第四十六話「厄介な魔法」
「この世界にはちょーっと、やっかいな魔法があるんだ」
フィックが密談でもするように声を潜めながら、巫山戯た口調とは裏腹に……真剣な瞳で私を見つめていた。
「原始魔法――って、知ってるかな?」
「……ミギュルスと戦ったとき、ラリカから聞いた。……魔獣が使う魔法だと聞いている」
『原始魔法』という言葉を聞いて、思い浮かぶのはリベスで戦った『ミギュルス』が放った、針のような砲弾を飛ばしてきた魔法だ。そのせいで、ラリカを庇おうとしたアリンが大怪我を負ったのは記憶に新しい。
……しかし、魔獣が使うという魔法と、今の状況にどういうつながりがあるというのだろうか?
「あー、そういえば、ラリカちゃんとくろみゃーちゃんは、ミギュルスと戦ったんだったね。――いやー、なら、話が早くて助かるよー!」
説明の手間が省けたからだろうか? フィックが安心したように笑い、息を吐き出した。
「……ミギュルスと戦ったとき、すっごーく硬くなかった?」
「ああ……確かに、あの時は――」
――そう。確かに、ミギュルスと戦ったとき、もっとも厄介だったのはあの毛皮の硬さだ。
……そういえば、それも魔法によるものだと、ラリカが言っていただろうか?
実際、見た目からして固そうな毛並みではあったが、そんな想定を遥かに上回る固さだった。
結局、あれだけの魔法が使われたにもかかわらず、明確にミギュルスにダメージを与えられたのは、ラリカの持っていた神器と『神炎』だけだったはずだ。
――思い出しながら説明すると、フィックはさもありなんといった様子で頷いている。
「そーなんだ。……うん、じゃーわかりやすいと思うけど、原始魔法のやっかいな所はね? それは術式魔法とは全然違う魔法だってことなんだ……たとえば、すっごーく硬かったり、よく分からない『影』を操ったり。……後は、身体能力がそもそも普通の人と違ったりね?」
フィックがどこかわざとらしさを感じる楽しげな声で、原始魔法の説明している。
――『影』を操る……それは、先ほどフィックが見せた謎の影法師の事を示しているようだ。
しかし、それではラリカから聞いた話と矛盾する……それでは……
「――ちょ、ちょっと待て、それではまるで、魔獣以外にも……」
「……へへ、だから言ったでしょ? 私は『魔族』だって」
――魔族。確かにフィックは自分の事をそのように称していた。
時々、話題には上る言葉だったが、その詳細を具体的に今まで聞いたことは無い。
ただ、王都での吸血鬼事件での反応を見るに、『恐ろしげな存在』として、人々に認知されているらしき事だけが分かっていた。
「くろみゃーちゃんが言う通り、原始魔法は魔獣が使う魔法……でも、仮にそれを人が使えたとしたらどーかな?」
フィックが、試すように私の事を見つめた。
「それでそれで、さらに、原始魔法は人の魔法……術式魔法が出来るより前からあったとしたら……どう思うかな?」
――仮に、自分と同じ姿をした存在が。得体の知れない力を使ったとしたら。
「……迎合か、排斥か……なのか?」
「そうそう。そーいうことなんだ。そうやって、お話しばーっかりが膨らんでいって、『得体の知れない存在だー!』って、『魔族』なんて呼び方をされるようになったけど。……私が生まれた頃は、まだ明確に『魔族』って呼ばれては無かったんだ」
――つまり、それは人々が排斥を選んだということ……そして、フィックが排斥をされた当事者であるという事を示していた。
「あー、ごめんねっ! くろみゃーちゃん、ほんとーに、昔々の話だから、べっつにそれでどうとか思ってる訳じゃないんだ。ただ、私が言いたかったのは、『原始魔法』は術式が存在しないから、もっと、『魔力の流れを見るようにしなくちゃだめだよ』って、ことなんだ。――だからそんな、困った顔、しないで?」
いつの間にか、私はよほど深刻な表情を浮かべていたのだろうか? フィックが慌てたように苦笑いを浮かべながら元気づけるように軽い口調で補足する。
――いかんな。
ついつい当事者であるはずのフィックが気丈に振る舞っているというのに、話を聞いた私の方が心を荒立てていたようだ。
……そんなに見た目に現われて居ただろうか?
