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ほづみんさんちの雪華さん 3話「懐かしい味と弔いの香」


「雪華ちゃんは、もうご飯食べた?」

「ん――多分、まだ」


 母さんの問い掛けに、何故か困ったように雪華が悩んだ後、まだ食べていないと答えた。


 ――気がつかなかった。


 しまった。あの時間から会ってたんだから、雪華がご飯食べてないのも当たり前か。

 でも、言われるまで言い出さなかったってことは、やっぱりかなり遠慮しているのかもしれない。


「そう。なら、優結(ゆう)と一緒に食べちゃいなさい」

「――いい……の?」

「何言ってるの? 今日からうちの子になるんでしょ? なら、ご飯も勿論一緒よ」

「……あり……がとう」


 母さんが、笑うと、雪華が戸惑ったように、でも少しはにかみながらお礼を言った。


「――遠慮するなって。母さんが作るご飯、本当に美味しいんだぞ?」


 何となく、そんな雪華がとても寂しそうに見えて、俺は精一杯笑った。


「もう――この子はッ!」


 ――何故か、母さんからはちょっと叱られたけど。


「いや、でも本当にマヤが作るご飯は美味しいんだよ? ――本当、昔から考えるとよくここまで……」

「――隆俊(たかとし)さんっ! ――まあ、どこかの誰か様のために必死で練習しましたから。おかげで和食もちゃんと作れるようになりましたよ?」

「はは……ありがとう。マヤ」

「あー……あの、二人が仲いいのは知ってるから、今は雪華! ――ご飯は台所? 持ってくるから」


 目の前でおしどり夫婦っぷりを遺憾いかんなく発揮してくれる両親に、恥ずかしくてたまらなくなった俺は、ご飯の準備をしようと慌てて席を立った。


「あらあら。ご飯は台所に支度してあるけど、優結の分しか用意してないから、雪華ちゃんの分も取り分けないとね。ちょっと待ってなさい。その間に、二人は手を洗って、ご飯食べられるようにまってなさいな」


 どうやら、料理の準備は母さんがしてくれるらしい。

 そういえば、今日の夕ご飯はなんだろう?

 さっきまでドキドキしていて、ご飯の中身まで頭が回ってなかったけど、二人分足りるのかな?

 ――最悪、なにか一品作ろうかな?

 普段なら、少々量が少なくても我慢すればいいやって思うんだけど、なぜか今日はそんなことを思った。


「はーい。ほら、雪華、行くぞ?」

「うん」


 とりあえず、俺は雪華を洗面所に案内するために声を掛けた。

 返事をした雪華が、俺の後ろをトコトコと歩いてついてくる。

 ――なんか、時々近所で見かける合鴨(あいがも)ひなみたいだな……


「じゃあ、先に使ってくれて良いから」

「……?」


 洗面台の前まで雪華を案内すると、なぜか雪華は不思議そうな顔をして洗面台の前で首を傾げている。


 ――なんだ? いったいどうしたんだろう?

 ひょっとして、俺よりも先に使うのは気が引けるとか?


「どうした?」


 『遠慮するなよ』と言おうと思って、雪華に声を掛けると、雪華はゆっくりと顔をこちらに向けて、再び首をほんの少し傾げると、困ったように声を出した。


「これ……どう使う……の?」

 

 ……?


 今度はこっちが首を傾げたくなる言葉が返ってきた。

 うちの洗面所は別に変わった形をしている訳ではない。

 最近時々見かける、レバー式の蛇口でもなく、普通に蛇口をひねるだけだ。

 ――いや、まさか……


「……お前、蛇口使ったことねえの!?」


 こくりと、雪華が頷いた。


 ……まさか――こいつの家じゃ、未だに手押しポンプでも使ってたのか!?

