第七話「司書と司書長」
「――サファビ、貴重なお話、有難うございました」
延々、グルスト=サファビとの想い出五十年分を語り、気がすんだらしいハルト=サファビは、すっかり冷めきったカップに口をつけた。
頃合いと判断したのか、ラリカが話を終わらせる魔法の言葉を口にした。
「ヴェニシエスには、年寄りの戯言に長々とつき合わせてしまい申し訳御座いません」
「いえいえ。とても興味深いお話でしたよ。グルスト=サファビから聞いていたことも、ハルト=サファビからお聞きすると、全く違った見方で面白かったですよ」
「おや、因みに彼奴はなんと?」
「ふふふ……それはまたの機会に」
「おや、ではまたの機会を楽しみにしておきましょう。ラリカ=ヴェニシエスはしばらく当教会にご逗留頂けるとか?」
「ええ。お世話になります」
「ヴェニシエスにご逗留頂くのです。敬虔なる教会教徒が断るはずなどございますまい」
片目をつぶり、しわの入った顔を柔らかくゆがめ、ウィンクをしながらハルト=サファビがお茶目な声をかけた。
「いえいえ。本日王都についてからも、随分私が常識知らずという事を思い知らされました。皆さんから、その辺りしっかり学ばせて頂きたいですね」
「おやおや、ヴェニシエスは噂にたがわず熱心でいらっしゃる」
「若輩者の田舎者ですから」
「教会の者たちにも見習わせなければいけませんな!」
ラリカが肩をすくめてみせると、カカと愉快そうに笑って見せた。
「――そうでした。一つお願いしたい事があるのですが?」
「おや、なんですかな?」
「もしよろしければ、礼拝日でも結構ですので、リベスの街まで伝え聞く、王都ユルキファナミア教会が誇る図書館を見せて頂きたいのですが?」
「なるほど! そのような事でしたら喜んでで協力させていただきましょう! 当教会図書館は、礼拝日に限らず利用頂けます。存分にお楽しみください」
ラリカの言葉に自慢げなハルト=サファビは手元のベルを鳴らす。
すると、間をおかずにコルスがやってきた。
「コルス=アコ。シェント=ビストとフィック=リスを呼んできなさい」
「は。かしこまりました」
用件を受けたコルスが落ち着きつつも慌てた雰囲気で部屋を退出すると、廊下からバタバタと走り出す音が聞こえてきた。
室内では、なんとか落ち着いた様子を保っていたが、随分と急いで向かったようだ。
「これから、当教会の誇る図書館の司書長と司書が参ります」
「おお。それは有難いですね。その司書長というのが、噂の図書館管理システムを開発したと言う方ですか?」
「その通りでございますとも。現在の管理用術式はすべて彼が開発・運用しております」
「なるほど。それは是非じっくりお話してみたいですね」
「ええ。ええ。どうぞどうぞ。逗留中、図書館内の教会向けの閲覧室を使用できるようにしておきましょう」
「ありがとうございます。ちょうど調べたいこともあったので助かります」
「彼は、優秀な魔法使いでしてね。魔導王ユルキファナミアの信徒として、術式開発に力を入れてくれておるのですよ」
「なるほど。先程もう一人呼んでいらしたようですが、そちらは?」
「ああ。フィック=リスですな。こちらは数年前に本国から派遣されてきた者ですが、こちらも優秀な女性でして。シェント=ビストを補助させております」
「そちらも魔法使いですか?」
「ええ。本国からは大変優秀な上級魔法使いと聞いておりますな。実際術式魔術に関する技術は一級品でしてな」
「上級魔法使いですか。本国も随分力を入れているのですね」
「なにせ彼が図書館向けの術式を開発してからは、ここの図書館のシステム目当てで他教会からも様々な書物が集まってくるようになりましたからな。今では本国を含めて、もっとも多くの情報が集まっております。――曰く、ここぞまさしく魔導王の名にふさわしいと」
「素晴らしいですね」
「誠、彼の御蔭で私もこの椅子に座っていられるようなものですな」
冗談なのだろうが、自分が腰掛けている座り心地のよさそうな椅子を指さした。
「信頼厚い方なのですね」
「性格的にも、良くできた男でしてね。非常に信心深く、慈悲の心も深い。不正を許さぬ心を持つ、今この教会に居る若手の中では一番ですよ」
「おや、シェント=ビストは御若い方なのですか?」
