第十二話「こいつらみんな魔術馬鹿」
「い~や~、流石はラリカ=ヴェニシエス! まさか、このお店をご存じだったとは! お見それしました! もー、でもリクリスちゃんも、来たことあるなら『来たことある』って言ってくれたら良かったのにー!」
「ご、ごめんなさいっ!」
初日にも訪れた、『ルルム=モンティオ』の一室にて、フィックの賑やかな騒ぎ声が響いていた。
あの後、しばしの王都観光を続けた私達は、時間帯を見計らって待ち合わせ場所で会った噴水のある広場へと向かった。
噴水についたとき、教会組の参加者もちょうどやってきたところのようだった。
そのまま、くるくると表情を変えながら後ろ向きに歩くフィックに先導されて、夕暮れに染まる石畳を歩き始めたものの、フィックはその間も、どこのお店に行くのかというのは頑なに語らなかった。
途中、見たことのある路地を進み出した時点で、察したのだろう。
どこに行くのか問いかけるラリカに対して、フィックは口元を嬉しそうに歪めながら、『まー、お楽しみにしといてくださいって』となおも誤魔化すのだった。
その姿は『こんなお店も知っているなんて凄いでしょ』という雰囲気があふれており、ラリカとリクリスはひどく微妙な顔をしながら顔を見合わせていた。
自信満々に案内し、見せつけるように入口のパネルを操作して見せたにもかかわらず、ラリカもリクリスもそろって苦笑を浮かべているのを見て、ようやく二人がすでにこの店を知っていたことに気がついたようだ。
『あ、あーれー?』っと言いながら、どや顔でこちらを向きながら、紹介するように店内にむかって右手を突き出したまま、フィックは固まっていた。
――そんな彼女は、今は色の白い頬を膨らませ、『讃えながら文句を言う』という器用な真似をこなしている最中だ。
その奥で、コルス=アコはフィックの空回りに笑みを浮かべながらも、壁際に控える店員が気になるようで何度もちらちらと視線を向けている。
ああ、確か初日に私達を接待してくれた店員だな。
……なるほど。彼女がコルス=アコの懸想している相手か。随分とわかりやすいことだ。
先ほどから、給仕のために近寄ってくる度、顔を赤くしながら不自然に手伝おうとしてやんわりと制されている。
室内にいる教会の人間達は、コルス=アコの視線に気がついているようだ。
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、コルス=アコのことを眺めている。
コルス=アコの方も、皆の視線が気になるのか、時々我に返ったように咳払いをしながら表情を引き締め直しているあたり、随分と若さという物を感じさせてくれるでは無いか。
「もーほんとだよー……でもーそれでは気を取り直してー! シェントさん、音頭をどーぞっ!」
元気よく、フィックが始まりの音頭をシェントになげうった。
突然話を振られたシェントは、驚きは浮かべてはいるものの、落ち着いた様子で口を開いた。
「――ああ、その前に、彼女の分の杯は木製の物に取り替えていただけますか?」
自分の前に置かれた赤い液体の満たされた白銀色の杯を手に取り、中をのぞき込んだシェントが、気がついたように店員に奇妙な依頼をした。
「ああ……これはお気を使わせまして……」
珍しくフィックが申し訳なさそうな顔をしながら、シェントに礼を言う。
「構いません。フィーは本当に『いらない』ところで気を遣いますね」
「いやーたはは……場の空気を悪くするのもなーと思いまして」
「それで体調を崩す方が面倒ですよ。きちんと仕事さえしてくれれば良いんです」
「はーい」
勝手知ったる関係というのが伝わってくるような雰囲気で、二人がやり取りする間に、フィックの手元に木製の杯が届けられる。
フィックが杯に手を添えるのをみて、シェントは皆を見渡した。
「えー、では。あまり長い挨拶をすると、また話が長いと言われそうですから、手短に。みなさん。普段は、教務に加えて、図書館の運営と色々と負担を掛けていますね。今日は、仕事のことは忘れて楽しみましょう……無礼講、と言いたいところですが、本日はヴェニシエスもいらしています。くれぐれも羽目を外し過ぎないよう……あ、それから……」
