好き勝手書いているから底辺?
さて農閑期の英雄ですが、今後のふわっとした展開がようやく決まりそうです。
「青竜の章 秋蒔き小麦とやさしい嘘(仮題)」
という感じになると思います。
まあどんな感じかサッパリですよね、すみません。
なんかランキングから消えても意外とブクマが減らず(むしろ若干増えている)、更新したらどんだけ減るんだよ、と戦々恐々としています。
来週くらいからお届けできればなぁ、とは思っていますが、まだなんとも言えないです。
いや、ささっと書いたものならすぐにでも始められるのですが、この作品の読者はそんなもの求めていないだろう、と勝手に思ってます。
なので少しお待たせしてしまいます、すみません。
でも内容自体は軽めですね、たぶん。
で、今回エッセイの内容は結構尖った話になります。
よく底辺スレを眺めていると、今回のタイトルのような
「好きな物を書いているから底辺でも仕方ない」
という言葉を、自分に言い聞かせるように使う方々がいます。
つまり「俺は自分が好きな物を好き勝手に書いている、だから底辺作家でもしょうがないんだ」
という理論です。
私のようなひねくれた考えの者は、ここに疑問が生まれます。
「ん? じゃあ好きなもの書かなければ、底辺なんて何時でも脱出できるってこと?」
「底辺作家じゃなくなったら、好きな物、自分が面白いと思うことを好き勝手書けないの?」
主にこの二点です。
ここでまず申し上げておかなければいけないのは
「別に底辺作家を卒業する事に意味を見出すことはできないし、そんなことは目標にしていない、俺の作品に読者なんていらん!」
そんな方は、今回の話では対象外です。
というか、対象外にするしかないです、私とはあまりに考え方が違うからです。
私は、小説に限らず何かを書くという行為は、誰かに何かを伝える手段と位置付けています。
私は日記など書かないですが、日記についても「未来の自分」という、今の自分とは違う存在へ何かを伝えるということだと思っています。
なので私にとっては
「書いた本人以外の読者なんて、不在で構わない」
というスタンスのもとで
「本当に本人が、本人のためだけに好き勝手書いただけのもの」
というのは、作品ですらなく、「漢字練習帳」と本質は変わらない、と思うからです。
今回のお話は
「底辺作家は卒業したい。でも作品がいわゆるなろう受けするようなものではなく、自分が好き勝手書いている物だから難しいだろう」
と思っている方が対象です。
まず、最初に申し上げたいのが
「それを言い訳にしたら、終わり」
です。
自分が好き勝手書いているから底辺、これはもう思考の放棄です。
自分の「好きだ!」「これは面白いんだ!」と思う事を、読者にどうやったらうまく伝わるのか。
あくまでも、ここを考え抜かなければいけないと思います。
確かにジャンルや、作品の傾向によっては苦戦間違いなし、もしかしたらその作品では底辺脱出なんて無理かもしれません。
でもそれは「ここまでやって、この面白さを伝えられないなら、もうだめだ、自分の実力不足だ」と謙虚に認めたり、読者への伝え方を考え抜いて、精一杯やってからの話です。
まだ作品に改善の余地がある、または単に自分の実力不足の段階で、口にしていい言い訳ではないと思います。
厳しい言い方をすれば
「好き勝手書いているから底辺」
なのではなく
「自分が面白いと思うことを、読者に面白いと思ってもらえないから、またはそう思わせる実力、読ませる力がないから底辺」なのです。
これは別に自分を棚にあげて言っているつもりはありません。
私の作品もそのほとんどがブクマ100以下で、つまりその作品に関しては自分にも充分該当すると思っての発言です。
私が底辺スレで多くの作品の晒しを見ていた中で、指摘側のこんなセリフをよく見ました。
「逆張りは、なろうではウケない」
はい、個人的にはやや同意ですが、「ウケない」ではなく「多数の読者を惹きつける作品を作るのは、かなりの実力、運の両方がないと難しい」です。
逆にいえば運だけではダメで、実力というか、作品に最低限のクオリティ、または読者が面白いと思える要素がないとだめだと思います。
例えば複垢のような、不正な手段でポイント付与やレビューを行う不届き者は残念ながら後を絶ちません。
しかしそんな作品の中で、複垢らしきレビューが複数あるにも関わらず、ブクマが一桁、二桁前半といったミジメな作品はゴマンとあります。
彼らは「きっかけ」のみを求め過ぎて、
「自分が楽しいと思うことを読者と共有するには、作品をどうしたらよいか」
「どう自分の実力を上げればよいか」
そんな試行錯誤を放棄しています。
では逆張りの話に戻りますが、私の作品で恐縮ですが
「やたら転生する男、あらゆる最強を駆逐する」
という作品があります。
これは私にとって農閑期の英雄に続いて、ブクマ100を越えた作品となり、現在これを書いている時点でブクマ431となりました。
この作品は書いている私が見ても
「逆張りの上、好き勝手書いている作品」
となります。
「主人公が大事」
そう散々言われているにも関わらず、主人公はほとんどチラッとしか出てこないし、第一話以外、敵を倒すのに、ほとんど自らの手を下すことすらしません。
もし、私がまだ底辺で、底辺スレにこの作品が晒されたら(字数足りないから無理なのですが)
「こんなもんで、底辺なんて脱出できる訳がない」
そう評価すると思います。
この作品自体、コンセプトは私の短編「ほぼ神の男は、天使によく叱られる」に近く、この短編を晒したときは、まさにフルボッコ、お前のセンスはズレている、そんな言葉を浴びせられました。
当時は「俺の面白いと感じることって、ズレてんのかなあ」などと思いました。
勘違いしないで頂きたいのは、当時そんな指摘をした方に「どうだ!」と言いたい、ということでもないです。
その人がそう感じたのならそうでしょう、ということです。
ただ、全ての人がそうではなかった、それだけです。
ではまず「農閑期がウケたから、たまたまこの作品はブクマが増えただけだ」
そんな意見を思い浮かべた方へ。
大正解です!
