48:親子は似るもの
「……しかし、殿下と娘では身分が違いすぎます。やはり殿下に相応しい、上級貴族の女性を選ばれたほうがよろしいかと存じますが。国王陛下の許しは得られたのですか?」
「はい。大変でしたが、説得しました」
「そうですか。大変だったということは、心から賛成されてはいないのでしょうね。王家に嫁いだとしても、ユミナはきっと苦労するでしょう……」
お母様は憂い顔でため息をついた。
「こんなことは言いたくありませんが、それでも言わせていただきます。ユミナは殿下に執着した女性たちによって二度も命の危険にさらされています。殿下は大変美しく魅力的なお方。この先も多くの人を狂わせることでしょう。殿下は病の身でユミナを守れるのですか? さきほど、殿下はユミナの刺繍魔法があれば日常生活に支障はないと仰いました。ですが、再び魔力暴走を起こさないという保証はないのでしょう? であれば、殿下のそばにいること自体が危険なのではないのですか?」
「それは……」
言葉に詰まったラディアス様を見て、お母様は視線を鋭くした。
「健康維持のためにユミナの刺繍魔法が必要だと言うなら構いません。殿下のために針を刺すことは許しましょう。ですが――」
「お母様。確かに私は危険な目に遭いました。でも、それはラディアス様のせいではありません。ロザリア様の件は、私が周囲の反対を押し切って現場に踏み込んだのです。ゾーラ様の件は――あれは実家の悪行がバレそうになって自棄になった結果の暴走です」
黙っていられなくなり、私は声を上げた。
「どちらの件でも、ラディアス様は全力で私を助けてくださいました。私は既に守られているのです。それに、苦労する覚悟はできています。ラディアス様と一緒になれるのなら、私はどんな試練であろうと耐えてみせます。たとえもし再び魔力暴走が起きたとしても鎮めてみせます。絶対に」
決意を込めて断言する。
お母様は紅を引いた唇を閉じ、困ったように眉尻を下げた。
「……ユミナ。親は余計な苦労をすることのない家に娘を嫁がせたいと願うものなのですよ」
「けれど、お母様はリース男爵家に嫁いで大変な苦労をされたではないですか」
何も言い返せなくなったらしく、お母様は黙り込んだ。
お父様は度を越した女好きで、さらに最悪なことに、お父様の親は嫁いびりが大好きだったという。
この家に古くから仕えている使用人たちの話を聞くたびに思ったものだ。
よくお母様は裸足で逃げ出さなかったな、と。
「甘い幸せだけでできた砂糖菓子のような家などありません。どんな家に嫁いだところで苦労はあるはずです。だったら私は、ラディアス様と共にその苦労を乗り越えていきたいのです。お願いです。どうかラディアス様と婚約することを許してください」
「私からもお願いします。王子という立場が妨げになるのなら、私は地位を捨てる覚悟です」
ラディアス様と二人揃って見つめる。
お母様は黙ったまま動かない。
「……お母様」
ベル姉様がお母様の腕にそっと触れた。
「どうか婚約を許してあげてください。ユミナは本当にラディアス殿下のことを愛しているんですよ。私はユミナが泣く姿など、見たくありません」
「……私も同じ気持ちに決まっているでしょう」
お母様は眉間を押さえて吐息し、それから微苦笑してラディアス様を見つめた。
「ラディアス殿下。ユミナは家に帰ってからというもの、口を開けば殿下のことばかり話しておりました。眩暈がするほど格好良く、ときどき意地悪で、しかしとても素敵なお方なのだと――それはそれは楽しそうに話していたのですよ」
「お、お母様。何を言い出すのですか」
私は恥ずかしくなって身を縮めた。
そんなにラディアス様のことばかり話していたかしら……いや、話してたわね、うん。だって、次々と話題を思いつくのだもの。口が止まらなかったわ。
「婚約者候補となった時点で調べ上げられたとは思いますが、私とユミナは血は繋がっておりません。しかし、私はユミナをもう一人の大切な娘だと思っております」
「私も、お母様を本当の親だと思っております。名実ともに、母親だと」
私がそう言うと、お母様は目を見開いた。
それから、嬉しそうに微笑んだ。
「……親として、娘には幸せになってほしいと心から願っています。その娘が、殿下以外の相手では幸せになれないというのなら。婚約を認めないわけにはいきません」
「お母様……!」
全身に喜びの波が広がっていく。
「ありがとうございます。今日は人生最良の日です」
ラディアス様も私の隣で嬉しそうな顔をしている。
「ただし」
お母様は指で眼鏡を押し上げ、レンズを煌かせた。
「大事な娘を託す以上、殿下には娘を全力で守ると誓っていただきます。殿下の婚約者となったせいで娘が不幸になることがあれば、私は殿下を恨みます。その覚悟はおありですか?」
「…………」
ラディアス様は無言でベル姉様を見た。
ベル姉様は赤くなった顔を隠すように、両手で頬を押さえている。
私に話を振らないで、と態度が言っていた。
「なんですか?」
お母様は怪訝そうに眉をひそめた。
「いえ、すみません。リース男爵に言われた内容が、以前ベロニカ嬢に言われたそれと酷似していたもので。さすがは親子だなと感心してしまいました」
「……ベロニカ。あなた、一国の王子にそんな不敬なことを言ったんですか? あなたたちが旅立つ前、私はくれぐれも失礼のないように、と言いましたよね?」
「お、お母様だっていま言ったではありませんか! 不敬ですよ!」
「私は可愛い娘のためを思って――」
「私だって可愛い妹のために言ったんです!」
ほんのり頬を赤くして言い合う親子の姿がツボにはまったらしく、ラディアス様は吹き出した。
驚いたように、二人が言い合いを止めてラディアス様を見る。
「……失礼」
咳払いして、ラディアス様は表情を引き締めた。
「リース男爵の懸念はもっともです。私も魔力暴走を起こした後は思い悩み、ユミナから離れようとしたことがありました。しかし、ユミナはすべてを理解した上で私を選んでくれた。ユミナは私にとってかけがえのない――この世で唯一の、愛する大切な女性です。王子として、一人の男として誓います。私はユミナを守り抜く。この先何があろうと、必ず幸せにします」
ラディアス様の力強い宣言は、私の胸をときめかせるには十分だった。




