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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第二章「ラリカ=ヴェニシエスは立ち上がる(上)」
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第二十話「図書館見学案内 二」

外からの光が一切入ってこない廊下を、壁の照明だけを頼りに進んで行く。


 ミルマルとなったこの身には問題のないことだが、照明が消えてしまったら、普通の人間なら壁にでもぶつかってしまいそうなほどに薄暗い。


 シェントは私たちをその場で待機させ、突き当りの壁面に向かってつかつかと歩いて行った。

 壁面の前に立つと、シェントは右手を壁にぺたりとあてると口を開いた。


「むぐぅふ、いる、さるヴぁ……ぁす」


 厳かな様子で、ブツブツと小声で何事かをつぶやいている。


「神を知るとは、孤独を知ることである……」


 ラリカが思わずといった風にぽつりとつぶやいた。


「さ、さすがですっ! ラリカさん、あんな古い言葉までわかるんですかっ!?」


 リクリスが驚いた声をあげ、フィックも意外なものを見たように口を開けている。


「ええ。あれくらいなら。でも、そういうということは、リクリスも意味が分かったのではありませんか?」


「ごめんなさい。わ、私は『神』っていう単語だけ聞き取れたくらいです」


「そうですか。まあ、こんなもの知っていたところで、使う機会なんてまずありませんから」


 どうやら、先ほどシェントがつぶやいた言葉はずいぶんと古い言葉のようだ。

 翻訳魔法でもうまく翻訳されなかったようだ。


 万能のように思っていたこの魔法だが、どうやら限界というものがあるらしい。

 ままならないものだ。

 シェントが呪文のような言葉を唱え終えると、手を当てていた壁が動き出した。


 重い音を立てながら石組みが組み変わり、変貌へんぼうを遂げていく。

 最終的には、まるで初めからその形であったというように、アーチ状に形を変えた。


「……さあ、開きました。入りましょうか」


 シェントが私たちの方に向き直り、大仰な仕草で新たに出来た道の奥へと促した。


「……ラリカ=ヴェニシエス、もしよろしければ、先ほどの言葉の詳しい意味を後でお教えいただけないでしょうか?」


 アーチの横で待機するシェントの前を横切ろうとした瞬間、ほかのものには聞こえないほどの小声で、シェントが囁きかけた。

 どうやら、ラリカに囁ささやいているらしい。


「……? 良いですよ。意味をご存知ではなかったのですか?」


「……はい。実は、あの符丁はフィーが考えたものでして」


 まるで親の仇かたきでも睨にらみつけるような鋭い視線で、シェントはフィックのことを見つめている。

 先ほどまでフィックを叱りつけていた時のような、どこかお茶らけた気楽な様子は見受けられない。


「……わかりました。良いでしょう。勉強熱心なのは良いことです」


 シェントの様子から、何かを察したようにラリカはうなずくと、小声でシェントからの申し出を承知した。


「あー、シェントさんっ! こっそり何話しているんですかっ! ダメですよー? 案内は私に任せてこっそり自分ひとりサボろうなんて考えたらっ!」


「……貴女ではないんですから、サボるわけがないでしょう! 大体あなたに案内なんて任せた日には――」


 フィックが例によって無駄に元気な声で茶化してくると、シェントは表情をあきれたように戻し、立ち止まっているフィックとリクリスの元へと歩き出した。


「……何やら妙な感じだったな。気を付けろ。ラリカ」


「……ええ」


 ラリカの耳元で、先ほどの会話で感じた違和感を訴えると、ラリカも同感だったのか、短く同意した。

