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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第四章「ラリカ=ヴェニシエスは何かを見つけた」
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第二十九話「異世界原理主義」


「――ヴェニシエスはどうぞそちらに」


「……あ、ありがとうございます」


 ――椅子へと案内するミシェルの言葉に答えるラリカの声が引き()っていた。

 案内された部屋は、確かに言ってはなんだが、こじんまりとした部屋だった。


 ――大きさだけは。


 壮大な建物に似つかわしくない、どこか隠れるように設けられた部屋は、大きさとしては十畳ほどしかない。


 ――ただし、その部屋の中の調度品については、華美(、、)の一言だった……


 まず、壁がすべて金色に光り輝いている。

 ……恐らく、壁に使われている部材は、ラリカが指にはめている、雪華の指輪に使われているというコミュサと同じだろう。


 壁一面に蒔絵(まきえ)かヴェルニ・マルタンのような手法が用いられているらしく、一面に金色の色彩が貼り付けられていた。

 その間を埋めるように七宝(しっぽう)焼きで焼き付けられたようなエナメル質の光沢を持った装飾が複雑な紋様を描くように貼り付けられている。

 部屋の中央には、申し訳程度に妙にふわふわとした質感をした革製の椅子が置かれており、中央に置かれたテーブルにはこれまた派手な螺鈿(らでん)細工が施されていた。


 ――派手さ具合で言えば、オペラ座か安土(あづち)城……ごったな装飾が施されている分、あるいはそれ以上に感じる。


 様々な色彩が入り乱れているせいで、見つめているだけで目の奥が痛くなるほど刺激を覚え、目眩がするように視界がちろちろと揺らめいた。


 ――部屋に入る前は極めて地味で簡素な造りの木製扉だったのに、何処をどう間違えてこうなったのか……


 椅子に腰掛けながら、同じように反応に困った様子で周りを見回していたラリカが、キラキラとした内装に目が(くら)んだのか、疲れ目をもみほぐすように目頭に手を当てた。


「……やはり、『少々』華美に過ぎますでしょうか?」


「――ああっ! いえ。そのような事はありませんよ! ……ただ、私のような田舎から出てきた人間には見慣れないもので」


 そんなラリカの様子に、どこか思い詰めた様子でミシェルが問い掛けた。

 慌ててラリカは首を振り、はにかんだように笑いながら、ミシェルの言葉を否定するが、しかしミシェルの表情は酷く冴えない。


「いいえ……そのようにお気遣い頂かなくとも結構です。私も……少し華美に過ぎるのでは無いかとは感じておりますので……」


 ミシェルは、そう言って悲しげな表情を浮かべて金色に輝く天井を見上げる。


「――他の教会から来た方はみな、この部屋……いいえ。『この教会』を見て、皆、同じような反応をなさいます……」


 天井を見上げた視線を下ろしたミシェルは、ラリカの方を向くと、(すが)るような表情を浮べた。


「――ヴェニシエス。……今日、本日、この時、ヴェニシエスに出会えたのは、私にとって幸運以外の何物でもございません……ヴェニシエス。――ユルキファナミアの、ヴェニシエスに。……お伺いしたい事がございます」


「――なんでしょう?」


 周囲の視線が無くなった瞬間、どこか悲壮な様子で改まった調子で語り始めたミシェルに、シェントに助言した時の事が脳裏をよぎったのか、ラリカが身を固くする。

 内心の動揺を表すように、ラリカが杖を握り締める手に白く節が浮かび上がっている。


「……このような事、決してユーニラミア教会の中で発言する事など出来ません。しかし、ユルキファナミアなら……罪を犯さない、高潔(こうけつ)で知られるユルキファナミア……しかも、そのヴェニシエスである貴方様なら……」


