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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第一章「ラリカ=ヴェニシエスは猫と出会った」
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第六話「お前の名前は……」


 ラリカ嬢の腕の中で抱きしめられるように揺られながら、先程の話を反芻(はんすう)していた。

 

 『魔獣(まじゅう)』という存在についてだ。

 

 先程の話によれば、魔獣というのは、町を一つ壊滅させることがあるらしい。


 『アテネア級』などという言葉が出ていたが、前後の文脈から判断するに、大きさなどではなく危険度を示すものだろう。


 『ミギュルス』という魔獣は、どうやらこの『アテネア級』とやらに該当して、町を壊滅出来るほどの危険度を持っているらしい。


 ――正直、生物一匹で町が滅ぶというのも、なかなか想像がつかない。


 しかし、それと同時に。その生物が『魔法を使う』と言う事を考えれば……確かにそういうこともあり得るのかもしれないとも思えた。いつの間にか私の頭の中に芽生えた術式には、確かに町一つ滅ぼしてしまいそうなものも含まれている。


 ……だが、先ほどの話ではミギュルスという魔獣は術式を使えないと言うことだった。


 『毛皮が固い』……本当に高々そんなもので、そこまで恐ろしい存在となりうるのか……今まで魔法などと言う存在に縁の無かった身としてははなはだ実感をを抱きづらいところである。


 そういえば、ラリカ嬢の言葉によると、術式は神から与えられたもので、人間と魔族しか使わないと言う話だった。


 言われてみれば確かに、私の知識も神を自称した雪華ゆきはなが私に渡したものだ。


 同様に、もし『神』という存在が実在したとすれば、その神が持っていた知識を人間に与えるという事もあるかもしれない。そう考えれば、知識の中に、『術式を転写する為の術式』などというものが存在するのも納得がいく。


 しかし、仮に『神』が人に魔法を与えたとすると、『神』という輩は、妙に人間寄りの立場に立って物事を考えているようにも思われる。


 仮に、『神』なるものが、一神教世界における全知全能たる存在であり、さらに『見守るのみ』の存在であったなら、術式を授ける事などなかっただろう。


 先程から、『ユーニラミア教徒』だとか、『ユルキファナミア教徒』だとかいう話が出てきたことも考えると、一神教というよりも多神教の世界なのだろうか?


 いや、あるいはひょっとすると、ユダヤ教徒キリスト教のように、同じ神をあがめながら宗教が違う可能性も否めない。


 なんにせよ、日常会話で『何教徒か』という話題が出る時点で、この世界では宗教が大きな力を持っている事は間違い無いだろう。


 そも、()()()えたもうた(、、、、、)術式を人が使っているという話自体、宗教の権威づけの香りがひどくする。


 ――そういえば、『ミルマル』などと呼ばれているこの獣の体は、『ユーニラミア教徒』とかいう宗教団体には高値で取引されているようだったな……


 思わず『動物』を買う理由で一番可能性が高いであろう事に考えがいたり、ぶるりと体が震えた。


 ある動物が高値で取引される。

 しかもそれが特定の集団のみときた。


 ……これはひょっとすると、毛皮でも()がれるのではないだろうか?


 仮に、ユーニラミア教とやらが、ミルマルの毛皮を珍重(ちんちょう)している宗教だったとするのなら……


 ……流石そんな凄惨(せいさん)極まる自体は御免(こうむ)りたい。


 まあ、それは少々考え過ぎにしても。どこに落とし穴があるやもしれない。この世界の『宗教関係』には十分に気をつけることにしよう。


 ……まったく、いくらこちらから首を突っ込んだ事とは言え。どこに行っても(つい)ぞこの手の話題がついて回ってくる事だ。


 しかし、そうなると。これからどうしたものか。


 先程は、雪華からの拒絶に動揺して、『消え去りたい』などと醜態(しゅうたい)(さら)しもしたが……今は染み入る冷気を拭い去る少女の体温ゆえか。ひとまず幾分かは冷静になる事が出来た。


 ……『猫になる』などと、(にわか)に想定すらした事の無い事態に放り込まれた身の上ではあるが。今は少しじっくり考えたいと思う。


 こんな珍妙な身の上では、元の世界に戻ったところで。どこかのお人好しの友や両親に未練と迷惑を掛けるだけだ。


 ちらりと、自分を包みこんでいる白い外套の隙間から、幼い少女の(おとがい)を盗み見た。


 ……思い上がりかもしれないが、こうして一度は拾われた以上。今私が死んだとすれば、この『ラリカ』という幼い少女は悲しむだろう。


 森の中で倒れている猫がいたとして、はたしてここまで甲斐甲斐かいがいしく世話をする人物がどれほどいるだろうか? きっと心根の優しい、子なのだろう。それは今も、雨に濡れぬように、外套で丁寧に覆って、自分の体で雨を遮るように私の事を守ってくれていることからも(うかが)い知ることができた。


