第四話「カーネであります。女難注意なのであります!」
フィックの案内により、私達は一般の教徒らしき者たちが入っていくのとは別の入り口から建物の中に入って行った。
古めかしく細やかな装飾が施された、ひんやりとした質感の金属質で丈夫な見た目の扉を押し開けると、目深に黒い布で顔を覆い、人相を分からないようにした修道士達が二人組で杖を構えて立っている。
物々しい見た目の二人に対して、何気ない様子でフィックが書面とセレガを差し出すと、代表して一方の修道士が書状を手に取った。
回し読みするように二人は、しっかりと確認を行うと、自分たちの非礼を詫びるかのように、無言で頭を下げた。
「おっつかれっさまでーす」
フィックの弾んだ声音にも無言で黙礼のみを返し、二人の修道士は直立不動の姿勢に戻ると静かに二度杖を床とぶつけて返答とした。
無愛想な対応にもかかわらず、フィックはお返しのようにうんうんと楽しげに頷いて歩き出しす。
目の前には人一人分ほどの高さの短い階段が在り、階段を上ると狭い廊下がつながっていた。
外敵からの侵入をなるべく押さえようと設けられた造りなのだろうか。
「――随分、無愛想なのだな」
先ほどの二人組を思い出しながら、周囲に声が聞こえないように声量を落とし、ラリカに向かって話しかけると、内緒話をするように口元に手を当てた。
「教会の警護にあたる人間は、身元を分からないようにするのが習わしなのですよ。でないと、もし足止めした相手がやっかいな人物――貴族だとか他の教会の偉い方だったりしたとき、面倒な事になりかねませんから」
そういうラリカの顔は、どことなく苦い思いが込められているようだった。
可愛らしい顔立ちがしかめっ面に歪められている。
「……教会も総本山となると、やっかいな輩が多そうなことで」
「まったく、ままならないものです」
世の中のややこしさに、ため息を放ちながらそう皮肉を口にすると、ラリカも同意するように肩を落としてため息をついて同調した。
――もはや見慣れてきた姿ではあるが、幼い少女には中々に不釣り合いな仕草である。
そんな中、私達より少し先を歩いているフィックは、奥にある今まで以上に一層重そうな扉に手をかけていた。
扉の外は外へと続いているのか、扉が開くにつれて、狭苦しい廊下の向こう側が大きく開けて、明るい光が差し込んでくる。
どうやら、先は少し広い空間になっているようだ。
――そのときだった。
「――フィーさぁああああああん!」
突然甘く幼さを含んだ少女の叫び声が聞こえた。
静かな環境に慣れはじめていた体には、些か刺激の強い大声に、思わず私もラリカもびくっと大きく飛び上がった。
叫び声が聞こえた少し前方――フィックが扉を開けた辺りを慌てて確認する。
……すると、ゴスッという鈍い音と共に軽くフィックが吹き飛んだ。
日差しを遮っていたフィックの姿が消えたことで、外光が眼を灼き、じんわりと一瞬眼が眩む。
何事かと身構えフィックの吹き飛んだ辺りに視線を向けると、突然の光にも順応をはじめた瞳が意外な光景を映し出した。
――どうやら、長い黒髪を後ろで三つ編みに編んだ少女が、フィックに向かってタックルを仕掛けたらしい。
というよりも、これは抱きついているのだろう。
「フィーさんっ! フィーさんッ! この感触、紛れもなく本当にフィーさんでありますねッ!」
「――ッ、カーネッ!? カーネじゃないですかーっ! もうっ! 元気にしってまっしたかー!?」
「元気ですっ! 元気でありますよっ! カーネは達者にしておりましたーっ!」
少女は、フィックの知り合いらしい。
二人とも、手を取り合いながらきゃぁきゃぁと黄色い声を上げて両手を握り合っている、抱きついているカーネという少女に至ってはうるうると大粒の瞳を滲ませる涙目っぷりだ。
「――あ、あの……そちらは?」
知り合いであれば、おそらく久方ぶりの再会になるだろう二人の間に割って入るのは悪いと思ったのか。
……それとも、単にテンションについて行けず声を掛けられなかったのか。
おずおずと、二人のテンションが少し落ち着くのを待ってからラリカが声を掛けた。
「――これは、失礼いたしましたッ! 先進技術研究開発機構、先進技術開発部、神威災害対策室、分室兼任分析官補佐 カーネでありますッ!」
少女は姿勢を正して直立不動になると、我々に向かって元気よく名乗りを上げた。
さきほどまで、謎の勢いに押されてよく確認できていなかったが、よくよく見てみると、その服装はシワもなく、かっちりとした真面目な印象をうける幼い少女だった。
随分と緊張したような、改まったような、しゃちほこばった態度だが、コレはやはりラリカの肩書きが影響しているのだろうか?