 何事もなければよいのだが、同じ研究をするもの同士、ひょっとするとフィックとシェントの二人には何やら確執かくしつがあるのやもしれない。

 ぞろ権力闘争だなんだに巻き込まれては堪ったものではない。

 ラリカと二人、こっそりとうなずき合うと、皆の元へと少し急ぎ足で向かった。


***


 石造りのアーチをくぐると、そこは緩やかな螺旋らせん階段になっていた。

 先導する二人の後を、ラリカとリクリスは降りていく。

 階段のところどころには例の光を放つ鉱石が埋め込まれており、入り口での印象ほど暗いとは感じない。


 だが、こつりこつりという人数分の足音が反響して、まるで大人数が周りに潜んでいるような不気味な雰囲気を醸し出していた。


 ――よく考えれば、この世界に来てから地下というものには縁がなかった。

 そのせいで、無駄に息苦しく感じているのかもしれなかった。


「さあ、この扉の向こうが管理室です」


 そういって、シェントは扉の横のプレートを操作する。

 ごくりと生唾を飲み込み見守っていると、重々しい音を立てて扉が開き始めた。

 かなりの厚さがあるらしき扉が開くと、そこには広大な空間が広がっていた。

 どうやら、私たちが今扉から見ている空間はドーム状の空間の上部周辺のようだ。


 扉を入ってすぐに柵が設けられており、私たちには見えていない、さらに下の方から紫や緑色の仄ほのかな光が天井に反射している。


「さあさあ! お二人ともどんどん入っちゃってください!」


「こちらに……」


 二人の言葉に従って、ラリカとリクリスが部屋の中に入っていく。

 ――だんだんと、空間の全容が視界に入り始めた。


「わぁ……すごい……」


 リクリスが、掠れた感嘆の声を漏らした。

 そのまま柵の間際まで近寄ると、空間を一望できた。


 ――リクリスが声を漏らすのも無理はない

 広大な空間の床面には、無数のアメジストのような結晶体が敷き詰められている。

 おそらく、王都にきてからさんざん見てきた、鍵の代わりにしている結晶体と同種のものなのだろう。

 時々、意思を持っているかのように無数の結晶体が交互にエメラルドグリーンの燐光を放っている。

 無数の蛍が瞬いているような、なんとも言えない幻想的な光景だ。


「これは……まさか……すべてに魔法陣……術式を書き込んでいるのですか!?」


 なにかに気が付いたらしいラリカが驚愕の声を上げる。


「いえ、違いますね……それだけではありません。恐らくこれは区画ごとで分けてそれぞれに意味を持たせていますね……なるほど。先ほどの検索速度の速さはこれが秘密ですね……」


「ですねっ! ラリカさん、多分あそこがで書籍のリストを管理してるんですよっ!」


「そうですねっ! 多分ですが、あそこの一つ一つで記録している本の冊数を分けて、それで、あっち側は恐らく上の操作を受け付けている部分ですね。そうして――」


 ラリカとリクリスが目を輝かせながら、空間内のあちこちを指さして話し合っていく。


「いやはや……お二人とも、私たちが解説するまでもありませんね……」


「……いやー二人とも、一目見るだけで全部理解されるんですねーちょーっと残念です」


 シェントもフィックも、ラリカとリクリスが二人で盛り上がって次々と構造を把握していくため、説明するところがなくなって物足りない様子だ。

 どうも、ラリカもリクリスも、先ほどから解説してくれる二人に気を使ってあまり口を挟まないようにしていた節があったが、ここの状況を見て、興奮して自重を忘れてしまっているらしい。


 私も、瞳の力を使って術式を確認して、どういう流れで管理しているのかを把握しようとしているが、いくつもの術式が複雑に作用しあっていて、二人の理解速度にはまるで追いつかない。