ラリカがハルト=サファビの言葉に質問をすると、よくぞ聞いてくれたとばかりにハルト=サファビは喜色を浮かべた。
「ええ。若いと言っても、ラリカ=ヴェニシエス程ではありませんが。いくつだったか……たしか――」
「二十八でございます」
ハルト=サファビの声を遮るように、涼やかな男性の声が響いた。
声のした方を向くと、優しそうな面立ちをした茶色い髪をした美丈夫が立っていた。
その顔には銀縁の眼鏡が掛けられており、理知的な雰囲気が強調されている。
いかにも科学者、研究者然とした男だ。
だが、その美丈夫よりさらに視線を惹いたのは、その後ろに立っていた女性だ。
年の頃は二十歳前後だろうか。金色の髪ひっつめ髪にラリカに似た赤い瞳をしている。
「失礼。私の事のようでしたので」
「……私についてはお気にされず」
男性の声に、ラリカは、ハルト=サファビの方をちらりと見て、ラリカの機嫌を伺っている様を見てとったのか、フォローするように声をかけた。
「ラリカ=ヴェニシエスが気を悪くしていらっしゃらないなら、私は気になどせん」
「……ありがたく存じます」
そういって、男性は床に片膝をつくと、もはや見慣れた片膝をつき地面に拳をつく礼の姿勢を取った。
「貴方が、シェント=ビストですか?」
「はい」
「御噂は遥かリベスにも届いております。なんでも、蔵書管理のシステムを作り上げたとか?」
「左様でございます。私も、ラリカ=ヴェニシエスのご高名はお聞きしております」
「――おや、それはお恥ずかしいですね」
「しかし、ラリカ=ヴェニシエスの御姿をみて、噂というのがいかに当てにならないものかを再認識いたしました」
「ふふ……頼りなさそうで驚きましたか?」
「いえ、そのような事は。むしろ――言葉には表せない感情がこみあげております」
「おや、シェント=ビストは随分と御上手なようですね。ですが、私にそういった空世辞は不要ですよ」
表情一つ変えずにラリカがシェント=ビストの言葉を受け流す。
「――空世辞などとはとんでもございませんッ!その御姿を拝見し 神の現身と言われることにも納得がいきました」
「あぁっ! シェントさぁんっ! そんなカミ様なんて、簡単に言ったらダメですよー! また、怒られちゃいますよ~?」
歯の浮くようなセリフでラリカをほめたたえる男性に、後ろの女性がこそこそと窘めるのが私の耳には聞こえていた。
「……全く。良いですか? 市井ではともかく、間違っても他の教会教徒の前でミアを語る様な、そのような畏れ多い事を口にしてはいけませんよ」
「……自分の気持ちに、嘘はつけません故」
ラリカも少し困ったように眉根を寄せながらシェントをたしなめている。
どうやら、教会の中でラリカを神に例えたのは少々問題だったようだ。
「ま、まあ、ラリカ=ヴェニシエス。ここは、流してはもらえんか? シェント=ビストも、普段はこの様な事は言わないものなのだが、なにやら今日はラリカ=ヴェニシエスにお会いできて浮足立っているようだ」
「そ、そう、シェントさんは口下手な男なんですっ。ちょーと、空気を読んだりとかそういうなんだかんだが苦手な人で――ほら~よく言うじゃないですか? 研究職って、なんか研究ばっかりしちゃって、日常生活を省みないっていうか――」
「……まあ、しょうがないですね」
慌てた様子で言い訳する二人に、少し眉根を寄せながらラリカが了承する。
「フィック=リス。紹介を」
「ああ、そうでしたっ! 自己紹介がまだでしたねーすみません。これまた失礼おばッ。フィック=リスです。よろしくぅっ。三年前まで本国で研究職だったんですけどっ、今ではここの司書さんですっ! 本のことなら小さなことから大きなことまでなーんでも聞いてくださいねーなんだったら、今ならプライベートな質問にも答えちゃいますよー?」
話を向けられた女性が無駄に高いテンションで早口に話し出す。
なかなか今まで周りにいなかったタイプだ。
「フィック=リスは本国での部署はどちらだったのですか?」
「遺特探ってところなんですけど、知ってます?」
「……先技研ですか。本当に随分と優秀な方なのですね」
「……ああーっ! これはまたうっかり。先進技術研究開発機構で先技研。誰が言ったか、戦技研。いやあ、こういうの考える人ってどんな頭の中をしてるんでしょうねーうまいもんで毎回口にするたび感心するんですよ。あーでも、でも、わたしってばそんな立派なものじゃなくってー先技研では神威対第二の方だったんですよねー」
