第十八話「消えた主人」
『傷ついても、歳をとっても死ぬことのない不死の存在』
目の前で笑う女性はそういった。
それを証明するように、確かに魔法を使うこともなく傷を治して見せた。
――不老不死
それは、科学の発展した地球においても様々な伝承に伝えられている。
時の権力者たちが夢想し、追い求めてきたものだ。
どうやら、この世界においてその特性は、実在するらしい。
彼女はこうも言った。
『血を吸った人も不老不死に変えてしまう』と。
まさしく、想像上の『吸血鬼』のように。
――勘弁してくれ。
一度の死を経験し、何が故かもう一度珍妙な形で新たな生を歩むことになった私はそう思うのだ。
死ぬ瞬間の恐怖、死ぬ瞬間の絶望、死ぬ瞬間の想いそれらはすべて確かに私の中に存在する。
きっと、それは生きる物が当然持つべき最後にしがみつく渇望なのだろう。
ならば、やはり不老不死の源など、争いの元凶にしかなり得ない。
それに、もし、そんな物が実在するなら、実在してしまうなら、リクリスの死はなんなのか。
――死にゆく者たちは何故死ななくてはならないのか。
そして、手前勝手な妄想ではあるが、同時に体に染み渡るような不安も覚えていた。
仮に不老不死というものが実在するのであれば、その精神性はどうなるのか。
永遠と、ただ終わりなく生き続ける。
そんなもの、人の精神が耐えられる物だろうか?
もし、そんなものいたとすれば、その精神性は人と言うには大きく変質しているのではないだろうか?
「――うん。だから、まあ、刻印の魔法も切っちゃった」
そうして、黙考する私を遮るように、フィックは言葉を続けた。
「……なに?」
軽い口調で告げられた言葉の意味が分からずに問い返すと、フィックは右手の人差し指と中指を揃えて、左肩をトントンと軽く叩いてみせた。
「だから、切っちゃった。腕ごとズバッって」
「な……に……?」
「いや……まあ、生えてくるからねーにょきにょきって」
今度は、フィックの言葉の意味を理解した上で、同じ言葉が出た。
――切った?
――何を?
――自分の腕をッ!?
「いっやー、まさか切った腕を処分しようと思って運んでるところを見られてると思ってなかったからさー焦っちゃったよー」
なんの話を――そう、疑問を浮かべたところで、先日の食事会での言葉を思い出した。
受付をしている女性職員が言っていたではないか。
『ほら、三日前の晩、私見ちゃったんですよ! フィックさんが大きな包みを抱えて厨房の方から出てくるの!』という言葉を。
まさか、その時彼女が見た包みの中身というのは――だめだ。これ以上このことを考えるのはやめておこう。
出来の悪いホラーのような光景を思い描き、自然とフィックの左腕に視線がいった。
「やー……やな想像させちゃったかなーごめんねー」
フィックが、私の視線を追いながら、苦笑を浮かべて自分の頭を掻いた。左腕で。
「とにかく、まあくろみゃーちゃんが犯人で無くて良かったよー」
そう言って、にこっとフィックが少し安堵したような笑みを浮かべた。
――少なくとも、彼女は同僚の死に義憤に駆られるような精神性は持っているのだ。
――彼女は、『異常』などではない。
きっと、その辺りにいる犯罪者の類いの方が恐ろしい。
――そう思い、うすら寒い違和感を無理矢理押さえ込んだ。
「……私が何者かは聞かないのか?」
何となく、自分だけ正体を明かさせてしまった事に申し訳なさからか、そんな言葉が口をついて出た。
「んー気にならないって言ったら嘘になるけど、……大丈夫。かな」
「どうしてだ」