 分厚い外套(がいとう)の生地越しではあるが、少女の体温が伝わってきて、まどろみに溶け込むような安堵を感じる。


 ――『消え去る』というのは、難しいかもしれない。

 ――『死ぬ』それは、おそらくたやすく達成出来るだろう。


 ああ。だがそれは、私が死にかけていると思い、優しくしてくれた少女に対して、(いささ)かばかり不義理であるように思えた。


 ならばせめて、『鶴の恩返し』ではないが、どうにか受けた恩程度は返したい。


 幸い、今の私には魔法なるもある。

 良くわからない獣と化したこの身でも。なにかしら役立てる事もあるはずだ。


 ひとまず恩を返したら……後は死ぬなり消えるなり、好きにしようと思う。



 ――そう、思いながら。

 

 私は少女から伝わる暖かさの中、あらがえない眠気に襲われ眠りについた。



***


 ――次の覚醒は、包丁の音に導かれてだった。


 夢と(うつつ)揺蕩(たゆた)うぼんやりとした頭で、幼い頃、母が台所で料理する姿を見ながらうたた寝した時の事を思い出した。


 あの頃は、まだ塾にも行かず、小学校が終わってからひとしきり友人と遊んで、シャワーを浴びた後、冷房の効いた台所で宿題をしていたものだ。


 そんな……どこか懐かしい気分で目を開けた時、視界に入ってくるのは、少女の後ろ姿だった。短めにカットされた髪から幾房いくふさか伸ばされている髪束が、リズムを刻むように揺れている。


 『トントン』と規則正しく刻まれる音に、なぜか涙腺が緩みそうになった。


 ごまかすために、寝床らしき重ねられた布地の上で、ぐっと前足を伸ばすように伸びをした。


 人とは違う筋肉の付き方を意識しながら、一歩二歩、ゆっくり歩いてみる。


 ――なぜだろうか?


 眠る前に比べると、随分と歩きやすくなり、いつの間にか問題なく体が動かせるようになっていた。



「――にゃぁ」



 料理をしているラリカ嬢の背に鳴き声をあげてみる。


「……おや? 起きましたね。……調子は、どうですか?」


 そういって、包丁を止めた少女は、手桶で簡単に手を洗うと、私の方へ歩み出した。


 ラリカ嬢のもとへたどたどしく歩いていくと、猫らしく礼の一つでも示そうと頭をラリカ嬢の足に()りつけてみた。


 ――やってすぐに後悔する。

 ……これはけっこう恥ずかしい。


 年端(としは)もいかない少女の足に頭をりつけることがあるとは、流石に今まで考えたことも無かった。随分と変態的な気がする。少々倒錯とうさく的な趣味をもった(やから)のようだ。


 ――よく、世の中の猫たちはこんな行動をナチュラルにとれるものだ。恥ずかしいとは思わないのだろうか?


 ――思わないのだろう。……猫なのだから。


「随分ちゃんと歩けるようになりましたね! ……やはり、疲れでも溜まっていたのでしょうか?」


 ラリカ嬢がかがみこんで、たき火の近くでしたように私の前足をふにふに触りだした。


「うん。さっきよりだいぶ力強くなって、筋肉の張りもとれているようですね。……とは言っても、しばらくは無理に動いては駄目ですよ」


 まるで人間相手に診察する医師のようにそう言って、にっこりと笑った。ほっとしたような慈愛に満ちた笑顔だ。


「にゃ!」


 肯定するように、私は鳴き声をあげる。


「よし。良い返事です。お前の分の御飯も用意していますよ。家族みんなの分ができたら、一緒に食べましょう」


 そういうと、私を抱えあげると、寝床に戻してラリカ嬢は料理に戻った。


 「~、~、~~~、」


 調理を再開したラリカ嬢は、どこか異国情緒あふれる鼻歌を歌いながら、調理を進めていく。手際良く切った食材がかまどにかけられた鍋へと放り込まれていく。


 ……どうやら、スープを作っているようだ。


 少し香ばしいような、料理の良い香りが鼻腔びこうを刺激する。その香りに触発されて、ようやく私は自分が空腹である事を認識したのだった。

 


