第六話「神器授与は突然に」
「――それで? 今の今まで行方をくらましやがって……何処で何していやがった?」
そう問うレシェルは頭痛を堪えるように左肘を机に着きながら頭を押さえている。
目の前の現実を信じたく無いという気持ちが態度に表れている。
一体過去のフィックがどんな人間だったのかが気になる所だ。
「いっやー……それがさ、あの戦いで、私の国って滅亡しちゃったじゃない? 私もやーっぱり流石に思うところがたくさんあってさ、あちこち旅して回ってたんだ……そしたらレナ坊がファナちゃんを讃える宗派を立ち上げたって聞いて、一応改宗したんだよ。それからも、かなり長い間あっちこっちぶらぶらしてたんだけど、何十年か前にこの国に来たときに、先技研のイェリクくんに声を掛けられちゃって……それからはしばらく先技研の第二の方お邪魔してたのさッ!」
「あの狸ボウズ……偉いもんを隠し持ってやがったな……」
『滅亡』だとか、物騒な文言を交えつつ、あくまで軽い様子でフィックが今までの来歴を完結に語ると、レシェルは随分と苦々しげに顔をしかめた。
しかし――これは……二人の話を聞いているともしや……フィックは目の前にいる『神様と同じ時代を生きた者』と同世代なのではないだろうか……
いや、むしろフィックの方がレシェルを年下のように扱っているのを見ると、それ以上の歳なのかも知れない。
確かに『不老不死』だとは言っていたが、そこまでの存在だというのは想定していなかった。
「前々からテメェの目撃情報だの被害情報はちょくちょく上がってきてたが、ここしばらく落ち着いてやがると思ったらそういうことか――ッ!」
「いっやー私ってば有名人? もうはっずかしいなぁ」
「……人のことは言えねェが、大概碌な噂じゃねえぞ?」
「え? そんなぁ? どして?」
「大戦の時に散々暴れ回ったせいで、子供らの間じゃ、悪戯したらテメェが来るつって、脅かし文句にされてンぞ?」
「ええッ!? そんなのってないよー……あ、でもでもーたしかに影からみんなを呼んだとき、そんなこと言って慌ててたような……」
「知らずにほっつき歩いてやがったのか……」
「あはは……」
『あきれ果てた』とレシェルが頭を抱え込んでいる横で、フィックは口を半開きにして決まりが悪そうに笑っている。
「その……お二人は……? というよりも……まさか、血風砕河といえば……『影喰いの姫』……?」
先ほどから、ラリカはずっと何かを考え込むように顎に手を当てながら、壁の近くで立っていたが、二人の話が進むに連れ、顔を引き攣らせていった。
そして、ようやくおずおずとした様子で、口を開き二人の間へと入っていく。
「いやー……昔々のおっはなしでっすよー? ――っていうか、ラリカちゃんも私の事知ってたんだっ!?」
「ええ……それはもう……しかし、では……本当に、あの……」
「うーん……だねぇ」
ラリカが、怯えた様子でフィックから若干身を引いた。
しかし、照れたように、困ったように、そして何より寂しげに笑うフィックの姿を見て、ラリカはすっと開いた瞳をぱちぱちと何度か瞬いた。
ラリカは息を吸い、ふうと大きく、息を吐き出す。
あわせて、肩の上にのっている私の視界は、波を乗り越えた小舟のように揺れた。
ラリカは、力の抜けたほへっとした笑みを浮かべている。
「――駄目ですね。どうやっても、フィック=リスが『影喰いの姫』と結びつきません……今まで通り、やはりフィック=リスはフィック=リスということでお願いします」
「……あははー。それ、喜んで良いのかな?」
「……もちろんです」
ふいっとラリカがぽそりと返した言葉に、フィックが、微妙な笑みを浮かべている。
ラリカは、しばしの間の後、躊躇うように手元を彷徨わせ――肯定した。
きっと、フィックがとんでもない偉人であるという事実が――いや、恐ろしげな存在であるということが実感できないのだろう。
――私も出来ない。
「おう、それでさっきは話の途中で悪かったな。クロエの所のちっこいの。神器の受け渡しについては聞いてる。――持ってけ」
そういって、レシェルが先ほど雷槍を放つ際に使った杖をラリカに向かって放り投げた。
全体的に清潔感のある落ち着いた白で塗られており、瀟洒な造りで先端に赤い宝石が埋め込まれている。
持ち手の部分には、よく鞣された青い革のような質感の装飾が施されており、美しい美術品のような色彩だ。
「――これはっ!?」
「――王都で渡す予定だった『華の杖』と同格の神器だ」
放り投げられた杖を慌てて片手で受け取りながらラリカが聞くと、何気ない様子でレシェルが言い放った。
ラリカは、受け取った杖を思わず取り落としそうになりながら空中でキャッチする。
「神器――ですかッ!?」
「ああ、持ってけ」
なんともまあ、剛毅な事だ。いや、大雑把と言うべきなのだろうか?
