第二十二話「吸血鬼と被害者」
「――ッ! そこで何をしているのですかッ!」
人影を認識するや否いなや、ラリカは即座に背に背負っていた杖を両手で構え、なにがあっても対応できるよう腰を落とした戦闘態勢に入った。
――これはもしや、例のハイクミアの吸血鬼なる輩なのではないか……?
だとするなら、随分巡り合わせの悪い話だ。
「――くっ……」
フードの人物は、ラリカを認めるとすぐさま路地の奥に向かって駆け出した。
慌ててラリカは倒れ伏している少女の元へと駆け寄っていく。
逃げるフードの人影は見る間にも遠く離れていく。
このままでは、すぐに見失ってしまうだろう。
「くろみゃー! 追ってくださいッ! 可能なら捕縛! 無理なら『刻印』! 行けますかッ!」
ラリカが、少女を抱え上げながら叫ぶ。どうやら、倒れた少女の手当てをするらしい。
逃走する輩の追跡は私の仕事のようだ。
「――承知したッ! 気を付けるのだぞ!」
主人からのオーダーに応えるために私はラリカの肩から飛び降りると、薄暗い路地裏を疾走する。
全く、緊急事態とはいえ、捕縛か無理なら『刻印』とは人使いならぬミルマル使いの荒い主人だ。
私が刻印の魔法を使えなかったとすればどうするつもりだったのやら。
刻印というのは、対象となった相手の一部に印を残すための魔法だ。
自分の所有物に対してかけることが多いが、今回のように正体不明の輩を後から特定するために使われることもある。
コンビニでよく置かれているカラーボールのような扱いだ。
――主人の期待には応えなくてはな。
逃走する犯人らしき人影は、路地の突き当りを左に曲がろうとしている。
ちょうど魔法の射程には入っている。仕掛けるとするか。
「――やれやれ、まずは捕縛……か」
瞳の力を開放し、鋼縛の魔法を対象に向かって発動する。
世界を構成する金色の粒子が乱舞する視界の中、魔法陣が、夜の暗がりを一瞬照らし出した。
一瞬昼間のように照らされたことでわずかにフードの端から金髪が見えた。
光に反応し、驚愕したように一瞬フードの人物が足を止める。
アリンの鋼縛を参考に生み出された無数の糸が、フードの人物を締め上げようと降りかかった。
――捕らえた。
そう思った瞬間、その人物は腰から大ぶりなダガーナイフを抜き放つと、降りかかってきた糸をナイフで切ってのけた。
なにぃ!?
糸状になった無数の鋼縛をナイフ一本で切り抜けて見せた。
どうやら、ひも状の物体を発生させる通常の鋼縛に比べ、一本当たりの強度は弱いところを見抜かれたらしい。
しかし、それにしても一本一本がかなりの強度があるはずだが、たやすく断ち切るとはあのナイフ、かなりの業物と見受けられる。
だが、これで終わるわけにはいかない。
断ち切られ、寸断された糸を操作しなおし、ナイフを振るう手元だけでも動きを止めようとする。
しかし、それも対象が手を前に向けると、瞬く間に発動した魔法によって吹き飛ばされた。
――今のは風槌か……?
恐らく中級魔法の一種である風の塊をぶつける魔法だと思われるが、術式にアレンジが加えられて魔力の消費が恐ろしく少なくなっている。
相手は魔法使い。それは確実だ。それもかなりの手練れのようだ。
こうなってくると、ラリカを現場に置いてきたのは正解だった。
未だ神炎以外の魔法が使えないあの子をここに連れてきていたら、どんな危険な目に遭うかわかったものではない。
相手は完全に足を止め、ナイフを構えてこちらと対峙している。
どうやら、完全に私が魔法を使うという認識の下、警戒されてしまったらしい。
――これは、捕縛は少々難しいかもしれんぞご主人。
未だハイクミアの吸血鬼であるとは限らない現状で、まさか倒すつもりで魔法を使うわけにもいくまい。
いや、それよりなにより、これほど建物が隣接しているただ中で大規模な魔法戦を繰り広げては、どんな被害が出たものかわかったものではない。
相手も、私の力量を図りかねているのだろう。こちらの出方をうかがうように、微動だにせずその場に立ち止まっている。
まるで、少しの間時間が止まったような錯覚に陥るが、絶えず全身を撫でる風が、時間の流れを教えてくれる。
――と、ミルマルとしての優れた聴覚に風切り音が聞こえた。
目の前でナイフを構えていた対象が飛び退ると、先ほどまで相手が立っていたところに一本のナイフが突き立っていた。
随分と変わった形をしたナイフだ。磨き抜かれた刀身が流線型を描いている。
「エクザッ!」
先ほど、嫌というほど聞いた声が後ろから聞こえてきた。
そのまま後ろから大柄な人影が、私を飛び越して視界の中へと飛び込んできた。
先ほど店の中で対峙していた大男ことランデルだ。
右手には、ナイフ同様独特の形をした大型の剣を構えている。
そのままの勢いに任せるように、フードの人物に向かって切りかかった。
フードの人物は、ランデルの剣に合わせるように、ナイフを添え衝撃を受けると、そのままの勢いで後ろに向かって飛び上がった。
負けじとランデルも地面を強く蹴り、踏み込みながら突きを放つ。
フードの人物は、円を描くように突きを避よけると、ランデルの側面へと回り込んだ。
――今度こそ、貰ったッ!
