第十九話「罠」
「これは……」
「――まーた、盛大っだね……」
祭壇が安置されている建物に向かって近づくにつれ、灯りが灯っているのが見えた。
フィックと共に駆け込み――二人そろって息を飲んだ。
建物中のあちこちが荒らされ、ひどい有様だったからだ。
並べられたベンチは爆発にでも巻き込まれたように、根元から壊れて崩れ重なっている。
瀟洒な飾りが施された柱も、魔法による攻撃を受けたのか一部が崩れて掛けてしまっている。
祭壇付近などは特にひどく、形を整えているものの方が少ないほどだ。
唯一、聖餐台に似た台座のみが、傷を負うことなく鎮座していた。
これだけの乱戦のなったらしい戦場で、今まで傷がないというのは、奇跡と言って良いだろう。
瞳の力を発動しながら周囲を見回すと、使われた魔力の残滓なのか、大量の金色の粒子が揺れ動いていた。
「これは……確実になにかあーたっすねぇ……」
「……二人は、どこだ」
フィックの腕の中から飛び降りた私は、周囲を警戒しながら祭壇へと近づいていく。
フィックも、私に続くように周りを見回しながら、ゆっくりとついてきた。
だが、祭壇の近くに寄っても、二人の姿は見つからない。
――もし、これだけの騒ぎを起こしながらこの建物から飛び出したとすれば、私達が気がつかないのはおかしい。
二人は、この建物内に居る可能性が高いと考えて良いだろう。
勿論、それは二人共が生きてこの建物から出た場合だが……
――駄目だ。そんな事を考えては。
必死で、最悪の想像が浮かびそうになるのを、振り払う。
「この中に、居るはずだ」
「そうだね……もし、この惨状が、二人が争った結果だとしたら、ここに居るはずだね。でも――どこに?」
この教会について詳しいはずのフィックも、二人がどこに居るのかが分からないようだ。
首をひねりながらも、真剣な表情をして、両肘を聖餐台について頭を抱えている。
その様子には、苦悩する心中が現れているように感じた。
――その手元に視線をやって、気がついた。
部屋の中に漂っている無数の粒子達が、フィックの手元、聖餐台の下へとゆっくりと流れ込んでいた。
――ラリカは、なぜか周りの魔力を吸収する体質だ。
「フィーッ! 聖餐台の下には何がある!? ラリカは、その下だ!」
「――ど、どうしたの? この建物には、なにも仕掛けはしてないはずだよッ!?」
私の言葉に、フィックは戸惑いながらも、自分の知識に基づいて答えを返す。
――フィックも知らない空間ということか……
「いいや、確かに、そこに何かある――どけッ!」
私は、フィックに叫ぶと、炸裂型の氷槍を起動する。
フィックが、少し離れるの確認すると、聖餐台に向かって氷槍を射出した。
氷槍が、唯一被害を免れていた聖餐台を直撃し、聖餐台はばらばらに――
――ならなかった。
「「――なッ!」」
変わらず、傷の一つも負わずに艶やかに光を反射する聖餐台が、そこにあった。
「――くっ!」
私が、第二射、第三射と氷槍を放っていくが、それらは表面ではじけるだけで、肝心の聖餐台には傷一つつけることが出来なかった。
「――クソ」
思わず、口汚い悪態を発してしまった。
ラリカが、ラリカがそこに居るはずなのに、いま、この瞬間にラリカが毒牙にかかっているかもしれないのに。
――最悪の展開が脳内を駆け巡り、思考が乱れて、動揺を受けて、魔方陣が揺らいだ。
「どいて。くろみゃーちゃん」
後ろから、静かな声が聞こえ――背筋が粟立だった。
決して、強い口調だったわけではない。
だが、その言葉に、生理的に恐怖を覚えたのだ。
まるで、捕食される存在が捕食する物の前に無防備に捧げられたようだった。
――フィック……?
近づいてくる、フィックの姿は先ほどまでとまったく変わらない。
だが、放つ威圧感、『圧力』が違った。
先ほどフィックの部屋で開いた得体の知れない箱、その無言の叫びを再び聞いた気がした。
だらだらと冷や汗を吹き出し始める私を横に、ふわりと、魔方陣が瞬間的に展開される。
フィックの体内で光る魔力が、勢いよくふくれあがった。
――ズルリ
這い出すように、フィックの影が自立的な動きを始める。
影は、そのまま聖餐台に近づいて――包み込む。
――祭壇が、その存在が無かったかのように消え去った。
先ほどまで、いくら私が魔法を打ち込んでも、傷一つつかなかったのに。
――その存在を、消滅させられていた。
そうして、消え去った聖餐台の下には、地下へと続いているらしき階段が口を開けている。
「――うん。やっぱり私の知らない道だ。これは、確かにただ事じゃ無いね。行こう。くろみゃーちゃん」
先ほどは、恐れる必要など無いと結論づけた、『化け物』という言葉。
それがにわかに実体を帯びて私の心を締め付けた。
***
聖餐台の下に隠されていた通路に入って、十分ほどがたっただろうか?