「かんぱーいっ!」
「フィーッ!?」
「「「かんぱーい」」」
手短に済ますと言いつつ長話を始めそうな気配を察したのか、フィックがシェントの話を遮って乾杯の声をあげる。
シェントはようやく本題に入ろうとしていたところを遮られ、怒りというよりは焦ったようにフィックの名前を呼んだが、すでに遅し。
リクリスとコルス以外はだれも聞いていないようだ。
皆、それぞれ手元に持っていた杯を持って天高く突き上げ乾杯している。
ちゃっかりラリカも笑顔で皆に交じって乾杯しているあたり、この子はこの子で場の空気というのをよく読んでいるといえるだろう。
「――あ、ちなみにシェント=ビストはああ仰って居ましたが、今日は楽しく盛り上がっていきましょうね!」
「いぇーい!」
ラリカが、補足するように言うと、フィックが賛同の意を示した。
他の面々は、さすがにフィックのように遠慮しない接し方は無理なのだろう。
どこか戸惑った様子ではあったが、フィックの後に続いている。
シェントは、自らの危惧がすでに現実の物となろうとしていることに、いや、そもそもその対象自体が先立って右手を振り上げている姿をみて、頭痛を押さえるように頭に手を置いていた。
――なに。心配は分かるが、あまり気にしていては体が持たん。
こういうときは、問題になりそうなところだけしっかり防げばそれで良いのだ。
少し場の雰囲気に浮かされた頭で、シェントにそう心の中で忠告した。
***
「いや、それでコル坊のやつ、リクリスちゃんに向かって――」
「――ふふっ、本当ですかっ!?」
「そうなんですよ! コル坊ったら、そんなに慌てなくても――」
「二人とも、恐れ多くもヴェニシエスに――」
「コル坊、そんな堅いこと言うなって――」
乾杯からしばしの時間を置き、ラリカはすでに打ち解けたように、先日受付で出会った男女の二人組と、コルス達の輪に入り、楽しそうに騒ぎあっている。
どうも、目下コルスがいじられ役のようだ。
「本当にリクリスさんが来てくださって助かりました」
「最近王都も物騒だからねー。ここ一ヶ月くらいは事件が落ち着いていたとはいえ、もーハイクミアの子はみんな王都に居なくなっちゃったからー……はじめ、反対しちゃってごめんねー」
「そんなっ。私なんかでお手伝い、できてますか……?」
リクリスはリクリスで、シェント、フィックと魔法やハイクミアの仕事について話しているようだ。
両手でなにか入っているらしいカップを持って、時折頷いたり反応を返している。
感謝の言葉を上司二人から送られた時は、些か恐れ入った様子ではあったが、やはり自分の能力を褒めて貰うのは満更ではないようで、照れて笑っている。
私はそんな二人を見て、少し安心しながら、先ほどから目の前に運ばれてくる自分用の食事をちびちびと食べている。
――しかし、この野菜を使ったテリーヌみたいなの。美味しいな。
***
「そーいえば、くろみゃーちゃんはいつからラリカ=ヴェニシエスと一緒なんですかー?」
どうやら私のことが話題に上ったようだ。ぴくりと耳を動かしながら、聞き耳を立てる。
――くっ、もし、話すことができたならば、ラリカと私の劇的な出会いについて語ってみせるというのに――ッ!
――そう、あれはどれほど前の事だったか……雨の降りしきる――
「――そうですね……実はそんなに長い付き合いでは無いのです」
――えっ!?
ラリカの言葉に、耳を澄ませながらも素知らぬ顔で続けていた食事を止めてしまった。
驚いて、顔を上げてラリカの方に目線を向けるが、ラリカは何でも無いことのように笑っている。
逆に、問いかけたフィックの方が意外そうな表情を浮かべているほどだ。
「ええっ! そうなのっ!? その割には、随分なついちゃってますねー!」
「まだ――ほんの一月程度ですよ」
「一月ねぇ……」
万感籠もったように、少し言葉を詰まらせて言ったラリカの言葉を聞いて、フィックがすっと品定めをするように私に向ける視線を細めた。
――そんなことはどうでも良い。
一月……?
一月……だとぉっ!?