「ラリカ=ヴェニシエスです。こっちはくろみゃー」
「みゃぁ」
「存じておりますッ! ラリカ=ヴェニシエスにクロミア=エクザ。拝顔の栄に浴し、カーネは恐縮であります!」
「そ、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ……?」
「あー……ラリカちゃん、カーネちゃんはいつもそんな感じなんだー気にしちゃダメだよ?」
「そんな……フィーさん、ひどいでありますッ!?」
フィックの言葉に、カーネがショックを受けたように涙目で抗議した。
だが、そんなカーネの頭を軽くポンポンとたたき、少し表情を真面目にしてフィックが問い掛けた。
「それで? カーネちゃんはどうしてこんなところに?」
「――刀自が、今日フィーさんが帰ってくるというので、こちらでお待ち申し上げていた次第であります!」
「あはぁ……やーっぱ刀自の目は誤魔化せないか……」
「はい! 自身の至らなさを自覚する毎日なのであります!」
「刀自は優秀な分析官だから仕方ないよっ」
「ですが最近……刀自は自分がいなくなった後の事ばかり口にするのであります……」
カーネは視線を落とすと、先ほどまでの元気いっぱいという様子から一転して、随分と悲しげに小さな声でそう漏らした。
「――ああ、そっか……刀自ももうそんな歳だっけ……うん。――人は、いつか命を終える。だから、それは仕方ないことなんだよ」
フィックが、そんなカーネの頭に手をやって、生徒に言い聞かせる教師のようなまなざしで頭を撫でた。
カーネは、不安げに両手をぎゅっと握り、フィックの手の感触を確かめるように眼をつぶっている。
その姿は、まるで親の庇護下から巣立とうとする子供のようにも見えた。
「――だから」
フィックは、急に声を大きくして底抜けに明るい笑顔を浮かべると、カーネの頭にのせていた手をくしゃくしゃと動かした。
「今のうちにカーネちゃんはしーっかり色々教えて貰っておかないとね! あ、でもでも、刀自の事だからあーと百年くらいは飄々《ひょうひょう》と生きてるんじゃないかな――ッ?」
「――大変です! カーネはおばあちゃんになってしまうであります!」
そんなフィックの言葉に、カーネはびっくりした様子で目を丸めると、さも重大事件に遭遇したとでも言うように叫ぶのだった。
――か、変わった子だ。
表情をくりくりと変えながら、明るく話すカーネはカチッとした印象と見た目通りの幼さが同居していて、ひどく据わりの悪い印象をうける。
「ダイジョーブダイジョーブ。きーっと、刀自が適当に良さそうな縁談を紹介してくれるから」
「カーネは見合い婚決定なのでありますか!? 普通に『恋』と言うのをしてみたいであります!」
「あー……多分、分析官でいる間は無理だと思うよ……? ――いろんな意味で」
「そんな……ッ!」
カーネが、フィックの言葉に衝撃を受けたように身を固めたところで、成り行きを見守っていたラリカが一歩踏み出した。
「――分析官というのは?」
「あ、こりゃー失敬失敬。そりゃ、他の所の人は知らないよね。分析官っていうのは、先技研に置かれてる情報分析の専門家の事なんだ――っていっても、この子ともう一人しか居ない役職なんだけど」
「『情報分析の専門家』ですか?」
先ほどからのフィックとの会話を見る限り、賑やで脳天気そうな――言ってしまえば、お花畑――失敬。
……少々頭が緩そうな印象を受けたのだが、随分と頭脳労働に励んでいる少女らしい。
「そうそう。っていっても、そんな数字を見て~とか、何か調べて~って言うんじゃなくって、『なんとなく色々な事が分かる才能』って感じらしいんだ」
「随分と曖昧ですね……」
フィックの説明は随分とふんわりしていて、曖昧なもので要領を得ない。
どうやら、理論的な分析ではなく、何となく分かるという程度の感覚的な物らしい。
だが、そんな分析、それを元にどうすれば良いのか。
「まあ、よく当たる占いみたいなものなんだ」
「カーネはまだまだでありますが!」
フィックも、自分の説明に呆れたのか、苦笑を浮かべて補足すると、カーネも元気いっぱいに自分の至らなさを肯定する。
本当にこんなのが分析した情報で意味があるのだろうか……?
