第八十三話「ヴェニシエスとして成すべき事」
皆さん、新年明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願い致します!
※年賀状は後ほど公開させて頂きます。
「――ごめんね……」
小さな声が聞こえた。フィックの声だ。
哀しげに呟きながら、フィックはしかりとした足取りで、ターニャ達が居た場所へと近付いていく。その背中は酷く悄然としていたが、未だ警戒を解いては居ないのか周囲を見回しながらゆっくりと近付いて行った。
「……っ、これはっ!」
だがすぐになにかに気がついたように、はっとした様子で立ち止まる。そして、それまで警戒していた歩みを早め、二人の居た場所へと駈け寄った。
「――そんな、っ!?」
「――どうしたっ?」
周囲に視線を鋭く向けながら、激しく狼狽を見せるフィックの姿に、何事かと慌てて駈け寄り呼びかけた。だが、その呼びかけにも反応せず、押し黙りながらフィックは唇を引き結んでいる。
「……ねぇ、くろみゃーちゃん……『教えて』」
黙っていたフィックが、駈け寄る私の事を振り返った。揺れる金色の髪の奥に見える瞳は、赤く。酷く冷たい色を浮かべ、声は僅かに震えている。しかし、そこに浮かんでいるのは『怒り』ではない。一言で言い表せないような複雑な感情が、伏し目がちな瞳に映り込んでいる。
「――ラリカちゃんは……これは……ひょっとして……『神炎』を使ったのかな?」
言いながらフィックはもう一度ぐるりと周りを見回し、最後に頭上の大穴を見上げた。そこには――神炎によって生まれた巨大な『穴』がある。吹き抜けのエントランスのようにくりぬかれた『穴』の向こうで煌めく、無数の星を湛える夜空を見上げながら。フィックは深く眉間に皺を寄せていた。
「あ、ああ……そうだ。神器でも倒す事が出来なくてな。セトを救出した後、ラリカの神炎で最後はなんとか……という状況だ。お陰でラリカは意識を失ってしまっているが……」
「……なるほど、やーっぱり、そーか、そう、なんだ……」
ザザッと開けられた穴の向こうから吹き抜けていく風が、不気味にフィックの小さな声を風に乗せて去って行く。
「どうか……したのか?」
一体どうしたというのか? 独りごちながら、ブツブツと思索に耽るフィックに、なんとも言えない嫌な予感を覚える。気がかりを吐き出すように、恐る恐ると問い掛けると、フィックは躊躇うように一瞬瞳を揺らしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。
「――ううん、だいじょーっぶっ! やー、それよりも、本当にお疲れ様っ! ラリカちゃんも、くろみゃーちゃんも、フィディアちゃんも、セトちゃんも。みんな無事で、ほんとーによかったよー!」
「――なっ、一体……いや」
……誤魔化された。
フィックの性格からしても。先ほどまでの態度にしても。明らかにターニャの事を気に病んでいた様子だったが、わざわざそれを押し殺し、こうしてどこか戯けた調子で話しかけてきたということは……もはや『答えるつもりは無い』という事なのだろう。
「――さ、くろみゃーちゃん。もうすぐうちの子達が来るはずだから、皆でお家に帰ろう?」
――そして、その考えを肯定するようにフィックは優しく微笑みながら、『周囲に気を遣って』という風に視線で周囲を示し、言い聞かせるように有無を言わさない口調で続けたのだった。
「……いずれ、説明はして貰えるのだろうな?」
「……いつか、ね」
「……分かった」
――少なくとも、今は話すことは出来ない。ということか。
唇を引き結んだフィックが思わせぶりな様子で答えるのを聞き、それ以上の追求を無意味と判断した私は仕方が無く了承のだった。
***
夜明けの黎明の中、応急手当を終えて眠り続けるラリカをフィックの背中に預け、私達はユルキファナミア教会まで戻っていた。
……フィディアと、セトは。ターニャの最期が頭から離れないのか、押し黙り。互いに身を寄せ合いながら黙り込んでいる。
フィックは初めこそ、二人に気を遣って声を掛けていたが、苦しそうな二人の姿を見るにつけ、今は話しかけるべきでは無いと判断したのだろう。途中からは二人に任せ、ただ静かに視線を向けるのみだ。
「――フィディア――ッ!」
そんな私達を迎えたのは、弟子の身を案じるラクスの声だ。
みれば、隣にはレシェル=バトゥス達の姿も見える。ラクス=ヴェネラが、老体とは思えない早さで、こちらに向かって駈け寄ってきた。
……どうやら遅ればせながら二人とも、一報を受けて飛んで戻ってきたらしい。
「――ああっ、大丈夫なの!? フィディア……!」
黙々と顔を伏せながらセトの手を引いていたフィディアは、ラクスの声に顔を上げ。安堵と後悔と後ろめたさが混ざり合ったような複雑な表情を浮かべた。
だが、そんなフィディアをラクスはそっと正面から抱きしめ、両手をフィディアの顔に沿えると、じっと愛弟子の顔を覗き込む。
「……ぁ……お師匠……さま……」
フィディアはまるでラクスの視線から逃れようとするように、顔を左右に動かそうと身じろぎする。
「――怪我は、ないの?」
