第二十二話「父から貰った贈り物」
「あ、そーだ! ――ラリカちゃんは『ミアヴェルデ』の日……どうするの?」
フィディアの件に一区切りついたのを見計らって、フィックが思い出したようにそんな質問を切り出した。
……『ミアヴェルデ』と言えば、昨晩出逢った盲目の少女――セトから聞いた言葉だ。
何らかの行事のようだったが、意味が分からず誤魔化した私にとって、ここでその名前が出てきたのはありがたい。
どこかでそれとなくラリカに単語の意味を聞かなければと思っていた私にとって、この話題は渡りに舟と言えるだろう。
……気づけば、ラリカの肩の上、少し身を乗り出していた。
「――ああ! そういえば、そろそろ聖国での『ミアヴェルデ』の時期でしたか……っ!?」
ラリカは、フィックの言葉に『やらかした』という様子で、右手を額に当てている。
二人の反応を見る限り、どうやら、やはり『ミアヴェルデ』自体は至極一般的な名詞だったようだ。
当然の物として二人の間で会話が成立している。
「そうだよー。四日後にこの国から『ミアヴェルデ』が始まって、あちこちを回っていく形になるねーレナ坊からなにか聞いてない?」
「いえ。レシェル=バトゥスとお会いしたのは昨日一緒だったときだけですから……。――私もリベスの順番は最後の方ですので、うっかりしていました。特に今年はミアヴェルデまでは持たないと……っ。――いえ、しかし、そうなると流石に私も出席しないわけには行きませんね……」
フィックの質問に、一瞬ラリカは寂しそうな表情を浮べたが、すぐに難しい顔をしながら考え込んでいる。
――今の、一瞬言いかけたのは……恐らく、魔力を溜め込む体質の事だろう。
もし、あの時ラリカが神炎を使えなければ……ひょっとすると、もうラリカは居なかったかも知れないのだ。
――結果として、そのせいでリクリスの件や、辛い思いをすることになったのかも知れない。
しかし、少なくとも私はあの時の判断が悪かったとはまったく思わない。
……死という別れは、どうしようもないものなのだから。
だから、私は手遅れになる前にこの子に巡り会えた奇跡に感謝するのみだ。
「――その、ミアヴェルデというのは何なのだ?」
ラリカの心情を思い、気分を明るくするつもりで殊更に明るい声で聞いてみた。
この流れであれば聞いてみても不審には思われないだろう。
ラリカは案の定、特に気にした様子もなく、むしろ楽しげと言って良い様子で肩の上に乗った私の方に顔を向け、人差し指でかりかりと私の耳の後ろを掻いた。
「ああ。去年、お前はいなかったのでしたね……『ミアヴェルデ』というのは、『ミア』の『ヴェルデ』つまりは『聖なる感謝』という名前の通り、神々への感謝を示すお祭りなのです」
「そうそう。聖国から各教会の使節団が出発して、主要都市を回っていくんだ。ユーニラミア教会とかユルキファナミア教会みたいな、大きな宗派以外の教会は普段他の町や都市を巡っていくことが出来ないからねっ。年に一回、いろんな教会や都市が費用を負担し合って一緒に回っていくんだよっ」
フィックも、ラリカの話にのっかりながら、したり顔をして補足してくる。
二人の話をまとめると、どうやら、この世界における各教会の代表が集まって、団体様で各地を巡業しているようだ。
お互いに懐事情の厳しい教会同士が費用を出しあって、そこに有力な教会や町が費用を補助することで各地の信徒の満足をはかるという所らしい。
――なるほど。各地に教会がないにもかかわらず、信徒は間違いなく存在するのはどういう事かと思ったが、そういう絡繰りがあったのか。
「それにそれにっ。ミアヴェルデの日は、国中がお祭り騒ぎになってね。けーっこうお店とかも出るし、何よりやっぱり目玉は教会の聖楽団の行進だねっ! もう、みーんな行進する街道沿いに集まるんだよ?」
「――お祭りか。確かに良い娯楽になりそうだな」
どうやら、ミアヴェルデの日にはパレードのような物も行われるらしい。