ちょっと待って、これは、少し落ち着いて考えなくてはならないだろう。
たしか……ラリカと出会ったのが、確かゴールデンウィークのはじめで……
それから、はじめ数日間はずっと家で留守番だったから、ミギュルスと戦ったのが一週間ほど経ってからだったはずだ。
それから二週間くらいで――
……なるほど! 確かに一月経っていない……
そうか……となると、ほんの一月前までは大学で授業を受けていたのか……
この一月で私も随分とこの世界に馴染んだ物だ。
若干、猫――ミルマルであることに馴染みすぎた気がしないでもない。
まあそれなりに不便なことも多いが、これはこれで快適なのだ。
毛繕いは面倒だし、物を掴めないのは不便だが、食事を摂ることだってきちん出来るし、今の主人はペットを虐めるような人間でも無い。
逆に、『魔法』という今まで馴染みの無かった物が使える事が出来るようになった分、結果的に出来ることも増えたのだから、プラマイゼロ。いや、プラスと言っても良いだろう。
まあ、少々コミュニケーションに難はあるが、それも人前でだけ気をつけておけば良い話だ。
まあまあ、良いじゃ無いか。ミルマル。
私が、新たな生について、現状の幸福さを噛みしめている間に、ラリカは私との馴れ初めを皆に語り聞かせているようだ。
魔法についての話や、私が話せるということは隠しているから、本来の出会ってからの出来事に比べると、いささか味気ないように感じる。
でも、そんなことは皆に語るラリカを見ているとどうでも良くなった。
だって、『この子と出会って、少し良いことがあったのです。だから、この子は私の大事なパートナーなのですよ』と言うラリカが、柔らかく口元を緩ませていたからだ。
何となく、その口元が、『僅か』一ヶ月の間に出来た絆を保証してくれている気がして、じんとどことも言えず熱くなった気がした。
「リベスの町がミギュルスに襲われたというお話は聞いていましたが、町単体で退けるとはやはり流石はリベスと言ったところですね」
「あー、シェントさんってば、ラリカ=ヴェニシエスが王都に来た理由、知らなかったんですねー」
「――理由?」
しみじみと感慨深い様子でシェントが纏めるのを聞いて、フィックが笑みを押し殺しながら、『おっくれてるー』とでも言いたげに返した。
シェントは、ラリカが王都へとやってきた理由があることを知らなかったのだろう。不思議そうな顔をしながら、フィックに聞き返した。
「ミギュルスを倒すために、ラリカ=ヴェニシエスは神器を使ったんですけどー、今回の功績をたたえて、陛下から代わりに王家所蔵の神器が一降り下賜されることになったんですよー」
「神器を……ですか?」
言葉の真偽を確かめるように、シェントはラリカに視線を向けた。
ラリカは、フィックの耳の良さに苦笑を浮かべながらも、シェントに向かって無言で肯定の頷きを返す。
シェントは、どこからか降って湧いたと認識していたラリカの王都滞在の理由を知ったからだろうか? 随分と驚いた様子で口を開けている。
そんなシェントを見て、可笑しそうにフィックは笑うと、殊更に声を落として話を続けた。
「いやーそれが、またひどい話でして。実は、その神器の下賜が無くなるかもしれないそうですよー?」
「――ええっ!?」
「ちょっと待ってください! フィック=リス! それは一体どういうことですかっ!?」
フィックの言葉に、リクリスとラリカが慌てた声を発した。
特に、ラリカは目を見開いて真剣に驚愕している。
いや、正直私も内心、初めてもたらされた情報に驚愕している。
「……え? あ、あれ? ひょっとして、ヴェニシエスもこの話ご存じ無かった感じですか……?」
「そんな話、今初めて聞きましたよッ!? 確かに、いつ連絡が来るのかとは思っていましたが……ッ!」
とぼけた様子で、一筋汗を垂らしながらフィックがごまかすように首をかしげた。
「フィー……貴女……今度は一体どこでそんな話を仕入れてきたのですか……」
「いやー、宮仕えの知り合いがこの間、愚痴ってまして……」
「一体どうして、神器の受け渡しが保留なんて話になったんですか?」