***



「――ただいま」


 その後、料理が出来上がるのに合わせたかのように父親らしき人物が帰ってきた。茶色掛かった髪を後ろで一つにまとめた、彫りの深い精悍(せいかん)な顔つきの青年だった。そのままであれば、『いかにも』というべき男前だが、どこか情けない雰囲気を身にまとっており、男前っぷりを台無しにしている。


「あら、帰っていたのね。お帰りなさい。私も帰りましたよ」


 おっとりした雰囲気の女性が青年の背後から顔をのぞかせる。


 どことなく、ラリカ嬢に似た雰囲気の女性だ。

 若いようにも見えるが、その物腰は落ち着いている。


 ……ラリカ嬢の姉か母親か判断に悩むところだ。


「ああ、お帰りなさい。丁度夕食の準備ができたところです」


「あら、そうなの。お父さんから、今日はお客さんがいるって聞いているのだけど……?」


 うきうきと弾んだ内心を示すように口元に笑みを浮かべた女性が、部屋の入り口で伸び上がり室内を覗き込んでいる。食事の支度を進めていたラリカ嬢が、ふふっとまるで悪戯を仕掛けているかのような笑みを浮かべると、私の居る方を指し示した。


「ええ、今日はいつもより『一人』多い食卓ですよ」


 家族が帰ってきたからか、その声も幾分か弾んだ調子である。そんな娘を見て、大きく納得したように頷いた男性が、私の元へと近づきかがみ込んだ。


「ラリカ、この子が拾ってきたというミルマルかい? ムシュトから聞いているよ」


 皿を並べるラリカ嬢に声を掛けながら、私をじっと見つめている。


「そうですよ。……あ、この子、飼いますから」


「……ラリカ、そこはまず『飼っても良いか』お父さんに問いかけるところじゃないか?」


 父親に向かって私の事を『飼う』という前提で断言したラリカ嬢に、思わずと言った調子で父親が苦笑する。


「いいえ。『飼う』であっています。……ちゃんとお金は全部私がだしますから」


「いや、ラリカ。生き物を飼うというのはだね、お金だけじゃない。きちんと食事の世話だってしないといけない。その生き物に責任を持つと言う――」


 子供がペットを拾ってきた時の常套句じょうとうくを口にしようとする父君ちちぎみに対し、ラリカ嬢はテーブルの上に並べられた木皿を指し示す。


「いま、父さんが食べてる御飯も、『私のお金で買って』、『私が作った』ものです。それに、家の中の家事も、結構な割合を手伝っているはずです。……今さら、ミルマルの一匹増えた程度、問題ありません。無責任だと言われるいわれはありませんよ?」


「「……」」


 そういって堂々と啖呵たんかをきるラリカ嬢の姿は、可愛らしい外見に反してなにやら随分と格好良い。


 ……しかし、先ほど収入もラリカ嬢の方が多いと言っていたが……いったい御両親は何をしているんだろうか。


「……いつも悪いわねぇ……」


「いえ。家事自体が嫌いなわけではないですから。……ただ。少なくともこの子が元気になるまではうちに置いてあげたいだけです」


 申し訳なさそうな母親に、言い過ぎたと思ったのか、ラリカ嬢もばつが悪そうに、それでも自分の主張は一切曲げるつもりもないらしく毅然きぜんと答えている。


 ……私としては、自分のことをで揉められると、気まずさを感じてしまう。


 『今からでも、こっそりこの家を出て行った方がよいだろうか』などと考えていると、再びラリカの父親が口を開いた。


「飼いたいのなら、ちゃんと世話をするんだよ?」


「もちろんです」


 そういって、お互い親指を人差し指で抑え込んで左右に振っていた。


 ――何かの符丁ふちょうなのだろうか?


 髭面の親父と十四、五歳くらいの少女が、じりじりと向かい合って左右に手を振る様子は何とも言えずシュールだ。


 だが、その姿は、とても仲がよさそうで……少しうらやましい。



***



 全員がテーブルを囲み、食事をはじめる。


 『食前の祈り』というのは、歴史であれ、物語であれ。古今東西巷で語られる際にはよく描写されている。


 しかし、実際のところ、現代に於いてさえ、祈りなどという神聖な儀式的なものはおろか、日本人からすればマナーという言葉から程遠い耐えがたい食事風景を見せつける国も存在する。


 だが、どうやらこの世界はそれなりに文化的な生活を送っているらしい。


 食事の前にはきちんと手を洗っていたし、日本人基準のマナーからそう外れた生活を送っているようには見られない。せいぜい、木匙きさじが食器の底をカツカツと叩く音がかすかにしたり、食事中に家族で話をしているくらいだ。


