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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第四章「ラリカ=ヴェニシエスは何かを見つけた」
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第四十三話「フィックのお誘い」



 ラクスが宣戦布告のように口にしたフィディアに向ける賛辞にも、ラリカは何ら気にした様子は無くむしろ自分の事のように喜びを露わにしていた。そのお陰もあって、(なご)やかな雰囲気で話す私達だったが、部屋の扉を静かに叩く音で会話が遮られた。


 ――トントンと微かなノックが響き、重そうな扉を給仕が開くと、しずしずとした仕草でフィディアが僅かに顔を伏せながら姿を現した。両手には、ポットと私を除く人数分のカップと小さな皿が載せられたお盆を持っている。


 ゆっくりと入室してきたフィディアが、背後の扉の閉まる音と共に顔を上げる。


「――なっ、なにかしら!?」


 ――室内で話していた、私達の視線がフィディアにじっと向けられていたことにようやく気がついたらしい。フィディアが、酷く狼狽(ろうばい)した様子で叫んだ。


「――いいえ。フィディア。貴女の事を、ちょうど話していた所だったのよ」


「お師匠様……? ――その、一体どんなお話しをされていたのでしょうか……?」


 ラクスが誤魔化(ごまか)すようにクスクスと笑うと、フィディアの表情が(にわか)に曇った。カップをテーブルの上に並べながら、お茶を注ぐ手元が微かに震えている。


 ……どうやら、自分のあまり良くない話をしていたのでは無いかと不安に思っているようだ。僅かに恐怖の混じった視線をラクスに向けている。


「いやー、フィディア=ヴェニシエスが参加されるミアヴェルデが楽しみっていう話をしていたんですよー。ほらー私は王都に居ましたけどー、ラリカ=ヴェニシエスは今回初めてじゃ無いですかー? だから、『ミアヴェルデのなんたるか』のお話しになりましてー」


 フィックが、空気を読まない大きな賑やかな声で、フィディアに向かって早口にまくし立てた。


 ――しかし、そんな話は一切していない。

 恐らくフィックはフィディアの様子を見て、フォローするつもりでそんな事を言い出したのだろう。


「そう……私より……」


 ぽつりと、吐き出すように呟きながら、フィディアはラリカに向かって視線を向けている。

 ――駄目だ。どうも、フィディアは妙なスイッチが入ってしまっているらしい。先ほどから話す言葉がすべてネガティブに捉えてしまっているようだ。


 ……どうするつもりなのか、フィックの出方をうかがうと、フィックは口元で笑みを形作ったまま、静かにフィディアの事を見つめていた。


 ――そして、すぐにその口を大きく開く。


「そ、れ、に! 今回、久しぶりにミアヴェルデに普通に参加出来ることになってましてーもう今から楽しみっていうか――言いますかーっ、どこの露店を回ろうかなんて考えてましてー、そーだっ! フィディア=ヴェニシエスー! ひょーっとして、オススメとかあったりしますー?」


 大きく両手を振り回しながら、全身で『楽しみにしている』というアピールをしながら、フィディアに向かって話を振った。話を振られたほうのフィディアは、あまりのフィックのテンションの高さに、先ほどとは違う種類に表情を強張らせながらも、律儀に考え込むように静かにお茶の準備をしていた手を止める。


 ――視界の端で、ラリカが身を乗り出しているのが見える。どうやら、自分が参加出来ない祭りの話とあって、抑えきれない好奇心ががこぼれでているようだ。見上げてみれば、赤い瞳をきらきらと輝かせて二人の話を聞き逃すまいと耳をそばだてている。


「……おすすめ……? どういう系統のお店を回りたいのかしら?」


「んーそーですねー。出来れば、おーいしいものが食べたいですねー」


「……そう、それなら、甘いものは第六水路に沿って出来る屋台がオススメね。……肉類が食べたいなら、広場に出来る屋台で、『アマナギル』という屋台の串焼きが有名かしら……」


「おっ! さっすがはフィディア=ヴェニシエス!、祭りの屋台までお詳しいっ! ――実はー今回くろみゃーちゃんも一緒だから、なーにか一緒に食べられるものがいいなーと思ってたんですよー」


