第十一話「王都観光②」
「ラリカさんっ! その……本当に良かったん……ですか? 指輪、偽物だったんですよね?」
小走りに追いついてきたリクリスが、前を歩くラリカを見つめ、不思議そうに問いかけた。
ラリカは、ふふんと上機嫌な様子でリクリスを振り返った。
軽やかな歩みにあわせて、肩に乗っている私の視界も上下に緩く揺れている。
「――いえ、リクリス。貴女は良いお店を見つけてくれました。これ、リュージュの樹液ですよ」
「――リュージュですかっ!?」
「ええ」
リクリスが、ラリカの言葉に語尾を裏返させながら目を丸くした。
なにやら、また私の知らないこの世界の常識という奴らしい。
「その、リュージュとやらはなんなのだ?」
「ああ、くろみゃーは知りませんか。リュージュというのは、とても永い時間を掛けてゆっくりと大きく成長する樹木なのですが、その樹液には魔力を使って傷を治す薬効があって、高級な治療薬に使われるのですよ」
「アルヴェルヒデム様の治療にも使われたんですよね?」
ラリカの言葉を聞いて、両手を胸の前でぐーにしながら即座に反応するリクリスを見ると、かつて日本で学生をしていた頃の、熱心な生徒と教師を見ているようだ。
「ええ。よく知っていますね。……そうですね。他には、お香として使われることもありますよ。あまり大量に使うと、ひどい臭いがするのですが、少量だけだと凄く良い香りなのです。ですから、昔から高価なお香としても使われていますね……ただまあ、軟膏にしたときの香りは最悪と言っても良いですが……」
「そんなにひどいんですか? でも、今はほとんど採れなくなったって聞きますけど……」
「そうなのですッ! リュージュの木は、樹液を採るために傷をつけたりすると、すぐに枯れてしまうので、自然に滲み出てきた樹液を採取するしかないのです。それでもそのときだけでも樹液を採ってしまおうと傷つける人が絶えず、数がどんどん減っていき、今では限られた場所で保護されている状況というわけです!」
リクリスの疑問に対して、ラリカは珍しく憤慨した様子で右手を振り上げながら『よく言ってくれた』とばかりに熱を入れて力説している。
どうやら、身勝手な理由で貴重な素材の数が減っていくことに色々と思うところがあったようだ。
「ただ、極希にですが、新たな群生地が見つかって、そのときには周辺に小さな石のように樹液の粒が落ちていることがあるのです。おそらく、あの方はその群生地を見つけたのでしょう」
「だったら、その場所を保護しないといけないんじゃ……」
「その通りです。ですから、貴族や王族とも取引のある、ソトスさんのお店を紹介したのです。そういう国家の根幹に関わる物資を確保しておくのも、大切なお仕事ですからね。教会でも保護はしていますが、やはり『商人のことは商人で』です」
「そうなんだ……」
何かの引用なのだろうか、『商人のことは商人で』と強調しながらラリカはふぅっと大きく息を吐き出した。
どうやら、少しは言いたいことを言って満足したようだ。
「――ですが、本当に今回は運が良かったです。見事なお手柄ですよ。リクリス。これは山分けにしましょう」
「そんなッ! 山分けなんて! 私何も出来てないですし、ただ、その……指輪が気になっただけで……」
改まった様子でラリカがリクリスを褒めると、リクリスは慌てて首を横に振る。
「ですが、リクリスがお店で立ち止まらなかったら、見つける事は無かったのですから」
「いえいえそんな……そんな事で私が半分ももらったらおかしいです」
「私の気が済まないのですよ。ここで貴女にも渡しておいた方が、私の方がすっきりするのです」
「でも……そんな……」
眉をハの字にしながら、困った声を出すリクリスの気持ちはよく分かる。
勿論、友人の前で、自分だけが儲けを得るのが気まずいというラリカの気持ちも分かるが、特に何をしたわけでもないのに、山分けされるのが迷惑というのも非常に分かる。
ここで、『ありがたく』と受け取れるような面の皮の厚い性格なら、そもそもラリカと友人になっていないだろうし、こんな不憫な雰囲気をまとってはいないだろう。
だが、しかし、このままでは話は平行線いつまで経っても進まない。
こういうときは、第三者が線引きしてやれば、案外順調に話は進む物だ。
さて、問題はどこを落としどころにするかだが……