フードの人物が、ランデルに気を取られている隙に、私は瞬間的に刻印の魔法を発動させる。
ランデルは、魔法陣の光に気が付いたようだが、ちょうど私が死角に入っているため、私が発動した魔法だとはわからなかったようだ。
フードの人物の魔法だと思ったのだろう。
ランデルも即座に攻撃用の雷槍を発動させ、フードの人物に向かって攻撃魔法を放った。
結果的それが功を奏した。フードの人物に対して二方向から同時に攻撃を放つ形になったのだ。
瞬間的に展開された二つの魔法には対応できなかったのだろう。
フードの人物は、正面から向かってくる雷槍は土壁の魔法を使って防いだが、私の放った刻印の魔法を防ぐのは間に合わなかったらしい。
体をひねって避けようとしたらしいが、左腕の部分に刻印の魔法が命中した。
刻印の魔法自体には攻撃力はないため、フードの人物は反射的に左腕を抑えながらも、雷槍を放った後のランデルをすり抜けるように路地の奥に向かって走り去ってゆく。
ランデルも、後を追うように勢いよく駆け出すが、しばらく走ったところで、何かに躓つまづいたかのように突然がくりと体が傾かしいだ。
慌ててランデルは体勢を立て直すが、その間にフードの人物は路地を曲がり闇の中へと消えてしまった。
「……」
ランデルは、忌々し気に自らの膝を見つめている。
そうか……先ほどラリカが、ランデルは足に怪我をして引退したといっていた。
先ほどの不自然な体勢の崩れ方はそれが原因だったのか。
「エクザ……行き……ましょう」
ランデルが私に向かって手を伸ばしてくる。
だが、そんな足を悪くした人間の世話になるほど落ちぶれてはいないつもりだ。
私は、ランデルを先導するようにラリカの下に戻るため歩き出した。
万が一周囲に残党がいてはラリカが危険だ。
「……はぁ」
後ろから、どこか残念そうなため息が聞こえた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
……ひょっとすると、私は返って申し訳ないことをしたかもしれない。
***
「くろみゃー! ランデルさん! 大丈夫でしたかっ!?」
私達がラリカの下に戻ると、心配そうな顔をしたラリカが出迎えてくれた。
「くろみゃー。さっきは咄嗟に追いかけるように言いましたが、お前に何かあったらと思うと心配で心配で……そうしたら、ちょうどランデルさんが駆けつけてくださって」
どうやら、咄嗟に私に不審な人影を追いかけるように指示したは良いが、そのあと心配になったらしい。
しかし、ランデルも随分と良いタイミングで駆けつけてくれたものだ。
「ラリカ=ヴェニシエスの叫ぶ声が聞こえました……ので……」
「ありがとうございます。ランデルさん」
そういって、ラリカは人差し指と中指をそろえて上から下に振り下ろす独特の礼を返した。
ランデルも同様の仕草を返す。
「そちらの……子は」
ラリカのそばで寝かされている黒髪の少女を見つめながら、ランデルが問いかけた。
ちょうど寝かされている少女の年の頃は、ラリカやリクリスと同じくらいだろうか。
ラリカはランデルの言葉に、その表情をさっと曇らせる。
――その様子から、応える前に結果が分かってしまった。
「……私が、駆けつけたときには、もう」
首を振りながら、ラリカがそう告げた。
薄暗い路地裏に重苦しい沈黙が流れた。
大通りから聞こえる喧騒が、厚い壁を隔てたように遠のいた気がする。
「――この子は」
ラリカが、苦しそうな声で話を続ける。
「――この子は、ハイクミア教徒です。そして、全身の血が抜かれています。恐らく間違いないでしょう――『ハイクミア教徒の吸血鬼』です」
幼気おさなげな少女の遺体を前にして、その言葉はどこまでも恐ろしい響きを持っていた。
これにて、第2部完結です。
第3部は1月更新開始予定です。