逃げようとするフィディアをラクスはしっかりと押さえ込むと、落ち着いた優しげな声で呼びかけた。その声を聞いた瞬間、フィディアが泣きそうな表情を浮かべる。
「……はい」
フィディアが震える声で応えると、ラクスは微笑みながらゆっくりとフィディアの頭を抱きかかえながら、長い彼女の髪をそっと優しく撫でた。
戸惑ったように目を見開いたフィディアだったが、ようやく『戻ってきた』という実感が湧いてきたのか、耐えきれない様子で、瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「……そう。それは、良かったわ……」
ラクスはフィディアの返答にほっと息をつくと、次にフィディアに寄り添う腕を握り締めているセトへと視線を向けた。
「セト=シスもお怪我は無いかしら?」
ラクスの問いかけを腕の中で聞いたフィディアが慌てた様子で顔を上げて、首を左右に振る。
「……お師匠様、その……少し……あの、そのっ……セトは、一度、『邪神』に取り込まれて……」
「――なんですって!?」
フィディアから告げられた予想外に過ぎる内容に、ラクスはフィディアを抱えたまま一歩下がると、フィディアから手を離し、血相を変えてセトに近付いた。自然な動きで、ラクスの右手がそっと腰の辺りに下げられた小型の杖に向かう。セトが勢いに気圧されたように、僅かにビクリと体を震わせた。
「――お師匠様っ!。セトは『使徒』になったわけではありません」
フィディアがセトを庇うようにラクスとの間に体を割り込ませる。間に入ったフィディアにラクスは僅かに驚いた様子で動きを止めた。
そして、フィディアの紫がかった瞳をじっと見つめると、仕方が無い我が子を見つめるかのようにため息をつき、警戒を浮かべていた表情を緩めて微笑ましげにフィディアを見つめた。
「――そう。それなら良かったわ。――二人とも、よく頑張ったわね」
ラクスは大きく両手を広げると、『フィディア』と『セト』二人の事を、もう一度正面からぐっと引き寄せ抱きしめる。
「お、お師匠様!?」
ラクスに力強く抱きしめられたフィディアは、セトと共に子供のように抱きしめられたことに戸惑っているのか、慌てて声をあげた。
しかし、ラクスは変わらず二人を抱きしめたまま、子供を労う親のようにゆっくりと頭をなで続け、そっと優しく声を掛けた。
「後のことは、私達でやっておくわ。だから、貴女達は今日の所はゆっくりお休みなさい」
ラクスが『後のことは任せろ』と示しながら、レシェルにも視線を向ける。向けられたレシェルの方は、やれやれというように呆れたような笑みを浮かべながらも、ラクスの言葉に頷いて見せた。
「――ああ、後は俺たちに任せときな。つっても、明日以降で詳しい話は聞かないといけねぇが……」
レシェルのぶっきらぼうな。しかして、気遣いを含んだ言葉を聞いたフィディアは、はっと何かに気がついた様子で目を見開いた。そして、抱きしめるラクスから視線を逸らすように下を向く。
「――あ……その、お師匠様……? 今日は、指揮も執らず私達だけで行動してしまって……申し訳ありませんでした……」
――言われてみれば確かにそうだ。フィディアも、そしてラリカも。共に『ヴェニシエス』として地位のある人間だ。ならば、本来であれば下の者達の統率を執るべき立場ではあるのだろう。いくら道中多少なりとも指示を出したとは言え、真っ先に自分たちが原因に向かっていったとなれば、本来であれば叱責の一つも受けて然るべきものだ。
だが、フィディアの申し出に、ラクスは静かに首を左右に振って見せた。
「――何を言っているの? 何度も教えたでしょう。――称号の意味を。私達『ヴェネラ』そして、貴方たち『ヴェニシエス』達は、『いずれの教会にも属し、いずれの教会にも属さない存在』それは、そうしたときに、自分たちの判断を縛られないためにその地位にいるのよ?」
「――お師匠様……」
言い聞かせるようなラクスの言葉に、フィディアは自信の無さそうな不安げな表情を浮かべて、自分の師匠の顔を覗き込んだ。対するラクスは、先ほどの優しげな表情とは違い、毅然とした表情を浮かべて見せながら続ける。
「確かに私達は、神器を継承し続け、各教会でも権力を持っている。昨日貴女がして見せたように、象徴たる儀礼をもたらすこともあるわ。でもね? フィディア良いこと? ――真に私達に求められるのは、『教会教徒の苦難を払い、救いをもたらすこと』たった、それだけなの。そのために、私達はそれだけの力を与えられているのよ。だから――」
そう言ったラクスは、もう一度フィディアの顔を覗き込むと、その過ごしてきた時を示すように深く皺の刻まれた親指で、フィディアの顔に浮かんでいた涙を力強く拭った。
「――貴女は、自分の判断で『成した事』を誇りなさい。少なくとも、今回の一件は、確かに貴女が判断したことが解決へと導いたのだから」
そしてラクスは、もう一度。今度はまるで、自分の宝物を自慢する子供のようなどこか無邪気さを感じる笑みを浮かべ。
「――フィディア、もう一度言うわ。良く、頑張ったわね。……貴女は、本当に私の一番自慢な弟子よ」
そういって、フィディア達を抱きしめる腕に力を込めるのだった。