「だってー誰だって言いたくないことはあるしーくろみゃーちゃんが、リクリスちゃんを殺した訳じゃなかったんだし、ラリカちゃんを襲うことも無いんでしょ? だったらーまあ、ちょーっとしゃべって、魔法が使えるミルマルって事で良いんじゃ無いかなーって」
「そうか」
「あ、もちろん、くろみゃーちゃんが、どーしても語りたいってんなら、聞いてあげない事もあったりなかったりあったりするけどー」
「……どっちなのだ」
「それは、くろみゃーちゃんのココ次第……だよっ!」
フィックが自分の心臓のあたりを指さしながら、にやりと笑う。
こちらの世界でも、心臓に心や気持ちが宿るという考え方があるらしい。
――相変わらず演技か本心か分かりづらいが、何となく、明るく笑うフィックの声に救われた気がした。
「それに……くろみゃーちゃんが犯人じゃないなら、確かめないといけない……から」
自分自身に言い聞かせるように、とても小さな声でフィックがつぶやいた言葉に、ざわりと胸がざわめいた。
***
「いやー今日はほんとごめんねー」
「――いや、私の方こそ疑ってすまなかった」
「いやーそれも、私がちゃーんと説明すれば良かったんだよ」
ラリカの部屋の前まで私を抱えて運んできたフィックが、謝罪の言葉を口にする。
――いや、勝手に思い込んで暴走したのは私なのだ。
だから、今回に限っては私の方が謝るのが正しいはずだ。
しかし、フィックはそのような心遣いを一切気にしないというように軽い調子で手を振りながら、笑っている。
不老不死というからには、彼女はおそらく見た目通りの年齢では無いのだろう。
――ならば、年長者の好意に甘えさせて貰うとするか。
苦笑しながら、私もしっぽを振って、フィックの言葉に応えた。
「それじゃーおやすみー……ラリカちゃんのフォロー、よろしくね」
「無論だ。……良い眠りを」
「あ、それから……」
「まだなにかあるのか?」
別れの挨拶を終えた後に、フィックが思い出したように言葉を続けた。
……決意を込めた真剣な返事をしたのに、少し間抜けでは無いか。
「その……シェントさんには気をつけて」
「……? ああ。分かった」
よく分からない忠告を受けた。
まさか、シェントがハイクミアの吸血鬼というわけでもあるまい。
事件の度に教会で無力さを嘆いているような人物が事件を起こすとも考えづらい。
内心首を傾げながらも、何となく収まりの悪い気分で、自室の中へと入っていく。
「今度こそ、おやすみー」
「ああ……ん?」
「どうしたの?」
――部屋の中に、なにか違和感を覚えた。
『人気が無い』と言えば良いのか、部屋の中の圧力というか、気配が違う気がしたのだ。
「ラリカ……?」
慌てて、奥の寝室につながる扉を開けて室内へと飛び込んでいく。
そして――
――そこに、ラリカの姿は無かった。
***
「くろみゃーちゃん……? くろみゃーちゃんっ!」
私が室内で呆然としていると、返事が無いことにしびれを切らしたらしいフィックが、寝室に向かって駆け込んできた。
「もー、一体。返事もしないでー?」
「――ラリカが、居ない」
「――ええっ!」
私の言葉が、一瞬理解できなかったのか、数瞬の沈黙の後、フィックが驚きの声を上げる。
慌てて、ベッドに駆け寄り、布団をひっくり返してベッドの中にラリカが居ないか確認している。
「――ホントだ! ――お手洗いとかじゃ……ないよね?」
「そうであってほしいものだがな――ッ!」
「――探そうッ! 早く!」
顔を見合わせると、フィックはこちらに向かって走り寄ってきて、私をつまみ上げ両手で抱え込むと、部屋の外に向かって走り出した。
どうか、事件ではありませんように――ッ!
