43:目覚めれば闇の中
突然、全身に衝撃が走ったことで目が覚めた。
はっと目を見開ければ、そこは一面の闇。
――ここはどこなの? 何も見えない……まさか、目を潰された?
いや、違う。眼球も瞼もちゃんと動くし、痛みもない。
じんじんと痛みを訴えているのは目ではなく、木の棒か何かで殴打された後頭部だ。
では、魔法で視力を奪われた?
それも違う。ゾーラにそんな高度な魔法が使えるわけがない――そう言い聞かせることで、私は恐怖に暴れる心臓を落ち着かせた。
自分の手首と足首が縄できつく縛り上げられているのはすぐにわかった。
さらに、身体全体が何か大きな……分厚い布のようなものに覆われている。
この質感は、学園の寮で使われている掛布?
ゾーラが寮の備品倉庫からくすねたのかしら?
目覚めたときからずっと、全身を包む掛布ごと、身体がガタガタ揺れている。
この振動は、馬車?
私が目覚めたのは、車輪が地面の窪地に嵌ったか、石に乗り上げたとかで、馬車が大きく揺れたせいってところ?
あれこれと考えながら、耳を澄ませてみる。
聞こえてくるのは、この馬車が走る音だけ。人の声はしない。
「ベル姉様」
もしかしたらベル姉様も同じように拉致されているのではないかと不安になって、私は暗闇に呼びかけた。
「ベル姉様。ベル姉様! いるなら返事をして!」
さっきより大きな声を上げてみたけれど、反応はない。馬車に乗せられているのは私だけなのだろうか。だったらいい。ゾーラの言葉は全て嘘で、今頃ベル姉様は友達と楽しくお喋りに興じている。どうか、どうか、そうであって。
ベル姉様の無事を祈りつつ、私は手足に力を込めた。
――ダメだ。どんなに暴れても、手足を拘束する縄はびくともしない。
これはきっと魔法道具だ。か弱い女の力ではどうしようもなかった。
どうしよう。暴れても無駄、ただし声は出る。ならば叫ぶか?
叫んで、なんとか御者に馬車を止めさせて、解放するよう要求するべき?
でも、話が通じない人だったら? うるさい黙れと殴られて、乱暴されたら……
想像だけで恐ろしくなり、私は震え上がった。
――いいえ、恐怖に負けてはダメ! 思考を放棄するな! 考えろ! 考えろ!!
己に命じて歯を食いしばり、身体の震えを必死で抑えようとする。
ラディアス様、どうか私に力を貸してください。震えを止める力を。虚勢を張る力を。この場を切り抜ける力を――
ラディアス様の顔を思い浮かべたら、生きる気力が湧いてきた。
こんなところで死んでたまるものか。
私は絶対、生きてラディアス様ともう一度会うんだ!!
強くそう思ったとき、脳内に閃くものがあった。
――そうだ、私ったら、肝心なことを忘れてる!! 私にはラディアス様からいただいた魔力があるじゃない!! この縄は魔法を封じるためのものなの!? それとも、ただ手足の自由を奪うだけで、魔法を封じるほどの性能はないの!?
「リート(光よ)」
――どうか、魔法が使えますように!
祈ったけれど、光の玉は現れなかった。
やっぱりダメか。それはそうよね。魔法が使えたら、こんな縄、簡単に切れてしまうもの。変身魔法でネズミにでもなれば、縄を切るまでもなく抜け出せるし。
――やっぱり、馬車を操っている御者に縄を解かせるのが確実か。
おとなしく救助を待つのは性に合わない。
そもそも、私がこんなことになっているとは誰も気づいてないかもしれないし。
よし、ここは多少のリスクを負ってでも、暴れよう!
「馬車を止めてください!!」
私は顎を持ち上げ、御者がいるであろう前方に向かって叫んだ。
「お願い、止めてください!! 止めて!! 止まれ!!」
もはや淑女らしく振る舞うことも忘れて怒鳴る。
こっちは命懸けなのだ。なりふりなど構っていられない。
「止まれと言ってるでしょう!! 私をどうする気なの!? どーせ殺すか売るつもりなんでしょうけど、おあいにくさまっ!! 私は素直に従うようなおとなしい女じゃありませんから!! 聞いてるの!? 止まれ!! 止まれってば!!」
ひたすら叫び続ける。喉が潰れても構わない。助かれば、とにかく助かることさえできれば、きっとセルジュ様が回復魔法をかけてくださるはずだ。
「――なんだあ? いま、女の声がしたような」
「!!」
御者が私に気づいた!?
「聞き間違いじゃありません!! いま声出したのは私です!! 荷台の掛布の中にいるんです!! 手足を拘束されて動けないんです!! お願いします!! 助けてください!!」
必死で叫ぶと、馬車が止まった。
――これからが勝負だ。
心臓が耳の横に移動したかのように、バクバクと音を立てて大騒ぎする。
果たして、御者はどんな人なのだろうか?
唾を飲んで状況の変化を待っていると、視界の上部にあった掛布がめくれ上がって、仄かな月明かりが差し込んだ。
「なんだ。てっきり死体だとばかり思ってたのに、生きてたのかよ。しかも、若い女か。何があったか知らんが、可哀想に……」
無精ひげを生やした見知らぬ中年男性は、私を見下ろしてそう言った。
「!!」
『可哀想』と思ってくれるような人なら、事情を話せば味方してくれるかも!?
少なくとも、血も涙もない冷血漢じゃなさそうだわ!! 希望が出てきた!!
「初めまして。こんな状態で失礼いたします。私はリース男爵家の娘、ユミナと申します」
馬車の荷台に転がったまま、私は頭を下げた。
こんなミノムシ状態で挨拶するなど屈辱だ。せめて、座って挨拶したかったよ!
「ダルモニア魔法学園の生徒なのですが、同じクラスの子爵令嬢に陥れられ……」
一生懸命説明していたとき、視界の端で金色の何かが光った。
「うわっ。いつの間にか、また増えてやがる。何なんだ、あの蝶は。お貴族様が魔法大会でも開いてんのか?」
また増えた? 何の話?
身体が拘束されているせいで動きづらいけれど、私は可能な限り首をひねって、どうにか空を見上げた。
――視界に映ったのは、黄金に輝く蝶たち。
魔法でできたと思しき蝶は眩い光を放ち、金色の鱗粉をまき散らしながら空を舞っている。
普通の蝶の動きではない。まるで、何かを探し求めているような動きだ。
蝶の数は、五……いや、十?
見ている間にも、数が増えていく。
――ラディアス様だわ!!
直感的に悟った。これほど多くの捜索用の魔法蝶を放てる人なんて、彼以外にいるわけがない。
私を探してくださっているんだ――そう思うと、涙が溢れた。