町の危機だというのに、使用許可すら降りなかったリベスの町とは随分と違うらしい。
いや、神器が強大な力を秘めた平気だという事を考えれば、リベスの対応のほうこそ正しいのだろう。
ラリカも、手元の杖とレシェルの間を何度も視線を往復させながら見比べている。
「あ、あの、これ、本当に神器なのですよねっ!? こ、こんな簡単に渡してしまってよろしいのですか?」
「――ん? ああ、別に問題ねェよ。神器なんてのは、結局の所、最後の最後で何に役にも立ちゃしねェからな」
「いえ、その――神器を役に立たないと言われると、必死で神器を守っている立場が……」
「――あー、ラリカちゃん? レナ坊のいうことは極端だけど、一理あるんだよね―」
ごにょごにょと、ラリカが戸惑っていると、苦笑を浮かべたフィックが補足するように口を開いた。
「結局、神器っていうのはカミ様が作った物だから、よっぽどじゃない限り、大戦を乗り越えてきた人間からするとあんまり価値がなかったりするんだよ」
「そ、そうなのですか?」
当時を生きた人間から話が聞けるという事に興味を引かれたのだろうか?
ラリカが少し、期待を込めた視線をフィックに向けている。
「そ。特に大戦の末期は、神器クラスの武器がどんどん乱造されてったし、結局の所カミ様には有効打になり得ないからね」
「――俺や、そこでヘラヘラ笑ってやがる奴に、普通の神器なんざ効きゃしねぇ……自分で戦った方がよっぽど強えからな」
「いっやー、私みたいなか弱い女の子を一緒にしないで欲しいなー」
「俺以上に殺し方が分からねェ化け物姫が何言いやがる」
「なーかなか良い方法が見つからなくってさー。それに、レナ坊だって死なないでしょ?」
「俺はコレでも少なくとも死んでたまるかって生きてンだよ。テメェと一緒にすんじゃねェ」
フィックとレシェルが長寿あるあるとでも言うべき話題で盛り上がるなか、私が居心地悪くラリカに視線を向けた。
見ると、ラリカも『どうしたらいいのでしょう?』と助けを求めるように私に視線を向けていた。
私は、ラリカに向かってゆっくりと首を左右に振る。
ラリカは、目をつぶり考え込むように頭を伏せた。
そして、『仕方が無い』という表情を浮かべると、今も会話を続ける二人に一歩近づいた。
「――伝え聞いてはいましたが、邪神との戦いというのはそれほど壮絶な……過酷な物だったのですね」
「――ん? ああ、まあ今じゃ世の中落ち着いてやがるから、俺たちはのんびりやってられるんだがな」
「――『落ち着いてる』……ね」
「――あン?」
ラリカの質問に、表情を柔らかくしたレシェルが応えると、フィックが含みを持たせた言葉を発した。
レシェルは器用に片方の眉を上げると、唸るように疑問の声を上げる。
二人はアイコンタクトをするように視線を交わし、やがてフィックの意図をくみ取ったように小さく頷き合う。
「――おう、ラリカ? ヴェニシエス。 ウチのヴェネラが一遍会ってみたいつってたぞ? ちょっと顔を見せてきたらどうだ?」
「――ラクス=ヴェネラがですか?」
突然、明らかに話を変えてきたレシェルに、戸惑いながら聞き返した。
レシェルは、そんなラリカの姿を見ながら、にやりとした胡散臭い笑みを浮かべ、親指を立てて、『行け』とでもいうように右側を指し示している。
その意味は、ただしく席を外してくれと言うことなのだろう。
「おう。アイツなら今頃離れの『療養所』に居るはずだ。適当に案内はつけてやる。行ってこい」
「――しかし」
「――良いから。いーから。ラリカちゃん行って」
おそらく、神器をあまりにも適当に渡されたことで、どう対応して良いのか分からず途方に暮れているという所か。
まあ、此処に来るまで、神器は仰々しく下賜されると思っていたのだ。
それが思わぬ横槍に、こんな適当な対応をされれば、段取りがおかしくなって戸惑っても仕方あるまい。
葛藤するように放り投げられた手元の杖を見つめたラリカは、何か言おうと口を開くが、フィックが言葉を遮りラリカを急かすように部屋の外へ押し出していく。
「――おう、そのさっき叫び声を上げてやがったミルマルは置いてけ」
ラリカに連れられて部屋を出ようとしていたところ、止められた。
――私だけ。
――これは……しくじったか?