 そう続けるミシェルの様子は明らかにおかしかった。


 ……重苦しい圧力さえ感じる調子に、私は警戒心を強める。

 ――静かに。ラリカの肩の上で念のためにこっそりと瞳の力を起動した。


 変貌を遂げた視界に粉雪のような金色の粒子が漂い始める。

 黄金の部屋を染め上げるような、無数の光の乱舞は、僅かにラリカに向かって流れるだけで、これと言って不審な乱れは見られなかった。


 ……ああ。大丈夫だ。今のところ、なにか術式が起動されているような気配は無い。


 ラリカは、ミシェルの語る言葉に、ヴェニシエスとしてなんと応えるべきか思い悩みんでいるようだ。

 真剣な眼差しを、どこか狂気染みた雰囲気を感じる目の前の男に向けている。


「――『ユルキファナミアのヴェニシエス』は、思われませんか? この教会……『ユーニラミア教会』は『導き』を失っていると……」


「……『導き』……というのはどういう意味でしょうか?」


 そんな私達の反応にまったく気づいた様子も無く。

 切々とミシェルは明らかに不穏当な言葉を発し始めた。

 ラリカはごくりと唾を飲み込み、確認するように口を開く。


「――この部屋をご覧下さいッ!――この部屋はすべて信徒から捧げられた物でございます。この教会も、すべて。……すべては、僅かなりとも、救いを、加護を、助けを求めた、無数の信徒達の願いの結晶なのですっ!」


 ミシェルは、嘆くように両手を広げ部屋の中を指し示す。

 指し示す先には、目も痛くなるほどの絢爛さを誇る内装が、ちらちらと輝きをあげている。


「しかし、我らが神は願えども求めども、遙か昔から一向にその姿を現わさず、ただ捧げられる供物は教会によって寄進と保護という名目の元に財へと形を変える――ッ! つまり、今、此処にある物。この教会。それは永きに渡り、ユーニラミア教会が無垢な信徒から集め、簒奪(さんだつ)してきた富の数々なのでございます――ッ!!」


 ――ミシェルが。

 舞台に立った役者のような大仰な仕草で右手を振り上げ、懺悔するように振り下ろした。


 私も、そして恐らくラリカも。

 ミシェルの熱に浮かされたような異様な様子に、言葉が出てこない。

 ただ、それでもラリカはひたすらに真剣な様子で、ミシェルが語るのを聞いていた。


「あまつさえっ、教会の者は、『質素』という言葉を何処に置き忘れたのか、トーチに用いる部屋さえ権威だ象徴だと言いながら、この絢爛(けんらん)さを求める始末っ! ――ああ、対して、ユルキファナミア……そしてその盟友たるレシェル=バトゥスが導くユルキファナミア教会はどうでしょうっ! かの大戦を、過ごし、収めッ! 人としての世を取り戻し。邪神との戦いを今も続けながら、今も信徒を導き続けている――ッ!」


 音を立てそうなほどに強く握りしめた拳を、ミシェルはいずこかに向ける。

 釣られて、その手の先を見ても、そこにあるのは単なる壁。

 絢爛豪華に輝く、豪奢な壁が……


 いや――違う。

 一瞬、首を傾げかけ、すぐに気がついた。

 恐らく。――彼が示しているのはその先だ。

 指し示した建物の入り口がある方角――その先にある『イシュベル=ナッハの戦跡』を示しているのだ。


 ――ちょうどその事に気がついたとき。

 突然ミシェルから表情が消えた。


 茫洋(ぼうよう)とした、何を考えているのか分からない虚ろな瞳で、私……それから、ラリカの事を見つめ。


 ――ぽつり

 ――と、ミシェルは言葉を発する。


「――私は思うのです。これらはすべて、我らが神……ユーニラミアと私達の距離が開きすぎたのが原因では無いかと」


 その言葉は、しんと静まりかえり、ただミシェルの声だけが響く部屋の中。

 耳の奥をかき乱すように残った。


 ラリカは、ミシェルの言葉を聞きながら、思案するように片手を口元に当てている。


「――つまり、ミシェル=サフィシエスは、ユーニラミアが永く姿を現さない事で、徐々に教会が神の意思から離れ、誤った道に進んでいるのではないかと危惧しているのですか?」