 それにしたって、家族団欒(だんらん)というべきもので、むしろ食事中に下品な咀嚼(そしゃく)音を立てているような人間に比べれば、マナーがよく感じられた。


 もしも、これが食事中にありとあらゆるものを手づかみで食べ、ぽろぽろと食事をこぼすような如何(いか)にもな食事風景であったのなら、仕方がないとは思いつつも、不快であったであろうことは想像に難くない。


 ――正直、文化の発展という側面を考えるのであれば、ここは見かけによらず中々に先進的だと言えた。


 壁に掛けられた立体的に縫製された豪奢ごうしゃな刺繍が施された布飾りなどをみれば、縫製技術も発達している事もうかがえる。


 それにだ。食前の手洗いについてもそうだが、衛生観念においても、非常に発達しているのではないかと私は考えていた。


 先ほど、ラリカ嬢が料理をしている姿を見ていたが、野菜を切るときと、肉類を切るときでそれぞれ分けてきちんと洗浄を行っていた。いくらなんでも細菌に関する知識は存在しないと思われるが、それでも経験則上注意しているのかもしれない。


「今日は、ブロスさんのところに寄って帰れなかったので、ノルンはありません。その代わり、ディプシズを焼いておきましたので、我慢してくださいね。」


 ラリカ嬢が、(とう)のような植物を編んで作られた籠に入っている、モチモチしていそうな白い物体を指さして切り出した。


「そうか。兵舎ではディプシズばかりだからなあ……若い連中の食事に付き合わされてると、さすがに飽きてきてなぁ……あ、ああ、勿論。ラリカが作ってくれる料理は別だよ?」


 父親はラリカ嬢の視線がすっと細くなったのを見て取ったのか、幾分か慌てた様子でフォローの言葉を続ける。


「大変良い心掛けです。料理人冥利(みょうり)に尽きますよ。そういうのは。……ちゃんと、心して食べるとよいです」


「そうだ、今度、家の若い奴にノルンを差し入れしてやろうと思うんだが、ラリカ、明日多めに買ってきてもらえないかい」


「ええ。良いでしょう。……いつも腹ペコの部下を持つと、苦労しますね」


 そういって、先ほどからかうように目を細めていたのが嘘のように、ラリカ嬢はくすくすと笑った。

 その笑いに釣られるように、一緒に食事をしている女性がふふっと笑い――なにか思い出した様子で端とラリカと父君を見比べた。


「そういえば、今年のバイドイの出来はどんな感じなんでしょうねぇ……?」


「そこそこ取れ高は良い見込みですよ。この時期の相場から考えれば、昨年実績に対しては8掛けくらいの値段になりそうです。……まあ、昨年が高すぎたせいともいえますが」


「町でも、『去年はソラヌムしか食べて無かったから、今年はソラヌム以外も食べられるといいわねぇって』って話題になっていたのよねぇ……」


「そうか。なんにせよ、豊作なのは良い事だね。餓死者がでることはあまりないが、凶作の年はどうも治安も悪くなるからね。去年は困ったもんだよ」


 にかっと満足そうな顔をしながら父親は、顎に手を当てている。


 さっきから挙がる名詞が一切理解できないが、なんとなく穀物の取れ高について話しているのだろうということは理解できる。どうやら、複数種類の穀物が食卓に上っているらしい。


 話を聞くに、『バイドイ』というのがメインの穀物だが高く、『ソラヌム』というのが一般的な穀物なのだろう。


 ……ちなみに、今日私の為といって用意してくれた食事は、『カシュスの実の絞りかすとキャルバの乳の絞りかすを混ぜて煮たものです』と言っていた。


 薄味だが、ミルク粥のような味がして、とても優しい味だった。

 おそらく、弱った私に食べやすいような食事にしてくれたのだろう。

 空腹に鳴く胃にすとんと落ちてゆき、とても食べやすかった。


「そうだ、そのミルマルの名前は決めたのかい?」


 ラリカの父親が、私の方を見つめながらそんな事を言い出した。


「そうですね……確かに、『名無し』と言うのは呼びづらいですね」


 顎に手をあてながら、ラリカが考え込む。


「名前をつけるなら、ラリカがつけるといいよ」


「……ええ。もちろん。私が名前をつけるようにしますよ。……そうですね。黒くて『みゃー』となくので『くろみゃー』と呼びましょうか。おい、お前。これからお前はくろみゃーですよ!」


「「えぇ……」」


 満面の笑みで随分と安直な名前をつけられた。

 猫だから仕方ないが……っ!


 それにしてもだ。……あまりにも安直ではないだろうか?