「……エクザも?」


 フィディアとフィックの視線が私にスライドし、それにつられるように二人を見守っていた室内に面々の視線が私に集まった。


「――みゃっ!」


 ――仕方なく、皆の顔を見つめながら一声鳴くと、フィディアの表情がふっと緩んだ。口元にも微かにではあるが笑みが浮かんだ。


 ……本当に、ミルマルが好きなのだな……

 先ほどまでしかめっ面だったフィディアの()けた表情を見て、少しだけ安心する。


 ――思い詰めてしまうと、ちょっとした事でも悪く考えてしまいがちだ。

 だから、目の前に居る少女の心に、私なんぞの鳴き声ひとつで少しでも余裕が出来るのであれば安いものである。


「そうですよー。ラリカ=ヴェニシエスがミアヴェルデに出るので、その間は私が預かることになったんですよー」


 ――フィックが視線をフィディア戻した瞬間、俊敏(しゅんびん)な仕草でフィディアの表情が取り繕ったものに戻った。


 ……それでも、先ほどまでの、どこか思い詰めている表情ではないようにみえる。

 どうやら、少し肩の力が抜けたようだ。カップを握る手の震えも、いつの間にか収まっていた。


「……ああ、そういうこと。――それなら、さっき言った第六水路沿いで、『エイガナルミアの(うた)(あきな)い』が出るはずよ――色々な木の実を注文通りに歌に合わせて混ぜて売ってくれるから……エクザの好みで作ってあげたらどう?」


「『エイガナルミアの歌商い』ですかー! いーですねー!」


「――『エイガナルミアの歌商い』が見られるのですかっ!?」


 ――ついに、ラリカが我慢の限界を迎えたらしい。首を左にひねりフィックに視線を向けた後、卓の上に小さく両手をついてラクスを挟んで右側に座っているフィディアの顔を覗き込んだ。


「――え、ええ。ラリカ=ヴェニシエスもご存じなの?」


「いえ……それが、お話しには聞いたことがあるのですが、私は残念ながら……エイガナルミア教徒はリベスにも居ませんでしたし、祭りに合わせてお誘いしたことはあったのですが、ちょうど食材のルートで問題があったらしく、来て頂けなかったのですよ」


 堪えきれずに口を挟んでしまったのが恥ずかしかったのか、両肩を落とし落ち込んだ様子で、恥ずかしそうにもじもじと指先をもてあそびながら答えた。


「ああ。基本的に彼らは、木の実が豊富に取れる南方(なんぽう)で商いをされているもの。仕方ないわね」


「『エイガナルミアの歌商い』は観光で見る人は多いですけど、ヨルテ族に頼む費用を考えると教会の補助無しだとちょーっと難しいですからねー」


 ――異世界でも、輸送費だなんだと世知辛い話が続くものである。


 しかし、観光で人気という事であれば、ラリカが見たがるのも納得がいく。『世界を見てみたい』などと言っていた少女だ。それが異国情緒のあるものであれば、本心で言えば自分も突撃していきたいに違いない。


「それにしても……本当に、フィディア=ヴェニシエスは、ミアヴェルデの出店にも詳しいのですね」


 少し落ち込んでいたラリカが、感心したように褒めると再びフィディアの表情が曇った。その表情は、過去を想い、無力さを嘆くような。どこか哀切を含んだものに見えた。


「――昔は、良くあの子と一緒に祭りを回ったもの……知っているわ」


 ――その言葉を聞いた瞬間、ラリカが『しまった』という表情を浮かべた。失言だったことに気がついたのだろう。ラリカは一昨日(おととい)フィディアが昔よくセトとミアヴェルデを回ったことを聞いている。


 ……その時の、切なそうなフィディアの表情を思い出したのだろう。


「ややっ!?『あの子』ってのは何処(どこ)のどなたでしょう? ひょーっとして、フィディア=ヴェニシエスの良い方だったり?」


 フィックが、表情の固まったラリカを見ながら場を取りなすように訊いた。

 確かに、フィックはセトの事を知らない。『あの子』などとさも当然のように呼ばれても何のことやらと言ったところだろう。


「――ああ、ごめんなさい。フィック=リスはご存じ無かったわね。……『セト』という私の友人が居るの……この所、ラリカ=ヴェニシエスとも御友誼(ごゆうぎ)を結ばせて貰っているわ」


