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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第四章「ラリカ=ヴェニシエスは何かを見つけた」
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第六十四話「芽生え」


 ――町は、意外なほどに静かだった。


 教会を飛び出し駆抜ける私達の立てる足音だけが、静かに冷えた石畳を叩く音を返している。人々であふれかえった祭りの余韻が嘘のように、人影が見えない不気味な景色が広がっていた。


 時折、まるで野犬の遠吠えのように、絶望に満ちた叫び声だけが夜を突き聞こえている。


「……祭りの後だと言うのに……随分、静かですね」


 周りを見回していたラリカが、唇を軽く噛みしめ怪訝そうに呟いた。神経が立っているのか。あるいは、単に辺りが静かなせいだろうか。その小さな声は随分と大きく聞こえた。


「……みんな、きっとお家の中で状況を見てるんだよ」


 ラリカの言葉を聞きつけたフィックが、切なげに答える。


「――でもっ、混乱がなくてっ、よかった、わ……っ!」


 フィディアが、後ろから息を乱しながら叫ぶ声が聞こえる。フィディアの言う通り、もしも町が混乱していれば、こうして皆で満足に走り抜けることも出来なかったに違いない。


「そうだね。――っと、水路を使うねっ!」


 丁度町にいくつもかかっている橋のひとつにさしかかったところで、フィックがそう言って橋の欄干から下に向かって身を躍らせた。


「フィック=リス!?」


 フィディアの驚く声を背に、ラリカが身を乗り出し覗き込むと、橋の下は船着き場になっているようだった。夜だからか、こんな状況ゆえなのかは分からないが、そこにトロア達の姿は無く、彼らが使うゴンドラだけが何艘か接岸されている。


 早々に身を躍らせたフィックは、そそくさと接岸されているゴンドラのうち、一艘の(もや)いを解き。舟を動かす準備を始めている。


「くろみゃー。しっかり掴まっているのですよっ!」


「ラリカ=ヴェニシエス!?」


 それを見たラリカは、私が落ちないようにそっと手を沿えると、自らもさっと欄干の上から中空へと舞い上がった。ラリカの衣服がさっと風をはらみはためいたかと思うと、身軽に壁を一度蹴り、衝撃を殺して足音軽く降り立った。


 着地の衝撃が緩やかに押し殺される慣性を感じながら飛び降りてきた方向を見上げれば、フィディアがどこか降りる場所が無いか見回しているのが見える。


 しかし、この船着き場は少し便の悪い場所に設けられているのか。階段状に作られた降り場は少し離れた場所にしか無い。


 ――この高さから飛び降りろというのは、少々無理があるか。

 フィディアの眉をハの字に寄せた表情を見て、そう思った時だ。


「――ああ、っつ、もうっ!」


「――な、待て」


 制止の叫びも間に合わず、フィディアは覚悟を決めたように叫ぶと、欄干を登りその上から身を躍らせる。空中で両足をぴたりと揃えて、そのまま頭を庇うように両手で覆うと地面に両足が接地する。


 ――ズシャッっと、地面と擦れる音を立てて、糸が切れた操り人形のようにフィディアの身体が横向きに転がった。そのまま、転がった勢いのまま、裾がまくれ上がるのにも頓着せず、フィディアは身体を回転させて起き上がる。


「……痛っ……こんなの、オフスだったころ以来ね……」


 足、ふくらはぎ、腿、背中、肩と見事な五点着地をしてみせたフィディアだったが、衝撃を殺しきれなかったらしい。若干顔を歪めている。


 ――そういえば、この世界では魔法を使える者で、優秀なものは各地に派遣されるのだったか……


 どことなくフィディアは運動が苦手なイメージがあったが、どうやらその認識は謝りだったらしい。むしろ、ラリカやフィックの方が異常なのだ。フィディアは一般的な基準で言えば、十分運動神経も良い方と言えるだろう。


「――フィディアちゃん、大丈夫!?」


「ええ。それよりも、早く」


 舟に乗り込みながらフィディアが急かすと、フィックは頷き返して船尾に移動する。小さなゴンドラは上で人が移動するだけでぐらぐらと不安定に揺れた。


「……フィック=リス。本当にこちらの方が早いのですか?」


「うん。そーだよ。――だから、ちゃんと、二人とも舟に掴まって!」


 普段、街中をゆったりと行き交うゴンドラのイメージがあるからか、ラリカが怪訝そうにフィックに聞くと、力強くフィックは答え右手をすっと伸ばした。血の気の薄いフィックの腕が月明かりに青白く照らし出されている。チャプッと言う軽い音を立てて、フィックが右手を暗い水面に浸した。