 ……せめてもう少し悩んでくれても良いものを。


 同様の感想を抱いたのか、ご両親もすごく微妙な顔をしている。


「ラリカちゃん、もう少しゆっくり考えても……」


「いえ、そんなにじっくり考えてもしょうがありません。こう言うのは即断即決ですよ。悩んで考えても堂々巡りするだけですから。可愛くて良いじゃないですか。くろみゃー」


 どうやら、これで決定で、変えるつもりはさらさらないらしい。


 何にせよ。これから、私の名前は『くろみゃー』ということだ。


 ――まあ、ラリカ嬢が嬉しそうだし名前程度どうでも良いか。


***


 食事を終え、日がとっぷりと暮れた。


 それに従うかのように、家族全員、それぞれ自室らしき部屋に入っていく。

 どうやら、全員に一部屋ずつあるらしい。


 私は先程、調理場の後ろに作ってもらった寝床で眠れば良いのだろうか?


 食事を終えた後、食卓の下でずっと丸くなっていた私は、どうすればよいか指示を仰ぐように、ラリカ嬢を見つめた。


「くろみゃー。今日は私の部屋で眠りましょうか」


 寝支度を整えたラリカ嬢は、視線に気づくと、私の事を抱えあげると自室に運び込んでいった。


 ラリカ嬢の自室は、現代日本に比べれば簡素なものだった。


 強いて特徴を言うなら、印刷技術があまり発達しているとは思えない中、本がぎっしりと入った本棚があったことだろう。日本にいたころ、古い上製本じょうせいぼんを購入することが多かったが、古い時代の本になればなるほど値段も跳ね上がりがちだったものだ。


 ひょっとすると、魔法的ななにがしかで印刷に類似した技術があるのかもしれない。


 ラリカ嬢に抱えられ少し高い視点から室内を見回してみて、初めて気づくことがあった。


 光源が石で出来ている。


 石造りで、中に電灯が仕込まれているという意味ではなく、鉱石自体が発光しているようだった。

 部屋の天井付近に発光する石がつりさげられており、今も結構明るく輝いている。


 ……ああ、本当に『異世界に来た』のだなと実感が湧いた。


 確かに、今の私は『術式』というらしい魔法の知識を持っている。実際に魔法の行使だって行った。


 しかし、『魔法だの』『術式だの』というのは、あまりにも現実離れしすぎていて、どこか他人事のような感覚に陥っていた。その点、目の前の光景は、日常に密着している分、『ファンタジーな世界に来てしまった』と言う事を強く感じさせた。



 ――ああ、日本に残してきたアイツらは、大丈夫だろうか?

 つい、感傷から別れを告げる事が出来なかった大切な者たちの顔が脳裏をよぎった。


「……さ、眠りますよ」


 ラリカ嬢がベッドの上に敷かれた毛布に、私を抱えたままもぐりこんだ。


「おお、やはりお前がいると、随分と暖かいですね」


 嬉しそうにそういって、ぎゅっと抱きしめられる。どうやら湯たんぽの代わりらしい。


 確かに、夜になり部屋の中はそのまま寝るには少し肌寒いかもしれない。

 ラリカ嬢の体温を感じ、ぽかぽかと毛布の中が温められていくのが分かった。


 ――いつまでも、仕方の無いことを嘆いていては、笑われてしまうか。


 ラリカ嬢の温かさに、『今、自分の居る場所』を強く意識し、努めて後ろ向きな思考を切り替えた。


 ……なに、これはなかなかどうして、癖になりそうな心地よさだ。

 そんな、少し馬鹿げた思考で、思考を少しでも前向きに向ける。


 落ち着いて、暖かさに身を委ねると、良質の温泉に入っているかのように、こわばった体の緊張が解れていくのがわかる。熱に交じって、先程まであまり感じなかった、香りを感じた。


 ふんわりとした暖かな日の香りだ。


「ふにゅぁ」

 

 そう言って、ラリカ嬢の頬を軽く舐めた。


「くすぐったいです。駄目ですよ、くろみゃー」


 ……ああ。今日は本当にいろいろあった。


 ――懐かしの地元をめぐり、あまりにもあっけなく死を迎え。

 ――探し求めていた彼女に再会し、振られ。

 ――異世界に来て、魔法が使えるようになって、猫になって、女の子に拾われた。


 トラブルにはそれなりに慣れているという自負があったのだが……それでも今日はいささか疲れ過ぎた。

 

 今、同じ毛布を共にして感じる暖かさ。

 それは、そんな疲れに荒んだ精神に浸み渡り、癒される。



 そんな不思議な……どこか懐かしい暖かさだった。




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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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