「……第二?」
「正式名称は先進技術研究開発機構、先進技術開発部、神威災害対策室、第二分室……だったかなあ?」
「……浅学で申し訳ないです。神威対と言えば遺特探の流れを汲む歴史ある部門ですし、存じていますが、分室があったのは寡聞にして知りませんでした」
「ですよねー! 第二は、第一に行けない子ばっかり来るところだったから、仕方ないです。無理ないです」
……き、気まずい。なにやら、遠い目をして、昔を懐かしみながら楽しそうに一人うなずきながらフィックはいうが、話を聞かされた方はそのような言い方をされると、何と声をかければよいのか判断に困る。
「さ、先程申し上げた通り、フィック=リスも優秀な女性でしてな。つい先日も、この建物に強化用術式を施してくれた。御蔭で、一月前の大雨の日にこの教会に雷撃魔法を打ちこまれたこともあったが、それも怪我人も出ずに済んだのだよ」
場の空気を取りつくろうようにハルト=サファビが補足説明をする。
「ああ、あれくらい、お茶の子さいさい、お安い御用のどんとこいです。このおねーさんにどーんと大きく任せちゃってくださいっ!」
「はは、頼もしい。これからも引き続き頼むよ」
「はいっ! お任せあれ!」
……なんともまあ、大言壮語をする女性だ。それだけ自分の魔法に自信があるということなのだろうか。
正直、見た目からは想像がつかない。
「なんにせよ、この二人にはラリカ=ヴェニシエスに当教会ご逗留頂く間、なるべくご対応に当たらせよう。存分にこき使ってやって欲しい」
「ふふ……こき使うかはともかく、お世話になりますよ」
『こき使う』という言い方が可笑しかったのか、ラリカは再び柔らかなほほえみを皆に向けた。
「「はいっ!」」
そういって、二人は片足をつくと、最敬礼を再び繰り返すのだった。
***
「――図書館はこれからご覧になりますか?」
黙り込んでいた、シェントが口を開いた。
「……そうしたいのは山々なのですが、少々このあと大切な打ち合わせがありまして、図書館に伺うのは明日にして頂きたいのですが」
シェントの申し出に、ラリカは心底申し訳なさそうで、かつ名残惜しそうにそういった。
恐らくこれは本心からなのだろう。
リクリスの件がなければ、一刻も早く図書館とやらの確認をしたいようだ。
「……打ち合わせ、でございますか?」
シェントはちらりと、お茶をすすっているハルト=サファビに視線を向けると、ラリカの方を向き直り、確認するように問いかけた。
「ええ。打ち合わせです。気になる研究者が今この街にいまして、その方とお話をするつもりなのですよ。少々込み入った話になりそうですから、どこかで食事をとりながら話をするつもりです」
「承知いたしました……ラリカ=ヴェニシエスと言えば、研究者としても非常にご高名でいらっしゃる。ぜひとも、私も同席させていただきたいものです」
「ごく私的な集まりなので、それはご遠慮頂きたいところです。同じ研究者として、ビストの研究には非常に興味をもっていますから、いずれ詳しく話し合いましょう」
「左様でございますか。かしこまりました。実は、当図書館には、魔法研究に使用するための専用室がいくつかございます。防音といった機密保持の為の術式も施されておりますし、機材も一通りそろっております。もし、ラリカ=ヴェニシエスがご利用になるということでしたら、ご逗留されている間、一部屋確保しておきますが、いかがでしょう?」
「よろしいのですか?」
「ええ。普段は私かフィー、あるいは教会の有志が多少使用している程度でございますから。いくつか空き部屋になってしまっているのが現状でございます」
「では、お手数をかけますが、是非お願いします」
「かしこまりました。手配いたしましょう」
「お願いします」
シェントの思わぬ申し出を受けて、どうやら、ラリカは首尾よく自分が研究するための部屋を確保したらしい。
大学であれば研究室の確保というのは苦労するものだが、こうも簡単に確保できるとは、やはり王都のユルキファナミア教会というのは、随分と余裕があるらしい。
しかし、どうやらこれで長話も終わりのようだ。
ようやく窮屈な思いをせずに済みそうだ。
そんなことを思いながら私は身を起こした。