心の中、この世界に来てから共に過ごした少女の無事を祈った。
***
「――くろみゃーちゃん、一度部屋に戻ろう!」
「――ッ」
私達は、建物内を探し回ったが、やはりラリカの姿はみつからなかった。
一通り見て回ったのを確認すると、フィックが叫ぶように私に提案した。
「入れ違いになってたらダメだからね。一旦、部屋に戻ってみよう? ひょっとしたら、部屋に戻ってきてるかもしれない」
「――分かった。急いで戻るぞ」
リクリスが戻ってこなかったときのような、ぼってりとした重い物体が体の中から圧力を加えてくるのを感じる。
確かに入れ違いになってしまうリスクはある。
――だが、悠長に戻っている間に探索を続けていれば……などと、あってはならない想像がよぎり、意識が横方向に引っ張られ、ぐるぐると視界が揺れている気がした。
くそ、思い詰めたラリカが、教会から外に出て行きでもしなければ、事件に巻き込まれる事はないとは思うが……どうか杞憂であってくれ……
教会の中……そういえば、先ほどフィックはシェントがどうのと言って居たが……
「フィー、さっき、『シェントに気をつけろ』と言っていたな。あれは、どういうことだ?」
「……この状況じゃ、言わないって訳にはいかないよね……」
フィックが、どこか言いづらい様子で、重々しく口を開く。
しかし、なかなか言葉が出てこないのか、言葉が出ないまま、ぱくぱくとフィックは口を動かして、か細い吐息を漏らした。
「……どうしたのだ?」
「――うん。大丈夫。ごめん」
私の気遣いに、悲しげな笑みを浮かべると、決心をしたようにフィックが再び口を開けた。
「私は――、シェントさんが『ハイクミアの吸血鬼』じゃ無いかって疑ってる」
フィックが、先ほど私が否定した考えを、口にした。
同僚を疑う罪悪感からか、唇を噛みしめている。
だが、その口調には、確かに確信が込められており軽はずみな推測ではないようだ。
「――どうして、そう、思う?」
「――ホントは、私だってこんなこと、信じたく無いんだ。でも、くろみゃーちゃんを疑う前、私はちょっとシェントさんの事、疑ってたんだ」
「なにか、理由があったのか?」
「……シェントさん、黒髪の女の子、好きなんだ」
「――そんな理由で?」
なにかよっぽど大した理由があるのかと思えば、フィックが口にした言葉は、あまりにも軽々しい内容で、そんな事でいちいち疑われていては、世の中の男性のほとんどが疑われてしまうだろう。
「うん。確かにそーだね。でも、ウチの子――アレネちゃんが、被害に遭う前、私、相談されてたんだ『シェントさんから、最近異常な視線で見られてる気がする』って。それに、今まで被害に遭った子達、調べてみるとみんな図書館を使ったことがあるんだ……そして、事件のあった時間、シェントさんは誰にも目撃されてない」
「……なんだと?」
女性が、男性からの視線を感じるというだけなら、『気のせい』もしくは『よくあること』で済ますことも出来るが、被害者に共通項があり、しかも『アリバイ』もないということか。
別に、推理小説よろしく犯人捜しをするつもりもないが、今、ラリカが居ない現状では、そんな情報でも無視することは出来ない。
「――だが、事件の度に神に無力を詫びるような人間が犯人とは……?」
「それ、なんのこと?」
フィックが、表情の抜け落ちた顔をして、私の方を見つめていた。
暗がりの中、月の光を反射して、フィックの瞳が怪しげに煌めいて見えた。
「ん――ああ、この前の事件の日だ。夜に、ラリカと祭壇のある部屋に行ってな。祈りを捧げていたシェントにあったのだ」
「その話、詳しく聞かせて――ッ!」
フィックが勢い込んで私を前後に振り回しながら問いかける。
なんだ――なにか、嫌な予感がする。
「なんでも、シェントは事件のあった日は、かならず教会で神に祈りを捧げているらしいな」
「他には、なんてっ!?」
「確か、ユルキファナミア様に赦しと教えを乞うていると、自分がしっかりしていればこんな事件が起こらずにすんだと言っていた……後は、ユルキファナミアにあったことがあると――」
そこまで、言ったところで、突然横方向に強い力で引っ張られ、視界が横にスライドしはじめた。
――フィックが、全力疾走と言ってもいい速度で走り出したのだ。
「シェントさんが――、ファナちゃんの高位の信徒が、事件を起こすとしたら、それは信仰によるものしかあり得ない――もし、シェントさんが、『それが正しいこと』と思ってたとしたら――ッ!」







