天使降臨?
俺の気持ちを全く斟酌せずに話を続ける未雪。
「アイシスが血縁を頼って深更家を訪れたのは夜明け少し前。つい先程の事よ。そのおかげで今現在の深更家は上を下への大騒ぎよ。あぁでもない、こうでもないって議論が始まってしまって誰もアイシスが目に入らなくなってたわ。私は寒さで震えているアイシスをほっとけなくて連れ出したのよ」
「ウチの温泉に何故入りに来たのは理解したよ。だけど、なんで俺がアイシスを保護する必要があるんだ? 俺には関係無いじゃないか。それに保護するなら廃家している櫻麻家より六大家の一つである深更家の方が良いんじゃないか?」
「通常ならそうでしょうけど、今は状況が違うの。トキは今年の秋にソレイユ帝国の皇太子を決める祭祀である剣魔の儀が執り行われるのを知っている?」
「剣魔の儀ねぇ。そっか、もう正室の一番下の皇子が成人したか」
ソレイユ帝国初代皇帝は圧倒的な武力で建国した伝説の人物だ。剣術、魔術ともに並ぶものがいない程優れていて剣魔帝と呼ばれていた。ソレイユ帝国は自国の利益、領土、勢力の拡大を国是としている国家だ。その為、血統よりも実力主義を大義名分としている。まぁ代を重ねるにつれ、ある程度血統を重視するようにもなっているみたいだけど。
ソレイユ帝国の剣魔の儀は後継者を決めるために剣術と魔術の力量を天下に示す儀式だ。
そして参加資格はソレイユ帝国の国民である事。これだけである。血筋は問わない。
「アイシスはその剣魔の儀に出るつもりなのよ」
俺は未雪の言葉を疑った。
「それは本気なのか? いや正気なのか? 負ければ生き地獄だぞ」
「本気なのは間違いないわ。既にアイシスは剣魔の儀の参加の登録を終えているって。しかしアイシスが雇った剣術部門の人物がこれまで三人死んでいるそうよ。いずれも首と両手両足を切断された死体で発見されている。犯人は態と残忍な殺し方をしているみたい。既にソレイユ帝国ではアイシスに雇われる剣士は誰もいないそうよ。誰もが命は惜しいから」
現在の剣魔の儀は剣術の部と魔術の部、そして剣魔の部の三つの部門だ。全ての部門で一対一の戦いをおこない先に二部門を制したほうの勝ちになる。
剣術部門は剣術だけ、魔術部門は魔術しか使えない戦闘だ。最後の剣魔部門は制限が無い。
ソレイユ帝国の皇帝は剣術、魔術共に優れていると対外的をに示すためだ。しかし今は代理を立てる事が認められている。建前上は【皇帝は剣術、魔術に優れている人物を従えている一傑】ということになっているみたいだ。これも血統主義を通すための詭弁だろうな。
そして剣魔の儀にはもう一つ参加を躊躇わせる規則が存在している。勝者は敗者の生殺与奪の権利を掌握する。これにより、有象無象の輩の参加を阻んでいた。しかし本物の輩はそれでも参加はするが……。
そうか、それでアイシスは遠いこの不知夜国まで来たのか。剣士の里と呼ばれているこの国に。
なるほど全体が把握できてきたよ。未雪が俺にアイシスを預かってくれと申し出たのかがわかってきた。今の深更家では都合が悪過ぎる。
「了解。取り敢えずアイシスは一時預かるよ。未雪は早く深更邸に戻れ。上の奴等がこの事態にどうするのか知りたいからな。まぁだいたいは想像できるけど」
「悪いわね。情報は逐一入れるわ。それじゃアイシスはお願いするわね」
未雪はお茶を飲み干して玄関に向かっていった。未雪の形の良いお尻を眺めていたらミユキが急に振り返った。
「そういえば一年ぶりだったわね。思ったより元気そうで安心したわ。それじゃまたあとで」
俺に向けられた未雪の笑顔を見て、心がチクリと痛んだ。
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朝食の用意をしていると後方に気配を感じた。アイシスが風呂から上がったんだな。
「ちょっと待ってな、今朝食の用意をしているから。お腹は空いて……」
そう言って振り返った俺は息を飲んだ。
春光を背に浴びて煌めく金髪。透き通るような白い肌。血色の良くなった形の良い唇。サイズの合わない白いシャツが春光の効果で身体のラインがハッキリとわかる。白いシャツから伸びる健康的な脚。
天使?
「お腹なら空いているよ! 食べさせてくれるの! それなら早く早く! 温かいご飯なんて一ヵ月食べてなかったんだよね!」
「あの……。アイシスさんですよね?」
「そうだよ。アイシス・ソレイユ。さっき玄関で会ったじゃない」
どうやらこの天使は先程の浮浪者擬きで間違いないらしい……。
俺は天使に急かされながら料理を再開した。