 ま、まあ……しかし、これで雪華がこのあたりのじゃないってのはよく分かった。

 この辺りの井戸水は金気かなけが強くて、とてもじゃないけど日常生活で使うには適さないのだ。

 服なんて、井戸水で洗った日にはなんだか茶色に変色してる。

 今、雪華が着ているような綺麗な真っ白にはどうやったってならないのだ。


「――じゃあ、俺が先に手を洗うから、見てるんだぞ?」


 とりあえずは、目先の説明をしなくてはと思い、私は雪華の前で蛇口をひねって、手を洗ってみせた。


「こっちが、水。こっちがお湯。お湯の方は給湯器がお湯を温めるから、はじめはちょっとやっこい水が出てくるけど、そのうち温かくなるから」


 ふんふんと食い入るように、雪華が手を洗う仕草を見つめている。

 石鹸を手につけるところまでじっくり見られているせいで、なんだかとても居心地が悪い。

 雪華の表情があまり動かないから、じぃぃぃっとした視線だけを感じる。


 ――手を洗うのがこんなにやりづらいなんて初めてだ。


「うん……便利」

「そっか……」


 最後にタオルで手を拭いながら、無駄に疲れがどっと吹き出すのを感じた。

 ――これは、思った以上に難儀なんぎかもしれない。


 こんな有様ありさまで、よくも生きてこれたなと感心すると同時、これからの生活を思って何となくため息が出た。



***



 リビングに戻ると、俺と雪華の食事がテーブルに置かれていた。

 どうやら、今日のご飯は、肉じゃがに味噌汁と塩鮭、それからキャベツとキュウリの塩昆布のえ物だ。


 うん……さっき父さんと二人で、母さんの料理は美味しいって言ったけど、あんまり差が出るような料理じゃなかった……まあ、そりゃあお客さんが来る予定なんて無かったし、しょうが無いか。

 せっかく雪華がうちで食事するのにって少しだけ残念に思った。


 でも、母さんの料理だし、美味しいことは間違いないから、やっぱりいつものようにわくわくしながら席に着くのだった。


 ――お腹減った。

 席に着く段階になって、ようやくお腹が空いていたことに気がついた。

 そりゃあそうか。

 だって、お昼に給食を食べてから、全然なにも口にしていないんだから。


「雪華ッ! はやく食べよっ?」

「……うん」


 隣の席をポンポンと軽く叩いて、テーブルの上の料理を眺めていた雪華を急かすと、返事が返ってくるのに間があった。

 ひょっとして、なにか苦手な物があったのだろうか?


 魚が苦手とか……?


