第四十九話「ラリカとフィディアのお披露目会」
赤と白の花びらが白亜の町並みを染め尽くすように舞い散っている。
その中を、金色の紋章が刺繍された色とりどりの紋章旗が翻っていた。金管楽器や、打楽器らしきものを吹き鳴らし――打ち鳴らし。奏でられる賑やかな楽団演奏と共に、舞い散る花びらと同じ赤と白――そして金色の帯紐を身につけた美麗な踊り子達が、聖国の中では数少ない幅広の通りを覆い尽くすように行進していく。降り子達が手に持つ薄く紗の入った布地が日の光を透かし、きらりきらりと光の帯を空に描き出していた。
多数の踊り子達に囲まれるように、巨大な山車のようなものが用意され、一際巨大な紋章旗が二旗掲げられている。赤を基調としたビロードのような光沢感を放つ、高級感のある生地に金糸で装飾が施された旗と――蔦花の複雑な紋様が織り込まれた白い旗だ。
――おそらくは、それぞれユーニラミア教会そしてユルキファナミア教会を示しているのだろう。
「おーっ、見てっ、見てっ! くろみゃーちゃんっ! ――ラリカちゃんっ! ラリカちゃんだよっ!」
そんな事を言いながら、ぴょんぴょんと跳ねるフィックのせいで揺れ動く視界で、二大教会の権力を示すかのような巨大な旗の下、不敵な笑みを浮かべるレシェルの隣で周囲に笑顔を振りまくラリカの姿が小さく見えた。
ちょこんと装飾の施された椅子に座らされているラリカは、ふんわりとした落ち着き払った大人びた笑みを浮かべながら、膝の上に白い杖を持った左手を乗せている。
……手に持つ杖がいつも持っている物と違う。
あれはレシェルから渡された神器のはずだ。あの杖――神器を受け取ってからも、ラリカはずっと杖を仕舞い込んだままいつもの杖ばかり持っていたはずだが、どうやら流石に、せっかく下賜された杖をこの場でまったくお披露目しないという訳には行かなかったらしい。
持ち慣れない杖が手に馴染まないのか。さっきから見ている間にも、何度もその杖を握り直している。その仕草は堂々とした立ち居振る舞いと対照的で、妙に子供っぽく見えた。お陰で、これほど多くの人々を前にしているというのに、発表会前の子供のような奇妙な愛嬌を放っている。
聖国の人々にとって、『初めてのお披露目』となるこの祭り、果たしてラリカは受け入れられるのだろうかと内心わずかに心配していたが、どうやら反応は上々。敬意を示して頭を下げる聴衆ではあったが、どこか親しみを持った笑みを浮かべながら、隣で共に見物する物と何事か囁き合っているのが見えた。
……それに比べて……『あっち』は――難儀だな。色々な意味で。
ちょうど、ラリカと反対に位置する場所に座る、金髪の娘に視線を向けながら、思わず苦笑が漏れた。
そこに居る金髪娘――フィディアは、堂々とした表情で正面を見つめている。
――いや、堂々として……居るように『見える』といった方が正しいだろうか?
さっきから一ミリも動いてなるものかとばかりに動かないのは、おそらく緊張して周りを見ている余裕も無いのだろう。……なんとか周りには気がつかれていないようだが、ラクスが時々心配そうにフィディアの方に視線を向けているのが見えた。
「……うん。セトちゃん、こっちこっち。そうそう――」
聞こえてきた声に誘われて視線を戻してみると、フィックがセトの手をしっかりと握りしめ、道をまたぐように臨時に設けられたらしい階段状の物見台にセトを誘っていた。
――高い場所に上っても、セトは目が見えないというのに……随分危険な事をするものだな……
台の上に板を渡しただけのような、『安全』という物が考慮されているとは思えない物見台の上にごった返した人々を見て、内心、そう思わないでも無かったが、しっかりと握られた手を見て、緊張で固まってしまっているフィディアと見比べ、恐らくフィックがしようとしている事を察し、私は何も言わずに二人の事を見守った。
「いい? セトちゃん、こっち――この正面にフィディア=ヴェニシエスが居るからねっ!」
「――フィディア……」
狭い足場の上で、器用に立ち回りながらセトの後ろに回り込んだフィックが、セトの両肩を後ろからがっしりと抱きしめ、セトをフィディアの方を向かせた。ちょうど、こちらに向かってくるフィディアとは正面から向かい合う形になる。
……果たして、今のフィディアがセトの姿を見つける事が出来るのだろうか……
「よっし、じゃー、私がしーっかり支えといてあげるから、セトちゃんは大きく手を振っちゃえっ!」
「――は、はい……」
一抹の不安を覚えながら見守っていると、セトがフィックに言われるまま、見かけによらず随分思い切った大きな動きで右手を振った。周りで行進を見ていた人々が、少女が不安定な足場の上で手を振る姿に、ぎょっとした視線を向けている。
――しかし、フィディアはこちらに視線を向けない。……ただ、正面だけを向いている。
「――ああっ、もう、叫んじゃえっ! 『フィディア!』って」
業を煮やしたフィックが、ぶんぶんと手を振っているセトの後ろからそんな事を叫ぶが、セトは反対に手の動きをぴたりと止めてしまった。
「……それは……フィディアに悪いから……」
セトは、自信なさげな……相変わらず消え入りそうな声でささやき首を振る。一瞬の硬直の後、再び手を振り始めたが、その姿は、先ほどまでの思い切りの良い姿とは違い、どこか生気が無いように思えた。
