42:聖女の狂信者
魔導ランプの明かりに照らされ、机の上でガーネットの首飾りがキラキラと輝いている。
気づけば、私はその幻想的な輝きを無心で眺めていた。
「……って。いけない。刺繍の途中だったわ。怪我をしないよう集中しなくては」
呟いて目線を落とし、白い布地に針を刺す。
――どうにも最近、調子がおかしい。
ラディアス様とのデートから既に一週間が経つ。
それなのに、気づけばいつもこんな調子で、私はぼうっと首飾りを眺めている。
そして、お決まりのようにベル姉様にからかわれるのだ。
そんなにデートが楽しかったのなら殿下にお願いして、もう一度行ってきたらどう?――みたいな感じで。
でも、いまベル姉様はいない。
寮長の許可を得て外泊届を出し、クラスメイトのタウンハウスに遊びに行っているのだ。
学園は来週から夏季休暇を迎える。
その前の思い出作りにと、クラスでも特に仲の良い友人同士でパーティーをするらしい。
明日は休息日なので、今日から連泊しても問題はない。
どんなに遅くとも明後日の夜には戻ってくるだろう。明々後日には学校があるしね。
黙々と刺繍をしていると、部屋の扉がノックされた。
「はい」
私は刺繍道具一式を机に置いて立ち上がった。
「どなたですか?」
歩きながら問いかけても返事はない。
ただ、遠ざかっていく足音が微かに聞こえた。
……悪戯かしら?
それでも一応、本当に誰もいないのか確認しようとドアノブに手をかけたところで――気づく。
扉の下に、封筒が挟まっている。
私は封筒を拾い上げ、中に入っていた便箋を広げた。
『二人きりで話したいことがあるの。寮の裏庭に来てちょうだい。雑木林の中に、崩れた井戸があるでしょう? そこで待っているわ。読み終えたら、この手紙は燃やしてね。
追伸。あなたの大切なお姉さまの命が惜しいなら、呼び出されたことは誰にも言わないほうがいいわよ』
「フェルメ(炎よ)」
私は魔法の炎で手紙を燃やし、全速力で走り出した。
ダルモニア魔法学園は、小さな町一つに匹敵するくらいの敷地がある。
そのため全てを完璧に整えることなどできず、計算されつくした美しい前庭や中庭と違って、寮の裏庭はある程度自然に任せた作りになっていた。
私は魔法で生んだ光の玉を従え、夜の雑木林を駆けた。
濁った人工池の傍を走り抜け、息を切らして井戸の前に立つ。
崩れた井戸の近くに歪んだ笑みを浮かべたゾーラ・ロースターがいた。
「あら、意外と早かったわね。助かったわ。林の中は虫が多くて困ってたのよ。下賤のあなたは虫にもネズミにも慣れているでしょうけれど――」
「話とは何ですか」
ゾーラの言葉を遮り、低い声で問う。
家族を人質に取るような卑劣な女に敬語など使いたくもないけれど、機嫌を損ねたらベル姉様の身が危ない。
――ベル姉様はタウンハウスに向かう途中でゾーラに拉致された?
だとしても、ゾーラ一人で事を起こせたとは思えない。金でならず者を雇ったのだろうか。ロースター子爵は薬草事業で大成功を収め、子爵ながら上級貴族に負けないほどの資産を有していると聞く。
でも、三週間ほど前、ナタリー様主催のお茶会で情報通のクラスメイトが言ったのだ。
ロースター子爵は不正を働いている、そんな噂があると。
私が噂のことをラディアス様とセルジュ様に報告した結果、王宮は調査に乗り出した。不正の証拠が揃い次第、ロースター家には厳しい処分が降るはず。いまここでゾーラが動いたのも、破滅が迫ったことで自暴自棄になったのかもしれない。
「ロザリア様のことよ。ロザリア様はラディアス殿下に毒を盛り、その罪を償うため修道院に送られたと言われているけれど、随分と都合のいい話よね。誰よりも清らかで優しく、慈悲深いロザリア様が毒を盛るだなんてありえないわ。ロザリア様を陥れたのはあなたでしょう?」
「違います。誓って私は何もしていません」
「やっぱりね。犯人はみんなそう言うのよ。ああ、なんてお可哀想なロザリア様。誰が何と言おうと、私だけは無実を信じています」
ゾーラは胸の前で両手を組み、祈るようなポーズを取った。
どうやらゾーラはロザリア様の狂信者だったようだ。
「殿下はどうしてこんな悪女に騙されてしまったのかしら。この前、殿下と王都でデートしたそうね。殿下の運命のお相手だったロザリア様を不正な手段で蹴落としておいて自分は幸せになろうだなんて、そんなの許されない。たとえ神が許しても私が許さないわ」
ゾーラは殺気のこもった目で私を睨んだ。
「……では、ゾーラ様の要求はなんですか。ラディアス様から――」
「ラディアス殿下と呼べ!!」
いきなり怒鳴られて、私はビクッと震えた。
「ああ全く、本当に苛々する。絶対ロザリア様のほうが相応しかったのに……なんでこんな女……殿下も見る目のない……」
何やら小声でブツブツ言いながら、ゾーラは自分の親指の爪を噛んだ。
――どうも、怒りのあまり正気を失いかけているみたいね……。
下手に刺激しないほうが良さそうだ。対峙している私はもちろん、ベル姉様にも何をしでかすかわからない。
「……失礼しました。ゾーラ様、私はもう二度とラディアス殿下に近づきません。目も合わせず、口も利かないとお約束します。ゾーラ様の要求には全て従います。ですから教えてください。ベル姉様は無事なんですか」
ゾーラがロザリア様を妄信していようと、いわれのない中傷を受けようと、そんなことはどうでもいい。
気になるのはベル姉様の安否、それだけだ。
「ベル姉様はどこにいるんですか。お願いです。ひと目だけでも会わせ――」
「――ああもう、うるさいわね! 黙れと言ったでしょう!?」
ゾーラは急に背後を振り返って怒鳴った。
「!?」
もしかして、ゾーラの背後にはベル姉様がいるの!?
縛り上げられ、涙目で震えるベル姉様を想像した瞬間、頭が沸騰した。
無我夢中で飛び出し、ゾーラの背後を確認する。
「エクス・リート!(大いなる光よ)」
魔法の光で遠くまで照らしてみたけれど、そこにはただ、夜の林が広がるばかり。
「――引っ掛かった」
馬鹿にしたようなゾーラの声が聞こえた直後、後頭部に衝撃が走った。