「いやーそれが、どうも、宝物庫に盗人が入ったみたいですよー? 下賜予定だった『華の杖』を含む神器が何本か行方不明になっちゃったそうで……」
「神器が盗まれたというのですか!?」
「……なんということだ」
フィックの言葉に、室内の全員が言葉を失った。
ミギュルス討伐の際、ラリカが神杖を起動した時にもたらした破壊は記憶に新しい。
それだけ威力を持つ神器……いや、兵器だ。
それが、行方不明とは……
いくらなんでも管理不行き届きと言わざる終えない。
「だから、今王宮は犯人捜しでてんやわんやですねー。どこのどいつが犯人だーって」
「……確かにそんな不祥事、公には出来ませんね……」
「しかし、あってはならない事件です……」
「とにかく、そんなこんなでヴェニシエスに神器を回す余裕が今の王宮には無いって訳です」
フィックが、訳知り顔で胸を張りつつそう締めた。
「……正直、神器の継承にはそれほど思い入れはありませんでしたが、穏やかで無い話を聞いてしまいました」
ラリカが、『聞か猿』のように両方の耳を両手で押さえながら、げっそりと疲れた顔で頭を抱えた。
どうやら、面倒な事態になりそうな予感がひしひしとしている。
下手をすれば、国の威信にも関わりそうな話に、どこか非現実的な感覚にとらわれる。
「一体何の目的でそんな怒られそうなことするんでしょう……?」
リクリスが、話の大きさにあまりついてこれていない様子で、首をかしげている。
ひょっとすると、神器の威力自体を見たことがないから私達以上に実感が湧かないのかもしれない。
ラリカの手加減した神炎を見たときの反応を考えると、案外そう外れては居ないのではないだろうか?
「まあ、『武器』として、これ以上のものはありませんからね……強力な武器を欲しがる人間の企みなんて碌な物ではなさそうですが」
「あー、でもー。『武器』としてで無くても欲しがる人は一杯居ると思いますよー?」
心底嫌そうな顔をしながら、首を振ると、フィックが思い出したようにラリカに告げる。
ラリカも、納得したように頷いた。
「ああ、美術品として、とかステータスとしてという事ですか……」
「それだけじゃなくって、『研究対象』として欲しがる人も大勢居ると思うんですよ」
「研究対象?」
意外な返答だったのだろう。ラリカがオウム返しに聞き返した。
「ええ。フィーの言う通りです。ヴェニシエスはご自身が神器をお持ちですから、分かりづらいかもしれませんが……本心を言えば、私達も一度で良いから神器は研究してみたいものです」
視線をラリカの持っている杖に向けながら、シェントはフィックを補足するように、照れくさそうに本心を吐露した。
ラリカも自身の杖の先に埋め込まれた赤い宝珠を見つめる。
「『神器は最良の媒体である』って言いますもんねー」
「ヴェル=ヴェネラ……ですねっ!」
「リクリスちゃん、正解!」
「ああ……なるほど。術式を書き込める量ですか……」
フィックとリクリスのやり取りにようやく得心が行ったらしいラリカが、つぶやいた。
我が意を得たりという風に、部屋の中にいた面々が皆頷く。
「その通りです。既存の魔道具とはまったく違う規模の魔道具が作れるとの噂もありますから……」
「俺、思うんっすけど、あれって質的な差異よりも量的な差異が大きいんじゃないかって思うんすよー?」
「でも、シャルシャルテの研究で神器には明確な質的差異が見受けられるって出てたじゃない?」
「いや、でもあの研究って、神器を実際に入手して調べたわけじゃないじゃないっすか? セレガを大量に集めて起動したときの研究だし」
「確かに、アルトくんの言うとーりだね。あの研究はあくまで並列起動に関する研究だから、実はあんまり確からしくないんだよねー。因みに、私は神器は質が違うって意見かなー。なぜなら、私は神器を見たことがあるからさっ!」
「――マジっすか!?」
「いやーこれは数少ない特権だよねー」
「フィー、貴女それは本当ですか……どうして今まで言わないのです!?」
「そんなー、言う機会が無かったんですよー」
「それでも、先日の――」
