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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第四章「ラリカ=ヴェニシエスは何かを見つけた」
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第四十八話「市場調査?とイベントの始まり」



「おねーさん! 私達、明日もまだここに居るから、無くなったらまた買いに来てよっ!」


「うーんっ! 分かったー! ありがとー!」


 出店を離れようとしたとき、他の客の対応をしていたはずの女性が、大声で叫んだ。先ほどのフィックとのやり取りを見ていたのか、できあがりを待っていた年嵩(としかさ)の男性も、ニコニコとした表情でこちらを見ている。


「いよーしっ! じゃあ、早く食べようかっ! んーどこが良いかな……」


 子供のように大げさな動きで手を振り終えたフィックは振り返り、きょろきょろと餌を探す野鳥のように首を振って周りを見回した。


 フィックの言葉を聞きながら、その右手に持っている数々の品に呆れた視線を落とす。フィックが後生大事に握りしめている品々の中には、串焼きなども多数含まれていた。


 ……まったく、こういうのはその場で食べた方が美味しいだろうに……


「――あったぁ! よーし、じゃあ行こうかセトちゃん!」


 やがて、どうやら休憩出来る所を見つけたらしいフィックが楽しげな声を上げた。


 どうやらそこは祭りに伴い臨時で設けられたらしい。箱状のテーブルと椅子が適当に並べられ、すでに多くの人々がそこで休憩しながらそれぞれなにか口にしている。


「気を付けて座ってね。そうそうそっちそっち。よしよし、そのままそのまま……」


 その中の空いた一つに、フィックはセトを座らせてから、自分も向かいの空いた席に腰を下ろして向かい合った。手に持った荷物を、目の前にあるテーブルの上にどんと載せる。


 ――ああ、なるほど。これは木箱を流用して作っているのか。


 そこでようやく、目の前にあるテーブルも、今腰掛けている椅子も。すべて、単なる木箱が置かれているだけだという事に気がついた。どうやら、みかん箱を使って勉強机を作るようなノリらしい。


 ……どことなく、その手作り感が中高の文化祭を思い出して懐かしい。

 だがまあ、祭りの間だけ持てばよいという事を考えれば、十分過ぎるほどの品物であろう。


 ――それにしても……随分と買い込んだものだな……

 机の上に並べられた各種雑多な品々を見ながら、改めてその物量に圧倒された。


 大部分は食料品……串焼きに、さっき買った木の実。固めのディプシズのようななにか穀物を焼き上げたらしいもの。赤いソースの掛けられた麺類……果物の類いが入ったクレープのような見た目の御菓子らしきもの……


 ――これは……女子二人で果たしてこれだけの物量を食べきれるのだろうか……?

 ……こっちは……あまり、食べそうな体型には見えんがな……


 本当にご飯をちゃんと食べているのか不安になるような、ほっそりとしたセトの肢体の輪郭にじっと視線を()わせながら考えた。


 ……いや、『やせの大食』いなどという言葉もある以上、ひょっとするとこう見えて健啖家という可能性もある……が、期待は薄そうだった。


 しかし、そうなると……まあ、元々自分が買った物だ。脳天気に今も目を輝かせて、今にも舌なめずりし出しそうなフィックにすべて食べて貰おうか。


「ど・れ・に・し・よ・う・か・なっと! ――これだっ!」


 そんな事を考えているうちに、机に並べられた串焼きを手にとったフィックは嬉しそうな表情を浮かべた。


「んー! 美味しいっ!!」


 フィックは、一口串焼きを頬張ると、これこそが生の実感とでも言うように、嬉しそうに目をつぶった。そして、軽く目を開くと、セトの様子をうかがうようにちらりと視線を走らせた。


「いっやー、ドキドキしたよー。あんな人混みじゃ、落ち着いてご飯に出来ないでしょ? 空いてて良かったね! あーと少し遅かったら、冷えちゃって悲しいことになるところだったよー! ほらほら~、セトちゃんも口開けて。食べさせたげる!」


 言いながら、フィックは自分が口をつけた串焼きを置き、別の串焼きに持ち直してセトに口を開くようにいった。戸惑った風情でセトが助けを求めるように軽く左右に顔を振るが、周りには私達以外に人が居ない。