この世界に来てからというもの、歓迎や祝の為に突発的に開かれた宴には参加してきたが、季節の正式な祭りに参加したことは無かった。
日本に居た頃は、友人や後輩と一緒に祭りを巡っていたこともあっただけに、この世界の祭りがどんなものか興味が湧いた。
――まあ、ミルマルとなっては、もう射的だ、ダーツだ、輪投げだのと屋台を荒らし回ることも出来ないだろうな。
……いや、そもそも射的自体があるはずもなし……か。
生前の楽しかった時を思い出し、ついつい要らない感傷を覚えるが、すぐに気を取り直してラリカの話に集中する。
「カンティクミア教徒やアカイミア教徒にとっては年に一度の晴れ舞台ですからね。リベスの町ではなるべく普段から祭りの賑やかしをお願いしているのですが、やはりミアヴェルデには力だが入るようで、皆さん随分熱心に準備されているのです」
ラリカの口ぶりからして、ハイクミア教徒が筆耕を得意とするように、カンティクミアとアカイミアという教会の人間は、大方お祭りに適した特技でも持っているのだろう。
この世界の宗教の修行は、本当に一芸に特化している物が多いというが、結果としてそれが文化の醸成に一役買っているのだろう。
「――あ、そーいえばー……聞きましたよ? ラリカちゃんってば、笛もすっごく上手なーんですって?」
「ま、まあ、カンティクミアの皆さんに比べれば……その、手慰み程度ですが。それでもありがたいことにリベスでは毎回演奏させて頂いていますよ?」
フィックの言葉に、ラリカは少し照れたように視線を彷徨わせてから、薄く嬉しそうに微笑んだ。
「――うちの主人は、こんな事を言っているが、何度か聞かせて貰った限りでは、本当になかなか素晴らしい演奏をしてくれるぞ?」
「あ、こら、くろみゃー。お前は何を言っているのですか!?」
私が、感嘆を込めながら、謙遜しているラリカの事を褒めると、ラリカは顔を赤くしながら慌てた様子で私をひっつかみ抱え込むと、私の頭を掴みぐりぐりと回した。
そんなラリカの姿を、フィックはほほえましいものを見るように暖かな笑みを浮かべて眺めている。
「――こほん。……そ、それに――笛と言ってもフィムスですよ?」
ラリカは居心地悪そうに咳払いをすると、ごそごそと胸元に手を突っ込み、首からつり下げているフィムスを引っ張り出してみせた。
白っぽい骨で出来た無骨な笛が、太陽の光で微かに艶を出している。
「――フィムス!? ひっさしぶりに見たよ。まーたラリカちゃんは珍しい楽器を使うんだねー? トウマ?」
「いえ。イルストゥーです」
「うわぁ……だったら高級品だねっ!」
「……昔はトウマを使っていたのですが、ヴェニシエスになったときに父がプレゼントしてくれたのです」
「いっやー今時、お父さんも良くイルストゥーのフィムスなんて見つけてきたね」
ラリカの言葉に、感心した様子でフィックは目を丸くしている。
確か、初めて演奏を聴かせてくれたときに、イルストゥーとやらの骨で出来ているとラリカが紹介してくれたはずだ。
あの時も少し自慢げに語っているようだったが、相当珍しい素材で出来ているらしい。
「ええ。実は、うちの父がまた名手でして。代々フィムスの演奏方法や加工方法を伝えてきているのですよ。なので、骨だけ手に入れて加工は自分でしたようですよ?」
「なーるほど。――いいね。そういう家族で代々習って伝えてきている『楽しませるもの』があるって」
「――あの、私に負けず劣らずポンコツな父が、フィムスをあんなに上手く吹きこなすのには納得がいきませんが……」
ラリカが、不服そうに頬を膨らませながら首を傾げている。
だが、憎まれ口を叩く、その遠慮の無い不満そうな顔はどうみても照れ隠しにしか見えず、家族を恥ずかしげに自慢する子供のものとしか思えなかった。
「あはは……あ、でも、そしたらラリカ=ヴェニシエスは今回もひょっとしたら演奏するかも知れないんだ?」