内心後悔しながら天を仰ぎ見た。
やはり、先ほど叫び声を上げたのは聞きとがめられていたらしい。
あれから言葉を発さないようにしていたが、無駄な努力だったか。
まさか、こんなことをしながら、『予防接種の御案内』という訳でもあるまい。
「――別に取って食いやしねェよ。後でちゃんと手元に返してやっから。……ンな捨てられた子供みてぇな目で見んじゃねェよ……」
呼び止められた当人である私は随分馬鹿げた事を考えていたが、一方でラリカは私を強く抱きしめると、非道く鋭い、にらみつけるような視線をレシェルに向けていた。
「――くろみゃぁ……?」
一旦にらみつける視線を緩め、不安げな様子で、ラリカは私を抱えてか細く私の名を呼んだ。
――リクリスの事がやはりトラウマなのだろう。
目を離したがために、事件に巻き込まれているかも知れない。
もう、二度と会えなくなってしまうのではないか。
そんな不安が透けて見えるようだった。
――まあ、二人の誘いが明らかに怪しげであることも否定しないが。
「――大丈夫だ。安心しろ。……あのフィックが大したこと出来るわけがないだろう?」
話せることがばれてしまっている今となっては、今更隠しても仕方があるまいと、普通にラリカに話しかける。
それに、レシェルを警戒するのと、私を心配するので一杯一杯なラリカは気がついていないようだが、先ほどから二人は、私に向かっても時々目配せをしている。
どうやら私に話があるような雰囲気なのだ。
「――そりゃー私はかー弱い女の子ですからっ! むーしろくろみゃーちゃんの獣に手にかかって……」
「……そこらのカミさんよりよっぽどやっかいな女が何言ってやがンだ?」
フィックが、ラリカを安心させるようにおどけた様子で『か弱い女の子』と、先ほどの言葉を繰り返した。
レシェルは、気持ちの悪い物でも見るような侮蔑を含んだ視線をフィックに向けている。
「本当に……本当に大丈夫なのですか? くろみゃー」
恐らく自分より上位であろうレシェル=バトゥスの前にもかかわらず、念を押すように必死にラリカが私に問うた。
「ああ――安心しろ。大丈夫だ」
だから、そんなラリカ――幼い少女を安心させるためにも、自信を持った声で応えた。
「また後で必ず合流する。――あれだ。こちらのヴェネラの所に行くのだろう? ならば、フィー、場所は分かるか?」
「まっかせってくっださい。ちゃぁんと、くろみゃーちゃんはラリカ=ヴェニシエスの所につれてくから」
「――わかりました」
フィックが胸を張って、ポンと拳をたたきつけながら保証してみせると、これ以上の説得はワガママでしか無いと思ったのだろう。
表情は不安なままであったが、渋々と言った様子でラリカは了承の返事を返した。
「本当に……本当に来るのですよ?」
だが、それでも不安は拭い去れないのだろう。
すがるような声を私に向かってかけてきた。
「ああ。ちゃんと行くとも」
「来なかったら、怒りますからね! 今度から、ご飯作ってあげませんよ!?」
「――ああ。それは困るな」
――また、ご飯を人質ならぬ食質に取られてしまった。
そんなラリカに、苦笑してみせると、ようやくほんの少しだけ安堵したような表情を浮かべて、ラリカは部屋を後にした。
「――なんだ。アイツは、随分とクロエの嬢ちゃんから聞いてた話より不安定な様子じゃねぇか。――大丈夫なのか?」
ラリカが出て行った途端、レシェルは心配そうな様子で、親指を人差し指で抑え込んで左右に二、三度振ると、フィックと話し始めた。
乱暴な言葉遣いは変わらないものの、その奥には優しさらしきものが感じられる。
どうやら、フィックには高圧的な様子だが、それは歳の近い物に対する遠慮のなさがなせる物で、年下相手には十分気を遣うようだ。
考えてみれば、宗教のトップの人間なのだ。
気遣いも持っていて当然だろう。
フィックはどこか懐かしい表情でレシェルを見つめ、影を滲ませた声で返した。
「よくある話だよ。報告、来てないかなぁ? ちょっと――辛い経験をしたんだ」
「ああ――アレか」
どうやら、王都の一件はきちんと報告が回っているようだ。
レシェルが、納得したように気の浮かない返事をした。
「……私が聞きたいのは、その事なんだけど――」
二人が、そのまま会話を始めているが、ラリカが不安であるのと同様、私だって、ラリカの事が心配なのだ。
無駄口を聞いている暇というのは――ない。
早々に話を切り上げて、ラリカの後を追わせて貰う。
「――さぁ、話があるのだろう? なんだ? 私は早くあの子の元へと行かねばならないからな。手短に頼むぞ」
だから、私はラリカが出て行った扉を見つめていた視線を二人に向けると、腹の奥底に力を入れ永き年月を生きる二人と対峙した。