「――お願い」


 フィックが小さく呟くと、ガンッという強い衝撃が加わり、舟が強く揺れた。木製の小舟が、ギシギシと不穏な音を立てる。


「――きゃっ」


 衝撃にフィディアが舟の上で可愛らしい悲鳴を上げると、衝撃をそのまま乗せるかのようにゴンドラは勢いよく水面を滑り出した。


 ――まるで、なにか巨大なものに押し出されているかのように、抵抗なくゴンドラは水路を進んでいく。


「――どういう魔法ですか!?」


「えーと、そこはほらー、秘密ってことで、ここはひとつっ!」


 急激に加速した舟から振り落とされないように、ラリカが片手で私を抱き留めたまま叫ぶと、フィックがなにか後ろめたいことでもあるかのように視線を逸らす。


 ――なんとなく、金色の瞳で、フィック手先を見つめた私は……

 ――得体の知れない巨大な影がゴンドラの後ろに見えた気がした。


「……術式は――ないか……」


 どうやら、これは何度か見た影法師と同じような存在を利用しているようだ。


「……なんにせよ。確かにこれならば、早そうですねっ!」


 ラリカの声を聞きながら、皆は舟の進む先に視線を向けた。

 まだ遠くに見える、巨大な影が。私達を待ち構えているようにゆっくりと揺らいでいた。



***



「ここからは、陸路を使おう。そっちの方が早いよ」


「『陸路』って、こんな場所から城壁はどうやって越えるの? だいぶ、遠回りになるように思うのだけれど」


 聖国の東寄りの城壁付近にある船着き場に接岸したフィックが、身軽に舟を飛び降りると、フィディアは訝しげに問うた。


「……それは……まあ、ちょーっとした秘密の通路というか……」


「……『秘密の通路』……?」


「いやー、その……まあ……」


 ――ああ、あの通路か。


 セトと回ったときに使ったような通路がまた近くにあるのだろう。しかし、流石にフィディアに『要人向けの隠し通路』を公然と使用していることを言うのは一瞬(はばか)られたのか、フィックは居心地悪そうに誤魔化しながら歩き始めた。入り組んだ建物の間を縫うように歩いて、ある壁を前にすると、フィックは懐からセレガのような石を取り出して近くの壁に手を当てる。よく見ればそこには、セトと回ったときのように小さな金属板が目立たないように埋め込まれていた。


 ――重々しい音共に、壁が動き。隠し通路が姿を現す。


「……これは……っ! いえ、そういえば、私もヴェニシエスになったときお師匠様から話だけは聞いてきたけれど……」


「……フィディア=ヴェニシエス。これは……?」


 唖然としながらも、どこか納得した様子のフィディアに、事情を知らないラリカが問い掛ける。


「要人の退避用の通路よ。――ラリカ=ヴェニシエスも有事の際には、ここを使う事になると思うわ……まさか、本当に使う事になるとは思わなかったわ……」


「フィディアちゃんは知ってたんだ?」


「……私も、一応ヴェニシエスなのよ……」


 余計な事を考えてしまったのか、フィディアが表情を曇らせた。どうやら、今のフィックの言葉も、額面通り受け取れば良いものを、妙な解釈をしてしまったらしい。


 ――しかし、そんな事を言いながらも、無駄話で足を止める訳には行かない。皆はそのまま薄暗い通路の中へと入っていった。


「……ここは、聖国の外へ通じているのですか?」


「うん。ここをそのまま進めば、少し離れた森の中に出るはずだから……」


「分かったわ」


 ラリカ達は頷き合うと、薄暗い道を進んでいく。セトと入ったときは、灯りをフィックだけが手に持っていたが、今はそれぞれに、懐から発光する石を取り出して懐中電灯のように照らしている。ぼんやりとした灯りが少し湿気を含んだ壁面を照らし出している。


 水路からの距離が近いのか、それとも外れだからだろうか。昼間に入った通路よりも、幾分空気が重く湿り気が強い気がした。足音もひたひたとした水気を含んだ音が反響している。


 ――十五分ほどそのまま薄暗い通路を進んでいただろうか?