「……術式が見えない……しかし……」
なんとか頭の中を切り替えて、フィックの言葉の中から気になったワードを取り上げた。今の話の流れから察するに、『今』私達が置かれているこの状況……誰一人、行き交う人すら居ないこの空間は、フィックの原始魔法によるもの……のように思われたが、それにしては見えにくいものの、術式を見ることができる。
「おー、やーっぱりくろみゃーちゃんは、察しがいいねー? 今、この周りで術式があるから気になるんだ?」
「ああ」
周りを見回しながら聞くと、フィックは話題が変わった事にどこか安心したように大げさに戯けて見せた。フィックの問い掛けに答えるために、もう一度周りを見回してみると、変わらず見えづらいが、確かに術式を見て取ることが出来た。
「それはね。これが私の原始魔法そのままじゃなくて、術式魔法に置き換えているから、なんだ」
「――なぜだ?」
そもそも、原始魔法で実現出来るのであれば、そんな迂遠な事をする必要が無い。わざわざ術式魔法を使うということは……考えられるとすれば、某かの欠点が存在するということなのだろう。
「うん。これも、原始魔法の特性なんだけど凄く曖昧で応用が利く分、どーしても、上手くできない事があったりするんだー」
「出来ないこと……今のこの状況自体を創り出そうとすると、そのままでは実現ができないと言うことか?」
「そう。……私の本当の原始魔法は、さっきの影の方だけど、あの力を使っても私とくろみゃーちゃんを、こうして別の世界に移すことは出来ないんだよ」
「――『別の世界に移す』――だと!?」
「――ちょっ、くろみゃーちゃん!?」
――思わず『世界』という単語を聞いて、過剰に反応してしまった。手の中で前のめりになる私に思わず手を離してしまったフィックが、慌てて空中でキャッチし直した。
「――っぐ」
咄嗟に力の加減が出来なかったのだろう。ふわりと舞い上がった体を掴み治したフィックの手に押しつぶされて、苦悶の声が口から漏れた。
「――って、わぁあああ! ごめんっ! くろみゃーちゃん! ほんっとごめんっ! 大丈夫!?」
「……いや、こっちこそすまなかった」
慌てて私の事を両手でぶら下げ、私の事を四方八方からぐるぐると見回しながら謝るフィックに、突然動いてしまった事を詫びると、フィックはピタリと動きを止めた。
「――もー、びっくりするなぁ……いーったい、どうしたの?」
謝る私に不思議そうに目を丸くしたフィックが問い掛けてくるが、自分の経歴を説明することが出来ない私は、ただ誤魔化すことしか出来なかった。
「いや、なんでもない……」
「……そっか。うん。分かった」
――下手な私の誤魔化しにもかかわらず、フィックは私が何事か言うことが出来ない事があると察したのだろう。それ以上なにも聞いてくることは無かった。
……しかし、こう誤魔化してしまった以上、フィックから詳しい情報を得るのは難しいだろう。
どうして『世界』にそんなこだわりを持っているのかと聞かれては、答えに窮するのが目に見えている。
しかし、フィックは静かに私の事をじっと見つめた後、さも何か思い出したかのように言葉を続けた。
「……『世界を移す』っていうのは、実はミギュルスが使ってる魔法とかも同じなんだー」
「――っ」
驚いてフィックの事を見上げると『にひひっ』と、少し含みのある形に唇を歪めながら、フィックの半月を描いた瞳がこちらを除いていた。
「目の前にあるのに、そこに存在しない。そこに居ないから、魔法だって届かない。わーって必死になって普通に魔法を使っても、よーっぽど威力のある魔法じゃ無いと、触れることも出来ずに終わっちゃう」
「……魔法を使っても、『届かない』……だと?」
