第七話「ユルキファナミア教徒は罪を犯さない」
「――さぁ、話があるのだろう? なんだ? 私は早くあの子の元へと行かねばならないからな。手短に頼むぞ」
自身を鼓舞するつもりで、高圧的に告げた。
そんな私の内心を見透かしているのか、フィックとレシェルは顔を見合わせ苦笑を浮かべる。
「まあ、そう固くなるなって。大した話じゃねぇよ」
「くろみゃーちゃん、急いては事をし損じる。急いで淹れたら、冷たいティジュは濁っちゃうんだよ?」
どうやら、本当に二人とも悪意というものは無いらしい。
むしろ、警戒心をむき出しにしている私をほほえましそうに見つめてくるのだから、随分と調子が狂う。
「――ああ。良いだろう。だが、しかしラリカにわざわざ席を外させたのだ。正直言って、何のために私だけを残した。一体、どういう用向きだ?」
私の問いに、レシェルは肩をすくめてフィックを親指で指し示した。
「さぁな、俺からは『テメェの正体がなにか』って質問になっちまうんだが、コイツはどうもそういう訳じゃねえみたいだが」
指差されたフィックは指差してくるレシェルを一瞥し、レシェルの手にそっと手を添えて下ろさせると、真面目な顔で私を見つめた。
「――うん。ありがとうね。ちゃぁんと分かってくれて。――ちょっと、ラリカちゃんには聞かせたくない話だったから」
「――ラリカに聞かせたくない話?」
「今回の事件のことだよ。――元々、私はその報告と、後は――レナ坊を問い詰めるためにきたんだから」
「――そいつぁ怖えな。笑えねぇ」
フィックが、『逃がさない』という風にレシェルの手をぎりぎりと握りしめ、レシェルは手元を見ながら引き攣った表情を浮かべている。
確かに、事件についてはあまり今のラリカに聞かせたい話ではない。
先ほどからの奥歯に物が詰まったようなやり取りも、それは彼女なりの優しさだったのか。
大方、事件の様子も聞き取りたいが、ラリカにその役目をさせるのは酷だと判断したのだろう。
ただ、レシェルを問い詰めるというのはどういうことだろうか?
先ほど、『落ち着いている』という言葉に随分と意味深な仕草をしていたが、それは、今回のような大事が起こったことということか、それともこれから問い詰めるということなのか。
疑問には思うものの、ひとまず前半については納得できたという事を示すことにする。
「ああ。なるほど。ラリカに聞かせたくないというのは、そういうことか。承知した
「うん。ありがと」
「だが、問い詰めるというのは、何のことだ?」
「そうだよね。まあ、どっちも今回の事件に関してっていえばそうなるんだけど……」
フィックが言葉を切りながら、レシェルに話を聞く体勢を促すような視線を送った。
その視線に、レシェルは腕を掴まれじゃれ合うように緩んでいた雰囲気を引き締めた。
「――おう。じゃあ、早速教えてもらおうか。俺も一応概要は報告を受けてるがよく分かンねぇところが多すぎる――王都で何があった?」
「わーかった。じゃあ、私から説明するよ――」
――そうして、フィックが王都であった事件のあらましを語り始める。
途中、私も補足した方が良いだろうと思われる点や、私しか知り得ない点は語りながらレシェルに説明していく。
レシェルも質問などを挟みながら、真剣な顔つきであらましを聞き取っていく。
事務的に報告していくフィックだったが、事件の被害者――特に、リクリスを初めとする、教会で働いたことのあるハイクミア教徒達については、時々言いづらそうに言葉を詰まらせることがあった。
「――以上が、今回シェントさ……シェント=ビストが起こした連続ハイクミア教徒殺害事件――ハイクミアの吸血鬼事件の詳細……だね」
「――ッかぁッ……やらかしてくれやがったな」
フィックが報告を締めくくると、レシェルは疲れ目をほぐすように、彫りの深い顔立ちの目元を押さえ、片手を添えながら天を仰いだ。
「それで……私が聞きたいのは、『なんでこんな事件が起こったのか』なんだ」
フィックはそんなレシェルを冷めた視線で見つめながら、『なんで』という部分を強調しながら、真剣な声音で咎めるように冷たい声を続けた。
――『なんで』とはまた随分不思議な疑問だ。
なぜ事件を起こしたのかというのは、シェントに対して発するべき疑問であって、決して報告する相手に対して発するべき疑問ではないはずだ。
しかし、フィックも……そして、レシェルも、あたかもその疑問が当然のことのように動揺している様子はない
「その、シェントってのが隠れ教徒だったんじゃねぇのか?」
「それは――あり得ない。間違いなく、シェントさんはユルキファナミア教徒だったよ」
レシェルは片目をつぶったまま視線をこちらに向け確認するが、フィックは断言してのけた。
おそらく、『隠れ教徒』というのは言葉の意味を考えれば、ユルキファナミア教徒と言いながら、他教徒という場合を指しているのだろうか。
だが、どちらにしろ犯罪が行われたのは事実なのだ。
やはり『なんで』などという質問は結局その犯罪者の資質によるもので、レシェルを糾弾しても仕方が無いことのように思うのだが。
「シェントが、倒錯的な性衝動を抱えていたというだけではないのか?」
頭をひねる二人に、疑問を率直にぶつけることにした。
「――事は、そういうことじゃねぇんだよ。『ユルキファナミアの高位教徒が大義無く明確な罪を犯した』つーのが問題だ」
「しかも、くろみゃーちゃんの言う言葉が確かなら、シェントさんは『加護持ち』だったはずなんだ」
責められているらしきレシェルの方が、『とんでもない』といういうような口調で私に説明する。
しかし、当然のことと言われても、それがどういう意味を持つのかが判断できなかった。
自分の身内から犯罪者が出たというスキャンダルを嫌っているという事だろうか?
