」

「押忍! お願いします」

「そんな気合いいれて読むような本でもないですってば! まあかといって大人が読んで陳腐になるというような安っぽい童話でもないのですが……」

 眼鏡をくいくいあげると鞄の中から『星の王子さま』を取り出す。なんで毎回そんなに都合よく持っているんだろう……。


「孤独なパイロットが砂漠に不時着するところから始まります。そして機械を直しているときに、少年ともいえないようなチビ助がやってきて絵を描いてくれとねだるのですね。彼は小さな星からいろんな星を巡りそこで様々な大人達、駄目な大人達と会うのですが、地球に来たときにキツネに会うのですね、友達になってよというのですがキツネは本当の友達になる条件をいろいろとあげていくのですね。ここで有名な『大切なことは目に見えない』という言葉が出てきます。ちなみにキツネとのやりとりは原文だとアプリポワゼとなっていて直訳すると『飼い慣らす』になるらしいのですが、文脈からして仲良くしてねっていう表現になるようです。さて、飛行機が直るとともにチビ助はせっかく仲良くなったパイロットにもお別れを告げて、自分が元いた星に帰るのです。そしてパイロットはいつかアフリカの砂漠を旅するときが来たらチビ王子の姿を探してしまうだろう。というのが大雑破な流れです」

「おお、良く覚えているねそんなあらすじ。わたし『星の王子さま』は大体分かった」

「分かってないですよ、もうとにもかくにも薄い本なんですから読んでください!」


 読んだ。


「何これ! メッチャ深い話じゃん。なんで教えてくれなかったの?」

「世界中で八千万部売り上げている大ヒットベストセラーですよ? 小学校とかでも課題図書にしているところがあったりするようですし、普通あらすじぐらいはなんとなく知っていると思うじゃないですか」

「フフフッ、その波わたしの所には届いてないねぇ」

「今届きましたよ、あ、詩織さん。あなたもしおり作ってみませんか? イラストを描いてラミネートするだけなので簡単ですよ」

「栞がしおりがってしおりが大渋滞起こしているけど、一冊読んだ記念に作ってみますか。こうなんか読書少女とか文学少女っぽくない?」

「そんなこと気にしていたのですか……」

「え、なんで哀れむ視線で見てくるわけ!」

「紙は五種類用意しました。どれもちょっと高い紙ですよ」

 さらーっと無視された。

 栞はなんだか高そうな色鉛筆を取り出して、さらさらと『王子さま』を描いていく。

「あれ? 別なしおりも何枚か見たけれどメチャクチャ上手くなってない?」

「あっ……まあ定期的に絵を描いたりする機会があるもので、ちょっとずつ上手くなっているっていうのはあるかもしれませんね」

「定期的に絵を描くって、なんか市とか県の展覧会みたいな奴? 流石お嬢様すなあぁー」

 なんだか栞は慌てふためくと、いや違うんですとやたらと否定してくる。

「そうなの? 趣味っていうには定期的に絵を描くとか珍しいと思うんだけれど、なんかのイベントでもあるの? わたし全然そういうの知らないんだけれど」

 イベントという言葉が出た瞬間ビクッとなっていつものモジモジモードに入ったが、なんか今日に限っては突っ込むのも悪いかなと思って黙っていた。


「まあ、わたしも絵上手くなりたいから色々教えてよ、あ『星の王子さま』のブロッコリーみたいな絵描きたい。あれ描ければクラスのわたしの絵を馬鹿にしてきた連中黙らせてやることが出来るはず……」

「ブロッコリーじゃなくてバオバブですよ。本当に読んだんですか? まあバオバブって今、山羊じゃなくて象にガシガシ囓られて凄い勢いで減っているみたいですが……あとあの実は食べられるんですよ、酸味のあるヨーグルトって感じらしいです。クラスの人を見返すとかっていうのをモチベーションにするのもいいかもしれませんが一番いいのは、楽しんで描いているうちに上手くなることだと思いますよ。どうせなら下向いて描くより上向いて描いた方がいいじゃないですか」

「うわっ眩しい! 栞さんわたしと違う次元に立ってらっしゃる!」

「んもー、だから……」

「さん付けはなしでしょ」

 といって、わたしの方から栞の唇にそっと人差し指を当てると冷たい表面の下に温かみが隠れているのが分かる。

 ヤバい、これ癖になるかも。

「ほっ……ほわー!」

 と奇声を上げて慌ててのけぞる。

「な、なんて、恥ずかしいことを……」

「栞はよくやってくるじゃない」

「私はいいんです! 仲のいい人なんて詩織さんだけなんですから! それに詩織さんは華があるから私みたいに暗い感じの人間にそういうことしちゃ駄目なんですよ!」

「あのねぇ栞……別に誰もあなたのこと嫌ってもいないし、ただ単に内にこもっているだけだからそういう考えになっちゃうのよ。わたしだって髪の毛染めているのと癖っ毛でなんとなく派手になっているだけで別にクラスの中心存在って訳でもないし、そうだなあ……『アプリポワゼ!』わたくし詩織と東風栞はこれからもっと仲良くなることを命じます!」

「え、そんな……でも」

「いいから絵の描き方教えてよ」

 栞はお嬢様然とした姿からはちょっと似合わない鼻水をすする音を立てると、分かりました楽しく描いていきましょう。

 と、いって、二人で並んでブロッコリーならぬバオバブの木の当たりをさささっと描いてこんな感じでといいながら、早すぎて分からないので「どんな感じだ」とツッコミを入れつつ仲良くお絵かきを始めた。


 たまにはこういう日があってもいいし、本から得られる「何か」というのも、知識だけじゃないんだなと、なんだか読書家に一歩近づいた気がした。



挿絵(By みてみん)

イラスト提供:

赤井きつね/QZO。様

https://twitter.com/QZO_

次回

鴨長明

『方丈記』

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