確かに、あの時のミギュルスは、地形さえも変えるような魔法の中。毛先さえ灼かれる事無く、ただ魔法の圧力で押さえつけられているだけに見えた。
後は、レシェルと初めて対面したときのフィックもそうだ。フィックは全身でレシェルの魔法を受け止めた。明らかに魔法で防御した仕草は無かったにもかかわらず、目の前の女性は傷一つ負っていない。
――つまりは、それらが目の前に確かにあるのに、存在しない状態だった。そう、フィックは言いたいようだ。
「――私はそんな世界の間をつなぐ魔法を研究してるんだ……ほら? シェントさんが、作ってあった隠し通路に入る聖餐台、くろみゃーちゃんの魔法で傷がつかなかったの覚えてる?」
「あ、ああ……まさかっ、アレも……そういうカラクリなのかっ!?」
――正直、思い出したくも無いが、ラリカを探したとき聖餐台の下に隠された隠し通路に入ろうと氷槍を放っても、聖餐台には傷一つついていなかった事を思い出す。
……しかし、そうなると一つ疑問が思い浮かんだ。
――何故フィックが研究していたはずの魔法の成果が、あんな場所で使われていたのか。
「……元々、王都のユルキファナミア教会の設備を使って、私が研究成果の実験のために魔法を掛けてたんだ。――それが、解析されたんだろうね」
私の疑念に答えるように、フィックが悔しそうに答えた。自分の開発した術式が、犯罪に使われてしまった事に罪悪感を覚えているのか、複雑な表情を浮かべている。
――そういえば、王都の教会を管理していたハルト=サファビが、フィックが強化用術式を教会に掛けていたといっていたはずだ。どうやらその強化用術式がこれの事らしい。
「……いや、しかし……それは不可抗力というものだろう」
金色の乱舞する世界の中で、過去の自分を嘲るように唇を噛むフィックを見て、思わずそう声を掛けた。フィックは、そんな言葉を聞いて、逆に私の事を気遣うように微笑みを浮かべた。
「いーや、私の管理が甘かったんだよ。一応、簡単には解析出来ないようにしてたんだけどね。シェントさんを、甘く見てたのかなぁ……」
『管理責任』という言葉でもって責められる事はあるのかも知れないが、それにしても今回は特に、盗んだ相手が自分の上司にあたるはずのシェントである。少なくとも、悪用されたことについてフィックが責められるべき事では無いだろう。
しかし、フィックの様子は小手先で説得しても納得してくれそうに無い。おそらくは、それは永きを生きて来た年長者として――そして、開発者としての矜恃の問題でもあるのだろう。
――どうやら、ここでいくら小手先の言葉を重ねたところで、フィックが心から納得させられそうには無かった。
「……それにしても『ずーっと』とは、また、なぜだ?」
仕方なく、話の方向性を少し変更することにする。先ほどフィックが術式を示したときに発した『ずっと』という言葉。
――それは、果たしてどれほどの期間を示しているのか明確では無い言葉だ。
しかし、先ほどの口ぶりを考えると、我々よりも遥かに永くを生きるフィックが『長い』と。……疲れを滲ませるほどには研究を続けて来たように聞こえた。そこには『研究』という一言だけでは表現出来ない、感傷のような『何か』が含まれているように思える。
……一体、そこに、どんな理由があるというのだろうか?
「あー……実はね? ……ちょっと、『大切な友達』……を、探してるんだ……」
そう言って、フィックは先ほどの影が寄り添っていた辺りをじいっと見つめた。意味深なその仕草に、『まさか』という想像が浮かぶ。
――先ほどの影……そして、存在する『世界が違う』という言葉……もしや、先ほどの影法師は……
一つの仮説が脳裏をよぎる。
「『友達』……? っ、まさか!?、先ほどの影は……!」
――世界が違えば、『触れること』どころか、『見ること』すら出来なくなってしまうのでは無いか?