 笑みを浮かべながら、遠慮無く串焼きを差し出してくるフィックの気配を感じたのか、多分に戸惑いを含んだまま、セトが小さく口を開ける。


「これは串焼きだよ。――中に串が入ってるから、気を付けてね?」


 ちゃんと注意すべき所は注意しながら、フィックがセトの唇にそっと串焼きを触れさせた。一瞬ビクリとセトが身を引くが、軽く匂いを嗅ぐようにして確かに食べ物だと納得したのだろう。おずおずとした様子で串焼きに口をつけた。その姿を見て納得がいった。


 ……ああ、買ってすぐに食べなかったのはそういうことか……


 どうやらちゃんとフィックは、セトに食事させる事を考えて機会をうかがっていたらしい。目の見えないセトでは、歩きながらの食事という訳にも行かない。ましてや、熱々の食事を食べさせるというのも難しいだろう。下手をすれば火傷の一つも負いかねない。


 ちょうど良い塩梅に食事の温度がなって、落ち着いて食事が出来る場所というのが『今』であり、『この場所』だったのだろう。そう考えれば、先に自分が一口食べて見たのも、おそらくは同じ理由か。食い意地が張っている訳では無く、それとなく食事の温度を確かめていたのだろう。その証拠のように、今はセトの食事の世話をせっせとして、自分の分は置いたままだ。


「……美味しい……」


 ごくりと喉を動かしたセトが、思わず漏れ出たように呟いた。その言葉を聞いたフィックは、ほっとしたように笑うと、少し調子に乗った笑みを浮かべた。


「いっよーし、どんどん食べてこーねっ! 食べ物はいーっぱいあるからっ!」


 ……もしも、セトが明らかに満腹になった様子になれば、止めることにしよう。


「――くろみゃーちゃんもいーっぱい食べて大丈夫だからねっ! 『私達』で全部食べきるよ!」


 ――笑顔で私を抱え直したフィックに、残飯処理に巻き込まれそうな気配をひしひしと感じ、静かに私は大きく息を吐き出すのだった。


***


 ――食べた。全部……食べきった……

 

 ……いや、だからといって大量に私が食べた訳では無い。

 ……かといって、セトが実は案外大食らいだったという訳でも無い。


 むしろ、串焼き一本と、木の実いくつかで満足そうにしている彼女は、思っていたより小食だったと言えるだろう。正直に言ってしまえば、『量を減らす』という一点において、彼女は戦力外も良いところだった。


 ――そう、つまりは……


「みてみて、セトちゃん、くろみゃーちゃんっ! あそこ、あそこっ! 『マウエルの小さな花』が売ってるみたいだよっ! ちょーっと見に行こうよ! フィディア=ヴェニシエスの分も買いに行くんでしょ?」


 私の少し重くなった腹の下で、元気に随分と軽くなった右手を振り回しながら、セトの事を引っ張っている(かしま)し娘がすべて食べきってしまった訳である。


 ――いや、おかしいだろう!?


 フィック自身、見た目はどちらかというとやせ形の女性である。それが、この姿になる前の私――つまりは成人男子でも食べきれるか怪しいあの量をぺろりと食べきってしまうのは……ぞっとする話である。


 これが……『影喰いの姫か……!?』と(おのの)くしか無い。


 だが、考えてみれば『ちゃんとご飯を食べる』『健啖家(けんたんか)だ』というのは好ましい特徴と考えられなくも無い話だ。あまり、こんな事で衝撃を受けていては失礼というものだ……


 ……そう、理性はブレーキを掛けるのだが、しかしながら、衝撃を受けたという『事実』はいかんともしがたいものがある。


 仕方なく首を振ってため息をつき、散漫になっていた意識を整えた。


 ――首を振ったせいで、セトがどこか期待と不安が入り交じった表情を浮かべているのが目についた。


 胸の辺りで、左手をきゅっと握り締めながら、通り過ぎる人々に注意を払いつつ、フィックが進む一点に顔を向けている。


 時々、堪えきれなくなったように少し体を前傾姿勢に傾け、すぐになにか怖くなったかのように身を引いて……まるで、振り子のように微かに動く体は、彼女の心情を表しているように思えた。


 ……なんだ? よほど、この店が気になるのか?