「ああ……雪華ちゃん、箸はちゃんと使えるのかい?」


 そんな雪華の様子を見て、父さんが気がついたように問い掛けた。


「……はし……」


 困ったように復唱する雪華を見れば、お世辞にも箸を使い慣れているようには思えない。

 なるほど。それでさっきから困ったように卓上を見つめていたのか。


「これ、これだよ。ハシ。お箸」


 自分の分の箸を手に持って見せると、雪華も手元に置かれた箸を手に取った。

 その動作もどこかぎこちない。


 ――こりゃぁ、フォークでも持ってきた方が良いな。


「――はい。雪華ちゃん」


 俺が、フォークを取りに立ち上がるよりも先に、母さんがどこからともなくカトラリー一式を取り出して手渡した。

 台所に取りに行った訳ではないところをみると、すでに手元に準備していたようだ。


「そのカトラリー…… ――ははっ、マヤがうちに来た頃を思い出すね?」


 父さんが、雪華の姿を見ながらおかしそうに笑った。

 母さんも、雪華の事を慈しむように見つめている。

 そんな二人の姿に、なんだかとても負けた気分になるが、同時に誇らしい気分にもなった。


 雪華は、カトラリーを手に取って、安心したようだ。

 テーブルの上の食事に興味津々と言った様子で注視している。


「雪華、それじゃあ、『いただきます』な」

「い、いただきます」


 手を合わせて見せながら、『いただきます』というと、雪華もぎこちなく『いただきます』といった。

 そのまま、かちゃかちゃと塩鮭を切り分けて雪華が口に運んだ。


「うん――美味しい」


 塩鮭を口にした雪華が、口元をふんわりと緩めながら笑った。

 ほんの少し、目を見開いているのが、美味しいと思ってくれている証拠のように思えて嬉しかった。


「そっか。良かった。その塩鮭、母さんが塩振ってるから、ちょっと辛い目だから無理すんなよ?」

「――ううん。とても……美味しい。……懐かしい、味が……する」


 そのまま、和え物や、味噌汁にも手が伸びていく。

 ――よかった。気に入ってくれたみたいだ。


 意外と、食欲はあったみたいで、ぱくぱくと美味しそうに食べる雪華の姿に、なんだか俺まで嬉しい気分になって、今日のご飯はいつもより美味しい気がした。



***


「二人とも、ご飯食べたんだったら、お風呂入っちゃいなさい」

「分かったー!」


 食器を台所に運び終え、雪華と一緒にリビングのテレビを見ていた俺は、母さんの呼びかけに大きな声で返事をした。


 すると、隣の座敷で座り込んでいた父さんが、浴衣のたもとをまさぐって何かを探し始めた。


「あーちょっと待った。優結。風呂から出たら、一緒にこれをやろうじゃないか?」


 そう言って、父さんが取り出したのは――


「――ん? 線香花火?」

「ああ。今日は、帰ってくる途中露店で売っているのを見つけてね。今日は優結が帰ってきたら、一緒にやろうと思ってたんだよ」


 まさか、俺が帰ってきたらすぐに始めるつもりで、ずっと袂に入れっぱなしだったのか?

 そういえば、さっきうちに帰ってきたときも、玄関で袂に手を突っ込んだまま立ってたけど……


 ――ひょっとして待ってた?

 ……玄関で?


「どうしたんだい?」

「ずっと、それ持って待ってたのかよ……」


 なんとなく、うきうき顔で準備をしていて、不意打ちで雪華と一緒に帰ってきたのを見て、慌てて表情を取りつくろっている父さんを想像して、不覚にも笑ってしまった。

 それで、返ってきたとき普段と様子が違ったのかよ……


「――分かった。じゃあ、風呂上がったらな」

「よし。じゃあ、準備しておくよ。雪華ちゃんもどうだい?」


 楽しそうにいそいそとバケツを探しに立ち上がりながら、父さんが雪華も一緒にどうかと誘いを掛ける。

 俺は、元から雪華も一緒にする物だと思っていたが、よく考えてみれば、確かにもうかなり遅い時間だし、女の子をあんまり遅い時間まで付き合わせるのも申し訳ない。


「それ……は?」

「あー……お前、これも知らないか。花火。線香花火」


 父さんと雪華の会話を引き継ぐ形で俺は雪華に線香花火の説明を始めた。

 父さんは、俺に説明を任せておけば大丈夫だと判断したのか、座敷から出て行って準備を始めているようだ。

 『マヤ―?、マヤ―?』と母さんを探して声を張り上げている。


「花火?」

「そう。花火。夏に空に打ち上がるだろ? そっちは知ってるか?」

「多分。見たこと……ある。綺麗な火花の……」

「そうそう。それ。『綺麗な火花』ってのも情緒じょうちょもへったくれもない言い方だけどな……」

「でも、あんなの……迷惑……じゃ……」


 どうやら、雪華の中では、花火は夜空に打ち上げる物らしい。

 なるほどな。手持ち花火のたぐいは知らないって事か。

 それなら、近所迷惑だって思うのも無理はない。


 こんな時間に――というか、民家でそんな物打ち上げたら普通に大問題だ。

 たちまちカンカンカンカン賑やかに火消しに集まって来るに違いない。


「大丈夫大丈夫。こいつは『線香花火』だから。お線香みたいに、やさしーく燃えるだけだから、迷惑にはならねえよ」

「そう……お線香?」

「そっか、そっちがわかんねぇのか……ほら、そこの仏壇にもあるだろ? そこにある奴」


 仏壇に置かれた線香を指さしながら、線香の由来ゆらいを思い出そうとする。


 ――たしか、この話は近所に住んでる源三郎の爺さんが教えてくれたんだったか。

 回覧板を届けに行ったときに、少し漬けすぎなくらい漬け込まれたキュウリの漬け物と一緒にお茶を飲みながら教えてくれたのを思い出す。


「亡くなった人にも、香りは届くんだ。だから、そんな細長い香を焚くんだよ。しっかり長く想いが届きますようにって。それが線香」


 ――まあ、源三郎爺ちゃんは、線香の長さとか、要らないこぼれ話もしてたけど、女の子相手だしその辺りは言わないが花って奴だ。


「死んだ人に……届ける……」


 雪華は、少し憂いを帯びた表情でつぶやいている。

 雪華はどう考えたって『ワケアリ』って奴だ。

 ――一体、何を考えているんだろう。

 ――誰か届けたい人がいるのかな?