「……セト……」


 不安げにフィディアが呟く声が聞こえた。どうやら、ひたすら暗闇を進んでいたせいで少しずつセトの事が気になってきたらしい。


「……フィディア=ヴェニシエスは、本当にセト=シスが大切なのですね」


「……ええ」


 気遣うようなラリカの言葉に、フィディアは自分がセトの名を呼んでいたことに気がついたらしい。はっとした表情を浮かべ、言葉少なに答えた。


「――あの子は、私の一番の友達だもの」


「友達……ですか」


「ええ。……昔から、あの子の優しさに、ずっと助けられてきたわ。あの子が居たから、今までだって頑張ってこられたのよ」


 ……ぽつぽつと、フィディアは語り。懐かしむように、想いを噛みしめるように。『ヴェニシエス』であるラリカに自慢げに、語った。


「……誰にでも、『大切な人』は居るでしょう?」


「そうですね」


 ラリカは一瞬思い悩むような表情を浮かべ、切なげな様子で天を仰いだ後、私にそっと視線を向けた。……おそらくは、リクリスの事を。そして、彼女が『家族』と言ってくれている私の事を考えたのだろう。


「……ねえ、ラリカ=ヴェニシエス」


「なんでしょう?」


「……本当の所、ヴェニシエスはどう思うの?」


「……『どう』とは?」


 フィディアが急に抽象的な質問をラリカに投げかけた。ラリカは首を傾げながらも、真剣なフィディアの表情に、何かを察した様子で緊張した面持ちで聞き返す。


「……セトの事よ……あの子は――本当に無事なのかしら?」


「……分かりません」


 ラリカが、フィディアの言葉に表情を曇らせ。さっと足下に視線を向けた。

フィディアはラリカの言葉を聞き、彼女の様子を見て取ると、唇をぎゅっと噛みしめる。灯りを握る手が、何かを堪えるかのように強く握り締められた。


「……そう。貴女でも、分からないのね」


「……はい」


 決して、フィディアはラリカの事を責めている訳では無い。ただ、縋りたかったのだろう。自分と同じ――いや、自分よりも『上』だと言われている、ラリカに。


 しかし、ラリカとて決してそんな『都合が良い存在』ではない。フィディアと同じ。単なる少女にしか過ぎない。


 そんな、二人だけで会話させていると、どこまでも沈んでいきそうな鬱屈(うっくつ)とした二人に、私は静かに声を掛けた。


「――悩んでも、仕方あるまい」


「え」

「くろみゃー……?」


 今まで黙り込んでいた私が声を掛けた事に、二人が口々に戸惑いを露わにしている。そんな二人に目を合わせるようにしっかりと見つめ。私は言葉を続けた。


「……どこまで考えても、状況が分からぬのなら。今は考えても仕方あるまい。――真に、その相手のことを『助けたい』と願うのならば。出来る事は決まっている。一刻も早く駆けつけるだけだ。――たとえ結果、間に合わなくとも。大切な存在を前に。『諦める』ことなど出来はしないのだからな。無駄に時間を浪費して、後手に回るよりはよほどよいだろう? 今は。『前に進む』事が大切だ」


 ……私もそうだが、『頭でっかちな人間』というのは答えを求めたがる。『最善』を。最良の選択を求めたがるのだ。確かに、立場ある者としてはそうだろう。その選択が『正しい』かは大切な事である。


 ――だが。フィディアはまだ、若い。

 ……ラリカを止めないのと、同じ事だ。


 あれほど、フィックの事を――『影喰いの姫』を恐怖していたというのに。この少女はセトが危険だと知ればこうして前に進もうとする。そんな彼女の想いの『芽』は、大切にしなくてはならない。


 ……普段の態度、そしてラクスの言葉を勘案するに。この娘(フィディア)は立場に比して、少し自分に自信がなさ過ぎる傾向がある。


 ――ならば、ここ一番で己の野放図な情動にしたがって。そうして結果を掴み取ってこそ。『自信』も『勇気』も生まれてくるというものだ。


 ……たまに。背中を押した側が驚くほどに前に進んでしまう輩も居るが――それもまた良しだ。


「――だから、君が今取っている行動。行為。それが、正解だ」


 だからもう一度。今度はしっかりと、『今』自分は正しい事をしているのだと、彼女の行動を肯定した。


「――ねえ、ラリカ=ヴェニシエス。……その、エクザは……」


 フィディアが、驚いたように私の事を見つめながら、思わずといった風情で口を開く。

 ――しかし、そこから先は言葉にする事が出来なかった。


「――地上に出るから、ラリカちゃん、フィディアちゃん! 気を付けてっ!」


 ――フィックの鋭い声が。私達の間に割って入った。



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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

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