それならば納得も出来る。
しかし、二人の様子を見ていると、それ以上の意味があるように思われた。
「――はぁああ? 加護持ちだ? ンなのなんかの間違いじゃねぇのか!?」
『加護持ち』とはどういう事だ……?
それに、私の言う言葉……?
過大に驚くレシェルに、フィックは首を振ってみせる。
「シェントさんは、カミの言葉を聞いてるんだ。――ね? くろみゃーちゃん」
「あ、ああ。かつて神の言葉を聞いて――確か、『とても清らかな少女の声』を聞いたと言っていたか……」
『加護持ち』というのは、神の声を聞いた者という意味なのだろうか?
必死で言葉の端々から、概要をつまみ上げようとしながら、問われた問いについては答えていく。
「――ファナかッ?」
私の言葉を聞いた瞬間に、レシェルが、ガタリと椅子を蹴立て、立ち上がった。
声は、元々乱暴な印象を受ける言葉遣いだったが、いまの一言はあたかも少年が発したかのように希望と――なんらかの苦々しさを含んでいるように感じる。
「――わっからない。ひょっとしたら、どっかのカミ様が茶々を入れたのかも。――でも、それが事件の切っ掛けになったのは確かだよ。シェント=ビストの手記が残ってる」
「――かぁッ……、クソが。どっかの野郎がウチの教徒に手ぇ出しやがったのか? いや、問題なのはそれが本当にファナの声だった場合か。『絶対に犯罪を起こさない』ユルキファナミア教徒が犯罪を犯してンだからな」
『絶対に犯罪を起こさない』……?
それは、犯罪を犯した者は破門し、教徒から外しているとかいうそういう話だろうか?
いや、それにしては二人の言い様は、まるでユルキファナミア教徒に犯罪者はいないといっているようだ。
「そう……だから、今日私はここに来たんだ。今回の事件、何かがおかしいよ? レナ坊。今、ファナちゃんはどうなってるの? ――ううん。今、何が起こってるの?」
フィックは、自らの疑念を解消するように、ドスを持って斬りかかる筋者のような気迫でレシェルへと近づいた。
そして、レシェルの座る机に両手をつき上体を寄せて顔をつきあわせる。
長身のレシェルと並ぶと、身長差からフィックは見上げる形だ。
「……かんねぇよ」
だが、立ち上がっていたレシェルはフィックを見下ろしていたが、不意に視線を逸らして、ストンと先ほど蹴立てた椅子に座り直した。
ぼそっと聞き取りづらい小声で、何事かをレシェルが言った。
「――え?」
間近に居たフィックも聞き取れなかったらしく、レシェルの反応に目を白黒させている。
「――分かんねェんだよ。ファナの奴が、今どこで何をしてやがンのか。俺らを置いて勝手にカミ様なんぞになりやがって……それから俺には連絡の一つもよこしやがらねぇ」
乱暴に椅子に座ったレシェルが、吐き捨てるように言うと、完全に想定外だったらしいフィックは、慌てた様子でレシェルに顔をさらに近づけた。
「え、ちょ、ちょーっと待って!? ――レナ坊、ファナちゃんと連絡を取ってるんじゃないの!?」
「……教会の立ち上げに当たって、ファナの声を聞き神託を受けたっつーことにしたが、大戦からこっち、一度もファナの奴は俺の前に現れてねぇよ」
どんどんと顔を近づけてくるフィックからうっとうしそうに身を引きながらレシェルが衝撃的なのだろう事実を告げる。
「うそ……ずっと――ッ!?」
「ああ、そうだよっ! 俺だけじゃねえ。当時の連中には、他の誰にもアイツは連絡を取っちゃいねぇんだよ。そのくせ、他の信徒のとこにはちょこちょこ顔を出してやがるみてぇだけどな――ッ!」
フィックが、完全に固まって『冗談だよね?』といった声音で聞くが、レシェルはどこか嫉妬や悔しさを感じさせ――むしろいっそやけくそな様子だ。
その姿は、だだを捏ねる子供のようだが、冗談とは思えないし、まったく笑えない。
「……流石ファナちゃん……徹底してる……ねぇ? 相変わらずそういう所が面倒くさいといーますか……」
「――ぁあっ!? ファナへの罵倒は許さねぇぞ?」
レシェルの態度に事実だと納得したのだろう。肘を机についたまま、フィックは頭を抱え込みながら絞り出したような声を出した。
告白できずに堂々巡りする親友に呆れる友人のような声で、フィックが『面倒くさい』と形容すると、なぜか今度はレシェルが切れた。
「――レナ坊もやっぱりファナちゃんに負けず劣らず面倒くさいよ……ッ! ていうか、昔に比べてなんかやさぐれちゃってる系だと思ったら、そのせいなの――ッ!?」
「知らねぇよッ!」
何にせよ。随分とユルキファナミアという神は引っ込み性のようだ。
いくら神と崇められる存在でも、神となる前から知っている知人にしてみれば困った友人のひとりと言う所か。
ふむ。これはなかなかに面白い話を聞いたと完全に傍観者として感心する私だったが、続くレシェルの言葉はそんな私を蚊帳の外から当事者へと引っ張り込むものだった。
「――それに、ファナのことなら、そこの黒ミルマルが何か知ってやがんじゃねぇのか? ファナの気配をアホみたいに垂れ流してやがるそのミルマルがよ――ッ!」
「――は?」







