41:恋が叶うクッキー
『ブルーベル』で提供された料理はどれも素晴らしく、ラディアス様との会話も弾んだ。
でも、一つ問題があった。
学園でもお喋り好きとして有名な女子がレストラン内にいたのだ。
その子は面白い話題を見つけたといわんばかりの笑顔を浮かべていた。
きっと、明日には私とラディアス様とのデートの様子が学園中に広まるのだろう。
まあ、仲睦まじい恋人だと思われるのは好都合よね、うん。
「連れて行きたいところがあるんだ。デートにお勧めの場所はないかと兄上やレイモンドに聞いたら、是非この店に行くべきだと言われた。なんでも、その店では恋が叶うと評判のクッキーを売っているらしい」
……それって、行く必要ありますかね? 私はただの『恋人役』ですよね?
喉から出かかった言葉は飲み込んだ。せっかくラディアス様が皆に聞き回り、デートにお勧めのお店を調べてくれたのだ。無粋なことは言わずにおこう。
私とラディアス様は楽しくお喋りしながら、王都の大通りを進んだ。
大通りの両脇には雑貨屋かパン屋、鍛冶屋といった様々なお店がある。
それらを興味深く眺めつつ、私たちは一軒の店に入った。店の前ではカップルたちが行列を作っていたため、ここが話題のお店だとすぐにわかった。
十分ほど待って、私たちは店に入ることができた。
「いらっしゃいませ。本日はどんなお菓子をお求めですか?」
若い女性の店主は愛想よく笑った。
「ハートのクッキーを頼む」
「かしこまりました。クッキーを食べる際のルールはご存知でしょうか?」
「ああ、知ってる」
「では、こちらの箱から一枚、紙を引いてください」
店主は木箱を取り出して、ラディアス様の前に置いた。
木箱の上部は丸くくりぬかれている。
「ユミナ、一枚引いてくれ」
「わかりました」
何がなんだかわからないまま、私は空いた穴に右手を入れた。
たくさんある紙の中から、一枚の紙を掴んで持ち上げる。
ピンクに染められた紙はハート型に折りたたまれていた。
これは一体何なのだろう。クッキーを買った際のオマケだろうか?
首をひねっている間に、ラディアス様は代金を支払い、クッキーの入った袋を抱えて店を出た。
しばらく歩き、広場にあったベンチに並んで座る。
「ルールとは何ですか?」
「恋人同士でハートのクッキーを食べるときは、その中に書いてある文章を読み上げ、相手に食べさせなければならないんだ」
「えっ!?」
「さて。なんと書いてあるかな」
ラディアス様は私の手からハート型の紙を取り上げ、紙を広げた。
流麗な文字で書かれていた文章は、『あなたを愛しています』――
「……本当に言うんですか!? これを!?」
愛していると言いながら、互いにクッキーを食べさせ合う姿を想像するだけで頬が熱くなった。
「ルールだからな」
ラディアス様の頬も微妙に赤い気がする。照れるくらいなら止めたほうが良いと思うのですが。
「じゃあ、まずはおれからやろう」
「やるんですか!?」
私の悲鳴じみた抗議を無視して、ラディアス様は袋からハート型のクッキーを一枚、つまんで持ち上げた。
そして、私の口元に運び、私の目を見つめて言う。
「あなたを愛している」
「……!!」
鼓動が高鳴り、全身を駆け巡った。
とても甘いのに、いつになく真剣なその瞳に、どんな反応をすればいいのかわからなくなる。
――え、演技……なのよね? そうよ、ラディアス様はあくまで恋人同士として振る舞っているだけ! 動揺してはいけないわ!!
激しい音を立てて暴れ狂う心臓に、私は強く言い聞かせた。
だって、言い聞かせないと――変な勘違いをしてしまいそうだ。
もしかしたらこれは、本気の台詞なのではないかと……そんなわけがないのに。
「い、いただきます……」
私はドギマギしながら口を開け、差し出されたクッキーに噛みついた。きっと、私の顔は真っ赤だ。
「美味しいか?」
ラディアス様は微笑んだ。
「……はい」
嘘です。味がしません。色々と限界で、心臓が破裂してしまいそうです。
「じゃあ、次はユミナの番だな」
どうにか食べ終えると、ラディアス様は期待するような目で私を見た。
――ええい、なるようになれ!
「で、では、失礼して……」
私はギクシャクとした動きで袋に手を入れた。
親指と人差し指でつまんだクッキーをラディアス様の口元に持っていき、勇気を振り絞って言う。
「……あなたを、愛しています」
途端。
ラディアス様は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みがあまりにも幸せそうだったから、心臓がトクン……と音を立てて跳ねた。
「ユミナ」
「は、はいっ?」
声がひっくり返った。
「戯れに付き合ってくれてありがとう」
「……どういたしまして」
そ、そうよね、ただの戯れなのよね。
それなのに、何故こんなにも動揺しているのだろう、私は。
どうにも落ち着かず、顔は前を向いたまま、ちらりと視線だけ動かしてラディアス様の様子をうかがう。
そのとき、気まぐれに吹いた夏の風が、ラディアス様の真っ白な髪をふわりと持ち上げた。形の良い額や綺麗な弧を描いた眉、長い睫毛が露になる。
思わず見惚れていると、ラディアス様が私を見た。
「?」
もぐもぐと口を動かしながら、ラディアス様は不思議そうな顔をしている。
その姿は、さながら木の実を頬張るリスのよう。
――か、可愛い……!!
不覚にも、胸がキュンとしてしまった。
「すみません。なんでもないんです。ラディアス様があまりにも美しいので、つい見惚れてしまいました」
「そうか。この顔に産んでくれた母上に感謝しよう」
ラディアス様は上機嫌で笑った。