「あれ? でもラリカさんっ! これってひょっとして多層構造術式に――」


「そうですっ! リクリスっ! この範囲指定とパスの通し方は使えますよ! それにこの方法なら、コンパクトさはありませんが、問題だった一般転用も――」


 どうやら二人とも、何やらすでに自分たちの研究への応用を思いついたようだ。

 なにやら熱を上げて二人でどんどん話を進めている。

 先ほどまで、フィックやシェントの身内話に置いてきぼりにされていたのとは正反対だ。


「お二人とも……うちの蔵書管理システムを気に入っていただけたようなのは幸いなのですが……研究室を使われますか?」


「「……あ」」


 優しく問いかけるシェントに、フィックとリクリスは顔を見合わせ、どちらからともなく声を漏らした。


***


 ところ変わって研究室。

 この部屋がラリカとリクリスが滞在している間、専用で割り当てられるとのことだ。

 研究室とはいっても、だだっ広い部屋に机が置かれ、先ほどの閲覧室同様に本を検索できるようになっているだけの部屋のようだ。


「この部屋の中は簡易で実験ができるようになっていますが、書籍を汚損しないようにだけ十分に注意してください」


「わかりました……先ほどは興奮してしまってすみませんでした」


「すみませんでした……」


 ラリカとリクリスが、シェントに対して恥ずかしそうに詫びの言葉を述べている。


「いえ、そんな謝ったりなんて全然全然大丈夫ですよー実はこう見えて私ってついつい話が脱線しっちゃたりなんかして――」


 二人に対して、フィックが気にしないように言葉をかけている。

 ああ、短い付き合いだが、フィックが余計な話をしがちだということなど十分に承知しいている。


「それで、お二人とも、最後はあまり説明ができませんでしたが、何か質問などございますでしょうか?」


 シェントが、話を変えるためかもしれないが、そういって二人に質問を促した。

 確かに、二人は先ほどはあの空間を見ただけで理解していったように見受けられたが、本当にすべてを理解できたのだろうか?


「……そうですね。では、お言葉に甘えて一点質問させてもらいます。先ほどの部屋で、各本の内容を管理しているのは確認できたのですが、肝心の各本の内容を落とし込むための仕組みがあの部屋には無いように見受けられました。そこの部分はどう処理しているのですか?」


「あ。私もそれは気になりましたっ。もう文字になった情報を書き込むようになってましたっ!」


「……なるほど。確かにそれに関する仕組みはあの部屋にはありませんね……お二人とも本当にあの短時間ですべて理解されてしまったのですね……」


「ふつー書き込まれた結晶見てシステム全体の把握なんてできませんからねー……」


 どこか寂しそうな様子でシェントがうなだれる。どうやら、二人の理解速度はやはり異様らしい。


「――種明かしをしてしまうとこれです」


 気を取り直したのか、シェントがごそごそと胸元から取り出したのは、一本のペンだった。

 パッと見普通のペンに見える。

 強いて言えば、緑色の石がペンの持ち手部分を覆うように囲んでいることが特徴と言えるだろうか?


「それは……ッ! また随分と高級なペンもあったものですね」


 ラリカが息をのんでペンを見つめている。


 このご主人、結構ものは良いものを見慣れていそうなものだが、驚いているということはよほど高級なものなのだろうか?


「……流石はヴェニシエス。ご存知でしたか」


「まあ、私も洗礼の時に使いますから」


「なるほど」


「ということは、此処の本はすべて?」


「そういうことです」


 なにやら、ラリカとシェントの間で会話が成り立っているようで、私は完全に置いてきぼりだ。

 リクリスの方を見てみても、不思議そうな顔で二人を見ているところを見ると、リクリスもこれはご存じないらしい。

 ラリカが、リクリスの様子に気が付いたように、あっと口元に手を当てた。


「……そうですね。このペンには、特殊な鉱物が使われていて、本を書き写す際にすべて魔力が込められているのです。ですから、ここの図書館で書き写す際に、先ほどのシステム上にすべて書き写した内容がそのまま転写できているのです。――そうですね?」


「ええ。まさしくその通りです」


 ラリカの確認を満足そうにシェントが肯定する。どうやら、ラリカ達を驚かすことができたので大変ご満悦らしい。


「……ですが、そんな方法を使うとなると、全ての本を書き写さなくてはいけないのではありませんか?」

 顎に手を当てたラリカが、不思議そうにシェントに問いかける。


「……その通りです。今は、それが一番の問題点でして……」


「ラリカ=ヴェニシエスは、『ハイクミアの吸血鬼』って知ってますか?」


 シェントとフィックは困った様子で眉根を寄せている。


「昨日、食事に行った先で聞きました。なんでも、ハイクミア教徒ばかり狙う殺人鬼だとか?」


 『ハイクミア教徒の吸血鬼』という言葉を聞いて、同じハイクミア教徒として他人事ではないのか、リクリスの表情が暗くなった。


「ええ。その通りです。その魔性の存在が猛威を振るうようになってからは、この教会に出入りしてくれていたハイクミア教徒達も自分の里に帰ってしまったりするものが続出しまして……」


