49:愛の力は無敵です
リース男爵家の庭園の一角に、白い石で組まれた東屋がある。
東屋の中央に置かれているのは、真っ白なテーブルと椅子。
使用人たちの手により、テーブルと椅子はピカピカに磨かれている。
その憩いの場で、私とラディアス様はテーブルを差し向かいに紅茶を飲んでいた。
「美味しいな」
ラディアス様は我が家でも最高級のティーカップを傾け、上品に微笑んだ。
胸がどきりと跳ねる。華やかな正装に身を包み、花が咲き誇る庭園の中で微笑む王子の姿は、まるで一枚の絵画のよう。こんな美しい人が私の婚約者なのだと思うと、まだ現実味がなくて、足元がふわふわする。
「お口に合って良かったです。お母様が厳選し、わざわざ王都から取り寄せた茶葉ですので」
「そうか。歓迎してもらえたようで良かった」
「緊張しました?」
「それはそうだ。婚約は認めないと言われたらどうしようと、昨日は心配でろくに眠れなかった」
「心配されなくとも、国王陛下の許しを得られた時点で勝ち確定ですよ。男爵家が王家の意思に逆らうことなどあり得ませんからね」
「わかっていて意地の悪いことを言うな。おれは『命じられて仕方なく』ではなく、リース男爵とベロニカには本心からユミナとの婚約を認めてほしかったんだ」
セルジュ様を彷彿とさせる上品な微笑みを消し、ラディアス様は仏頂面になった。
「あら。いつものラディアス様に戻られましたね」
からかうように言って笑う。
「ユミナと二人だけなのに、無理に兄上の真似事をすることはないだろう。愛想を振りまくのは疲れる。兄上はよくいつも穏やかに笑っていられるものだ。王子に求められるのは腹芸と演技力。王子にとって正装は鎧、笑顔は身を守る盾だと言われたが、どうもおれには向いてない」
「王子というのも大変なんですねえ……あ、このお菓子、甘くて美味しいんですよ。一口食べてみませんか?」
私は三段になった銀製のケーキスタンドから、チョコレートケーキを取り上げた。
「ユミナが食べさせてくれるなら食べる」
ラディアス様は試すような目で私を見た。
今日はユミナのために頑張ったんだから、これくらいのご褒美は望んでもいいよな?――とでも言いたげだ。
「……わかりました。それでは」
銀のフォークで慎重にケーキを削り取る。
左手を添えながら、ケーキの欠片をラディアス様の口元に運ぶ。
餌を待っていた雛鳥のように、ラディアス様は身体を寄せてケーキを食べた。
「ああ、美味い。いままでたくさんの菓子を食べてきたが、文句なしにこれが一番だ」
ラディアス様は顔いっぱいに笑みを浮かべた。大層ご満悦らしい。
なんだか、幼い子どもみたいだ。その無邪気な笑顔はずるい。可愛いと思ってしまうではないの!
「食べたりないな。もう一回リクエストしてもいいか?」
「……仕方ありませんね」
あんまりラディアス様が楽しそうな顔をするので、結局、私はケーキが無くなるまで「あーん」を繰り返したのだった。
それから、二十分ほど後。
「ユミナ」
ラディアス様は空になった皿を横に退け、真顔になって私を見つめた。
気まぐれに吹く夏の風が、彼の白い髪を揺らして通り過ぎていく。
「はい」
どうやらふざけるのはここまでのようだ。私はティーカップをソーサーに置き、姿勢を正した。
「セルジュ兄上に言われたんだが、おれはこれから『柱』になることを目指そうと思う」
『柱』というのは、国の守護結界の要となる人のことだ。
現在の『柱』はラディアス様に次ぐ魔力を持つオーウェル殿下が務められている。
「ダルモニアの慣習として、国一番の魔力を持つ人間がその任に就くことになっているんだが、おれは体調が不安定で『柱』には不適格だとされた。でも、学園を卒業するまで健康でいられれば、父上はおれの体調が安定したと判断し、おれを次の『柱』に据えるかどうか正式に検討すると約束してくれた。『柱』になれれば皆がおれを見る目も変わるはずだ。なにせ、日夜魔物の侵入を阻み、国を守るんだからな」
「それは素晴らしいですね!」
私は胸の前で手を合わせ、明るい声で言った。
「ああ。『柱』になれたら、ただの迷惑扱いされたおれの膨大な魔力が一転して国の役に立てるんだ。こんなに嬉しいことはない。将来に希望が見えた。これも全部、ユミナの刺繍魔法のおかげだ」
「ふふ。私、頑張りますね。ラディアス様のためなら、この先、何回だって針を刺しますよ!」
ぐっと手を握ってから、ふと思い出して手を下ろす。
「将来のことを考える前に、まずは来週のことを考えないといけませんね」
来週、私はお母様と一緒に登城し、国王様と王妃様に拝謁することになった。
間違っても『婚約者には相応しくない』と思われないように、全力で頑張らなければならない。
「そうだな。無事に婚約が認められたとしても、その先には王子妃教育が待っているぞ」
「また勉強……」
がっくりと項垂れる。
大陸最高峰の教育機関といわれるだけあって、ダルモニア魔法学園の授業は非常に難しい。毎年、当たり前のように留年する生徒が出るほどだ。
この上、さらに王子妃教育が始まったら、頭が爆発してしまうのではないだろうか。
「大丈夫だ。ユミナは期末テストでもほとんどの科目で満点を取っただろう。王子妃になれる素質は十分にある。多少辛くても、おれのためだと思って頑張ってくれ。どんな試練も、愛の力があれば乗り越えられる」
ラディアス様は冗談めかしてそう言った。
「もちろんですよ。私の愛の力を舐めないでください」
「…………」
私が即答するとは思わなかったのか、ラディアス様は目を見開いて固まった。
「愛していますから」
くすりと笑いながら、まっすぐに見つめ返す。
この気持ちは、冗談なんかじゃない。
「……おれも、愛している」
ラディアス様は頬を朱に染め、照れたように――それでいて、幸せそうに笑った。
〈了〉
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