第五十一三話「大馬鹿娘の大事な想い出」
「っやーやー! ごっめんねーっ! セトちゃん! くろみゃーちゃんっ! もーっ、お祭りだし人は多いし、ちょーっと出るだけで大変だったよー!」
――セトに託された『マウエルの小さな花』を魔法で仕舞い込み終えたところで、廊下からバタバタと賑やかな足音が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開かれた。
相変わらず胡散臭いほど満面の笑みを浮かべたフィックが、陽気な笑い声を上げている。
「――って、ええ!? どーしたの!? セトちゃん!?」
部屋の中に二歩ほど踏み込んだところで、ようやくセトの泣き跡に気がついたらしい。慌てて窓際に駈け寄り、椅子に座るセトの隣でかがみ込んだ。
「え、ええ……と……、こ、これは……」
予想外の事にどうやって誤魔化すべきか咄嗟に思いつかなかったのだろう。しどろもどろになったセトが、私の事をフィックから隠すようにさっと抱きかかえた。
――仮にフィックが知らなかったのなら、別に私の事を隠さなくても、私が話すことなど誰にも分からないだろうに。
お陰で、私とのことで何かあったことを察したらしい。フィックが『一体、何事か』と問い掛けるような視線をこちらに向けている。
「……すまん。ばれた」
「――なにが!? ――って、もしかして話せること……!? いーったい、私がちょーっと離れた間に何がどーなって、そんなことにっ!?」
仕方なく端的に状況を説明すると、私が声を発した事で事情を察してくれたらしい。一瞬で理解の色が浮かび――すぐにより大きな疑問符が浮かび上がった。
……まさか、セトの治療の事を口にする訳にもいかんしな……どう、説明するか……
どうした物かと眉間に皺を寄せながら考えていると、フィックの顔に段々と何かを察するような表情が浮かび始める。
「――っハ!? くろみゃーちゃんが話せる事がばれて……セトちゃんが泣いて――っまさか!?」
「――いや、待てっ!? フィー! お前は一体、何を察した!? 何を考えた!?」
黙り込むうちに、フィックの顔に浮かび始めた『要らぬ』理解の色に嫌な予感を覚え、釘を刺す。しかし、フィックは私の焦りに遠慮すること無く、驚愕を顔に貼り付けながら言葉を続けた。
「まさかくろみゃーちゃんが、私が居ない間に、ついに獣の本性を明らかに……!」
「ち、違います……!」
そんなフィックの言葉を聞いて、セトは慌てた様子で否定の言葉を差し挟んでくれるが、やはり事情を説明出来ないのだろう。それ以上言葉が出てこない様子で、私を胸元に抱え込んだまま両手をやりどころ無く彷徨わせている。
――しばらくの間、フィックは赤い目をそっと細めセトの事を見つめていたが――すぐに、ふぅとため息をついた。そして、手を伸ばすとセトの胸元から私をすくい上げる。
私の事を取り上げられたセトが、酷く慌てた様子で手を伸ばすが、そのままフィックはセトから少し距離を取り、私にそっと顔を近づけた。
「……なにか、言いにくいこと?」
「……ああ」
「――ん。わーかった。詳しくは聞かないよ」
私の答えを聞き、フィックはにこりと明るい笑みを浮かべる。そして、私を抱えたままくるりと振り返ると、窓際で不安げにこちらに顔を向けているセトに視線を向けた。
「あ、でーも。セトちゃーん、一応聞いておくけど、くろみゃーちゃんに口止めされてるんじゃないよね?」
「違います……」
ニシニシとした笑みを浮かべたフィックが今度はセトに問うと、セトは大きく否定するように首を左右に振った。フィックはうんうんと大きく頷くと、セトに向かって歩み寄る。
「よーっし、じゃあ、早く気分を切り替えないとねっ! ほらほらー、皆そろそろ出発する頃じゃないかな?」
言いながら、フィックはそっと取り出した布でセトの目元を抑えると、窓枠に私を抱えていない方の手を掛け、大きく身を乗り出した。窓の外では、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まりかえり、集まっていた各教会の一団が大きく切り取られ、なにやら中央に皆が集まっていた。
集まっているのは、レシェルやラクスと言った高位の聖職者と思われる人々である。
――どうしたのだろう? 疑問に思い、よくよくその一団を観察してみると、聖職者達に混じり、ちらりと紫檀のような杖と、赤い刺繍の入ったローブを着た人々がちらほらと混じっているのが見えた。その特徴的な組み合わせに、思い当たる存在があった。
――ヨルテ族か。
町から町へ、人を、物資を運ぶヨルテ族。
今までは二人ほどしか見かける事の無かった彼らが、今回は十人ほど居る。
――まさか、あの一団をすべて転移させるのか?