「そーなんです。例の殺人鬼が現れてからはもうみーんないなくなっちゃったんですよ。まあでもー教会のみんなが被害にあうよりはずっとずっと良いんですけどー。でも、そのせいで大量の本が日々山積みに……」


「教会の人間が持ち回りで写本していますが、どうやってもハイクミア教徒の皆さんのようには行きませんからね……」


「しかも、うちのシステムだとある程度魔力がある子でないとすぐにばてちゃってー余計に写本できる子が少ないんですよねー……」


「なるほど。それでさっきシェント=ビストが写本をしていたのですね」


 納得したようにラリカが一つうなずく。


「……どこかの誰かは魔力は馬鹿みたいに持っているのに、写本しませんしね」


「いやーあはは……」


 シェントがチクリと嫌味を言うと、フィックは無理のある笑いを浮かべながら誤魔化した。


「……あのっ!」


 今まで暗い様子で黙っていたリクリスが唐突に声を出した。

 どうしたのかと室内の皆の視線がリクリスへ向かう。


「どうしました?」


「あの、あ、その、私っ、ここで働きたい……ですっ! 私も、ハイクミア教徒ですから、写本もできますっ! あの、あの、昔から字も綺麗だって褒めてもらってて、あの……」


「ええっ!?」


 シェントが、リクリスに先を促すと、リクリスなりの精一杯なのだろう。つっかえつっかえではあるが、自己アピールを始めた。


 ……半分事故アピールのような状況だが、言いたいこと、一生懸命さは伝わってくる。

 そういえば、元々はそのつもりでリクリスを連れてきたのだった。

 何やら予想以上に写本できる要員が不足しているようで、仕事は十分にありそうだ。


「ああ、そうですね。……実は、リクリスはちょっとした手違いで今王都での仕事を探しているところでして、もしよかったらここで雇ってあげていただけませんか? 私との研究は、仕事が終わってからするようにしますので」


 ラリカがダメ押しでお願いをする。ラリカの立場と現在のこの図書館の様子を考えれば、断られることはないだろう。


「――よろしいのですかっ!? もし、本当にここで手伝っていただけるのでしたら、私共としては大歓迎です!」


 一拍おいて、シェントがラリカの言葉を理解して興奮したように喜色を顔に浮かべている。よっぽど現状に頭を抱えていたようだ。


「……あー、でも、あんまりオススメは出来ないですよー、うちの教会の写本仕事はかなりきついですから……魔力もかなりないとダメですし……」


 意外なことに、フィックが慎重に難色を示した。どうやら、リクリスを雇うということに反対らしい。


「――何を言っているんですか!? ハイクミア教徒が、ハイクミア教徒が来てくれるんですよっ!? どれだけ未処理の本が溜まっていると思っているのですかっ!?」


「――いやーあれだけ溜まってると、今更普通のハイクミア教徒に一人二人入ってもらってもどうしようもないんじゃないかなーって思うんですよね……」


「……っぐ。確かに……ですが――」


 一体どれだけ溜まっているのだろうか……?

 シェントもフィックの言葉に言い返せずにいる。


「ま、まあ、一度リクリスがどれくらいの能力を持っているのか見てみたほうがよろしいのではありませんか? ひとまずはお試しということで、リクリスを見習いとして雇っていただけませんか? 一人でも増えることで、多少なりとも処理できる量が増えるかもしれませんし」


「そうですね。ではまずは試用期間ということで」


「……わかりました」


 旗色が悪いと感じたのか、ラリカがフォローに入ると、元々賛成気味だったシェントはすぐに同意してくれた。

 フィックも、断る理由がないと思ったのか、なにやら含むところがありそうだが、しぶしぶ同意してくれた。


「いいんですかっ!? ありがとうございますっ! 精一杯、一杯頑張りますっ!!」


 リクリスも、ほっとしたように表情を緩めると、全身で決意を示すように意気込みをあらわした。


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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

いつも応援・ご評価ありがとうございます。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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