先ほどのあの振り方で気がつかなかった以上、こんな慎ましやかな仕草ではフィディアに気づかせるのは難しいと思えた――が、どうやらそんなセトの姿に気がついた人物がいたらしい。
フィディアの隣で周りに品の良い笑みを振りまいていたラクスがセトの存在に気がついたのだ。
ラクスは口元の笑みを隠しながら、フィディアの肩をちょんちょんと突つく。すると、フィディアはギリギリとした油の切れた機械人形のような動きでラクスを振り返った。ラクスが悪戯っぽく私達の居る方を示すと、フィディアは再び硬い動きでこちらを向き――表情を激変させた。
――まさしく、華が咲いたようというのだろう。心の底から安心したように笑みを浮かべたのだった。急に『フィディア=ヴェニシエス』が笑みを浮かべたことに驚いたのか、周囲からざわめき声が聞こえはじめる。
しばらく、そのままフィディアは笑みを浮かべていたが、すぐにはっとした表情を浮かべると、取り繕ったつんと澄ました表情を浮かべて、なんでもないかの周りを見回しはじめた。
――まるで、さも自分はさっきから緊張などしていなかったような仕草だった。
……とんだ意地っ張り娘も居た物である。
「良かったねっ! フィディア=ヴェニシエス、セトちゃんにちゃんと気づいたみたいだよっ!」
「……そう……ですか……良かった……」
頬を赤らめているフィディアを見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべたフィックが喜びの声を上げ、ラクスが声を掛けた事を伏せてセトに説明すると、セトはほっとした声を出した。
――その時だった。
今度は先ほどフィディアが笑顔を浮かべたときに数倍する歓声が沸き上がる。皆が歓声を上げながら動いたせいで、粗末な造りの物見台がぐらぐらと不安定に揺れた。
――な、何事だっ!?
何事か事件が起こったのかと慌てて視線をラリカ達の居る方に向けると――満面の笑みを浮かべて小さくこちらに手を振る主人の姿が見えた。
……どうやら、フィディアの反応を見て、私達がここに居ることに気がついたらしい。
さっきまでの落ち着き払ったどこか硬かった表情とは違い、自然に浮かべているどこか無邪気さを感じる笑顔は、周囲の観客をことごとく虜にしてしまったらしい。周囲の人間は狭い板の上から身を乗り出すようにして、ラリカの方を見つめていた。
……一方で、皆の視線を一身に受けている小さな主人は、口元を小さく『くろみゃー』と動かしているのが見て取れる。
――まったく、この状況で返事など返せるはずもないというのに……
主人の無邪気な反応に、思わず苦笑しながら尻尾を振って答えた。そんな私のメッセージをちゃんと受け取ってくれたのか、ラリカはもう一度軽く首を傾けにっと笑うと周りの観客に視線を戻した。
……なんともまあ、可愛らしい物だな。
……うむ。悪くない。
とはいえ――
「フィック……良ければ、そこで落ちかけている馬鹿者を助けてやってくれ……」
「え? ――っぉおっ!? こりゃ大事だっ!? お、おじさぁーんっ!」
ラリカに見蕩れすぎたが為に、今にも板の上から落ちかけようとしている隣の壮年の男性の事をそっとフィックに伝えると、慌ててフィックはセトを支えたまま手を伸ばし、男性を板の上に引っ張り上げるのだった……
***
ラリカ達の行進が通り過ぎた後、メインイベントは終了とばかりに周りの観客が三々五々にばらけていく。押し合いをしないようにゆっくりと物見台から立ち去っていき、後には人混みを避けようとする酔狂者だけが残っているようだった。私達もご多分に漏れず、セトを庇いながら物見台を降りた。
「――さぁさぁ、そーれじゃあ、ラリカちゃん達の先回りをして広場に行かないとねっ!」
フィックは地上に降りると、明るく私達に言うがいわれたセトの方はさっと表情を曇らせた。
「……私がいっしょだと間に合わないと思います。……だから、もう、置いていってください」
どうやら、自分の人混みを歩く速度を懸念しているらしい。
確かに、セトの言うとおり、彼女の歩く速度は先ほどの行進の歩み寄りも幾分か遅い。
ましてや、行進に合わせて歩く人々がこの先をふさぐように移動している事を考えると『行ったは良いが終わっていた』などという事にもなりかねなかった。
――だがしかし、まさか目の見えない彼女を置いて行く訳にはいかないだろう。
頭の中に浮かぶのは、路地裏に倒れていた……幼い黒髪の少女の亡骸だった。
ラリカの晴れ舞台を見ることが出来ないというのは、些か寂しくはあるが目の前の少女を置いていけない以上、仕方が無いことだろう。
――そう考えれば、初めから最終的な到着地点で待っていた方が良かったかも知れんな。
若干後悔混じりに反省していると、私の乗っているフィックの頭がぐるりと動いた。
「――なーに、言ってるの? 言ったでしょ? 『今日はおねーさんに任せて。一緒にお祭りを楽しもうよ』って。だーかーら、もうちょーっとだけ任せといてよ!」
「……え?」
フィックはそう言って、悪戯をもくろむ子供のような笑みを浮かべると、戸惑うセトの手を引き、雑踏の中をゆっくりと歩き出した。