 ぼうっとした金色の瞳は、なんだか、『今』とか『此処(ここ)』じゃないどこかを見ているような、そんな気がした。


「とにかく、一回やってみようぜ? 気に入らなかったら止めればいいんだしな」


 そんな雪華が、やっぱり遠い人な気がしてしまって、そんな気持ちが嫌で、振り払うように俺は笑った。


「分かった」

「それじゃ、雪華も参加決定って事で。悪いな。うちの父さん、結構思いつきでこういうのをやるタイプだからさ」

「ううん。楽しみ」


 さっきまでの、なんだか少し怖いような雰囲気と違って、優しい気配を放ちながら雪華が少し唇をきゅっと結んだ。


「そっか。そりゃーよかった。良かったんだけど……悪い。雪華。そろそろお風呂入んないと母さんが怒りそう……」


 雪華の背後、座敷に掛けられている般若はんにゃ面のような顔をした母さんがドア越しに顔をのぞかせている。

 やばい。アレは結構イライラしてきてる感じだ。

 母さん、普段は優しいんだけど、怒るときは突然だからなぁ……

 怒られないようにしないと……


「女の子だし、いつまでも汚れてんのやだろ? 雪華、先に入って良いよ」

「分かった……」

「ん。じゃあ、お湯、抜くの忘れずにね?」

「お湯を……抜くの?」


 雪華が、不思議そうに僅かに首を傾げた。

 そうか。前にクラスの奴にも変だって言われたっけ――


「うち、風呂はひとり入るごとにお湯を入れ替えるんだ」

「お風呂って……あの、お湯入れる……あってる?」


 あー、やっぱり、うちの習慣は一般的じゃないらしい。

 『お風呂』って言葉が違う物じゃないか不安になったように、雪華が聞いてきた。


「そうそう。湯船にお湯を張って、どっぷり使って『いーい湯だな』ってやつ」

「……う、ん? ――もったいない?」


 間違っていないって示そうと思って、頭の上に手ぬぐいを載せる仕草をして見せたけど、雪華は良く分からなかったみたいだ。

 でも、とりあえず『お風呂』がちゃんと自分の知ってる『お風呂』だって安心したように頷くと、もったいないと悲しそうな声を出した。


「あーまあ、確かになぁ……それはそうなんだけど……」


 雪華の声音に、悪い事をした気分になりながら、言い訳するように俺は視線を逸らした。


「私は……みんなが入った後でもいい」

「あー、それはありがたい申し出なんだけど……さ? 昔、誰が一番風呂に入るかって、父さんと母さんが戦争を始めちゃって……」


 そう。お風呂に入る順番や、入り方。どうも、うちの両親はそんなしょうも無いところで大喧嘩になったらしい。

 『価値観の相違』という奴なんだろう。

 俺から言わせれば、お客さんには先に入って欲しいけど、家族なんだから『どうでもいいじゃん』って所なんだけど。

 ――さら湯は体に良くないんだぞ?


「そう……『戦争』……」

「そ、大戦争の頂上決戦の大騒ぎ。何日にも渡る悲惨な戦いだったんだってさ」

「……ごめんなさい」


 俺が、昔父さんが当時について語った時の事を思い返しながらいうと、雪華は申し訳なさそうに表情をかげらせながら、軽くうつむいた。


「い、いや、別に謝るような事じゃないって」

「でも……悪い事……聞いた」

「いや、良いって良いって。本当。たかだかお風呂の事だし」


 なぜか予想外に落ち込んでしまった雪華に、俺は慌てて両手を振りながら力説する。

 ――なんで、雪華はこんなショックを受けた顔をしてるんだ!?


「――と、とにかくさ、お風呂、入ろうぜ?」

「……うん」


 俺は、雪華の手を握ると、再び脱衣所件洗面所へと連れて行くのだった。



 ――そういえば、雪華……お風呂の使い方分かるのかな?

 


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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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