46:堪らなく可愛い人
「……そんなに前から私のことを気にしてくださっていたんですか? どうして?」
クラスメイトとはいえ、私たちはろくに言葉を交わしたことがなかった。
私がベル姉様のような絶世の美女だったなら一目惚れという線もありえるけど、残念ながらそれはあり得ない。私は十人並みの顔立ちだもの。
「ユミナはおれを心配していても、おれの気持ちを最優先に考え、近づこうとしてはこなかっただろう? これまでおれの周りにいたのは『王子妃』という地位狙いで無遠慮に突進してくる肉食獣のような女ばかりだったからな。新鮮だったんだ。気づけばいつの間にか、ユミナの姿を探すようになっていた」
「ああ。たまに視線が合っていたのは、ラディアス様もまた私を見ていたからだったんですね」
納得して頷くと、ラディアス様は焦れたように言った。
「で。返事は?」
「……しかし。私は貴族の中でも最下位の男爵家の娘で……」
「そんなことはどうでもいい。おれが知りたいのはユミナの気持ちだ」
どうやら『私が恋人に相応しくない理由』をつらつらと述べるのは許されないらしい。この分だと、私は半分平民ですと言っても「どうでもいい」と切って捨てられるのだろう。そして、ラディアス様は不機嫌になる。
――それは嫌だわ。
当たり前のようにそう思った。
ラディアス様が不機嫌になった姿など見たくない。
泣く姿を見るのも、苦しむ姿を見るのも嫌だ。
私が望むのは、ラディアス様の笑顔、ただそれだけだ。
許されるのならば、誰よりも傍で、ラディアス様の笑顔を見ていたい。
学園を卒業してからも、ずっと彼の傍に居たいのだ。
――ああ、そうか。
認めてしまえば、とても簡単なことだった。
――私も、ラディアス様のことが好きだったんだわ。
ロザリア様にラディアス様が害されたとき、どうしてあそこまで取り乱したのか。毎日必死で刺繍魔法の練習をしたのはセルジュ様に頼まれたから?――いいえ、違う。何よりも私がそうしたいと望んだから。ラディアス様を助けたいと、力になりたいと、心からそう願ったから。
「……私も。ラディアス様のことが、好きです」
ラディアス様の瞳を見つめ、振り絞るように言葉を吐き出す。
「恋人に、なりたいです」
「……そうか。ユミナとおれと同じ気持ちでいてくれたんだな。良かった」
ラディアス様は心底嬉しそうに微笑んだ。
「いまなら本気だと言えるな。――『あなたを愛している』」
「――!」
それは、恋が成就するというハートのクッキーを食べる際のルール。
戯れだったはずなのに、あれは本気だったのか。
「……私も。あなたを愛しています」
はにかみながら言うと、ラディアス様はとびきりの笑顔を浮かべ、私を抱きしめた。
ためらうことなくラディアス様の背中に腕を回し、彼の肩に顔を押し付ける。
「おれと婚約してくれるか?」
「はい。私は一生、ラディアス様のために刺繍魔法を使い続けます。ラディアス様がなるべく健康でいてくださるように」
「そうだな。ユミナの刺繍魔法は、おれにとってはもう、なくてはならないものだ」
「……まさか、刺繍魔法目当てに求婚したわけではありませんよね?」
ああ、きっとここは「どうだろうな?」とか言って、からかれるんだろうな――と思いきや。
「もちろん。ユミナがほしいから、求婚したんだ」
耳元で甘く囁かれて、私の頭は爆発してしまいそうになった。
「……そ……ソウデスカ……」
「ユミナは照れると変な発音になるよな」
愉快そうに笑って、ラディアス様は私の髪を愛おしげに指で梳いた。
私は羞恥で赤く染まった頬を隠すように、ラディアス様の肩に顔を埋めた。
「……ラディアス様。我儘を言っても良いですか?」
「なんだ?」
「私以外の恋人を作らないと約束していただけませんか。お母様はお父様があちこちに恋人を作ったせいで苦労されたようですし……いえ、お父様が浮気しなければ私は生まれることもなかったので、内心複雑ではあるのですが……でも、やっぱり、ラディアス様が他の女性に愛を囁く姿を想像すると、嫉妬で死にそう……」
ラディアス様の背中に回した腕に力を込める。ラディアス様が他の女性を愛する姿なんて見たくない。叶うなら、私だけのものになってほしい。
「心配するな。生涯ユミナだけを愛すると誓う。もうとっくに、おれの心はユミナのものだ」
ラディアス様は私を強く抱き返してくれた。
「その代わり、ユミナもおれだけを愛すると誓え」
「はい。誓います」
私たちはしばらく無言で抱き合った。
こうして抱き合っていると、ラディアス様の温もりと優しさを全身で感じる。
私はいま幸せだと、胸を張って言えた。
「なあ、ユミナ」
そっと抱擁を解いて、ラディアス様が切り出した。
「実は王宮で味方だと断言できるのは、セルジュ兄上だけなんだ。父上とイナンナ、オーウェル兄上は味方でも敵でもなく、アイザック兄上に至っては明確に敵だ。アイザック兄上が将来王位を継いだら、おれは適当な理由をつけて王宮を追い出されると思う。最悪の場合、ありもしない罪をでっちあげられて国を追放されるかもしれない。そのときは、おれについてきてくれるか?」
「もちろん。どこまでもお供しますよ。ラディアス様のそばが、私の生きる場所ですから」
迷わずに言って、微笑む。
「でも、それはないような気がします。ラディアス様が不当に冷遇されるようなことがあれば、ブラコ――こほんっ、大変な弟想いでおられるセルジュ様が黙っているわけがありません。アイザック殿下を追い落として、王太子の座を奪われることさえあり得ます」
「……セルジュ兄上が王太子になる……?」
ラディアス様は長い睫毛を伏せ、顎に手を当てた。
「……あり得ない……とは言い切れないか? 兄上は王宮の内外で順調に味方を増やしているようだし……もし二人が王位を巡って争うことになったとしても、オーウェル兄上は静観するだろう。元々どっちつかずの蝙蝠だし、魔法の研究さえできれば王位には興味がないようだし……」
ラディアス様はブツブツ言いながら、何やら考え込んでいる。
「ラディアス様。悲観するのは止めましょう。未来のことは、そのときになったら考えれば良いことです。たとえどんな未来になっても、私がラディアス様から離れることはありえませんのでご安心ください」
私はラディアス様の頬にキスをした。
すると、ラディアス様はキョトンとして、頬を赤くした。
――ほら、やっぱり、ラディアス様は不意打ちに弱い。
そこがたまらなく可愛いと思っているのは、内緒。




