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短編ガチャ

 前回、最終回的なことを言ったが、あれは嘘だ!


 いやすみません、色々その後思うことがありまして。


 一番は、色々エッセイ書いてみて


「エッセイ書くことによって、作品数増えるのなんかヤダ」


 という、人によってはどうでもいい理由です。


 書籍化したし、別のエッセイにしようかな? とも思ったのですが、農閑期以外は底辺に毛が生えた程度の作者なので、まあいいかな? と。


 さて。


 短編ガチャなる言葉がある。


 特に話のオチがなく、長編のプロローグのような作品を複数書き、人気が出た物を改めて長編として投稿する、このような行為を指して『短編ガチャ』と称するらしい。


 これがどうやら、一部の人に蛇蝎のごとく嫌われているようだ。


 さて、この『短編ガチャ』を嫌う人々の意見を見てみよう。


 ちなみにこれらは私が「こういう理由かな?」と、様々なエッセイなどから読み取ったものでしかないので、間違っているかもしれない。


「オチがない、こんなの短編じゃない」

「話の結論がない、読む時間の無駄」

「キチンとした結末のある短編を書く他の作者に失礼」


 などだろうか。


 という事で、そもそも短編とは何かを「短編 意味」というキーワードで軽くググってみた。


 すると最初に出てきたのは


「詩や文章や映画などで、長さが短い作品」


 という言葉だった。


 ここで言及されていたのは、作品の長さである。


 具体的に詩や文章なら何文字とか、映画なら何分といった表記はなかった。


 そして「短編とは、それ一つで起承転結があり、物語として成立しているもの」といったことは特に記載はなかった。


 文字数や内容などに明確な定義がない以上、「小説家になろう」において


「短編」


 という言葉を、誰にとっても意味が変わらない言葉で定義するとしたら


「投稿時に、作者がカテゴリーとして『短編』を選択した作品」


 言い換えれば


「検索条件を『短編』にして、検索される作品」


 ということになるだろう。


 ちなみに「小説家になろう」において『短編』で最大文字数の作品は200,030文字である。


 個人的には「長いな!」と思わないでもないが、これも小説家になろうにおいては『短編』なのである。



 例えばこの作品『短編』かそうじゃないかを議論すると人によって意見が変わる可能性がある。


 なので


「人によって短編かどうかは議論の余地があるが、少なくとも短編として投稿されているというのは事実」


 という事になる。


 つまり、なろうにおいて『短編』かどうかというのは、人によって捉え方が違う以上、自己申告に頼るしかない。


 つまり極端な話「作者が短編と思えば短編、だが、相手の考え方によって受け入れて貰えない可能性がある」


 という感じだろうか。


 となると、つまり冒頭に上げた


「オチがない、こんなの短編じゃない」


 というのは、言い換えれば


「短編作品は、短い中でも起承転結があってしかるべきだ」


 という、個人の『短編』とはなにか? といった基準、考えや好み、こだわりを相手に押し付けているだけに過ぎないのではないだろうか。


 作品の書き手が


「自分は短編を書く上で、短いながらもきちんとした起承転結があり、しっかりしたオチがある物を目指す、私にとって短編とはそういうものだ」


 というのは、個人のこだわりだし、好きにすれば良いと思う。


 読者が


「私はプロローグめいた短編は嫌いだ、そんなものは読むだけ時間の無駄だから、無くなって欲しいな」


 と、好みを語るのもまた自由だと思う。


 しかし、自分の「短編とはこうあるべきだ」といった考えを、相手に押し付けるのはいかがなものだろうが。


 ましてや、自分の基準が絶対の正義だと信じ込んだ挙げ句、言うに事欠いて


「だからそんな物書くな」


 こんな意見は暴論ではないだろうか?




 例えば「ファンタジー作品はこうあるべきだ」というこだわりを持った人が、私の作品を読んだとする。


 その作品が彼または彼女の好みではない場合


「つまらなかった」


 とか


「好みではない」


 とか


「あなたの作品は二度と読みません」


 という評価をされるのは、仕方がない。


 だがもし


「こんな物はファンタジー作品じゃない、ジャンル詐欺に等しい、お前は二度と書くな」


 と、個人の主観やこだわりを元に言われたら


「いや、書く、書かないまで決められる筋合いはない」


 としか思えないだろう。


 実際、いわゆるプロローグ的な「短編」も、オチが無いからと酷評する人がいる反面、それを読んで


「これ面白そうだな、連載されないかなぁ、されたら嬉しいな」


 と、楽しんでいる読者がいる、というのもまた事実なのである。


 でなければ、そういった作品がランキングに載ったりしないだろう。




 各々がどんなこだわり、どんな好みを持とうが自由だ。


 でも


「こんな作品なんて書くんじゃない」


 なんてことを個人の主観を押し付けるがごとく言う権利は誰にもないし、そんな言葉を使う人物に耳を傾ける必要もない。


 ⋯⋯というのもまた、私個人の主観でしかないので、皆さんご自由に。


「それでも俺は、今後も短編ガチャする作者はぶっ叩いてやるぜぇ!」


 って方は、そうすればいいんじゃないですかね。


 いや、わかりますよ、皆さん「小説家になろう」をいいサイトにしたいんですよね?


 そのために、色々おっしゃってるんですよね?


 わかります、わかりますよ。


 でもね。


 規約違反ではない限り、どんな作品を投稿しようが基本的に書き手の自由なんですよ。


 そして残念ながら、すべての作品が自分の好みに合うことなんて無いんですよ。


 例えばですよ、長文タイトルを過度に非難する人とかいますけど


「短文タイトルはパッと見でどんな作品かわからない。どんなに良い作品でも短文タイトルなんて不親切で邪魔だ、だから書くな、書くなら長文タイトルつけろ」


 これってどう思います? 逆の立場ならこうなるわけですよ。


 個人のこだわりや好みで、特定の作品を排除しようとするのは、危険な思想だと思うんですよ。


「あー、コイツ短編ガチャ作者じゃん、こんな作品を書き続けるなら、もうこの作者の作品は読まない、君たちもこんなの読まないようにしようぜー!」


 この主張は自由です、好きにすれば良いと思います。


 でも


「短編ガチャなんて言語道断、邪魔だから書くな」


 これはどうなんだろ? って思った次第です。


 ランキングとか見る限り、楽しんでいる人もいるみたいですよ? と思いまして。


 もしかしたら、短編ガチャで人気が出たことによって、作者がやる気になって長編書いたら、なろうを代表するような作品が誕生するかもしれないじゃないですか? 


 もちろん、しないかも知れませんが。




 ってなわけで終わります。




 このエッセイのオチ? 無いよ。


 では。


 


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