私は今――疲弊していた。
侵入者対策なのか、通路の中には多数の罠が仕掛けられていた。
その多くが魔法由来によるもの、私達の命を奪おうと容赦なく攻撃を仕掛けてきていた。
だが、私が疲弊しているのは、それが原因では無い。
さきほどから、罠が発動する度に、影を揺らめかせ、ナイフを煌めかせすべての罠を瞬く間に無力化していくフィックが原因だ。
その姿はまるで、慣れた獣道を鉈を使って切り開きながら進んでいく狩人のようだった。
罠が発動し、フィックがそれを振り払う度、彼女の放つ無形の圧力が増していく。
その圧力は実体的な粘度さえ感じさせ、今はまるで、密林の奥地で、粘度の高い泥に腰まで浸かっているように、私の四肢に絡みつきまとわりついてくる。
まとわりついてきた重みは、刃物が心臓に突きつけられているような原始的な恐怖を呼び起こす。
私は、冷や汗がたれ落ちてきて、動悸が激しくなっていくなか砕けそうになる足を叱咤しながら歩いていた。
「……ああ。ごめん。くろみゃーちゃん、しんどいよね」
だんだんと私の歩みが重くなっていることに気がついたのか、フィックがふっと雰囲気を和らげた。
ほっとして、四肢から軽く力が抜けた。
「あー……駄目だなー。ちょっと周りに気が回ってなかったよ。ごめんねー」
苦笑したフィックが、私を再び抱え上げた。
その気配は先ほどの剣呑なものではなく、普段の明るい女性のイメージ通りだ。
――やはり、この女性は油断ならん。
確実に普段の様子は『演じている』食わせ物だ。
私が少々やさぐれた気持ちで、失われた体力を取り戻すように荒く息をつくと、フィックは、私を落ち着かせるように、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。
そして――
――その瞬間、私は廊下の端に向かって思いっきり放り投げられた。
「――な、くっ……」
ぽーんと鞠が弾んだように放り投げられた私は、空中でなんとか体勢を整えようと藻掻いた。
『一体!なんのつもりだッ!」と、フィックに向かって非難がましい視線を空中で向けたとき、空中に金色の文字列が浮かび上がり、魔法が発動するのが見えた。
一瞬で魔方陣がフィックを中心とした地面を覆うように展開される。
地面になんとか四肢をつけることが出来た。
石畳に爪が引っかかり、がりがりとした感触が足の裏に伝わってくる。
どうやら、私をあの魔方陣の範囲から逃がそうと、フィックは私を放り投げたらしい。
「――フィーッ!」
「来るな――ッ!」
状況を理解した私が、慌ててフィックに駆け寄ろうとすると、フィックが鋭い声で私を制止した。
「来ちゃ……駄目だよ……くろみゃーちゃん。……はぁ。シェントさん、本当に凄いなぁ。こんなのもうずっと見てなかったのに……シェントさんのこと甘く見てたのかなぁ……」
フィックは、少し困ったように眉根を寄せると、そのままの表情で口元を綻ばせた。
――私の知識に無い術式だ。
フィックの言葉に少し冷静さを取り戻しながら、術式を見てみるが、私が雪華から受け継いだ知識には存在しないものだった。
「くろみゃーちゃん。ごめん。私、ちょーっと時間かかっちゃいそうなんだ。たぶん、これが最後の罠だと思うから、先にラリカちゃんのところに行ってもらえないかなぁ?」
「……大丈夫なのか?」
「うん。平気。大丈夫だよ。ちゃーんと、後から追いかけるから――だから」
「――分かった」
不敵な笑みを浮かべるフィックの言葉を信じて、私はフィックに背を向けると、全力で駆けだした。
ぐいと縮めた体を、引き延ばすように地面を蹴りながら進んでいく。
「行って……」
――後ろから聞こえるフィックの声を置き去りに、私は速度を上げて通路を駆け去るのだった。