「あ、俺、ヴェニシエスにお会いできたら一度聞いてみようと――」
「私も――」
今まで会話を遠巻きに聞いていた者たちも、何人かが口々に持論を展開し始めた。
その姿を見て、――ああ、なるほど。と思った。
――なるほど。
これなら、リクリスやラリカが打ち解けられるはずだ。
――こいつらみんな研究馬鹿だ。
***
「――そういえば! フィックさん! 盗みで思い出しましたよ! この間、また厨房からなにか持っていってましたよね!?」
「ええっ、な、なんの事かな!?」
ひとしきりそれぞれが神器に関する思うさまを話し尽くした頃、受付の女性がフィックをからかうように、大げさな声を上げた。
なにやら盗みの疑惑を向けられたフィックはびくりと肩をふるわせると、私とラリカの方を見た後、シェントをちらちらと伺っている。
どうやら、シェントの機嫌を伺っているらしい。
――その様子を見るに、おそらくこれは黒なのだろう。
「ほら、三日前の晩、私見ちゃいましたよ! フィックさんが大きな包みを抱えて厨房の方から出てくるのっ! あの大きさは絶対肉の塊か何か包んでたと思うんですよね! ほんの少し血の臭いもしてましたし……どうです?」
両手を四十センチくらいの幅に広げた女性が、フィックをさらに問い詰めていた。
三日前と言えば、吸血鬼事件のあった夜だ。
どうやら、私たちがシェントと話している間に、フィックはのんきにベーコンか何かでも盗み出していたらしい。
「――あ! あ、ははは……」
フィックは、指摘された事に思い至ったのだろう。一度大きく納得の声を出すと、声を上げたことをごまかすように笑いを浮かべた。
「――フィー、貴女はあんな大変な時に何をしていたのです!」
吸血鬼事件の最中、不謹慎な行動を取っていたという報告に、怒気をあらわにしたシェントがフィックの事をしかりつける。
「出来心だったんですー! ごめんなさいー! ちゃーんと、あの後補充もしましたからー!」
フィックは先日図書館でシェントに怒られたときのように、雷様から隠すように、両手で頭を覆うと、泣き言を漏らす。
「まったくもう……貴女という人は……」
そのあんまりな情けない姿に、シェントのほうも怒る気力がそがれたようだ。
ふうとため息をつくとあきれたように肩を落とした。
「でもでも、そんな大変な事があったってしらなかったんですってばー!」
「確かに貴女はあの日もどこかに消えて、いくら探しても見つかりませんでしたね……」
「そーなんですよ! 野暮用済ませて帰ってみたら、なんだかみんな雰囲気暗いし、ちょっとなにか元気づけようと思ってー。で、翌朝改めて聞いてみたら、ヴェニシエスが吸血鬼に襲われたって言うしー……あーでも、流石ヴェニシエスですよねーとっさに『刻印』魔法を相手の左腕にぶつけるなんてー。きっと犯人は今頃どうやって隠そうか必死ですよー?」
フィックが話題をすり替えるようにラリカに賛辞を送る。
私の事を教えるわけにはいかないから、兵士には刻印をぶつけたのはラリカということにしている。
ラリカのヴェニシエスという立場もあり、皆疑うことなく信じてくれた。
今頃、刻印の魔法を記された者が居ないか探し回っているはずだ。
「こら、貴女はそうやってまた話を逸らそうとして!」
「――ば、ばれました?」
「フィーッ!」
話題を逸らそうとしている事を察したシェントが、フィックに向かって再び眉を吊り上げた。
フィックは助けを求めるように、話題を切り出した女性の方を向くが、女性はつっと視線を横にずらして目を背ける。
フィックが、見捨てられた子犬のように瞳を潤ませ、絶望を浮かべた。
そんな様子をみて、ラリカは少し強張りかけた顔をほぐすように一度撫でて、息を大きく吐き出すと、ころころとかわいらしい笑い声を上げ始めた。
――うん。大丈夫。
――ラリカ、君は良い子だ。
あの夜の事を思い出して、主人が気を落としては居ないかと思ったが、ちゃんとその両足を地面につけて現実を受け止めているらしい。
私も安堵の息を一つつき、賑々しい室内を再びぐるりと眺めた――