「いえ。恐らくですが、流石にそれは無いと思いますよ? 聖国でしたら、立派なカンティクミアの方々の聖楽団があるではありませんか?」
表情を戻したラリカは、苦笑を浮かべながら首を横に振る。
しかし、そんなラリカをみて、フィックはなにやら意地の悪そうな笑みを浮かべた。
そして、周りを見回すと、内緒話でもするように声を潜めて、片手で口元を隠しながら、わざとらしくラリカに口を近づけた。
「いっやー。それがさ、何を思ったのか、最近ユルキファナミア教会の聖楽団がすっごい充実してるんだ。だから、そっちでラリカ=ヴェニシエスが演奏するところが用意されるかも知れないよ?」
「――そういえば、リベスにいた頃に話だけは聞いたことがありますね。なぜかユルキファナミア教会の聖楽団があちこちの都市に派遣されていると。……どうも、リベスの町は後回しにされていたようですが」
フィックの言葉に、何かを思い出したらしい。
欄干に腰掛けているラリカの膝の上から見上げる顔が、さっきとはまた違う、困ったような表情で眉根を寄せていた。
「そうなんだよ! 本来なら、音楽はカンティクミア教徒の領分のはずなのに、レナ坊は一体何を考えてるんだろうねー!?」
「まあ、『娯楽』という点では音楽は優秀ですからね。カンティクミアだけでは手の回らない規模で世の為になることを。と考えての事なのかも知れません」
「なのかなぁ……なーんかレナ坊の事だから仕組んでそうな気がするんだよね」
ラリカが、フォローするように口にするが、フィックはどこか引っかかりを覚えているらしい。
言いながらも、頻りに首を傾げている。
「――まあ、どちらにせよ、ミアヴェルデに出席自体はすることになると思いますから。一度どなたかに段取りをお聞きしなくてはいけませんね。ちょうど良い機会ですし、物価なども調べて貰わないといけませんから――しかし、もし式典の方に出るのであれば、当日の状況が分からないのですね……祭りの時こそ、どういう値付けになるか知りたかったのですが……まさか勝手に出店を回る訳にもいきませんからね……」
――物価?
ラリカが何かを悩み始めたのを見て、何のことかと考える。
なぜ、そんなものを調べる必要があるのだろうか?
「……物価がどうかしたのか?」
思わず疑問を口にすると、ラリカがあきれ果てたような視線を私に向けてきた。
「――お前は……何を言っているのですか……」
疑問系でさえないそれは、十中八九私を責めているようだったが、責められる原因にとんと思い当たらず、私は首を傾げる。
「何のことだ?」
「そもそも、私がなぜ此処にいるのか、お前は忘れているでしょう?」
「ここにいる理由……?」
――無論、私達がここに来たのは、神器の受け取りの為だ。
まあ、さらに言うなら、それはそもそも、王都で神器が受け取れなかったからだ。
……だが、随分適当な物ではあったが、それも終わった今、確かに私達が此処にいる理由もないと言えば無いはず……
「――お前……本気で忘れていますね? そもそも、私達がリベスの町から旅立ったのは、神器の受け渡しだけはなく、『情勢調査』というのもあったでしょう!?」
「――あっ」
――完全に忘れていた。
そういえば、そんな指示をレクスから受けていたのだった。
あれは、そのままでは旅に出そうにないラリカを説得する為の建前としての要素が強いと思っていたため、完全に頭の中から消え去っていた。
なるほど。そういえば、王都に着いたときも、ソトスの店に行って話し込んでいたが、あれはそういうことだったのか。
――どうやら、私の気がついて居ないところで、ラリカはきっちりと役目を果たしていたらしい。
思えば、ちょくちょく書類仕事をしているように見えたのも、その関連だったのか。
「――ラリカ。君はちゃんと仕事もしていたのだな」
「――お前は主人のことをどう思っていたのですかッ!?」
思わず感心しながら呟いた私に、ラリカは顔を赤くしながら両手を振り上げて怒るのだった。