ですが、それだけではありません、いや、ないと信じたい。
なぜか。
他の作品もブクマは増えましたが、ここまでの伸びをしていないからです。
いろいろな作品を農閑期からリンクとして貼ってみましたが、この作品以外はそれほど急激に伸びませんでした。
ではこの作品について。
この作品のジャンルは「コメディ」です。
このエッセイの最初の方で書かせて頂いた、「底辺最速脱出ルート」で言えば、真っ先に切り捨てたジャンルです。
なぜかというと、なろうではハイファンの人気が高い、というのは当然あるのですが
「そもそも私自身が、コメディを読まない」
という点です。
私はコメディ、またはコメディ要素を書くのは好きですが、ジャンルとしてのコメディはほとんど読みません。
ただ自分の作品においては、この「コメディ要素」は、少なくともなろうの全作家の中では平均以上なんじゃないかな?
そんな事を、それこそ小説を書き始めたころから、ズレていると言われようが、信じて書き続けてきました。
そこで、今回話ズレまくって恐縮ですが、まずコメディというジャンルを考えて見ます。
コメディを検索機能で調べると、小説家になろうにある全作品のうち、ジャンルをコメディにしている作品は約3%、連載だとおよそ1.5%です。
ハイファンがおよそ12%、連載が10%だと考えると、マイナージャンルと言っていいと思います。
まあ詩や純文学など、私には全く書けないジャンルについては、正直「頑張って下さい」としか言えないですし、このあたりのジャンルで底辺脱出できる方は、もう別格の才能だと思います(ジャンル詐欺でなければ)。
で、このコメディ、連載中9992作品の
中で、ブクマ100を現在達成している作品は752作品、約7.5%となります。
小説家になろう全体では約0.1%ということになります。
つまり「やたら転生する男、あらゆる最強を駆逐する」という作品は、ここにたどり着きました。
そしてもっと言えば
「連載中で、評価ポイント1000以上かつ、文字数が10000~20000」
という条件で言えば、コメディには該当作品は7作品、その中には「悪役令嬢」「婚約破棄」「乙女ゲーム」「追放」などの強力なタグ、キーワードがひしめいていることを考えれば、善戦していると思います。
つまり
「きっかけさえあれば、ちょっとマイナージャンルだろうが、逆張りだろうが、好き勝手書いていようが、底辺脱出の可能性は常にある」
そう言えると思いませんか?
そして書いた私が言うのも何ですが、この作品、ハッキリいって全然考え抜いていません。
なんかアイデア出てきたら、ささっと各話二、三時間で書いてます。
もちろん作品自体は好きで、その上で好き勝手書いてます。
「こういうの私は面白いと思うんですが、読者さんはどうですか?」
ただ、そんな気持ちだけで書いています。
でも、そんな人によっては手抜きと言われてしまうような作品でも、少なくとも431人は「ブクマしとこうかな」そう思わせることができる需要があった、と言うことです。
今あなたが「面白い」と少なくとも頭の中で信じている作品。
今は実力不足なのか、作品のクオリティが足りないのかわからないですが、読者に伝えたいと思っている作品。
それは本当に需要がない、底辺脱出なんて無理なものだと言い切れますか?
凄く偉そうな事を言えば、創作とは「否定する事」だと思います。
作品が存在しない、そんな状態を「否定」して、作品を生み出すことから始まります。
そして生まれた作品を、常に
「これが最高なのか、もっと面白くできないのか」と否定する必要があります。
もちろん時間や、今の実力との関係で、思い描いているものより妥協することもあると思います。
でもその場合は
「好き勝手書いているから底辺」
ではなく、
「実力不足だから、ないしは妥協したから底辺」
ただそれだけの話です。
自分が好きな事、面白いと思うこと、それは自分の実力を磨けば、作品の質を高めれば、いつかきっと読者ときっと共有できる。
そう信じて
「好き勝手書いているから底辺でもしょうがない」
なんて言葉で自分が底辺であることを肯定して安心するのなんて止めて、そんな言葉を否定する事から始めませんか?
という、運に恵まれて底辺を脱出しただけの男からの、とても偉そうなお話でした。
でも……
「好き勝手書いているから底辺」
そうとでも言わなきゃやってらんねーよ!
そんな気持ち、とてもよくわかります、わかるぞー!
あー書くのって面白いけどつらい! つらいぞ!
ごちゃごちゃ考えず、楽しんで書ければ、底辺だろうがそうじゃ無かろうが、何でもいいですよね!
と、ここまでの話を台無しにしたところでおしまいです。
では、また何かあれば。