 ラリカの言葉に、ミシェルは――表情を失っていた顔を、救いを見つけたかのように輝かせた。


 私は、ミシェルの言葉を不穏で極端に走ってしまった狂信者のものとして聞いていたが、ラリカはきちんとミシェルの言葉の意図する所を理解しようと聞いていたらしい。

 確かに私もミシェルの不審な態度を抜きにしてきちんと考え直せば、ミシェルがいう事は『神が姿を現さないから、教会の上層部の意思によって道を誤っているのでは無いか』という原理主義的な思想なのだと理解出来る。


 ――おそらく。

 ミシェルの性格によるものか、途中で寄進の話などに絡んでしまったが、突き詰めればそこに行き着くのだろう。


 だとすれば、『宗教』というものを運営していく以上、その根本に立ち戻ろうとする、原理主義的な概念は避けられない思想だ。

 実際、私達の世界ではそれ故に、それぞれの信ずるところにより、多くの宗教が分派していった。

 逆に言えば、この世界の宗教が一つの神を信ずる者たちが細分化されていなかった方が驚くべき所なのかも知れない。


 今まで、どうしてそんな概念が生まれる事が無かったのか。


 ――私達の世界の宗教と、この世界の宗教。

 その違いは単純にして明白だ。

 この二つは、『本当に神が存在する』というその一点が大きくそのあり方を変えている。


 その上で考えれば、ミシェルの言う通り、『信ずる神が近年現われない』という事が起こっているのであれば、その神を信ずる者として、進む先を失っているという主張もあながち間違っていないと言えるかも知れない。


「――まさしくッ!」


 ラリカの言葉に、光明を見いだしたかのように表情を綻ばせたミシェルが、ラリカに向かって一歩近づいた。


 ……私は、ラリカの横で術式を起動するために魔力を練り始める。

 ――もし、ラリカに不埒な真似を試みる事が有れば、すぐに魔法を起動するつもりだった。


 そうして臨戦態勢を整えながら、私はミシェルの主張について思案する。

 ……そう、確かにミシェルの主張にも一理があるかも知れない。

 ――だが、しかし……仮にそのミシェルの言葉が真実だったとしても問題がある。


「……ですが、それでミシェル=サフィシエスは何をした(、、、、)()のですか? 望むことはなんでしょう? ……ユルキファナミアは新しき神。今も、多くの信徒の元へと現われていますが、それはユルキファナミアが例外に過ぎません……もはや、神々が身近におわした神代は遙か昔。――ユーニラミアにその御意志が無いのであれば、私達にその御心(みこころ)を知る手段はありませんよ? 先ほどミシェル=サフィシエスはこの寄付を『簒奪』だといいましたが、『だからこそせめて』と、『祈りが届きますように』と。見守って頂けるように――信徒は神に祈るのですから」


 ラリカの言う通り、ミシェルの主張では神が現われないことで神の意思が薄らいでいるという事になる。

 しかし、それを『解決する手段』などというものは存在しないのだ。


 ……たとえば、聖典があったとする。

 しかし、それが本当に確かな事が書かれているのか。

 書かれていたとして、本当に今の時代に沿った内容になっているのか。

 それは確かめようが無いのだ。


 ――もっとも、この世界では本当に神が存在する。

 ならば、本当に最後の最後を決めようと思えば『神の言葉』しかない。

 そして、今のラリカの言葉を聞くに、こちらから神の言葉というのは、日々祈りを捧げ、気まぐれに発言するのを待っているのが現状のようだ。


 ならば、いつのものかと言う問題は置いておくとして、かつて神が残した指示の元、自分たちが考える理想を教会として実践していく今の形が現実的な形だと言えるだろう。

 その点において、この世界の宗教も、私達の世界の宗教も変わらない。

 あとは、『神』と呼ばれる存在が再び現われ、新たに方向性を示すのを待つしか無い。


「――それに、寄付があるからこそ、多くの人々に信仰を行き渡らせる事が出来るのです。失礼ですが、ミシェル=サフィシエスは他の町……特に、地方に(おもむ)かれて生活をされたことはありますか?」