「では、私もいつか占って貰いましょうか」
「あはは……ラリカ=ヴェニシエス、カーネちゃんがなにか言い出したら、事件の前兆だから、止―めといた方が良いでっすよー?」
気を利かせたラリカが、冗談交じりに自分を占って貰おうかと社交辞令を口にするので、フィックは乗っかって冗談として処理してしまう心づもりだったようだ。
脅かすようにフィックが大げさにおどろおどろしい声を出してみせる。
ラリカは、『それは困りますね』とでも言うように肩をすくめて返した。
「――実は……先ほどから申し上げようか迷っていたのでありますが」
しかし、表情を曇らせたカーネはそんな二人を差し置いておずおずと口を開いた。
「カーネちゃん……まさか、なにか見えたとか言い出さないよね……?」
そんな姿に、嫌な予感がしたらしいフィックが口元を引き攣らせながら先を促す。
「――先ほどから、クロミア=エクザに黒い影が……」
――私かッ!?
……黒い影って、いや、それは体毛では!?
まさか自分に話が及ぶと思っていなかったが、思わぬ飛び火をしたようだ。
ラリカも驚いたのだろう。ガタリと視界が揺れたところを見ると、驚いて肩を跳ね上げたか。
「く、黒い影とはなんですっ!?」
「――ん、んー……多分、バーンっておっきいのに、ドーンとおっきな黒い影? のなにかが入ってって――近々……という感じであります」
「バーン……? ドーン……?? 近々一体どうなるのです?」
くってかかるように、少し切羽詰まった悲壮感を漂わせながらラリカが勢い込んで聞くと、カーネは両手を大きく広げて、次に小さな体をさらに狭い穴かどこかに潜り込もうという風に縮こませるようにして何かに入っていくジュエスチャーをすると、また覆い被さるように両手を広げた。
――意味が分からん。
ラリカも、目を白黒させながら、拾い上げた擬音を口の中で反芻しながら首を傾げている。
「近々、多分戦いになるでありますッ! その時は、カーネが予想するにヴェニシエスも一緒であります! でも、きっと、関わる切っ掛けを作るのはクロミア=エクザなのであります!」
「戦う……」
「あー……ラリカちゃん、くろみゃーちゃん……カーネちゃんがそんな予測したって事は、たぶん本当に何か起こるって事だから、気をつけた方がいいよー」
シェントとの事を思い出しているのだろう。
ラリカが、深刻な表情で右手の人差し指を顎に当て、考え込んでいる。
しかし、『気をつけろ』と言われたところで、どう気をつけろというのだ。
「――なにか、気をつける事はありますか?」
ラリカが、アドバイスを求めるようにカーネに問うと、カーネは難しい顔をしながら首をひねりひねり考えた。
眉間にしわを寄せた顔が、じいっと私の事を見つめている。
そして、思いついたように表情を明るくすると、私を指さし、自信満々にこう告げた。
「――『女難注意』っであります!!」
「――まさかの痴情のもつれですかッ!?」
「いっやー……ラリカちゃん……ミルマルの痴情のもつれの刃傷沙汰ってのは斬新だねー……」
くわっと目を見開いたラリカがとっさに叫ぶと、フィックも面白がって茶々を入れてくる。
――そんな訳があるかいッ!
「ふみゃぉっ!」
「あははっ……くろみゃー、そんなに怒らなくても分かってますよ」
頭を抱えながらそんな軽口を言い合う二人に抗議のために鋭い声を上げると、苦笑を浮かべたラリカが私の右耳の後ろ辺りを優しく撫でた。
ふむ。一応この主人は私の人となりに一応の信頼を抱いてくれているはずだ。
――もし本心からそんな軽々しくうっとぼけた性格だと思われていたのだとしたら、しばらくショックで放浪の旅に出なくてはいけないところだ。
なんにせよ、まあ、ラリカが笑顔を浮かべてくれたようで良かった。
「……でも、お前も、本当に気をつけてくださいね」
「――みゃぁ!」
最後に心配そうに言うラリカに、今度は安心させるような大きな声で鳴きかえすのだった。