「あー、なるほどなるほどー。フィディア=ヴェニシエスのご友人、それはもうさぞかし立派な方なんでしょうねー!」


「……ええ。とても」


 調子の良いフィックの言葉を噛みしめるように、一瞬言葉を切ったフィディアが、静かに微笑みを浮かべながら同意する。


 ――あまり、セトは『立派』という印象を受ける少女では無いが、フィディアの中で『立派』という言葉に違和感は無いらしい。


「でもそーなると、ご友人も一人でミアヴェルデを回るのは残念ですねー」


「――いいえ。あの子は、ミアヴェルデを回らないわよ」


「ええっ!? そりゃまたどーしてです?」


「……セト=シスは、少し……目が不自由な方なのですよ」


「あ、あー……」


 ……辛そうに唇を噛みしめたフィディアに変わり、言葉を引き継ぐようにラリカが答えた。答えるその視線は、心配そうにチラチラとフィディアの表情を伺っている。


 フィックは、二人の顔を見比べると眉尻を下げて困ったような表情を浮かべていたが、すぐに名案を思いついたように明るい表情を浮かべた。


「……あ、じゃあじゃあ、こーんな提案はどうでっすかー?」


「……なにかしら?」


「明日のミアヴェルデっ、私は元々くろみゃーちゃんと一緒に回る予定でしたけどー、良かったらそのセト=シスもご一緒にどうですか? いやーほら、やーっぱり、誰かと一緒に回る方が楽しいじゃ無いですかー。こーんな可愛い私が一人寂しくミアヴェルデっていうのもなーんか味気ないなーって思ってたところだったんですよ」


 突然、フィックが隣の席に座る私の事をわしゃわしゃと撫でると、意外な提案を持ちかけた。


 ――なにか、ミアヴェルデの日は私と話があったのではなかったのか?


 元々、明言はしていなかったが、何か私に話でもありそうな様子で今回の一件を申し出ていた。それをこうも簡単に部外者であるセトを呼び込んで大丈夫なのだろうか?


 頭の上に載せられた手から逃れながら、問い掛けるように視線を向けると、フィックは心得た様子で私に向かってひとつウィンクしてみせると言葉を続けた。


「あーでもー、ちょーっとだけ用事があるので、祭りの途中でお迎えに行くって事になっちゃいますけどー?」


「……え、ええ……それは、良い話だと思うのだけれど……フィック=リスはそれでよろしいのかしら?」


「いやー今言ったとおり、女一人のお祭りなんて寂しいだけじゃないですかー? ――あ、べーつに、くろみゃーちゃんが相手として不足してるって言ってる訳じゃ無いよー? ただ、ほらやっぱり大勢の方が楽しいって言うかー」


 畳みかけるように勢い込んで話すフィックに、戸惑いが隠せない様子でフィディアが逡巡(しゅんじゅう)していると、意外な所から後押しがあった。


「――フィディア、お願いしたらいいじゃない? ――貴女、ずっとセトさんの事、気にしていたでしょう?」


 悩むように瞳を揺らすフィディアを見かねたのか、それまで見守っていたラクスがそっと声を掛けたのだ。


 予想していなかった自分の師匠からの言葉に、未だ悩んでいる様子だったフィディアは――あくまで渋々と言った様子でフィディアはフィックの顔を見つめ返しながら、小さく頷いた。



「……分かりました。お師匠様がそう、仰るなら……セトがそうしたいと言えばだけれど……お言葉に甘えても……良いかしら?」




すみません。


体調不良および業務繁忙のため、更新を一週間お休みさせてください。


●対象

・6/9 更新予定 ⇒ 6/16 更新予定

『咲夜修行中!~火傷娘と先輩の。退魔師修行、ことはじめ~』


・6/10 更新予定 ⇒ 6/17 更新予定

『ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく』


ご迷惑をおかけ致します。

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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

いつも応援・ご評価ありがとうございます。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

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