……ならば、先ほどの影……それ自体が、居なくなってしまったと嘯いた『友達』なのでは……
「あはは……やーっぱ分かっちゃうか……んーでも、『そのもの』じゃないから、安心して大丈夫だよ! さっきのは、また違う『私の魔法』だから! ……本当のあの子は、昔……事故でどこかに行っちゃったんだ……だから、ずっと探してるんだよ。――探さなくちゃ、いけないんだ」
どうやら、私の想像は正しかったらしい。笑うフィックの姿に、得体の知れない恐怖感に背筋に冷たい汗が流れていくのを感じる。
それは、巨大な何かに対峙した時に感じる――畏れと言われる感情に近いのかも知れない。
「……『事故』?」
……頭の芯をじんと痺れさせる茫漠とした感情の波を押し殺す事に熱中していると、つい考え無しに言葉を発してしまったことに気がついた。咄嗟にいらない疑問が口をついて出てしまった。
恐らく、フィックの言葉が正しいのであれば、この質問はフィックの繊細な部分に触れてしまう質問だったかも知れない。
それは、ついさっき、気遣いを見せてくれた彼女に対して、するべき仕打ちでは無い。
……案の定、この話題はセンシティブな物だったのだろう。フィックはどこか寂しそうな表情を浮かべながら私を高く持ち上げると、空にかざしてその向こうに視線を向けた。
遠くを見たまま――迷うように。
――悔やむように。
その視線を揺れ動かしたフィックが自嘲に口を歪め、吐き捨てるように言葉を発した。
「そう、『事故』……ある、孤独に嘆いた愚かな姫を助けようとして、ね?」
――『影喰いの姫』
思い出すのは、ラリカが語ってくれたお話だ。
『――お姫様は、国中のすべてを影の中へと押し込んでいきました。気がつけば、辺りにはお姫様と臣下の二人しかおりません……』
ラリカの話の中の一小節を思い返すと、あの時は目の前の女性と繋がらなかった言葉が今は少し重なって思えた。
……つまり、今フィックが言っている『愚かな姫』それは、いつも馬鹿のように振る舞っている目の前の――
「――だから、私はどれだけかかっても、絶対にあの子を……あの子の……痕跡を見つけないといけないんだ」
考える私の思考を肯定するように、決意を込めた瞳でフィックが自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いた。
『痕跡』と言い直したのは、恐らくもはやその者が生きていない事が分かっているからだろう。だから、せめてその痕跡だけでも……『どうなったのか』だけでも知りたい。そんな気持ちが込められている。
……『去ってしまった、誰かを探す』『誰かを想い続ける』……その気持ちは……。
――よく分かった。
それと同時……諦めそうになる――くじけそうになる気持ちも良く理解出来る。
……たかだか十年、何度諦めそうになったことか。……今回、もし、この世界に来ることが無ければ……私はきっと……
この世界に来る前、故郷に戻り、最後の区切りを付けようとしていた自分の姿を思い出し、目の前の女性に心の底から敬意を抱いた。
――そしてはたと気がつく……原始魔法の説明をするだけなら、自分の過去について、ここまで話す必要は無いはずだ。誤魔化しようなど、いくらでもあったはずだ。……ひょっとすると、今フィックがわざわざその話題を口にしたのは、先ほどの……取り乱してしまった、自分の来歴を話せない私の負い目を、少しでも軽くしようとしての事だったのではないだろうか?
――いつか、話したくなったときに、相談したくなったとき。私が話題を持ちかけやすいように。
そう思ってフィックの事を見ても、彼女は遠い視線を向けるだけである。
――ならば、私から彼女に向かって掛けられる言葉は今は無かった。
ただ……
「……すまない。……ありがとう」
「んーなんのことー?」
礼をいう私に、フィックは軽く鼻歌でも歌うように優しく微笑みながら、愉しげに嘯いた。
そのまま持ち上げていた私を地面に下ろす。
フィックは気合いを入れるように、わざとらしく自分のまっしろな顔を叩いてみせた。
「――さぁ、くろみゃーちゃんっ! しんみりするお話しはここまでっ!いっつまでもこんな話をしてたら、せーっかくの楽しいお祭りが、あーっという間に終わっちゃうよ? くろみゃーちゃんっ! お祭り楽しもうよっ! ねっ!」
「……ああ、そうだなっ!」
――まるで歳を感じさせない、どこか道化染みた言葉。だが、そこに積み重ねられたものを感じ、私はただその言葉に乗っからせて貰う。
私の言葉に満足げに笑ったフィックは、軽く右手を振った。
――瞬間。
辺りに雑踏の音が。人の気配が戻ってくるのだった。
更新遅くなってしまって申し訳ありません。
現在少し慌ただしく、更新が不安定になってます。
土曜日 咲夜修行中!~火傷娘と先輩の。退魔師修行、ことはじめ~
日曜日 ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。
なるべくこの流れでいるつもりですが、
しばらくは『大体』1週間に一度の更新と考えて頂けるとありがたいです。
本当にすみません。
それから。
もうすぐ、『ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。』の投稿を初めて2周年です。
昨年に引き続き、今年もちょっとした粗品を作りました。
詳細は後日Twitterでご紹介させて頂こうと思います。
本当にここまで続けられたのも、読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します!