「では、例の指輪をリクリスに渡してはどうだ? 気になっていたのだろう?」
「……え?」
私が、落としどころとして妥当と思われるところを提示すると、リクリスが、遠慮をしながらも少し期待を込めたような声を漏らした。
……まったく、どうやらよほどこの指輪が欲しかったらしい。
「……こんな安物の指輪ではまったく釣り合いが取れませんよ?」
「だが……ラリカ。結果的に支払った二十万カルロというのは、それなりに大金なのだろう? 大金を支払ったのだ。そう考えれば、それなりに釣り合いは取れているのではないか?」
だが、ラリカとしてはいささかばかり納得のいかないところらしい。
不満げ……というより、少し困った風に反論してきた。
おそらく、おもちゃに分類されるような偽物の指輪を代わりとすることに抵抗があるのだろうとあたりをつけた私は、ラリカの説得にかかる。
結果的に支払った金額が物の価値になるのだから、間違ってはいないはずだ。
「いいえ。勿論それも含めても、まったく釣り合いは取れていませんよ?」
「……そうなんですか?」
だが、それに対して帰ってきた言葉は、予想外の物だった。
曰く、支払った金額ベースで考えても利益の方が大きい。そういうことだろう。
その言葉は、リクリスにとっても意外だったのか、目を丸くしながら、ラリカに向かって首を傾げている。
「ええ」
「……その……リュージュの樹液って、いくらぐらいするんですか?」
恐る恐るとリクリスが問いかけると、『ああ……』っと顎に右手の人差し指を当てて、何かを思い出すように中空に視線を彷徨わせたラリカが答える。
「そうですね……ソトスさんのところに持ち込んでみないとなんとも言えませんが、大体、一クルスで二千カルロ~四千五百カルロくらいですかね」
「……その袋、一千クルスくらいありますよね……?」
「ええ。ですから、半分こにすると五百カルロくらいですね。いえ、こういう、地味なお金儲けは、凄く得した気分になって良いものですね。最近、結構大量に使ったところなので、換金しなくても嬉しい収穫というやつです」
「地味……」
ラリカの『地味』という言葉に、なにやらショックを受けたらしいリクリスが、死んだ魚のような目をしている。
そのまま内心の葛藤を表すように、頭を右に左にひねっているリクリスを横目に眺めながら、私は物思いにふけっていた。
『最近大量に使った』というが、一体何に使ったのだろうか……
いや、待てよ?
魔力を使う……薬?
最近どこかで聞いた気がする。なんだ……?
――『貴方、魔力が空っ欠ではありませんか』
――そうか、アリンがラリカをかばっていたとき、確かそんな悪態をついていた。
あれは、このリュージュの樹液を使った薬だったらしい。
なかなか高価な薬を惜しげも無く使った物だな。
あのとき、遠慮なしにアリンに向かって筒の中身をぶちまけていたラリカの姿を思い出し、存外あのときのラリカは平静を失っていたのかもしれないと改めて実感した。
「あの……ラリカさん……もし、ラリカさんが本当に良いなら、指輪だけ、頂いても構いませんか?」
だんだんと、どんな顔だったのか思い出せなくなってきている重傷だった青年の顔を必死に思い出していると、一大決心を決めたらしきリクリスが、ラリカにおねだりをした。
「本当に指輪だけで良いのですか……?」
「はい。……その、本当に大丈夫です」
指輪だけしか渡さなくて良いのかと聞くラリカに対して、逆に、『本当に貰っちゃっても良いんですか?』と悩んでいるようにリクリスが口元を引き攣らせている。
「分かりました。では、この指輪はリクリスの物です」
はいっと少し腰をかがめたラリカが、リクリスに向かって指輪をそっと差し出すと、リクリスはラリカよりもさらに小さい手を差し出して、その指輪を大切なもののように、ぎゅっと受け取った。
「――ありがとうございますッ! ……指輪だぁ……本物のアクセサリーだぁ……しかも、ラリカさんから貰っちゃった……」
後半の興奮を隠しきれず震えている言葉は、絶対にラリカには聞こえないほどの小声だった。
ただ、頬をサーモンピンクに染めながら両手で指輪をつまんで捧げ持っている姿は、どうしようもなくはしゃいでいて、その姿をばっちり目撃したラリカはくすくすと笑うのだった。
そんな姿が見られていたことにリクリスが気づくのは、しばらく後になりそうだ。