確かに、ラリカからこの祭りの後、各地の巡業が始まるというのは聞いていた。一体いつ出発するのだろうかと思っていたが、どうやらこの場から直接各地を巡り始めるようだ。
――見つめるうち、一際豪奢な装束に身を包んだ老人が、集団の中からヨルテ族に向かって踏み出した。相対するヨルテ族からも、首から大きなネックレスを下げた一人の男が向かい合って歩き始める。
老人が何か書面を取り出し、ヨルテ族へと差し出した。書面を受け取ったヨルテ族の代表らしき男性は、首からネックレスを取り外し書面に押し当てた。
――すると、ネックレスが、ぼうっと発光を始める。
「――もーすぐ、送りの花が咲く時間だし、もーちょっとこっちおいでよ。窓の正面の方が、『ドーン』って振動が来て、たのしーよっ!」
「……はい」
厳粛なやり取りが行われているのは何処吹く風で、フィックがセトを一度立ち上がらせて、彼女の座っていた椅子を窓の正面に置いた。セトをゆっくりと椅子に座らせると、膝の上に私を乗せる。どこかワクワクとした笑みを貼り付けながら、楽しそうにフィックがずりずりと椅子を引きずりセトの隣に並べた。
「……『送りの花』?」
――もはや、言葉を発する事を隠す必要がなくなった私が、二人の会話に、疑問を差し挟んだ瞬間。
『ドンッ』という激しく空気を揺れ動かす振動と共に、空に巨大な光の華が咲き誇った。
「おーっ! やーっぱ、おっきいねー!」
――それは、夜空に咲く色とりどりの光の華。
突然の爆音に驚いたセトのせいで揺れる視界の中。
きゃっきゃと、子供のように喜ぶフィックが見上げるのは――
「――花火……だと……?」
――生まれ育ってから、何度も見てきた。日本の夏の風物詩。
『花火』だった。
――なぜ? こんな所で、花火が?
一瞬ここが生まれ育った自分の世界では無いのか? そんな妄想が浮かぶ。
しかし、目の前に見える石造りの壁面も。自分が膝に乗っている少女の衣服も。少女自身も。紛れもなくここが『ラリカ達の世界』であることを示していた。
……いや、いくら世界が違うとは言え、花火が存在しても不思議は無い。
つい、冷静さを失い迷走しかけた思考を理性が抑えにかかり、じわじわといつの間にか興奮で逆立っていた毛並みが戻っていくのを感じる。
……いやはや。
まさか、こんなところで花火を見ることが出来るとは思わなかったが……
――中々悪くない。
……故郷の風物詩を見ることが出来るとは、思わぬ収穫があった物だ。
そう思いながら、次々に空へと上がっていく麗華を眺めた。
「……確かに、これならセトも楽しめるな……」
「……はい」
「でしょーっ! これはねー『マウエルの大花』って言うんだ!」
思わず呟いた言葉に静かに返すセトとは対照的に、フィックはまるで我が事のように自慢げに返した。フィックは、見上げていた視線を隣に座るセトの膝の上に向け、うざったい笑みを浮かべると、目の前に上がる花火の説明を始めた。
――少々、その表情に説明されるのが癪に障るが、物が物だけに、興味が抑えられずに花火――改め、『マウエルの大花』から視線を逸らさずにフィックの説明に耳を澄ませる。
だが、次の言葉が耳に届いた瞬間。私は思わず目を見開いた。
「――今から、大体十年くらい前かな? ファナ……ユルキファナミアの声を聞いたマウエルさんが、作ったから『マウエルの大花』――つまりはっ、これはユルキファナミア教徒にとーっても縁があるんだよっ!」
……なんだと?
今……フィックは、なんと言った?
……十年、前……?
……ユルキファナミア……『雪華』が、作らせた……?
――脳裏に浮かぶのは、浴衣姿の銀の少女。物珍しげに、空を見上げる――懐かしい記憶。
「……馬鹿な」
「――あーっ! バーカってひっどいなぁ! くろみゃーちゃんっ! せーっかく、人が解説してるのに……って、っえ、くろみゃーちゃん……?」
――馬鹿な。
――そんな、馬鹿な……
……だが、だとすれば。もし、本当に、そうだとすれば……っ!
気づけば、フィックの声も。目の前で耳をつんざくような爆裂音と共に、美しい軌跡を残す花さえも。すべてが遠のいていた。
――再会したアイツは、言っていたでは無いか。あれは、『ほんのひと時』の事だと。
――『思い出した』と。
そう言って、長年の私の想いを、『気持ち悪い』と切って捨てたでは無いか。
……だが、私はちゃんと覚えている。
十年前。アイツと出逢った頃、アイツが花火の事を良くは知らなかったことを。思い入れのひとつも無く、『綺麗な火花』と風情の無いことを口にしたことを。
そうだ。よく、覚えている。なにせ、アイツが初めてうちに来たとき。アイツに線香花火を教えたのは……
――俺だ。
――線香花火……っ!
――ハッと、脳裏に先ほどセトから受け取った藁束のような物が浮かんだ。
……アレは……あの、束は……『マウエルの小さな花』――それは、『マウエルの大花』と対を成す存在だろう……ならば、それはそう……小さく燃える花火……つまり、線香花火……では、ないのか……?
なら、アイツは、あの雪華は、こっちの世界に戻ってから、自らの教徒の手を借り、共に見た花火を再現したというのか……?
……わざわざ。そんな事をするのに。一切の思い入れが無いというのは――無理がある。
「――どうしたの!? なんで、今度はくろみゃーちゃんが泣いてるの!?」
「――え、あ……ユ、くろみゃーさん……?」
「――な、あ、いや。なんでもない。少し、目を見開いていたせいで、乾いただけだ」
慌ただしくフィックがこちらに身を乗り出しながら、焦った様子で声を掛けてくる。
――気づけば、一粒、たった一滴だけ。気がつかないうちに涙が流れ落ちていた。
雫が手の上に落ちたセトが、戸惑いを露わに声を掛けてきた。
無駄な心配を掛けないように二人に向かって誤魔化した。
「あ……あー、うん! 綺麗だもんねっ! くろみゃーちゃんも、見とれちゃったんだねっ! 実はねー、この――」
フィックが、私の言葉を聞いて明るい声を返し花火の――『マウエルの大花』の説明を続けてくれる。その解説を聞きながら、もう一度、窓に切り取られた夜空に咲く花々を見上げた。
「何が、覚えていないだ……馬鹿……」