 そして、ラリカは神妙に聞き入るミシェルに向かって、また違った切り口からなおも言葉を続ける。


「……いえ。遺物調査の一環としてしか……恥ずかしながら、この聖国で生まれ育って参りました」


「なるほど。でしたら、ユーニラミアのサフィシエス……ミシェル=サフィシエスは実感を持ちづらいかも知れないのですが、他の教会からすれば、ユーニラミア教会は本当にありがたい存在なのです……そうですね。もうすぐ、ミアヴェルデがありますが、あれもユーニラミア教会が多くを出資しているお陰で、他の教会も各地を回ることが出来ます。各地に建設されている教会もそうです。長きにわたって、ユーニラミア教会が各地に教会を築いて運営してきたお陰で、私達は余すところなく、信仰を持ち続けることが出来るのですよ?」


「……しかし、そんなもの、ただユーニラミアが古く、資産があったからにすぎません?」


 ラリカの言葉に反発するように言い募るミシェルに、ラリカは子供に言い聞かせるようにゆっくりと噛んで含めるように説明していく。


「そうです。『ユーニラミアが、もっとも古く』、『もっとも潤沢な財を集めている』のです。――だからこそ、これだけ大規模に救いをもたらすことが出来るのです。もし、ユーニラミア教会が無かったとしたら。そして、その莫大な財によって成される救いが無ければ、聖国……あとは精々王都。それ以外の者は皆、祝福の一つも得ることが出来ず、信仰を失っていたかも知れません。だから、その御礼として私達ほかの教徒達もユーニラミア教会には敬意を持ち、場合によっては少々の寄付をさせて頂いているのです」


 ラリカは、そこまで説明すると、呼吸を整えるように小さく息を吐き出した。

 息をついたラリカは、じっと自分のことを見つめるミシェルに向かって、慈母のような笑顔を向ける。


「――そして、それだけの人々の信仰の支えになる教会がみすぼらしくてどうするのです? ……確かに、先ほど私はこの内装に驚きましたが、それも必要な事でもあるのですよ? サフィシエス、貴方はいかにも貧しく、今にも飢えて倒れそうな人間を支えにしたいと思いますか? 自分に捧げられるものを捧げてでも、庇護を求めたくなりますか?」


 そう言ってラリカは冗談めかした様子で、『この部屋の趣味が良いかどうかはまた別の話ですが……』と言って方をすくめた。


 ――相変わらず、(こと)この世界の信仰に関して。

 ラリカはこうして自分より遥か年上であっても対等に話してみせる。


 恐らく、それは『ヴェニシエス』として、多くの人々を導かねばならないという強い意思によるものなのだろう。

 本来のヴェネラではないクロエの元。

 必死で考え、必死に頑張り。『ヴェニシエスたろう』とこの子がしてきた(ゆえ)なのものだ。

 ひょっとすると、この子がフィディアに無垢に尊敬を向ける理由の一端でも有るのかも知れない。


 ――ついさっき。思わず『格好良い』と思ってしまうほどに強い輝きを見せたこの子だ。

 しかし、それでも。


 ――こんな小さな。

 毎日悩み続けているような子供が。


 重荷を背負わなくてはならないことに、心の奥底がやりきれなさにざわざわと粟立つのを感じた。


 ラリカは決して巷で語られるような英雄では無い。

 ――いつかその名声に足る存在になるかも(、、、、)知れない。

 それでも、今はまだ――この子はまだまだ未熟な子供に過ぎないのだ。


「――ラリカ=ヴェニシエスもサファビ達と同じ事を仰いますか……ヴェニシエスならあるいは……と考えたのですが……しかし、あと少し……あと少しでユーニラミアを降ろす(、、、)ことが……」


 そうして、話の内容をひとまず横に置き、ラリカの事について考えている間に、ミシェルは端正な顔を伏せながら何事かブツブツと呟いている。


「……ミシェル=サフィシエス、『降ろす』とはそれは一体――」


 ――トントントン


 ミシェルの言葉を聞き取ったラリカが疑問を差し挟もうとしたとき、部屋の扉がノックされる音が響いた。

 




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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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