 今までに無い彼女の反応に、若干の興味を惹かれるが確かめる術も無く、ただ彼女のためらいを眺めた。


「セトちゃん、着いたよ」


 一つの出店の前で立ち止まったフィックが、セトに向かって優しく声を掛けると、セトはほっそりと露出している肩をビクリとふるわせた。


「おじさーん、『マウエルの小さな花』五束くっださいなっ!」


「はいよ。一〇〇〇カルロだ」


 子供がお使いに行くような猫を被った声で、フィックが少し強面の店主に声を掛けると、にやりと笑った店主が、店先に並んだ藁のような棒状の束を五束と、オマケとばかりに何か紙切れを手に取り一緒にフィックに手渡した。フィックは受け取った商品を見ると、ぱっと明るい笑顔を浮かべ、店主の顔をじっと見上げた。


「わぁっ! どーっしたの!? これっ!」


 フィックに笑顔を向けられた店主の方は、どこか照れたように笑うと、日に焼けて赤らんだ鼻の下をごしごしと擦った。


「いやぁ、そりゃな……お前さん、随分久しぶりじゃねえかっ! 元気にしてたのかよ!」


 ――どうやら、店主とは知人だったらしい。笑顔を浮かべたままのフィックが、ますます笑みを深めるように目を細めた。


「……あはー、やはは……やーっぱり覚えてました?」


「そりゃぁ、そうさ。……お得意さんの顔をそうそう忘れる訳ゃねぇ。ここんところ顔を見ねぇから、体でも壊したかつって、皆心配してたんだぞ?」


「あーそっれで……じっつはここ三年ほどは、ずーっと王都の方に遊びに行ってまして……」


「『遊び』ってのが、またお前さんらしいな……それで、そっちの嬢ちゃんは、あの時の子か?」


 ――あの時……?

 セトの方に視線を向けて問い掛ける店主の言葉に首を傾げていると――世界が急に勢いよく左右にぶれたっ!


「ん? っんー……って、くろみゃーちゃん、痛い痛い! 刺さってるっ! 刺さってるっ!」


 慌てて適当な返事を返しながらフィックが、ダメダメというように高速で首を左右に振り回したらしい。急な加速につい、咄嗟に振り落とされないように爪を立ててしまった――フィックの頭に。


 フィックは賑やかな声を上げながら痛みを堪えるようにしゃがみ込み、私ごと頭を抑えた。


 ……悪い、とは思うのだが、声を出すことが出来ない私は、仕方なく右前足でフィックの頭をぽんぽんと叩いた。


「……あ、ああ……」


 珍妙なフィックの奇行に、流石に知人らしい店主も『引いた』ようだ。絞り出すように声を出しながら私達の事を見つめている。その顔をみたフィックが、涙目のまま『きゅぅ……』という謎の鳴き声を上げながら今度はゆっくりと左右に首を振ると、店主は納得がいったように一つ頷いた。


「それで、そっちの嬢ちゃんも『マウエルの小さな花』を買っていくかい?」


 店主が今度はセトに向かって声を掛けた。


 セトは僅かに逡巡(しゅんじゅん)していたが、すぐに静かに力強く頷いて見せる。

 唇をきゅっと結び、フィックがしゃがみ込む際に離されて自由になった右手でそっと一本指を立てた。


「おう。一束な」


 また、(わら)束のような何かを手に取った店主が、店から身を乗り出してセトに向かって差し出す。目の見えないセトは、気配で察したのか探り探り二歩、小さく足を進めると、ふらふらと探るように手を彷徨(さまよ)わせた。


「――こっちだ」


 店主は、セトの姿を見てどこか悲しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべ直してセトの手に乗せるように藁束を渡した。セトが、手元にやって来た束を、愛おしげに左手で一度撫で、取り出した硬貨を店主に向かって差し出しす。


「――まいどっ」


 店主は、朗らかに声を返した――

 ……だが、その声をかき消すように『ゴーン』、『ゴーン』という荘厳な鐘の音が辺りに響いた。



 ――波のように歓声が広がっていく。


 ――そしてそれは、ミアヴェルデのメインイベントが始まった合図だった。




すみません。7/22更新予定分について、更新が一週間遅れます。

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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

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